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俺とメスガキは街で噂されているらしい

 依頼の薬草は川辺に生えていた。採取して、帰りについでにゴブリンの耳を剥ぎ取る。


「そう……そのまま……ナイフを挿れて……。力入れないで……あっ♥ だめっ♥ もっと優しくっ♥ ゆっくり動かして♥ ああっ♥ そんな激しく擦ったら壊れちゃうぅ♥」

「喘ぐな! 気が散る!」


 俺は剥ぎ取りも初めてだった。力任せにナイフをゴブリンの耳に差し込み引き裂いたら、斜めに取れてしまった。

 ゴブリンの臭い青い血がどばっと吹き出し、吐き気を催す。


「あーあ。変になっちゃったぁ♥ これだから童貞はダメね♥」

「うっせ」


 切り取った六つの耳に穴を空け、そこへ紐を通した。

 メメに持たせようとしたら嫌がったので、自分の腰ベルトにくくり付けてぶら下げた。

 門に戻る頃には、太陽が南に昇りきっていた。


「おいお前。冒険者か? タグを見せろ」


 俺は朝とは違う門番に木製タグを見せた。

 なにやら渋い顔をしていたが、バッグの中の薬草と、ゴブリンの耳を見せたら仕事帰りと納得したのか通してくれた。

 そしてメメは俺の腕に手を絡ませたまま、何も問われない。

 見た目が痴女過ぎて、その姿に隠す部分が何もないからだ。


「なあに? ザコお兄さんが私を検査する?」


 メメはそんな事言って、街中で胸の布をちらりとめくってみせた。

 ろくにない胸の谷間が晒される。白い肌には肋骨が浮いていた。


「やめろバカ。変態が」

「そんな事言ってぇ。本当は見たいんじゃないのぉ?」

「いらん」


 メメは背伸びして俺の首の火傷を撫でた。触れられた部分がじくじくと痛む。

 手を払いのけようとするも、ひょいとかわされた。

 帰り道ずっと、そんなやり取りを繰り返していた。いつか手首を掴まえて、やられたように押し倒してやろうと思ってる。

 そんなこんなで冒険者ギルドについた。俺たちは受付に並び、依頼の薬草と、討伐証明のゴブリンの耳を出した。


「ねえ。私も冒険者になるわ。タグを作ってくれるかしら」

「は? タグなしだったのか?」


 冒険者でなくても討伐報酬などは貰える。冒険者登録をしない冒険者。それはタグなしと呼ばれた。


「作れますけど……。その……冒険者の仕事をわかっていますか?」


 受付嬢が戸惑うのも無理はない。メメは痴女姿を別として見た目はただの少女だ。


「それは大丈夫だ。ゴブリン三体を倒したのもこいつだしな」

「まさかご冗談を。……わかりました。では登録いたしますので、お名前を教えてください」

「メルメリア」


 メメがそう答える。本名はメルメリアと言うのか。


「メルメリアですね。かしこまりました。タグはすぐにお作りいたしますね。登録料は一分(1/4)銅貨10枚です。差し引きまして、銅貨10枚と一分(1/4)銅貨2枚が依頼と討伐報酬です」

「ああ。わかった」


 俺はそれを素直に受け取り、茶巾袋に仕舞った。メメは隣で指を折って数えて首を傾げている。

 受付から離れ、手持ち無沙汰で依頼掲示板を眺める。しかし視線でどうも落ち着かない。このメスガキの見た目のせいだろう。

 メメは俺の手を、指一本ごとに絡ませて握って放さない。

 その光景は傍から見て、少女の娼婦を連れ歩く男と思われているだろうことは想像に容易い。

 さらに受付嬢がメメに真新しい木製タグを手渡すと、少女を冒険者にして使い倒そうとする外道な男にランクダウンしたことだろう。

 メメが首に木製タグを掛け、ふわさと長い銀髪を払った。蜜蝋の火の灯りを反射し、キラキラと輝く。


「どう? 似合う?」


 メメが首に掛けた木製タグを見せた。

 丸出しの鎖骨に、メルメリアと彫られ墨を入れられた木製タグが揺れた。


「ああ。全く似合わない」

「何よそれぇ」


 メメがむっと口を尖らせ不機嫌になり、手をぎゅっと握ってきた。俺の手にミシミシと指が食い込む。


「あだだだっ! ちがっ! だってもっと、光り物の方が似合うだろう、メメは」

「そう? やっぱそう思うよね♥」


 メメはうんうんと頷いた。手の力が弱まる。助かった。


「それにお前は、タグにしても真鍮くらいが似合うだろう?」

「えー? 真鍮?」


 真鍮はCランクを表す。Cランクは街で代表するほどの強さや貢献を表し、地域で活躍できるほどである。

 メメの不満は、「そんなに」なのか「それだけ」なのかわからなかった。

 だが、首に木製タグを掛けて、俺にくっついている事は、間違いなくおかしいと言えるだろう。


「出るぞ」


 いい加減、視線が刺すようになってきたので、俺は慌てて冒険者ギルドを出た。

 そして酒場へ向かう。いつもの端の場所に座る。

 俺がエールと食事を頼むと、メメも同じものを注文した。飯は粥とパンと肉とチーズ。木製タグが食うには不釣り合いな豪華な食事だ。二人で銅貨10枚なので、今日一日の稼ぎ分が飛んだ。


「悪くないだろう?」

「んむんむ。ザコお兄さんの行きつけにしては美味しいじゃない」


 そんな生意気なメメの言葉でも、店のおっちゃんはにこにこと笑って、サービスと言い果実がごろごろとテーブルに並んだ。


「わーい。ありがとうおじさまっ♥」

「はっはー! いいってことよ! 毎日来てくれよなお嬢ちゃん!」

「考えてあげる♥」


 おっちゃん……見た目に騙されてるぞ。

 俺はこぶし大の赤い果実を隣から奪い、齧りついた。メメはすぐさま俺の口から奪い返す。

 カランカランと入り口の鈴が鳴る。栗色髪の見覚えのある顔だ。リーダーだ。


「ああザークさん! 無事でしたか!」


 リーダーは俺の顔を見つけ、正面に座った。


「ああ。酒飲んで飯が食える程度には」

「良かったぁ。ザークさんの噂を聞いて心配してたんですよ」

「噂? なんだそれは」


 俺はナイフで剥かれた洋梨に手を伸ばして、メメに手を叩かれた。


「ええと……それは……」


 リーダーはちらりとメメを見た。


「面白い姿の少女を連れて、森へ行ったとか……」

「面白い? 痴女の間違いだろ」


 足を踏まれた。


「ええ。恥ずかしい格好の少女とも」

「あら? そんなに似合ってなぁい?」

「いえ。似合ってはいると思いますが。その……」

「おい、あんまり虐めるな」


 リーダーがあまりにも困り顔をしていたので、俺はメメを制した。

 リーダーは運ばれてきたエールを手にし、一口飲んで机に置いた。


「ザークさん。僕のパーティーへ戻りませんか」

「なんだ? 何か困ってるのか?」


 俺の代わりなんかその辺の少年冒険者でできるだろうと思っていたが、一日目から仕事をこなせる奴はいない。引き継ぎをするべきだったか……。


「いえ、今のところ困ってはおりません。ただ……。ザークさんが心配で……。ザークさんこそ困ってはいないかと……」

「ああ……。変なメスガキに付きまとわれて困ってる」


 足を蹴られた。


「そうだリーダー! パーティーにこいつを入れないか!? これ、こんな見た目だがすっげぇ強えんだ! ピカピカの木製タグだがさっきまでタグなしだったんだよ! 絶対勧誘するべきだって!」

「あははっ!」


 リーダーは俺の言葉を聞き、しわしわに額に皺を寄せていた顔が破顔し、笑顔となった。


「何か変なこと言ったか?」

「ザークさん。なんだか昔みたいですね?」

「あ? ああ……」


 今のパーティーメンバーの一人。女魔導士を街で勧誘して紹介した時もこんな感じだったなぁと思い出す。


「それに僕の事をリーダーって。ザークさん。やっぱりパーティーを抜けたつもりないじゃないですか」

「そうか……。リーダーって呼ぶのはもうおかしいな。リチャルド」

「ザークさん。やっぱり僕は、寂しいです」


 リチャルドが俺の手を掴んで両手で握った。


「困ったらいつでも助けます。いつでも戻ってきてください。だから……死なないで」

「そうだな。もう死ぬような思いはごめんだ」


 リチャルドは今度はメメに頭を下げた。


「どうかお願いします! この人を、守って上げてください……!」

「ええ~。どうしようかなぁ♥」


 メメが冗談めかしくにこりと笑う。


「よろしくおねがいします!」


 顔を上げてメメの笑顔を見たリチャルドは、了承と捉えたらしい。

 エールを一気にあおり、茶巾袋から銀貨を一枚取り出してテーブルに置いた。


「それでは!」


 そしてリチャルドは立ち去っていった。


「随分と大事にされているのね?」

「そうか?」


 メメは銀貨を手の中でもてあそび、胸の中に仕舞った。

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