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 そして俺たち冒険者による穴の調査が始ま……らなかった。


「おうザークじゃねえか! 今晩どうだぁ!?」

「遠慮させていただきます……」


 ディエナの姉御が俺の金玉を掴んだ。やめて、女の子になっちゃう……。

 ディエナの姉御は相変わらず森で狩猟しているようだ。街の食料庫が焼け、避難民も溢れるほど出て、その日の食料も不足していた。地震の影響は南の街道の先の街でも被害が出ており、街道自体も石畳が崩れていた。

 冒険者が森からのモンスターから難民を守るという理由以外にも、穴が街中にあるというのも問題だった。

 冒険者は外での仕事をする者だ。街中での仕事は管轄外となる。それゆえ、穴は誰が管理をするのか自体が議論となった。冒険者ギルド側からしたら「街中の事だから知らんがな。でもモンスターが出てくたら大事になるなぁ」と言った感じである。

 結局、衛兵が穴の周りに杭で柵を作り、二人ずつの交代で見張る事となった。

 それでも、現状からしたらかなりの人的負荷である。

 街は災害によって、治安が著しく悪化した。それでも暴徒が徒党を組み略奪行為が行われなかったのは、ディエナの姉御が街に戻ってきたからだ。ディエナの姉御は秩序を重んじないわけではないが、最強の自分勝手である。気に入らない奴が居たら首が飛ぶ。日頃の行いが悪いせいで青銅タグだが、実力はその上の真鍮以上と認められている。暴力はさらなる暴力に勝てないのだ。

 そんなわけで、小競り合いはありながらも、街は治安が悪いといいつつ比較的平和であった。夜に一人で女子供がふらついたら危険という一般的なレベルでの悪さだ。おっさん同士が炊き出しの芋が一個多い少ないだので殴り合いをする程度の悪さだ。

 崩れた北門の外に広がる避難民のキャンプは、一つの大きな街の様相を見せ始めていた。


「おさとーいれゆー」

「あっ! こらこら!」


 炊き出しの具材で粉と芋を捏ねていたら、シエラが横から掌から砂糖をぱらぱら振りかけてきた。クッキーじゃないんだぞ。

 シエラには人前でお菓子を創り出す事を禁じた。普段のお貴族様でも一握りでしか食べられないようなお菓子をこんな避難民キャンプで配ったら戦争が起きる。そもそもパフィさんの店が異常なのである。ダークエルフのコネを利用して、南国の砂糖だの香料だの持ち込んでいたのだ。一般的には蜂蜜をひとかじりするのが甘味のごちそうだ。

 俺らの中で大人気となったのはヨウコだった。彼女の人生経験の方が俺らより遥かに上だった。飯はあっても娯楽がないと心は満たされないと彼女は言った。そして造り上げたのが舞台である。大したものではない。ただ、地面を平らに整えただけの場所だ。そこで彼女は舞を踊った。彼女が踊り始めると、手を叩き、鉄を叩き、笛を奏でる者が現れた。そして彼女の他にも踊る女性が現れた。その円はどんどん大きくなり、中央の篝火は絶えず、やがてそこは非難民キャンプの広場となり、交流の場となった。今では露店が立ち並んでいる。

 リチャルドは街中で動いていた。冒険者ギルドや教会や領主や、面倒な集まりに引っ張り出されているようだ。彼のお人好しが悪い方に働かなければ良いが、ディエナの姉御が森で獲物を何匹も捕まえているのを見せつけているうちは大丈夫だろうと思っている。

 メメは何もしなかった。ずっと穴を覗いていた。最初は衛兵が追い払おうとしていたが、すぐに諦めた。縁に立ってじっと穴を見るメメは不気味だった。ふと吸い込まれて行きそうで怖かった。外での仕事が終わり、俺はメメに声を掛け、いつもの冒険者酒場で向かう。そんな日々だった。

 ジス教は、教会を穴の上に建てると言ってきた。と、リチャルドが酒場で漏らした。メメは「穴の周りの瓦礫をどかすべき」とリチャルドに伝えた。領主はそれに応え、整地が行われた。教会は喜んだが、教会のためではない。

 聖女を見かけることはなかった。だが、避難民に破傷風や火傷での死者がごくわずかだったことから、俺たちが街に戻る前に、大規模な奇跡を起こしたのだろう。聖女の無事を祈り、俺はエルフの秘薬の残りをリチャルドに託した。


 メメが「穴が揺らいだ」と駆けてきた。

 メメが俺の腕を引っ張り、シエラとヨウコも後を付いてきた。メメが向かったのは冒険者ギルドだった。


「穴にモンスターの反応があったよ。戦える冒険者を集めて」


 メメが受付嬢に伝えた数分後、冒険者ギルドの召集の鐘が低くゴォンと響いた。

 俺たちは皆が集まる前より先に、穴へと向かった。


「何が来る?」

「わからない。けど外に出したら大勢死ぬ」


 俺たちが穴に着いた時はまだ衛兵二人は呑気にしていた。彼らは穴に誰かが近づかないように見張っているだけで、戦える装備をしていない。すぐに離れるように伝えたが、動くことはなかった。そして訪れた地響きと、穴から響くうねるような声で彼らは走り出した。職務を放棄したわけではなく、領主館に伝えに行ったのだろう。

 入れ替わりに冒険者が穴へ集まりだした。


「楽しみだなぁ! なあ!」


 ディエナの姉御が俺の背中をバンバン叩く。


「楽しみにしてるのは姉御くらいですよ。みんな足震えてますって」

「なんだぁ? 金玉ついてんのかぁ?」


 また握られそうになったので、俺は素早く回避した。戦う前にダメージ貰ったらたまらん。だがそれがディエナの姉御の癇に触ったのか、今度はケツをぶっ叩かれた。

 その勢いで俺は吹っ飛ぶ。そしてそこには穴があり、穴の底には赤い目が六つ輝いている。俺はその穴に逆さまに落ちかけた。


「何してるのざーこ♥」


 メメが俺のベルトを掴み、引っ張り上げた。


「いきなり殺されるとこだった……。赤い目が六つ見えたぞ。敵は三匹だ。もうすぐ来る!」


 俺が宣言したと同時に、それは穴から姿を現した。

 三つの頭の犬っころ。家一棟ほどのサイズのあるケルベロスだ。


「残念一匹だったなぁ! 今夜はザークのおごりだぁ!」


 ディエナの姉御が開幕斬りかかり、ケルベロスは吠える。

 ケルベロスは震え上がった後衛の弓使いに飛びかかり、踏み潰した。ケルベロスは振り返り、三つ首から紫の炎を噴いた。


「隊列を組み直せ! 後衛は離れろ!」


 穴から出た瞬間を叩くのは失敗した。リチャルドの指示が飛び、冒険者たちは入れ替わる。弓使いと魔法使いは走って逃げ出した。一度離れて隠れ、位置取りをし直すためだ。

 一度の炎で半壊した。俺が助かったのは、ヨウコが扇で炎を逸らしたからだ。


「無視すんじゃねえぇッ!!」


 ディエナの姉御が再び距離を詰めるも、無視するかのように、炎に巻かれた者らに体当たりをした。


「こんのやろぅ!」

「待てディエナ!」


 額の血管がブチギレて飛びかかりかけたディエナが、リチャルドの声を睨みつけ、留まった。

 そしてディエナの大剣が光り輝く。大技を繰り広げようとしたのだろうが、ケルベロスは廃墟の中を跳んで下がって距離を取った。


「なんだあれ。モンスターの癖にどうして真っ直ぐかかってこない?」

「素直に見るなら、大女を恐れてるんじゃないかな?」

「そうじゃないなら?」

「私達をもて遊んでる」


 俺たち冒険者の群れに対し、ケルベロスは再び炎を噴いた。ディエナの姉御は大剣を横薙ぎして、炎の息を切り裂いた。そして姉御は接近するが、大剣を振るう前にケルベロスの前足に踏みつけられた。

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