危険な飴玉
幼女に鉄砲という強力な武器を得て、これで街中でドッペルゲンガーに襲われてもやすやす対処できるぜ! というわけではない。むしろ不安要素すぎる。『幼女×街中×飛び道具』である。俺は「使うなよ! 絶対に使うなよ!」とシエラに厳命する。目を輝かしてそれを抱えるシエラから取り上げる事は不可能だった。
「ということで訓練をする!」
「あいっ」
まず的となる杭を買った。森の入口の木でもいいのだが、デレかけてる人嫌いエルフに見つかるとマズイ。また「※※※※」と翻訳不能な罵倒をされて、俺の眼球に矢が突き刺さりかねん。
西の森付近まで杭を運び、それを地面に木槌で打ち込む。我ながら良くこんなことができるようになるほど体力筋力上がったなと自惚れてしまう。……ほとんど身体強化の魔法のおかげだけど。
この的の準備も俺自身の訓練になるからよし。
「じゃあこいつに目掛けて撃つんだぞ」
「あいっ」
一応メメが隣で補助をする。弾を入れてのぞきこんだり、俺に向けたりしないようにだ。……まさかメメが俺に向けたりしないよな? 不意打ちされたら流石に死ぬぞ。
シエラは飴玉を手のひらの上に魔法で創り、そして食べた。
いや違う違う。
「こらこら」
「私にもちょーだい」
「こらこら」
気を取り直して、口の中をカラコロさせてるシエラは、今度はちゃんと鉄砲の上の穴から飴玉を入れて、蓋を閉めた。そして、鉄砲のケツの蓋を跳ね上げ、剥き出しになった魔石に親指を当てる。親指が輝き透明な魔石は碧く輝きを放つ。
シエラは真剣な表情で的となる杭に狙いをつける。
引き金を人差し指で引くと、ケツの蓋の撃鉄が勢いよく下りて魔石を叩いた。指向性爆発を起こす魔石が飴玉を衝撃で打ち出した。鉄砲の上部が跳ね上がり、内部のストッパーが上がる。耳をつんざく爆発音とともに筒の先から火が吹き飴玉が発射された。飴玉は杭の頭すれすれにぶつかり飛散。杭の幹をえぐり取り、突き刺さった。
武器工房のおっさんのいう高価なおもちゃという、指向性爆発魔石式魔道具拳銃、魔石銃はシエラのマナによって頭蓋骨を破壊するほどの威力を発揮した。
試しにメメが使用してみると、ごく普通のスリングほどの威力、木の皮をえぐるが飴玉は弾かれた。そして俺が使うとポフンと情けない音を出して、飴玉はこつんと杭にぶつかった。
「よわすぎぃー」
「よわー」
うっさい! おそらくこれが本来……というか一般人の威力なんだろう。おもちゃというのも頷ける。
「じゅんばん! しえらー」
「はい返すよ」
シエラが両手で受け取り、続けて射撃訓練。ドウンドウンと青空に響かせる。
そして背後から視線を感じた。
感じるが振り返るとそこには何もいない。
メメから「んもー。もっと泳がせなよー」と叱られた。
「興味本位で覗きに来たにしては、隠れるのが上手すぎないか?」
「きっと怖がってるのよ」
「なるほど」
さもありなん。幼女が爆発音立てながら飛び道具の兇器を扱ってたらそりゃあ怖い。俺だっていつ気まぐれで銃口をこっちに向けないかひやひやしている。
背後からの視線はその後もしばらく続いた。そしてそれは徐々に近づいて来ている。
俺はそっとメメに耳打ちをする。
「捕えるか?」
「おけー」
さん。に。いち。
ドウン!
銃声とともに振り返り、背後の何かに跳びかかる。
メメは姿勢を低くタックルを仕掛けた。
銃声に身体を硬直させたソレは、メメのタックルで地面に引き倒され、俺はソレの背後に着地した。
子供!?
メメが捕まえたのは子供……ただの子供ではなく獣人の娘だった。頭に三角の耳をつけ、尻にふさふさの尻尾が生えていた。
「ぎゃふ!」
メメが素早く対象の頭部を守ったため、獣人の子は気を失わずに済んだ。代わりに「にょわー!」と騒いで暴れだした。
「なんの用?」
「様子を見に来たって感じじゃあなかったよな? 何を企んでいる?」
シエラも気付き、こちらにてくてく近づいて来た。すると獣人――どうやら狐っ娘だ、は、ますます激しく暴れ始めた。
「許して欲しいのじゃあ! ばあん怖いのじゃあ!」
「うん?」
狐っ娘はただ恐る恐る近づいて来ただけ?
いやそんな訳はない。彼女は完璧に、メメの気配察知すらも感じさせぬほどのハイディングをした。隠れるにしても、そこまでする必要はないし、そもそも近づくことに気づかれていたんじゃちぐはぐだ。
「悪かったのじゃ! わちは謝りに来たのじゃあ!」
「謝る? 何を?」
ぶるぶると震える狐っ娘はぴたりと止まり、俺に視線を合わせ、そしてゆっくり逸した。
「きのう聖女の姿で主らを襲ったのはわちなのじゃあ……」
「うん……。うん?」
いまなんて?
俺の戸惑いを勘違いしたのか、狐っ娘ががくがく震えだした。
「殺さないで欲しいのじゃあ……。逃げないから離してほしいのじゃ……苦しいのじゃ……息ができないのじゃあ……」
ぷるぷるしながら泣き出した。
俺と視線を合わせたメメは軽口頷き、首に掛けた手を離した。
すると狐っ娘はメメのマウントをぴょいんと跳ね除け、しゅたたたたと逃げ出した。
シエラはそれに向かって魔石銃を構え、引き金を引いた。
バアン。
ドサッ。
狐っ娘は地面に倒れた。地面を体液で濡らす……。
こうして俺達の復讐は完了した――わけではなく。
「ぶるるるるっ」
狐っ娘は生きている。
シエラの引き金は空砲だった。シエラは「飴玉いれるのわすれたー」としょんぼりしてたが、俺は「勝手に人に撃っちゃだめだぞ」と頭をなでなでした。
さて、恐怖でお漏らしした狐っ娘を引き起こして尋ねる。
「お前がドッペルゲンガーなのか?」
「どぺえる? わちは妖狐じゃ。主らふうに言うと狐の悪魔じゃ」
「ヨウコ。お前の目的は何だ」
ヨウコは観念したのか、指をもそもそして、目を逸らして答えた。
「ちょっとイタズラしただけなのじゃ……悪気は無かったのじゃ……」
「本当は?」
「ちょっとあったのじゃ。いやいや! わちの使った魔法に害は無いのは見てたじゃろ!?」
俺はメメを見た。メメはうんうんと頷く。いや避けてたよね君?
「主に魔素を吸われたせいでこんなちっこくなってしまったのじゃ……。観念するから元に戻して欲しいのじゃ」
「残念だがそれはできん」
「なぜじゃ!? もう危害を加えないと約束するのじゃ! 街からも出ていくのじゃ!」
「いやそうじゃなくて。戻し方とかわからんし」
アリエッタ曰く、吸い取ったマナはシエラに移ったようだが、シエラから吸収するのはちょっと……。俺はペド野郎になってしまう。倫理的にマズイ。ロリが良いとかそういうわけじゃなくてね?
「それにお前は悪魔狩りに引き渡さないといかん」
「ぬああ……。わちも主の情婦になるのじゃ……勘弁してくれんか……」
「も?」
ヨウコはちらりとメメを見て、しまったという顔をした。勘違いに気づいたらしい。
「わちをこんな身体にしたし、てっきりそういう趣味かと……」
「残念だが……いやまて」
俺は大きな思い違いに気付いた。
いままでヨウコはなんと言っていた?
その言葉は示すことはつまり……。
「わかった。ヨウコ、お前を俺たちの仲間にしよう。悪魔狩りにも渡さないし、マナについても協力する」
「まことか!?」
俺は力強く頷いた。
ヨウコの言う事が事実ならば、それはつまり……。
俺は手を強く握り締め、顔がにやけるのを堪える。
ヨウコの元の姿は大人の姿……ぼいんぼいんの可能性が高いと言う事だ!
「よし!」
俺はヨウコと握手を交わした。
その途端、なぜか横からメメに蹴り飛ばされた。もちろん俺が。
そしてシエラはヨウコの口にクッキーを突っ込んでいた。




