奴の胸ぐらは俺が掴まえてやる
俺がベッドに座ると、メメも隣に座った。宿の部屋で二人。一つの季節、こうして当たり前のように過ごしてきた。
そしていつものように俺の身体に触ったり、伸し掛かったり、メメが俺をからかってくることは今日はなかった。
「どうしたんだ?」
俺がメメの肩に手を置くと、彼女はビクンと身体を震わせて、猫のように跳び上がって距離を取った。
「触らないで!」
「え、ごめん」
何かメメの機嫌を損ねてしまったらしい。それにしてもいつもは自分から引っ付いてくるのに、肩に触れただけで逃げるとか酷い。酷くない?
「ザコお兄さん……無自覚なの?」
メメが再び猫のようにすり寄ってきて、俺の腕をつんつんとつついた。
「お前が俺のことを愛してること?」
「え? そんな風に見てたの? 引くわー。きしょー」
冗談半分……正直ちょっと、いやかなり、俺のこと好きなんだろこいつーとか思ってたのに、メメが道端の糞を見る目で俺を睨んできたので、俺の心は予想以上の大ダメージを受けた。男なんて「糸くずが付いてるわようふふ」と袖の糸をつんと取ってくれただけで「あ、この女おれに惚れてるな?」と思い込んでしまう浅ましい生物だ。だとすれば、猛烈スキンシップというか、毎夜当然のように同衾してるならそんなのもう「俺に抱かれたいと思ってるんだろ」と思うというか、それが事実だと思うじゃん。
いや待て、最近は深夜に俺のことをベッドから蹴り出すからメメからしたら「寝る場所にいるでかい邪魔な何か」くらいにしか思ってないかもしれん。よくよく考えれば野宿で俺の上に乗ってきたのも「地べたより寝心地がいいから」くらいにしか思ってないような気がする。
そう思ったら腹が立ってきた。
俺だってぺたんこ流線型よりもおっぱいーんと一緒に寝たいんだ。こっちから願い下げがふん。まあ大人体型に変身してくれるなら考えてやってもいいけど? その時は俺の理性の方が持たない可能性が高い。そしたらどうなるか。俺はベッドから蹴り出される。なんだ結果は同じじゃないか。
「――だからザコお兄さんの手は危険なの」
「ごめん聞いてなかった」
「んんんんッ!」
俺はメメの怒りの拳を甘んじて受け止めた。思わず手でガードしたけど。いつの間にかメメの虐めに反応できちゃってる俺がいる。
そして拳を受け止められたメメは「ひゃふんっ」と愛らしい声を上げて、俺の背後に回って首に腕を回し絞め落とそうとしてきた。俺は即座に腕タップして降伏する。メメが豊満だったらタップは遅れてたかもしれない。
「もう一度言うけど、ザコお兄さんの手……というより魔法の一種なんだけど、相手のマナを吸収する力を持ってるみたいなの」
「え、なにそれこわい」
「すぐに怖いと思うだけお兄さんの頭が空っぽっぽじゃなくてよかった。そうよ。危険なのよ」
「そんなことより寝ていいか? 疲れたんだが」
「そんなことより腕を拘束させて」
「実力行使しないってことは触らないって約束すればいいんだろ。指一本触れないよ。おやすみ」
何が危険なのかよくわからなかったけど、眠気が限界だった。
深夜。メメの嬌声と共に俺はベッドから蹴り出された。
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さて、今日も俺たちはパフィの店にやってきた。もちろんシエラの様子を見に来た。
シエラはベッドから起き上がって、床で積み木を積んで遊んでいた。
そしてアリエッタがうとうとしながら椅子に座っていた。
「いつまでここにいるんだアリエッタ」
「あんたねー。あんたがここに連れてきたんじゃないの。その口で言う?」
「いやあ。パフィさんに迷惑かけてないかなって」
「あんたねー。あんたがそれ言う? むしろエッタは手伝いでめっちゃ感謝されてるかんね。氷作る魔法って依頼したらめちゃくちゃ高いんだから」
アリエッタはシエラの様子を見ているだけじゃなくて店の手伝いもしていたようだ。それはそれとして。
「リチャルドとディエナの姉御は平気かなって」
「むしろ二人は良い休養になってるんじゃないのー?」
カラコロと自分で作った氷を入れたコップの水をアリエッタは揺らした。
そしてシエラは三角の積み木をてっぺんに乗せて「できたー」と両手を広げた。
メメが隣に座って覗き込んだ。
「なぁに? お城?」
「アレぇー」
シエラがアレと言って指差したのは、窓の向こうの街中の建物。街中であっても頭が抜き出て見える教会だ。
「教会か。上手にできたな」
「きょーかいっ」
「教会はねー、悪い人がいっぱいいてお菓子を盗られちゃうんだよ♥」
メメがそう言うとシエラはぷるぷる震えだした。そしてせっかく作った積み木の教会を自分の手でがしゃんと崩してしまった。悪魔か。悪魔だった。
「変なこと教えるなよ」
「でも昨日私達を殺しに来たのは本当じゃない」
今度はアリエッタがぶほっと水を吹き出した。
「それ聞いてないんだけど!」
「そういえば言ってなかったな」
昨日のことをざっくりとアリエッタに話すと、口に手を当てて「うーん」と悩んだ。
「ミッシェルってのが怪しいわね」
「だよな。俺もあいつはホモだと思う」
「そうじゃなくて。いやそれ違うでしょ絶対」
なんだと……。俺の尻に毒針を撃ち込むついでに撫でてきたんだぞ……?
「エッタが思うに……あ、ちょうど来たみたいよ」
なんだと……。窓の下を覗いてみたら、例の男が店の前でうろうろしていた。あれは店の様子で入りづらくて戸惑っている様子だ。わかる。わかるよ。
「行ってくる」
俺とメメは階下に行き、ミッシェルを出迎えた。
メメが小悪魔営業スマイルで接客をして店に引き入れた。
「いらっしゃいませ~♥」
「今日もメメちゃんかわいいね!」
俺は決定的な思い違いをしていた。こいつはホモじゃなくてロリコンだった。
俺達は店に二つしかないうちの一つのテーブルに付く。
そしてミッシェルは声を潜めた。
「ダークエルフの店か。良い隠れ家だな」
「なに? お前もあの褐色おっぱいの良さがわかるのか?」
つまり彼も同志ということだ。いや、ホモでロリコンで褐色おっぱい好きなだけかもしれないから油断はできない。
「率直に謝ろう。昨日ザークが取り押さえた偽聖女には逃げられた。完全に俺のミスだ」
「なんだと……」
俺はまだ聖女が本物の可能性を諦めてなかった。だが偽物のおっぱいだったのか。くそっ。
「正直ザークの力を甘く見ていた。お前が拘束できたなら俺が引き継いで運べると。どうやってあんな悪魔を取り押さえてたんだ?」
「悪魔?」
「呼んだ?」
メメがやってきて、ミントが乗ったドリンクをことりと二つテーブルに置いた。
「メメちゃんは小悪魔的にかわいいね! うわすごい透明度の氷だなにこれ」
「この店には凄い製氷機があるのよー☆」
パフィさんがにっこり笑って手を振った。
その製氷機って二階で幼女と遊んでる幼女みたいな体型の歩く危険物のことでは。
「話しを戻そう。昨日ザークが捕まえた偽聖女は俺の追っていた姿を変える悪魔だ。ドッペルゲンガー。聞いたことあるか? 他人の姿を写し取るんだ」
「ということは、まさか、本物と姿そっくりということか?」
「ああその通りだ。だから非常に厄介なんだ。わかるだろう、あの悪魔が仕掛けようとした卑劣な手が。もっとも、ザークの手で打ち破られたわけだが」
「ミッシェル、すまんが……」
俺はメメに目配せをした。メメは瞬時にそれを理解して、パンケーキを切るナイフを手にして、ミッシェルの背後から首筋に当てた。
いや、俺はそんなこと頼んでないが。卑劣な手ってなんだろって思っただけなんだが。
「何を……?」
「その話しを聞く限りだと、ミッシェルさんが一番あやしいよねー? ほんものー? にせものー?」
メメがミッシェルの耳元で囁く。
だがミッシェルはそんな窮地に耳を真っ赤にしていた。やはりロリコンか
「その考えはなかった。確かにオレが敵ならそうする。有効な手だ。そしてオレはオレが本物と証明することもできない。素直に退散するから見逃しちゃあくれないか」
クールを装っているが、ロリコンなのはバレバレである。
大体こいつは初対面からメメに興味があると言っていた。愛は自由である……と言っていたのはジス教だっただろうか。
「わかってる。お前のことは誰にも言わない」
俺がそう言うと、ミッシェルは目を丸くして頷いた。
「ああ。ザークはオレが思ってるよりずっと賢い男のようだ」
「任せろ。奴の胸ぐらは俺が掴まえてやる」
そう、偽物だろうと本物と同じおっぱいだったというわけだ。ならばもう一度俺が掴まえてみせる。
俺がそう宣言すると、ミッシェルは苦笑して銀貨をテーブルに置いて立ち上がり、店の扉を押した。
去り際に俺は一つ教えてやることにする。
「ミッシェル。お前は一つ勘違いをしている。お前が本物かどうか見分けるなんて簡単だ」
「どうやって?」
「メメ、例のブツを」
メメはそれで察したのか、奥の部屋から小さい包み紙を手にして戻ってきた。
「手作りココアクッキーだよ♥ ちょっと焦げちゃったけどあげるねー」
めちゃくちゃ喜んでたのでこのミッシェルは本物だな。