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俺は森を調査する

 メメは俺の腕を取り、南門へ引っ張った。彼女の様子はいつも通りだ。メメはシエラを助けようと動いているが、俺とは少し違ってるような気がした。

 しかしそのことよりも今は懸念が多い。

 ギルドからは東の森の調査。そして調査中のシリスとの合流。さらにエルフの秘薬の材料を二日で調達。

 二日というのも曖昧だ。俺には様態もわからないし、薬を作るのにどれだけかかるのもわからないし、効き目がどのくらいあるのかもわからない。

 やることを一つずつ考えていき、南門に来て俺ははたと気づいた。


「あの広い森の中にいるシリスをどうやって見つけるんだ? 探索に時間もかけられないぞ」


 メメはコカトリスに群がる人だかりと、そしてその奥の森を指差した。


「コカトリスよ。森の異変を感じて彼女も戻ってくるはず。痕跡を追っていくの」

「なるほど」


 コカトリスの毒がまだ周囲に残っているらしく、衛兵が囲み、人が近づかないようにしていた。

 俺の剣はコカトリスの胸に突き刺さっており、毒によって柄がぐずぐずに崩れていた。尻尾の蛇も大きく裂けた口からぐずぐずと沸騰するように溶けた内蔵がスープのように溢れ出していた。


「あれじゃあ剣が使えないな……」

「青銅の兄さん!」


 ジル少年がやってきて、少年たちを守れたこと、討伐について礼を述べた。

 そして俺たちは森へ入ると告げると、付いて行きたいと申し出た。


「これでも狩人見習いなんだ、邪魔はしない。おれ達にとって東の森は庭みたいなものだし」

「しかしジルは弓がないし、俺は剣がない。危険だぞ」

「大丈夫よ。私がいるし」


 そう言ってメメが抱きついてくる。ジル少年は目のやり場に困った様子で森の中を先導した。

 俺からしたらメメはちんちくりんの子供だが、少年からしたら同年代くらいだもんな。俺がイチャつきたくてイチャついてるわけじゃないんだ許せ。俺の力でこの引っ付き虫は剥がせないし。


「こっちだ」


 コカトリスの痕跡を辿ってどんどん森の奥へ進むジル少年の背中を追う。俺が一番歩くのが遅い。メメに引っ張られている。

 もうちょいなんとかならないのか俺の脚。もう膝の痛みはないのだが。

 そう、メメと会ってから膝の痛みに悩まされることが無くなったのだ。これもマナのおかげだろうか。そう考えると昔の俺は冒険者としての資質が皆無だったわけで、そりゃあみんな諦めさせてくるわけだ。

 もしお人好しリチャルドが商人になると言い出したら俺は全力で止めるし。


「しかし、オークがいなくなったのに森の中が静かだな」

「猿が邪魔してくるよりはいいじゃない」

「モンスターはいないのか?」

「平気よ。コカトリスの通った跡に近づく生き物なんていないよ」

「そういうものなのか」


 メメはジル少年の肩に手を置き、止めた。


「まあ例外はいるけど」


 メメは木の枝に跳躍し、手を輪っかにして覗き込む。


「隠れるのが上手いねー。これは当たりかな」

「当たり?」


 メメの立つ枝の幹にスコンと矢が突き刺さる。


「エルフ娘よ。すぐに見つかったね」


 メメは矢を引き抜き、手を振った。

 そして遠く、フードを被ったシルエットが現れる。

 近づいて、彼女がフードを外すと人嫌いエルフは相変わらずのしかめっ面だ。ジル少年が怯えている。


「どうした。お前達」

「ああ。頼みがあって来たんだ」

「それよりも、これだ。危険な予感がする」


 そう言ってシリスは地面を撫でた。触れたのはコカトリスの爪の跡のようだ。


「それね。コカトリスはもう倒したぞ」

「なんと」


 シリスはしかめっ面が取れて驚きの表情で固まった。


「その顔の方がいいぞ」

「なに口説いてるの。ザコお兄さん♥」


 俺は尻にメメの蹴りを食らい、四つん這いになって悶絶し、さらに背中に乗られた。

 そんな俺を見てシリスはふふっと笑った。レア表情だ……。


「それで、用とは?」

「エルフの秘薬が作りたいから、世界樹の若芽の代用品がほしいの。二日で」

「ふむ。無茶を言う」


 シリスは顎に手を当て、ジル少年を見た。


「その子供は?」

「ああ、狩人見習いだ。コカトリスの痕跡を追うために連れてきた」

「ここから一人で帰れるか?」


 ジル少年は頷く。


「セックスを見つけた、と伝えてくれ」


 子供に急に何言い出してるんだこのエルフ!?


「ギルドに伝えればいいんだね?」

「そうだ」


 ジル少年が来た道を戻っていく。少年から突然「セックスを見た」と伝えられる受付嬢はどんな反応をするのだろうか。

 いやしかし、メメもスルーしている辺り、きっとまた古代語かなんかなのだろう。うん。


「行こう。案内する」

「材料は?」

「道すがら話す」


 シリスは時々、何か植物の葉を摘んではメメに渡している。


「それが材料なのか?」

「これは香草だ」


 香草かよ。


「それより材料はどうなんだ。その、世界樹の若芽の代わりは」

「世界樹の若芽とは、元からそれのことではない」

「どゆこと?」


 たどたどしく伝えるシリスによると、世界樹の若芽とは強大なマナを示すという。無垢のマナってなんだ。


「私達の身近なところだと、シエラがそれかな?」

「幼女を材料にするなよ。使う相手を材料にするなよ」


 ぷにんとメメの脇を突っつきながら話していると、シリスが急に振り返った。


「シエラ。虹か。良い名だ」

「どうも」

「今度会わせてくれ」


 シリスが他人事に興味を持つとは珍しいな。

 そして再び森の中を歩き出す。

 俺はメメの耳に顔を寄せた。


「どうしたんだあいつ?」

「名前に親近感が沸いたんじゃない?」

「そういえば似てるな」


 耳打ちもエルフ耳には聞こえていたのか、シリスは振り返り頷いた。


「シリスはだ」

「こ」

「虹に近い言葉ってことね」

「ふぅん」


 会話が途切れた。暗い森の中がさらに暗くなっていく。日が傾き始めたようだ。


「見えてきた。セックスだ」


 いやだから、セックスってなんだよ! と思いつつ進むと、地面が隆起した場所があり、そこに石で作られた巨大な穴が開いていた。


石窟せっくつ?」


 俺は拳でコンコンと入り口の石造りを叩いてみた。いかにも人工物で、周囲の自然から浮いて不自然だ。この石造りが真新しく、苔一つ生えていないからだ。


「もしかして、新しく生まれたのか?」

「そのようだ」

「中はもう入ってみたのー?」


 メメはとんとんと真っ暗闇の階段を降りていく。


「危ないぞ」

「主はもう倒したから平気よー」


 メメは指先に魔法の火を灯した。石造りの階段は真新しいのに、ところどころ崩れており、壁にもこすられた傷がある。


「コカトリスの巣だったってことか?」

「みたいねー」


 メメは指先の火をひょいと投げた。火は暗闇の中を進んでいき、その先の湖面にぶつかってジュッと音を立てて消えた。


「原因はこれね。魔狼も、オークも、コカトリスも」

「じゃあ調査は解決?」

「降りてみましょ」


 メメは再び爪に火を灯し、俺たちはその後を付いて階段を降りてゆく。

 穴の中では三人の足音だけがコツコツと響き、やがて奥から水の滴る音が聞こえてきた。

 穴の奥では広間となっており、その奥で水が流れているようだ。

 天井には青い水晶のようなものが垂れ下がるようにくっついていた。それが淡く青く光り、広間をほのかに照らしている。


「ここでコカトリスは生まれたようね」

「やっぱりモンスターって急に生まれるものなのか?」

「エルフの考えは違う。それらは、跳ばされてくる」


 とにかく、幼女悪魔と同じように、コカトリスはここにポンと現れたようだ。


「魔狼とオークは?」

「ここの水が高濃度のマナを含んでいるでしょ」

「でしょと言われても」

「流れ出た水を飲んだからじゃないかなぁ?」

「かなぁと言われても」


 つまり、彼らは汚染された水を飲んでモンスター化したってこと?


「げ。俺もこの辺の沢の水飲んだぞ!?」

「平気よそのくらい。むしろもっと飲んで強くなったら?」

「モンスターにされるぅ!」


 がぼがぼと泉の中に顔を突っ込まれて気づいた。


「シエラにこの水を飲ませたら回復しないか? しかも生まれたばかりなんだろ? 無垢なマナの条件を満たすんじゃ?」

「この穴は新しいけど、水は元々あったみたいだから……。それよりもこっちのお宝っ」


 メメは天井の青い水晶を指差した。


「あの魔石はどう?」


 しかしシリスは首を静かに振った。


「魔石は粉にしても材料にはならない。採る道具もない」

「だなあ。きのこの一本でも生えてればいいんだが」

「そもそも、考えが違う。ここはもう薄い」

「マナが? 濃いんだろ?」


 シリスは首を横に振る。

 彼女が言うには、マナが濃かったこの場所に、マナを使ってこの石窟が作られたようだ。

 つまり順番としては、ここにマナが集まった、濃くなった、水が汚染された、その水を長年飲んで狼やオークがモンスター化した、ここに石窟とコカトリスが現れた。


「じゃあ、コカトリスの身が材料になる!?」

「可能性は高い」

「なんてこった。おーいメメ! 帰るぞー!」


 だがシリスが「待て」と止めた。


「もう暗い。明日にしよう。外よりここの方が安全だ」

「……そうだな」


 石窟の中でキャンプすることとなった。

 だが俺は、シエラの時間の猶予もないのもあり、心が落ち着かない。

 そんな俺の膝の上にメメは座った。


「ザコお兄さんはどうしてあの子を助けたいの?」

「どうしてってそりゃあ……」


 俺の中で気持ちを反芻はんすうする。同情とか、愛情ではない。でも俺は助けなきゃいけないと思ってる。


「仲間だからな」

「仲間……そうね」


 そう言ってメメは俺を石畳に押し倒し、俺を敷布団代わりにした。

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