悪魔はお菓子で殺せる
コカトリス討伐は大きな騒ぎとなった。そりゃあもう大きな騒ぎとなった。冒険者ギルドがひっくり返った。
そして「ああ今日が命日か」と街の防衛に駆り出された非番の冒険者。それと衛兵たち。彼らが見たのは、剣が突き立てられた巨体。自らの毒で肉をぐずぐずに腐らせている巨大な雄鶏こけこっこー。そして口が異様に裂けた尻尾であった巨大蛇。
彼らが「おいおい終わってるじゃねえかよ!」と、明日も訪れる事を泣いて叫んで歓喜した。
彼らに街道整備の少年たちが西の森へ逃げ込んだのを伝え、俺はぐったりとした幼女を抱えて、メメと共にギルドへ向かった。
目がまんまるになっている受付嬢に討伐したことを伝えると、「はぁ?」と返ってきた。もう一度伝えると、「へぇ?」と返ってきた。
メメは「貸して」とシエラを抱いてギルドから出ていき、俺は正気に戻った受付嬢にもう一度最初から説明をする。
説明の前に応接間に通された。ふわりとしたソファに座る。
「シエラさんが魔法を使って?」
「ああ」
「コカトリスの頭が吹き飛んで?」
「ああ」
「メメさんが尻尾を切り落として?」
「ああ」
「とどめを刺した」
「その通りだ」
受付嬢はうーんと唸る。
「ザークさんは?」
「何もしてない。いや、街道整備の子らを逃したと言うべきか」
モンスター来襲を叫んだだけだが。
「虚偽申告はダメですよ?」
俺の前に紅茶が出された。下働きの女の子メイドさんが一礼をしてすすっと下がっていく。
「どの部分が虚偽と?」
「えーっと……全部?」
俺は紅茶をずずっと口にした。ちょっと渋い。
「コカトリスってそんな討伐自体を疑われるほどのものなのか?」
「コカトリスが出てきた事自体が一大事ですよ!」
受付嬢はガタッと立ち上がり、ふぅとソファに座り直した。
「今後、東の森はより厳戒態勢となります」
「魔狼といい、オークといい、コカトリスといい……何があったんだろうな」
「それも調べなければなりません」
「人嫌いエルフが動いているのだろう?」
東の森は、エルフのシリスが調査を続けていた。森に生き残ったオークを狩るとの事で、森に入りっぱなしである。
「はい。シリスさんはコカトリスを見落としたのでしょうか」
「森の浅い所にいたから返って出会わなかったのでは? 彼女はオーク狩りに深部まで行ってるだろう」
「だとしても、どこから来たのやら……。ザークさん、人手が足りません。お願いします」
本来ならばリチャルドが頼まれる案件だ。だがいない。
そうリチャルドパーティーの他の三人も別の仕事、大農園の護衛で街を出ている。
「乗りかかった船だが、メメの気分次第だな。それと、報酬」
「報酬……そういえばお金に困っていらっしゃると」
「ああ……。お菓子代がやばい」
「お菓子代……」
俺と受付嬢はお茶請けに出されたテーブルの上のクッキーに視線を落とした。
「わかりました。調査依頼の前金を捻出いたしましょう」
「助かる」
メイドさんが戸惑っている。戸惑ったすえに、テーブルの上に塩味のビスケットが置かれた。お菓子の話題がちらりと聞こえて気を配ったのだろう。
「ギルドの方ではなにか思い当たる節はないのか?」
俺がそういうと、受付嬢は声を落とした。
「眉唾ですが……、悪魔が関係していると言う人もいます……」
「またそれか」
「また、とは?」
受付嬢は顔を上げて俺の目を見た。
「同じような噂を昨日、聞いただけだ」
「ザークさんはどう思いますか?」
どう思う……。
「仮に悪魔がいるとして……」
「はい」
「目的はなんだろうな」
「それは……人を滅ぼすためでしょう。悪魔はモンスターを使役して、人を襲わせますから」
そうだろうか。
シエラは洞穴で“みどりのともだち”と遊んでいた。俺はその時の事を思い出し、少し胃が痛くなる。
「君は悪魔がいると思うか?」
俺がそう言うと受付嬢はふふっと笑った。
「悪魔はいませんよ。大英雄ガルガントが悪魔を駆逐して、国ができたのですから」
・
・
・
俺はクッキーを手土産にし、ギルドを出た。
「そういやあいつらどこへ行った?」
シエラが気絶してるから寝かせられるところか、近くなら酒場? それとも宿へ戻った?
「大将、知ってる?」
「嬢ちゃんなら向こう行ったぞ」
りんご露店の情報屋の大将は街の西を指差した。褐色おっぱいダークエルフのお店の方角だ。
「サンキュー大将!」
「いいってことよ」
パステルカラーな店に一人で入るのに躊躇する。そういえば隣にメメがいないのだった。なんか身体が身軽だと思ったわ。
「やあパフィさん」
「……ザークさん」
いつも明るいパフィさんの表情が暗い。
「何か遭ったのか?」
「ごめんなさい。私ではシエラちゃんは……もうっ……」
目が覚めて菓子を食う手が止まらないとか?
と、楽観視していたのだが、ベッドにシエラは眠ったままであった。
隣でメメがシエラの手を握っている。
「メメ、状態は?」
「うん。三日くらいは持つかな。アリエッタがいれば良かったのだけど」
え? 三日? そんなに寝かせたの? 薬かなにかで?
「それじゃパフィ。お願いね」
「うん。メメちゃんも気をつけて」
「行くよ。ザコお兄さん」
俺はメメに付いて店を出た。
メメが俺に絡みついてこない、ただならぬ状態だ。
「せっかく拾ったのに、勝手に死にかけるってイラっとするよね♥」
「死にかけ……死ぬのか」
「制御もできないのにあんな魔法撃ったらねぇ。まさかあそこまでお菓子に執着してるなんて」
ここに来てやっと事態を理解した。
魔法一発で頭を吹き飛ばし倒せた事は、異常だったのだと理解した。
「俺の、せいか?」
「んーん。お菓子が美味しすぎたのが悪いよ」
悪魔はお菓子で殺せる……。
メメは足早に道を進む。
「なあ。助ける方法はあるんだろ?」
「方法は三つ」
「おお」
「一つはアリエッタを一日で連れて帰ってくる」
「無理だな」
早馬で大農園まで往復二日はかかるだろう。
しかし、アリエッタならなんとかできるのか。そんな優秀なのかあのちびっ子。
「二つ目は二日でエルフの秘薬を作る」
「ほう。それはできるのか?」
「それはこれから聞きに行くの」
着いたのはエルフババアの薬屋だ。
ババアは今日も辛気臭い店で辛気臭い顔をしている。メメが店に入るとババアは皺くちゃの顔をほころばせ、手を叩いた。
「嬢ちゃんよぉきたなぁ」
「ねえお婆ちゃん。エルフの秘薬って作れる?」
「わしにぃ、作れんものなどぉないっ!」
ババアは握りこぶしをぷるぷるさせた。
これは期待できそうだ。
「じゃがぁ、材料が無ければわしぃも無からは作りだせん」
「ばあさん、材料はなんだ?」
「エルフの里ぉ。千年先のぉ千年の森ぃ」
「千年!?」
エルフスケールじゃねえか!
「いや、わしの生まれは別じゃが」
「ばあさんの生まれは聞いてない」
「お婆ちゃんの言いたいのは、近くの森では採れないってことね」
「はあ!? ダメじゃねえか! 二日で作るんだろ?」
「ふぇふぇふぇ。この歳でこれまた無理難題を持ち込まれたもんじゃなぁ」
ババアは分厚い書物を取り出し、カウンターにどすんと置いた。天井の灯魔石が、舞い上がった埃を煌めかせる。
ババアは右目にレンズを嵌めて、ぎょろりとした目で分厚い本を開く。枯れ枝のような指で頁をめくっていき、植物図画に指差した。
「こいつがぁ、ない」
「……読めん」
「世界樹の若芽」
「左様」
左様って。世界樹とかそんなおとぎ話の存在……ああ、だから千年の森……。聞いたことがある。エルフは千年かけて若木を育てて森を作ると。ゆえに千年の森。世界樹はそこにある。
「ねえ、他の材料はどう?」
「わしぃの店に無いものなどなぁい!」
「そうじゃなくて、代用品」
ババアの目からレンズがぽろりと落ちて、本の上を転がった。
「この歳でそんな挑戦をすることになるとはのぉ」
「できるかしら」
「エルフの娘に頼みなぁ。わしよりここの森に詳しいじゃろぅ」
「シリスか! なるほどなばあさん!」
「急ぎなんじゃろう。準備はしておくから早くお行き」
ババアは奥の部屋に引っ込み、俺たちは店の外へ出た。
照りつける太陽の光で目が眩む。