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幼女はおしごとする

おぶくま、ひょうか、ふえてるー。ありあとー。おかしー!

 次の日、俺たちはお仕事に出た。

 受付嬢に「青銅タグになって最初に受ける依頼がこれですか?」と呆れ顔された内容は、森の中にすら入らない街道整備。一言でいうと草むしりである。


「おしごとー」


 理由は幼女を連れているから。

 木製タグの少年達に混じって、南の街道の草を刈る。シエラには適当な露店で買った古着を着せて、頭に麦わら帽子を乗せた。手には急いで錆を落として研いだ鎌である。


「ねえメメ。あれ大丈夫? 怪我しない?」

「心配しすぎ」

「髪の毛引きずってるけどまとめ上げた方がよくない?」

「それは、そうね」


 メメは後ろから、シエラの長い虹色髪を三つの三編みにして、さらにそれを三編みにまとめて、くるくるりんと巻き上げた。


「……? ……ぅ?」


 まとめられた髪が気になるのか、シエラは手で自分の頭をぽんぽんと触っている。

 その様子をチラチラと周囲の少年たちが盗み見している。うちの妹はかわいかろー。妹じゃないけど。

 シエラは道に生えた草を、ざくっざくっと刈っていく。思ったよりざっくり刈れている。鎌を研いだのもあるけれど、彼女もおそらく見た目とは違う力を持っているのだろう。

 ぽわぽわしてる様子を見ていると思わず忘れてしまうが、ぷにぷに幼女もメメと同じように悪魔なのである。人とはことわりが違う……というより、マナの使い方が上手なのだろう。

 しかしすぐに鎌を放り出し、飛んでるちょうちょを追いかけ始めた。そして少年の一人とぶつかって、ころころころと草の上を転がり、ぴええと泣いた。


「お、おれのせいじゃねえぞ!」

「君は大丈夫か?」

「ああ。その子がぶつかってきたんだ」

「わかってるわかってる」


 よっこいしょとシエラを持ち上げ、口に小さな砂糖菓子を放り込んだ。もぐもぐしたあとに俺の髪を引っ張り「もっと」と要求してきたが、「お仕事しないとだめ」と言って引き剥がす。


「ちゃんとぶつかった子に謝らないとだめだぞ」

「ごめんちゃい」

「いいよこんくらいで。なんともない。それより鎌を拾ってきなよ」


 少年は他の子よりも作業に慣れているのようだ。体つきも違う。もう少し良い仕事していてもおかしくないはずだ。


「君はなんで草刈りなんかを?」

「それを言ったら兄さんこそ。その胸にあるの青銅タグだろ?」

「ああ、そうだな。今日はアレの子守だ」


 アレは鎌を手にしてぶんぶん振り回し、周りの少年が慌てて逃げ出した。


「“外”の子?」

「いいや、アレでも冒険者だ。木製タグ付けてるだろ」

「兄さん。どう見てもあの子は12歳じゃないでしょ。もぐりと違って重罪だぞ?」

「いいや、本物だ。認めさせた」

「ふぅん。青銅にもなればそんな事も通せるのか」


 草刈りに参加している少年のうち、多くの者は胸にタグを付けていないタグなしだった。その少年たちは東の門の外にある、貧民層の子どもたちだ。子どもたちは“外”の子と言い、12歳で成人すると冒険者となる。


「名前は?」

「ジルだ。狩人見習いだよ。兄さんはザコだろ?」

「ザークだ。アレはシエラ」


 ジル少年は立ち上がり、シエラに向かって手を振った。


「おーいシエラ!」

「あいっ」

「おれの隣に来い。みんなの邪魔をするな」

「おしごと?」

「そうだ。仕事だ」


 ジル少年が手綱を取ってくれるようだ。シエラがちょうちょを見かけてうずうずしだすと、手を掴んで引き止めた。


「兄さんは立ってるだけなのか?」

「俺は東の森の警戒だ」

「ふぅん。青銅級が見守ってくれるなら助かるよ。こいつら戦えるの少ないし、俺も武器を無くしたし」

「そりゃあ災難だな」

「ほんと」


 この様子なら任せられるかなと、離れて森に近づいたところ、珍しくメメが慌てた様子で駆け寄ってきた。


「ザコお兄さん、離れて」

「何か遭ったのか?」

「やばいのがいる」

「ふぅん」


 こちとらオークロードスレイヤーだぞ。俺はバスタードソードを抜いた。


「死ぬよ」

「なんとかなるだろ」

「コカトリスよ?」

「こかとりす?」


 メメの様子からするとちょっとやばそうなモンスターのようだ。


「でもメメなら勝てるんだろ?」

「うーんまあ。あの子たちはみんな死ぬけどね」

「うぇ!?」


 そんなに? と、後ろを向いたところで、森から異様な雰囲気を感じた。

 ザザザザと森の入り口から草をかき分け、木々ほどの大きさの、鳥とトカゲを混ぜたモンスターが現れた。

 マナの力を扱い始めたからわかる。俺の肌が、血肉が、その異様な姿のモンスターから発せられる異様なマナと共振し、震え上がらせ痺れさせ、全身がやべえと叫んでいる。


「みんなぁ! 逃げろぉ! モンスターだぁ!」


 少年たちは蜘蛛の子を散らすように駆け出した。“外”の子は勝手に街壁の内側へは入れない。少年らは危険を承知で西の森へ向かう。

 そんな中、シエラはぽちんと立ち尽くし、俺の方へ走ってきた。

 ジル少年がそれに気づき、シエラの手を掴む。


「なにやってんだ! 逃げるぞ!」

「おしごとー?」


 シエラは手を振り切り、ぽてぽてと俺の方へ寄ってくる。そして俺もシエラに向かって走っている。


「兄さん! 青銅のあんたなら倒せるだろう!?」

「いいや無理そうだ! ギルドへ応援を呼んでくれ!」

「わかった!」


 ジル少年が街へ向かって走り出す。

 そして俺はシエラを抱きかかえて、街道まで戻り振り返った。


「メメ!」


 メメは指先から炎をまとったの閃光を発し、コカトリスの頭を狙うが、鶏冠とさかに掠るだけで外してしまった。

 コカトリスは『グゲェ』と鳴き、紫の息を吐き出す。

 メメはバク転をしながら俺たちのところまで下がってきた。


「あの息は猛毒よ。触れたら肉が腐り落ちて死ぬわ」

「まじかよ」

「ともだちー?」


 シエラには遊んでるように見えたようだ。それともそれが悪魔の感覚なのだろうか。メメも肉が腐るという毒息を見て楽しそうに笑っていた。


「いいえ。あれを斃すのがお仕事よ」

「おしごとっ! おかしっ!」

「あっ、おいっ!」


 シエラは俺の腕からぴょこんと飛び降りて、両手を前に突き出した。


「シエラも魔法撃てるのか?」

「ま、まって!」


 メメが慌ててシエラの腕を掴もうとしたが、激しいマナの光に包まれた。


「そんなにっ」

「おかしぃー」


 シエラの手の光がぽんと消えた。

 地響きを鳴らしながら走ってきたコカトリスの鳥頭が爆発四散して消えた。

 激しい光で目が眩み、衝撃で俺は背中から後ろに倒れ、ぐるりと一回転した。


「は?」


 そしてシエラも俺のお腹の上にぽてんと吹き飛んできて、目をぐるぐる回している。


「剣を借りるねっ」

「えっ」


 メメが剣を……? と、思った時には俺のバスタードソードを拾い、頭の吹き飛んだコカトリスに向かって走り出していた。

 そしてコカトリスの尾を一太刀で根本から切り落とした。コカトリスの尾はまるで蛇のようだった。切り落としても別の生物のようにぐねぐねと動き、メメに牙を見せて噛みつこうと跳ねていた。

 メメはそんな蛇の頭を横薙ぎで切り裂き、さらに回転。背後のコカトリスの足まで切り落とす。

 とどめにコカトリスの胸に剣を突き立てて、俺たちの元へてんてんとんと戻ってきた。


「終わったのか?」

「毒袋に突き立てたから、近寄るのは危険だよ」

「おかちー……」


 シエラは手をぷるぷるさせながら伸ばし、そしてがくりと気を失った。

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