俺は幼女を躾けたい
「シエラ」
「あいっ」
キラキラ虹色桃色髪幼女は口にクッキーカスを付けながら、手を天井に伸ばして足を揃えた。
――口からお菓子を離さなくて、取り上げたら泣きわめいて、冒険者ギルドの受付嬢に叱られて、クッキーを渡されて、取られないように走り回って口に入れて、こけて、泣きわめいて、なだめられて、蜂蜜いっぱいの紅茶で機嫌を直して、俺が近づいたら受付嬢の背中にしがみついて、無理やり剥がしたら泣きわめいて、すみません失礼しましたと抱えて出て持ち運んで、ダークエルフのパフィのお店でぐずりながらお菓子を口にして、機嫌直して、満腹になって、椅子で寝落ちして、パフィさんのベッドで寝かされて、やっと起きて、寝起きのお菓子を要求して、やっと言うことを聞いて、「名前を呼んだら手を挙げて返事をするように」とやっと躾けられた所だ。
「メメお姉ちゃんの言うことはしっかり聞くように」
「あいっ!」
返事は良し! しかしテーブルの上の氷砂糖を手にして口の中にポイと投げ入れている。
「お菓子は勝手に食べちゃだめ」
「や!」
テーブルの上の氷砂糖がぽぽいと減っていく。
「お仕事してお金を貰わないとお菓子は食べられない」
「おしごとー?」
ここでやっと幼女の手が止まった。その手の氷砂糖を、メメが横から掠め取って口にぱくりと入れた。また泣いた。
「いじわるしないの」
「ずいぶんと子供に優しいのね。ロリコンお兄さん♥」
メメはメメで機嫌が悪い。二人が俺の分のお菓子の争奪戦をして、はんぶんこになったからだ。そもそも俺のだぞ。
ほっぺがぷんぷくりんの幼女に俺は銅貨を見せた。
「これがお金。お菓子はお金がないと買うことができない」
俺は銅貨をシエラに渡した。
シエラはそれをがぶりと口にした。そして俺をじろっと睨みつけてぽいと銅貨を投げ捨てた。
「こらこら! 投げちゃだめ!」
俺は幼女のお尻をぺぺんと叩いた。
「ぴええ」
褐色おっパフィさんがころころ転がった銅貨を拾い、テーブルの上に置いた。
「これだけじゃあ、そこのお菓子の一個も買えないわ☆」
幼女は氷砂糖を指を咥えてじっと見る。そして「あいっ」と手を挙げた。
「お金もっと」
「そう。お金がもっとないと食べられない。だからお仕事する」
「仕事しなくても美味しいものは食べられるよ♥」
このメスガキは、余計な口を挟みおるぅ!
メメがシエラの手を引いて外へ連れて行く。俺はテーブルに銀貨を山にして置いて、慌てて二人を追いかけた。
そして二人はすぐに見つかった。広場の露店であちこち食べ歩きをしておった。
しかもお金を払わず受け取っている。
可愛い子二人が店の前で食べる→
その様子を見に人が寄ってくる→
露店がいっぱい売れる
客寄せになるので店が次から次へと誘ってくる。
ずっとそれを見てた人は二人の大食いに驚愕し、やんややんやとさらに食べ物を与える。
なんということだろう。二人の両手には有り余る、籠にどっさりと食べ物が集まっていた。人が集まりすぎてピピーと警笛を鳴らして衛兵がやってきて、その中心地にいる二人の少女を見つけて、さてはて衛兵は困った様子。
俺はこっそり人垣に混じって様子を見る。
「お嬢ちゃん方。おうちで食べてくれないかな」
「それじゃあ酒場にいこっ♥」
「あいっ」
衛兵が丁寧な対応をしたのは、メメを知っているからだろう。衛兵は冒険者上がりが多い。横のつながりでメメの事も知っている。露出狂の変態少女なんてこいつだけだから誰でも一目でわかる。要注意人物の噂はすぐに広がる。「新人冒険者でオークロードを斃したヤベエ少女」と。さらに暴風のディエナとも繋がりがあると。
今この街で最も取り扱い注意の少女だ。
「ザコお兄さん♥ 行くよっ」
バレてぇら。
両手に露出過多の少女の手を握って酒場に向かう俺は、完全に言い逃れができない。「君がやらせたのかね」と言われても完全に無関係。そんな衛兵に「あげゆー」とシエラが固いパン(きっと美味しくなかったのだろう)を差し出すと、衛兵はでれーっとした顔で受け取り、「このパンは上部への騒ぎの説明に使用する」と賄賂じゃありませんよアピールをしてから、にこやかに手を振って幼女を見送った。
かわいいって無敵か。
「くさぁーい」
シエラが酒場に入って第一声がそれ。男くさいし、酒くさいし、肉くさい。三臭いが集まってるからしょうがない。
「おじさんくさーい」
と、酒場のおっちゃんは言われて大ショック。ガタガタと膝が崩れ落ち、なんとかカウンターに肘を置いて倒れるのを防いだ。
「なんだぁ? 愛人が増えたのか?」
「この二人が愛人に見えるなら飲みすぎだおっちゃん」
「愛人よ♥」
「あいじんっ」
両手の美少女が抱きついてきた。もうどうにでもなれ。
「モテモテでいいなぁ! ははは!」
「一人あげましょうか?」
しかし今日はみんな出稼ぎに出て、人が少ない。食べ物も持ち込みだから頼むのは酒だけだ。シエラには蜂蜜ジュース。
冒険者酒場には町民は来ない。というより住み分けられている。冒険者のたまり場になっているから冒険者酒場と呼ばれているだけだ。酒場のおっちゃんが元冒険者というのも大きい。
そんな酒場に一般客がおそるおそる顔を見せ始めた。どうやら俺の愛人二人を追いかけてきたようだ。
一人、二人、三人と客が増え、全くいつもと違う顔ぶれの様相となった。こんな汚い店なのに女性客も多い。
「すごぉい。男の人の店って感じぃ」
なんてこと言いながらキャッキャとお肉をつまみながら酒を飲んでいる。
そこへやってきた顔見知りの男。誰だっけ。
「今日はずいぶんとカタギが多いなぁ。おーいメメちゃーん」
男は店の端にいる俺たちの方へやってきて、シエラを見て困惑の表情で固まった。
「妹?」
「ああ。ところで名前なんだっけ?」
「ミッシェルだ」
ミッシェルが俺たちの前に座り、メメとシエラがかき集めた食料に手を伸ばした。
シエラがむぅと口を膨らまし、堅パンをその手に置いた。
ミッシェルは苦笑しながら堅パンに齧りつく。
「ミッシェルは出稼ぎに行かなかったのか?」
「ああ、その事で来た。ザコ、仕事を頼まれてくれないか?」
「内容による」
ミッシェルは真面目な顔で声を落とした。
「悪魔狩りだ」
「あくま……」
「ああ。オレはこの街に潜んでいると思っている」
「……何で知っている?」
思わず口にしてしまったと内心慌てる。
「悪魔はモンスターを使役する。魔狼の集団もオークの村も悪魔の仕業だ。悪魔がこの街を狙っている。悪魔は目立つ事を嫌う。街に冒険者が少ない今、街に悪魔が紛れ込んだ可能性が高い」
そうなのか?
俺はメメを横目でちらりと見た。メメは頷き、俺の口に肉を挿れてきた。違うそうじゃない。
「何か怪しい奴がいたら教えてくれ。教会はすぐに動く」
ミッシェルは女神の横顔が描かれた銀貨を置き、立ち去っていった。
悪魔が街に潜んでいる……?
メメはお腹を膨らませて満足そうだ。
「メメはどう思う?」
「どちらも自然発生だから悪魔なんていないよ」
「つまり?」
「何もしないで銀貨貰えて良かったね♥」
いや待てよ。
「いるじゃん。ここに悪魔二人」
シエラがうつらうつらしてテーブルに頭をぶつけそうだ。慌てて身体を支える。
「動けなーい。運んでー♥」
俺の両肩に少女の頭が寄りかかり、髪から良い香りと肉の香りがする。
その時の俺はまだ気づいていなかった……。
宿のベッドが三人で寝るにはあまりにも小さすぎるということを……。




