俺は幼女を拾う
「友達……?」
幼女はゴブリンに拐われて、友達は殺されたのだろうか。
幼女は感情の抑揚なく答えた。
「みどりのともだち」
緑……。俺は辺り一面に広がる死骸を見た。緑肌のゴブリン。
奴らは幼女を守るように立ち塞がった。簡単な答えだ。幼女の友達は俺が殺した。
「ねえ。その子も殺す対象なのぉ?」
「何言ってるんだ。ゴブリンじゃないだろう」
「じゃあほっとく?」
ゴブリンの死骸だらけの洞穴の中に放っておく? 正気じゃない。
「連れ帰るしかないだろう」
「ふーん。殺さないんだ」
こいつ悪魔か。悪魔だった。
しかし連れ帰るにも幼女の心情だ。俺は幼女の友達を殺した。ゴブリンだけど。きっと幼女はゴブリンをモンスターだという意識は無くて、ゴブリンも幼女を受け入れていた。
ゴブリンが踊っていたのは、幼女を楽しませていた?
そこまでの関係?
それを壊した奴に付いてくるか?
泣き叫ばられずに、対話できている事が不思議なくらいだ。
「君の家はどこなんだ?」
「……ここ」
ううむ困った。幼女は連れ去られてきたのではなく、ここに住んでいたということか。そこへゴブリンがやってきた。そして一緒に暮らした。異常な推理だが。
「家族は、どうしたんだ?」
「かぞく……いない」
おおう……。はぐれた? しんだ? ころされた? どうにせよろくな状況ではないことだけはわかった。
「そりゃそうよね。あなた生まれたばかりでしょ」
またメメはわけわからないことを言い出した。
さっきからメメの様子がおかしい気がする。
メメは自分の薄い胸元を弄り、ビスケットを取り出した。なんてとこに入れてるんだ。そのビスケットはカチカチの非常食ではない、パフィの店の甘いやつだ。
それを幼女の口に押し付けた。
「黙って私達に付いてきなさい。そしたら美味しいものあなたにも分けて上げる♥」
幼女はビスケットをぺろりと舐めて、がぶりと齧り、がふがふがふと口の中に詰め込んで、指に付いた粉をぺろぺろと舐めた。
そして俺に手を伸ばした。
「もっと」
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そして俺は裸の幼女を抱えて外に出た。
村でボロ布を貰って、幼女の身体に巻きつけた。メメと同じような格好だ。
村で聞いたが、村の子ではないらしい。ゴブリンの洞穴に居たと言ったらたいそう驚かれた。まあそんなこと言われたら俺だって驚く。幼女がゴブリンではないことは、見た目ですぐ理解してくれた。
幼女の髪は外で見ても、虹色に輝いていた。ベースは薄い桃色のストロベリーブロンドで、光に当たるとキラキラと虹が現れて綺麗だ。神秘的ですらある。
そして黄金のような瞳は今は閉じられて、俺の背中ですやすやしている。
俺の背中という定位置を奪われたメメは、ぶーぶー言いながら俺と一緒に街道を歩いて街へ帰った。
「メメさんや。メメさんや」
「なぁに?」
「この子は一体何でございましょう」
「悪魔よ」
ですよねー! なんとなくそんな気はしてました!
艷やかすぎる長い髪がメメにそっくりだし、メメの言動がおかしかったし。
「なんで殺そうと考えてたの?」
「えー。だって依頼はゴブリンの巣潰しでしょ? 巣を作ったのはこの子よ?」
「へ、へぇ……。じゃあ生まれたばかりというのも?」
「そのままの意味。洞穴と一緒に生まれた」
うんうん。理解が追いついていない。そもそも悪魔というものを知らないんだ。
有識者である悪魔メルメリアさんにお答え頂きましょう。
「悪魔ってそんなその辺にぽんって生まれるものなの?」
「なに言ってるの? そんなの悪魔だけじゃないでしょ。ザコお兄さんは頭よわよわねぇ♥」
え? 俺がおかしいの?
メメが言うには、植物も、動物も、人間も、その辺から生えたものでしょ、と言った。
いやいやそれは違うでしょと言ったところ、「なら最初の人は? どこから来たの?」と言われて俺は言葉に詰まった。
古い宗教では、世界と共に人が生まれたという。
南の方では、人が世界を生み出したという。
海の国では、海が人を生んだという。
ジス教では、神が人を生んだという。
最初の人は、どこからか来たのだ。最初の人は、最初からいたわけじゃない。最初の人は、どこからか生まれたのだ。
「だから悪魔もぽんと生まれる」
「じゃあメメも?」
「んーどうだったかなぁ?」
とぼけた顔をしているが、はぐらかした様子ではなさそうだ。
思わずメメの年齢を聞こうとしたが、背中に幼女を背負っているので止めた。うっかりまとめて死にかねない。
悪魔トークは置いといて、俺は幼女の名前を考える事にした。
名前を持って、生まれるわけじゃないらしい。
「メメの名前の由来は?」
「んー。なんだったかなぁ」
そう言って空を見上げた。真っ青な空に、今日も太陽神がギラギラとお怒りである。
と、思ったら黒のベールで空を覆い、雨の女神が涙する。木陰で休んで止むのを待つ。
そして開けた空には万の糸の夢のスカーフ。虹だ。
「古代語で虹は何ていうの」
「シエラ」
「じゃあ名前はそれで」
目を覚ました幼女はきょとんとしている。俺の頭を齧りだす。
「俺の髪の毛がやばい。何か食べ物持ってないの」
「んもう……」
メメは嫌そうな顔をして、ぺたんこの胸元からリンゴの蜂蜜漬けの瓶を取り出した。どうなってるんだよその空間。
シエラの満足そうな顔と引き換えに、俺の髪はよだれと蜂蜜まみれになった。
「君の名前はシエラだ」
「しえら」
「その甘い林檎を上げたのはメメ」
「めめ」
「俺はザーク」
「ざこー」
ザコじゃねえよ!
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俺が幼女を持ち帰り、冒険者ギルドに連れていくと、なぜか受付嬢に「またですか」と呟かれ白い目で見られた。
「大丈夫です。そういう趣味なのは理解しておりますから」
「大丈夫じゃない」
「はい。それではゴブリンの巣穴退治の依頼達成ですね。これでザークさんは晴れて青銅タグへ昇格です。おめでとうございます」
「あの」
「はい。もう実績できましたから、問題ありませんね?」
「まあはい」
すでに物が作られていたようで、即座に青銅タグを渡された。
「ところで背中の幼女も冒険者に登録したいんだが」
「え……? 何歳ですか?」
「拾ったからわからん」
「登録は12歳からですよ?」
「そうですね」
「孤児院に預けられたら?」
「できないですね」
できないのだ。
孤児院は教会が運営しているのだ。
『教会は悪魔を憎んでいます。見つからないように気をつけてください』
あの日、口の周りをクリームだらけにしたリチャルドが教えてくれた。
そして誰かに預けるつもりもない。
なぜなら甘いもので餌付けされた幼女悪魔は、おそらく他の質素倹約な生活では耐えられないと思われるからだ。
今も俺の頭の上で、甘いプレッツェルを口の中にもぐもぐと詰め込んでいる。
「……わかりました。シエラちゃんを木製タグの見習いとして登録いたします」
そしていくらかの攻防ののち、俺は登録を勝ち取った。
このジト目プレッツェル幼女悪魔を野……じゃなくて街に離したら間違いなく危険な事になる。監視下に置かなければ危険なのだ。
もし、メメの元から離れたら、お菓子を食べ尽くすまで暴走を止めないだろう。
すでにそういう事が発生した上の、お口のプレッツェルであった。




