俺はゴブリンの巣を潰す
太陽神の怒りに怯えた雨の女神が号泣する。そんな季節になると冒険者ギルドから人が減る。出稼ぎする者が多くなるのだ。
そして出稼ぎに出なかった俺はぽつんと木製タグの少年冒険者と共に依頼掲示板を眺めている。
そうしていたら受付嬢が近寄り話しかけてきた。
「ゴブリンの巣穴退治依頼の受託をお願いします。オークロードスレイヤーさん」
「その呼び方止めてくれ」
オークロードスレイヤーと呼ばれ、周りの少年の目が輝く。そして彼らは俺の胸元で鈍く輝く鉛タグを見て「あれ?」と首を傾げた。
吟遊詩人に歌われているオークロードスレイヤーは青銅タグとされているからだ。
「それに鉛タグに委任って普通はないだろ?」
「だってザークさんは実質青銅タグですから。単パーティーで頼める人が今はいないんですよ」
はぐれゴブリンを倒すだけなら良い。巣穴攻略となると手間がかかる。やりたがる者もいない不人気の仕事だ。放置すると周囲への被害が大きくなる。厄介だ。
そういう面倒な依頼から逃れたくて、昇級を断った面もあるのだが……。
「みんな畑に行っちゃって人がいないんですよぉ」
冒険者が小麦や野菜を収穫するわけじゃない。収穫物を、野盗やモンスターから守るためである。これは冒険者に人気の仕事だ。暑ささえ我慢すれば、大した危険もなく安定した給金が貰える。飯も寝床も借りられる。
ゴブリンの巣潰しとは大違いだ。
「だけど俺は巣潰しは未経験だぞ。メメはどんなんだ?」
「私がそんな汚い所に行くと思う?」
メメは氷の風の箱の魔道具――冷風機の前でだら~りとしている。
メメとは相変わらずの関係だ。殴り(十割躱され)殴られ(一割回避)する関係だ。
変わった事と言えば、あれからメメのつるぺたーんボディに甘いものが詰め込まれる習慣が加わった。そしてそれはすぐに俺たちに財政破綻を引き起こした。
すなわち、多額の報奨金を受け取ったにも関わらず、すでにお金が無いのである。
「よろしくお願いしますね♪」
受付嬢の白いブラウスに透けて、胸がたゆんと弾む。俺は男としてこの依頼をこなさねばならぬと決意した。
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さて、丸一日準備と聞き取りを行い、翌日俺たちは森の北西へ向かった。
途中に村があり、顔見知りの名前の知らない、畑護衛任務を受けている冒険者たちが「おーい。ザコタグのザコじゃねーかぁ」と手を振ってくる。
「畑護衛の増援は頼んでねーぞぉ」
「いいや。俺たちはゴブリンの巣潰しの依頼で来た」
「あー。そういやゴブリンがどうとか村のジジイが話してたなあ」
そう言って浅黒い肌の壮年の冒険者は、村の中央を指差した。そちらの方に長老の家があるようだ。
長老から話しを聞いた所、まだ大きな被害は出ていないらしい。だが狩人から伝えられた所、ゴブリンの巣は確実とのことだ。でかい洞穴にゴブリンが見張りをしていたのを見たという。
俺たちは長老の家で一晩泊まり、翌日狩人に連れられて、森の中のゴブリンの巣へと向かった。
「あんたぁら、そんな少ない荷物で平気なんべさ?」
俺たちが街で聞いた所、ゴブリンの巣を潰すにはいくつか方法があった。火を焚いて煙で燻したり、毒を投げ込んだり、水責めをしたり。それらからわかったことは、正攻法で駆除するのは面倒ということだ。
しかしそれらの方法は金の準備も時間がかかる。よって俺たちは正攻法で潰す事にした。
端的に言えば、「メメが入れば危険はないだろ」という事である。戦力さえあれば正面から潰すのが手っ取り早いのだ。
「あれだ。見張りが二匹立っておるじゃろ?」
狩人の言う通り、眠そうにあくびをしているゴブリンが二匹。槍を手にして立っていた。野良ゴブリンと違って武器の質が良い。あの穂先は革のズボンにも刺さりそうだ。
「どうする? ザコお兄さん♥」
「普通に近づいて一匹ずつ殺す。俺が右でいいな」
「私が左ね」
困惑する狩人を俺たちは下がらせた。
セオリーでは見張りは遠距離で気づかれずに処理するものだ。
だが、俺は近距離で気づかれない術を持っていた。
「(セクハラの呼吸……!)」
俺は身体の力を抜き、体内のマナを静かに巡らせる。自然と一体化し、俺は空気となる。ゴブリンは近づく俺に気づかない。殺気は直前まで出さない。背後に回るまで抑えればいい。
ゴブリンの背後に立った。
俺は腰のダガーに手を伸ばし、素早くゴブリンの喉を断ち切った!
『ギッ!?』
隣のゴブリンが驚きこちらを向くも、メメの飛び蹴りで首はぐるりと一回転して即死した。
メメとアイコンタクトで頷き合い、洞穴の入り口に突入した。
洞穴の中は暗い。俺たちは手にした松明に、メメの魔法で火を付けた。ボウと油を染み込ませた布が赤く洞穴の内部を照らす。
洞穴の中は臭い、と聞いていた。だが思ったより清潔だった。まだ巣が真新しいからだろうか。
洞穴は一本道で、途中にゴブリンはいなかった。足元はでこぼこしているが、不安があるほどではない。俺たちは慎重に進む。
洞穴の奥の部屋が明るい。火を使うモノがいる! ただのゴブリンは火を使わない。つまりゴブリン以外のモノがいるということだ。危険度が一気に上がる。
『グゴッゴッゴゴッ♪』
『ギゴッグギギッゴ♪』
洞穴の奥の丸い一室で、ゴブリンは奇妙なリズムで歌いながら手拍子して、焚き火の周りに円を作ってゆっくり回っていた。
「踊ってる……?」
「みたいね」
儀式か? なんだ?
ゴブリンの巣とコミュニティが大きくなり、シャーマンという統率者が生まれる事があると聞いた。ゴブリンは文化らしい文化や知恵を持たないが、それを発展させて導く存在だ。
部屋で歌って踊るゴブリンたちは、まさしく文化的な活動と言えるだろう。
シャーマンがいるのだろうか。
俺たちが取るべき行動は……。経験が、知識が足りない。
「どうする? 一度引き返すか?」
「なぁに? 怖くなっちゃったの? 臆病者♥」
臆病か……。ふぅ。言われてみれば、ただ部屋にゴブリンが十匹ほど集まっているだけだ。なんということはない。
彼らは武器を手にして警戒しているわけじゃあない。ただ、踊っているだけだ。
「作戦は?」
「頑張って♥」
俺は松明を部屋に放り投げ、剣を抜いた。メメは俺の背中を追う。
ゴブリンは驚き、慌てて、何かを守るように横に列を成した。
……なんだ? 抵抗がない?
これじゃあただの時間稼ぎだ。いや、時間稼ぎにもなっていない。殴りかかってくるほうがマシだ。
そうだこれはただの通せんぼ。奥へ行かせない気持ちが強すぎて、ただ斬られる肉壁になっている。立ちふさがる緑肌のゴブリン。緑の壁。
あまりにも抵抗がなく、俺は思わず、ただ怯えるゴブリンたちを前に剣を止めた。
「様子がおかしい! 何かを守っているようだ!」
「子供じゃない? どうにせよ依頼は巣潰しでしょ」
そうだ。何かあろうとも依頼はゴブリンを殺す事だ。抵抗がないなら楽な仕事だと思えばいい。
床がゴブリンの紫の血で染まっていく。足を滑らせないようにしなければ。ゴブリンの攻撃がないのに転んで怪我したらただのマヌケだ。
そして最後の一匹。後ろを振り返り、手を伸ばした。そしてそこにいる何かに伝えようと声を上げた。
やはり、部屋の隅に、何かいる。
ゴブリンの肉壁の先にいたのは床に座って呆然としている子供。ゴブリンの子供じゃあない。人の子。メメのように髪の長い、そして裸の幼女。
炎に照らされる髪の光は、炎で赤くそして虹彩を描いていた。
「友達……しんじゃった……」
幼女の黄色い瞳の中で焚き火が揺らぐ。




