俺は悪魔の血をすする
「なんでだよ!?」
俺が目を覚ますと、いつもの宿屋の一室のベッドの上で、メメが俺の身体に引っ付いて寝ていた。
そしてメメはいつもの姿だ。ミニマムに戻ってる。
「なんだ夢か」
試しにメメの胸を触ってみる。ふにふに。ガッカリなほどぺたんこだった。おっぱいないなった……。
いたずらした俺はベッドからぽいと捨てられた。ゴロゴロゴロと床を転がり壁に激突。頭を打った。
「あてて……。酒飲みすぎたのか?」
どうも記憶があやふやである。
だけどなんだかスッキリしている。まさか!?
俺は慌てて下半身を確認した。……セーフ。
「入るわよ。うわぁ!?」
「うわぁ!?」
ありえない! アリエッタが部屋に突然入ってきた!
俺は慌ててズボンを引き上げ、後ろを向いた。
「蹴るなら尻にして!」
「はぁ!? 尻なんかいらないわよ! その様子じゃ平気そうだけど……手を出して!」
俺が恐る恐る手を出すと、アリエッタは俺の手首を掴んで脈を測り始めた。
ふむ。アリエッタはちびっ子ながらそこそこ谷間があるようだ。おっと俺の脈が上がってしまう。
「まだ不安定のようね」
そして針を出して、左手の薬指の腹にぷつりと突き刺した。
「いでぇ!」
「ほら、親指で擦って。ここ押して」
「何だよもう……」
寝ぼけながら押したそれが、魔術契約書と気づいたのは、拇印が光を発したのを見た後だった。
「なにこれ」
「あんたとリチャルドの婚姻書よ。じゃあね」
「はぁ!?」
なんだよまだ夢見てるのかよ俺。目を覚ませよ俺。
投げられた契約書を拾ったらそこには「甘い菓子を奢ります。さもなければ魔術研究の検体となることに同意する。」と書かれていた。
何が婚姻書だ。あのちびっ子め。
「いや……え? あれ?」
なんであのわけわからん夢の内容知ってるんだあいつ?
「と、いうことは……」
現実?
あれが現実だとしたら、やはりメメは大きくなる!?
「メメさんや。メメさんや」
「んにゃむにゃ……」
メメはごろりと寝返りをうって、お腹をぼりぼりと掻いた。
「大人バージョンになれる?」
「んゆ? うるさぁい」
寝ぼけた今ならお願いが通るかと思ったが、枕――いつの間にかメメが購入していた綿の高級品――を投げつけてきた。
んもう。やっぱダメだなこいつと枕をお腹の上に返して、俺は日課の素振りをしに外へ出た。
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さてはて今日はホリデイ。昨日まで大きな仕事だったため、今日の活動はお休みである。
メメが放っておいた魔術契約書を手にやってきて、「私もお菓子!」と言ってきた。つまりそういうことである。
右手にちびっ子、左手にちびっ子。ダブルちびっ子デートでデザート回。
本日来たるはダークエルフパティシエのパフィちゃんのお店。
アリエッタが言うには王室御用達の店だとか。まじかよ。嘘だろ。こんな鉄道も通ってない辺境に王室が来るもんかよ。
「嘘もなにも。リチャルドもよく来てるから王室御用達で間違いないでしょ」
なるほどなぁ。
うん? 今なんて?
「そんなことより、早く入るわよ!」
「ザコお兄さんおいてくよー?」
色とりどりなペンキで塗られたファンシーでパステルな外装の店。なんと壁には板ガラスまではめ込んである。なんだよここ。異人の店かよ。ダークエルフの店だった。
「いらっしゃいませ~☆」
店に入ると鈴が鳴り、褐色のおっぱいエルフの姉ちゃんが店の奥から現れた。たゆんとしていらっしゃる。
ダークエルフと聞くと、濃い黒肌や青肌を思い浮かぶが、このダークエルフは日焼けかな? くらいの見た目である。
俺が不躾に褐色おっぱいを眺めていると、「最近焼いてないから薄くなってるのよー☆(きゃぴっ)」と言われた。そういうもんなの。――後から聞いたところダークエルフは南方のエルフ種族らしい。日照不足か。
「アリエッタちゃん。今日は違う男なのねー☆ お持ち帰り?」
「んーん。店で食べていくわっ」
注文とかはなく、俺たちは店内の二つしかない小さなテーブルに付いた。
ふぅん。なんだか別世界すぎてソワソワする。
メメは板ガラスをべたべた触って指紋だらけにしていた。子供か。
しばらく待つと、陶器のカップに入った熱い黒い液体が運ばれてきた。
「カフィーよー☆」
恐る恐る口にすると、まるで土のような味だった。
「ブヘッ! なんだこりゃあ!?」
「見た目は私の血みたいね♥」
「その悪魔ジョーク笑えないわよ」
あー。そこも夢じゃなかったの? まじ悪魔? すっ……とちょっと離れる。
アリエッタはその後運ばれてきたミルクと蜂蜜の小瓶を入れて、悪魔の血のような液体にかき混ぜて口にした。そうやって飲むのかよ。先に教えろ。
「さて、イキナリ本題だけど。あんた昨日のことどこまで覚えてるの?」
「どこまでって……。リチャルドの胸を触ったところ?」
「ああ。鼻血噴いてぶっ倒れたとこまでね」
鼻血噴いてぶっ倒れたのか……。まじで?
「その前に聞かせてくれ。俺が夕方に見聞きした光景って、夢とか幻覚じゃないのか?」
「現実じゃないかなぁ?」
「じゃあメメがグラマラスなお姉さんになったのも!?」
「いきなり変態お兄さんが胸を鷲掴んできたことも」
それを聞いたダークエルフのお姉さんが「なになに!? 修羅場!?」とか混じってきた。隣でおっぱいたゆたゆさせるな。気が散る。
「じゃあ常にお姉さんモードになれる!?」
「疲れるからヤ」
「すまないメメ。俺はぺたんこ悪魔とは一緒にいられない」
太ももを千切れそうになるくらい抓られた。
「とにかく! 全ての原因は、マナポを酒と蜂蜜でちゃんぽんしたのが原因よ。そんで、元からおかしい頭がラリパッパになったわけ」
「照れる」
「褒めてない!」
なるほどな。お薬キメちゃった感じね。マナポだけどね。
「じゃあ今も妙な高揚感が残ってるのも?」
「後遺症は残ってると思うわ」
「おまたせ~☆」
空気読めない褐色おっぱいがぷるぷるしながら、皿にクレープを載せて持ってきた。
薄い小麦粉の生地に、白いクリームや細かく切られた季節のフルーツ。そして黒いどろっとしたのがかかっている。黒いモノ恐怖症に陥った俺はそれを恐る恐る舐めたらとてつもなく甘かった。
小さなナイフで切り分けて突き刺し口に入れると、わお。すごぉい! そりゃ王室御用達だぜ! この衝撃は凄まじい。わかるか。脳みそがハッピーになるんだよ。酒なんて目じゃねえ。貴族が砂糖を買い占めるのもわかるわ。砂糖漬けとか蜂蜜漬けの果物のような、ただがつんとした甘さだけではない。酸味も渾然一体としている。ふぅん。やるじゃん。俺は褐色おっぱいを褒め称えた。
「あは☆ 面白い反応するねー。このお兄さん☆」
「あー。やっぱしんどい仕事した後はパフィのデザートだわぁ……。脳が休まるぅ……」
「んぎゅんむっ」
メメは手づかみで口に詰め込み、俺の食いかけのクレープにも手を出した。だめだ。これは俺のだぞ。メメは静かに水面下の攻撃に出る。俺の足を踏みつけた。だが俺は暴力に屈しない。
首を締められて負けた。
俺は泣きながら悪魔の血のような黒い液体をすする。
「で、治るのか。俺の症状は」
「あんたがぶっ倒れてる時に処置はしたわ。後は時間で治るんじゃないかしら」
「投げやりだな」
「参考までに、頭のおかしくなった者への有効な治療法は、手足縛って鞭打ちよ」
「様子見でお願いします」
褐色おっぱいさんが「ハードなプレイを夜な夜な!?」とか変な妄想しながら、褐色おっぱいのようなぷるぷるしたデザートを手に持ってきた。ナイスぷるぷる。
口に運ぶとほう……。これまた上品な味わい。一口食べたところでメメに奪われた。酷い。
「悪魔か!」
「悪魔よ♥」
くそぅ。勝てる気がしない。
俺は黒い悪魔の血をおかわりした。




