俺はオークロードスレイヤー
冒険者酒場は今日も賑わい、粗暴な男たちの笑いが絶えない。彼らの何が楽しいのか、今の俺にはわかる。喜び、笑い、悲しみ、殴り合い、日々の全てを酒で流してるのだ。
「オーク君主殺しが来たぞ!」
「オークロードスレイヤー! オークロードスレイヤー!」
「決闘見たぜえー!」
「儲かったんだろー! 奢れやぁー!」
扉を押して中に入ると、顔しか知らない冒険者どもが一斉に群がってきた。
鬱陶しいが、しかし悪い気はしない。
俺は汗臭い男どもを押し退けながら、カウンターテーブルへ銀貨の詰まった袋を放った。
「おっちゃん! こいつでみんなに奢りだ!」
やかましい奴らがさらにやかましくなり、歌って踊って転がりまわる。
「ひゃっほぉおお!」
「ザーコ! ザーコ! ボロタグザーコ!」
「出世しやがってぇ! オレにも一枚噛ませろやぁ!」
すでに赤ら顔で俺に抱きついてきたのは……、誰だっけ。
「ミッシェルだ。メメちゃんもおめでとう! 無事に帰ってこれて良かったねぇ!」
「ありあほ♥ おひーはん♥」
メメはすでに知らないおじさんから肉を受け取り、口に詰め込んでいた。俺にもよこせ。
そして酒場はオークロード討伐の話しで持ち切りになる。
「どうやって斃したんだおい!」
「それよりオークロードってどんなやつだ!」
「焦るな焦るな」
俺は店のカウンターの前に立ち、おっちゃんが下がれ下がれとテーブルに追い払う。
「まずオークってのは種族的にはエルフの仲間なんだ。信じられないだろうけど」
まずはみんなにオークの簡単な説明をかいつまんでした。
オークの特徴。姿、臭い。エルフとオークの関係。
「んで、キャンプで人嫌いエルフがなんとデレたんだ!」
「まじか!」
「ありえねー!」
それはオークは元々はエルフの種族の一つということより驚かれた。
人嫌いエルフのシリスはその美貌で知られていたが、その眼光は鋭く、話しかけられる冒険者はいなかった。いたとしてもいなくなった。なぜか。
「んなことより、オークロードはどんなやつなんだよぉ」
「オークロードは……一言で言うと暴風のディエナみたいな感じだ」
「……」
暴風のディエナの言葉で、酒場はしんと静まり返る。
笑っていいのか、笑っちゃだめなのか、ジョークなのか、それとも本気なのか。みんなが俺の様子を伺っている。
「筋肉大女よりは怖くないよ」
メメが横から口を挟むと、緊張の糸は切れ、酒場に再び笑いが戻ってくる。
「ちげえねえ! アレより恐ろしいものがいるもんか!」
「そうだよ! 暴風と比べちゃいけねえ」
「ボロザクのタコがディエナに勝てるわけねーらろぉがぁ!」
酔っぱらいの野次がめちゃくちゃだ。
「俺たちはオーク村の外に待機して、リチャルドたちは村の広場で大暴れ! まあ大暴れしてたのは主にディエナの姉御だけど。一振りで首三つ落としてた。その様子を見ていた俺たちの背後に現れたのがなんと大ボス!」
ででんっ!
「俺たちがリチャルドに助けを求めたらオークに囲まれちまう! そこで俺は剣を手に立ち向かう!」
おおー!
「オークロードは両手の斧でドカドカドカと地面を叩き、俺はゴロゴロゴロと回避する!」
「決闘の時みてーにか!」
「ギャハハハハ!」
「よ! 転がり名人!」
まあまあまあ。
「防戦一方の俺! ついに反撃で足先に一撃を食らわせた! するとみるみるうちにロードの顔は怒りで真っ青に! 俺の顔は真っ赤に!」
と、俺が気絶するところまで話しを続けた。
「なんだよ斃せてねえじゃん!」
「メメちゃん続きはー!?」
「つづきはよー!」
メメは「んー」と人差し指を顎に当てて、小首をかしげた。
そして俺の足を引っ掛けて、酒場の床に仰向けに転がした。
さらに俺の喉を踏み抜く……寸止めだ。
「こんな感じ♥」
「おぉおおお!」
「やんややんや!」
「俺も踏んでくれぇ!」
変なの混じってるぞ。
メメはそのまま俺の顔に座ってきた。むぐぅ。
「骨付き肉おかわりぃ♥」
俺は顔に乗ってる尻肉をぽいと捨てた。
むぅと膨れ面しながら、メメはおっちゃんから肉とジョッキを受け取る。
「あるぇ? ってことは、ザコザコのザコはとどめさしてねえじゃん」
「オークロードスレイヤーはメメちゃんだなぁ!」
「ザークよりもメメちゃんの方が強えしなぁ!」
アルコールを手にメメコールが沸き上がる。
そしてメメは照れながら俺にジョッキを一つ手渡した。
「私だけじゃないもん。ザコお兄さんがいたから斃せたんだよ。さっ、飲んで♥」
「ああ」
またなんか企んでるなこい……つ……。
「ゲフッ! ゴホッ……ぐっ……これは……毒を入れやがったな!」
「薬よ」
なんだ薬か。
クッソ不味い! 辛くてツーンと来てどう考えても口に入れちゃダメな味。
「なに飲ませたのメメちゃん」
「マナポよ」
「あー。マナポかぁ。不味いよなぁあれ」
ミッシェルに布を渡されたから口を拭いた……。雑巾じゃねえかこれ!
「うええ……。なんだよマナポって……」
「マナポーション。アリエッタから貰ったの。酒に混ぜてやれって♥」
「くっそ、おまえらぁ……」
いやしかし、決闘からふらついてた身体が楽になってきた。効き目凄い。もしかして高いお薬じゃないこれ?
「飲み干して。ほらっ♥」
「う……うええ……。おっちゃん。はちみつくれ……」
「あー! ずるい!」
甘さで誤魔化す。甘さは正義だ。はちみつたっぷり入れてかき混ぜて飲み干す。んむ。それでもまずい。
「嬢ちゃん。給仕手伝ってくれやぁ」
「はぁ~い」
おっちゃんの料理をメメが運ぶとみんなが大喜びだ。
さて俺は落ち着いた所で、俺は店の端のいつもの定位置に行こうとしたら先客がいた。知らない少年だ。真新しいけど土に汚れた木タグを胸に付けている。
ははーん、なるほど。新人冒険者だ。俺は話しを聞いてやる。何があった? どうした?
反抗期の少年はツンツンと跳ね返り顔を逸らすが、その実、メメの方をちらちらと見ている。見てくれだけはいいからなあいつ。格好もエロいし少年キラーすぎるから、かわいそうな子も出てくるんだ。服着ろ。
それはさておき、新人くんはどうやらゴブリンにこっぴどくやられた様子。
「そのうち良い事あるさ! こんな端っこで豆つまんでても強くなれねえぞ! 今日は奢りだからあっちで肉を取り合ってこい!」
と、俺は少年を席から追い出した。
少年は渋々と言った感じで、メメをちらちらと盗み見しながら肉にふらふらと近づいていった。少年はメメから肉を受け取って顔を真っ赤にして大喜び。
その後メメが俺の側にきて、肉汁塗れの手で俺に抱きついてきた。
少年よ。そんな俺を睨んできても困る。
「ねえねえ。さっき言ってた良い事って、私と出会ったこと?」
「それは災難の方だな」
俺がそう言っていつものようにからかうと、メメはぺちんと俺の頬を叩いた。痛くない。当てて、撫でただけだ。
メメの汁まみれの細い指が、俺の首をぬるりと撫でる。だいぶ目立たなくなってきたメメに付けられた火傷痕だ。
俺の頭にはメメの胸が乗っている。骨だが。肋骨だが。
「さて……じゃあそろそろお別れね」
「あ? ああ。帰るか」
メメは席を立ち、店から出ていく。そして宿へ向かうが、そこを過ぎて先に行く。
「おおーい! 酔ってるのか! 通り過ぎてるぞ!」
「付いてくる?」
「あー? なんだよこんな時間にどこ行くんだー?」
日も傾き始め、門番もふわわとあくびをしている。
こんな時間にどこいくんだと言われ、メメは「散歩♥」と返して通される。
そしてその先には、リチャルドが、夕日を背にして待っていた。




