俺はちびっ子どもにからかわれる
やわらかい。
俺が目を覚ますと、全てが終わった後だった。
頭痛も吐き気も残っている。頭の下は柔らかく、目の前にはメメの心配そうな顔がある。
俺は膝枕をされながら、メメに優しく頭を撫でられていた。
「大丈夫? お兄さん……」
その姿は吟遊詩人で語られるお姫様。大英雄ガルガントが毒に倒れ、解毒剤を飲ませるお姫様のようだった。
「色々聞きたい事はあるが、とりあえず心配をかけたようだな……」
「うん……」
「とりあえずそのしおらしい演技はマヌケな俺への罰か? 止めてくれ」
「……んふふっ♥」
メメは、俺の頭を撫でていた手で髪をがしっと掴み、乱暴に左右に揺すった。吐くぞ。
「意識ははっきりしてるようね」
「俺の身体に何があったんだ?」
「高濃度のマナ循環。あの大女がやっているような事を、慣れない身体やって、酔っ払ったのよ」
「ああ、なんとなく理解した。俺は火酒を水と間違えて飲み干したようなものか」
「喉かわいてるのね」
メメが水筒の水を口移しで飲ませようとしてきたので、手で制して起き上がる。からかおうとしてたに違いない。顔がにやにやしている。
水筒の中は沢の水に少し火酒を足したものだ。それとはちみつ漬けレモン。喉を潤したら腹が減った。
「ああ……肉が食いたい……」
「いま焼いてるよ」
美味そうな匂いがする。それは助かる……。ん? なんの肉をだ?
「あれからどうなったんだ?」
「私がオークロードを斃した」
「それはわかる」
じゃなきゃここは死者の国か、俺がアンデッドになってるかのどちらかだ。
「強かったか?」
「一撃♥」
「一撃かぁ」
あいつを一撃となるとどころ狙う? やはり首か? メメが俺の剣を使った?
それとも魔法だろうか。
「ザコお兄さんが足を斬ったおかげだよ。ザコお兄さんを踏みつけようとしてすっ転んだから。ぷぷっ。首を踏み抜いて終わり♥」
「はははっ! 俺も見たかったなあそれ!」
怒りの形相のロードがすってんころりんするところを想像した。なんともマヌケな光景だ。
俺たちが笑い合ってると肉が運ばれてきた。良い香りがする。
「おう! 目ぇ覚めたかぁ!」
「どうもおかげさまで」
ディエナの姉御の大声が頭にズキンズキンと響く。生の痛みだ。
だがそれよりもお肉だ! ひゃっほー! おいしー!
「何肉?」
「蛇だ」
なんだ蛇か。ん……蛇……。オーク肉とか言われなくて良かった。
「しかしやたら腹が減る……もぐもぐ……メメの気持ちがわかる……もぐもぐ」
「魔法使うとお腹が減るからね♥」
「シリスとかちびっ子は少食のようだが」
アリエッタが目の前にやってきて、杖を額に押し付けてきた。
「ちびっ子いうなぁ!」
「ごめんなさい」
その辺は種族差とか効率化とか色々あるらしい。
「エッタは肉よりお菓子が食べたいわ」
「へー」
はちみつ漬けレモンの瓶を見せたら即座に奪っていった。メメと威嚇しあっている。猫か。
「そろそろ戻ろうか。一度キャンプ地で泊まっていこう」
リシャルドとシリスが戻ってきた。二人はオークの村を漁っていたようだ。
残党探しや、村討伐の証拠のためだろう。手には袋にじゃらじゃらと詰め込まれていた。
「それと、オークロードの首の保存。頼むね」
「うええ……やだなぁ……」
アリエッタが薄目になりながら、ディエナの持つ袋に手を入れた。
凍結の魔法でカチカチに凍らせて、腐敗を防ぐようだ。
「へぇ。魔法って便利だな。爆発させるだけじゃないのか」
「ふふんっ。魔法教えてあげよっか?」
ちびっ子は得意げな顔で両手を腰に当てて、無い胸を張った。やっぱり子供かもしれない。
「だーめ♥ ザコお兄さんは変なこと教えたらまた倒れるよ」
「人間って弱ッわいなぁ」
いやお前も人間じゃないのか、と突っ込もうと思ったけど、なるほど。アリエッタは子供とか背が伸びない呪いとかじゃなく、人間ではなかったのか。背が小さい子供種族なのか。
と、すると、メメもそうなのだろうか。
いつか成長する日が来ると思っていたのに、そうか……。これ以上育たないのか……。今まで胸を育てろとか言ってすまなかった……。
俺とメメとアリエッタの三人は先に、昨日泊まったキャンプ地に戻った。
リチャルドとディエナとシリスはオークの残党を森の中で探してくるという。
「はぁ。お荷物抱えてお留守番かぁ。森の中を歩き回るよりはいいけどさっ」
相変わらずアリエッタは悪態を付いてくる。それにメメも加わって悪口大会になる。それに挟まれる俺。しかしよくよく聞くと俺のこと褒めてない? って気がしてきた。
「ほんとにあんたがオークロードと戦ったの? 信じられない」
「ザコお兄さん死んじゃうかなーと思ったら奮戦したの。信じられない」
やっぱり褒めてないかもしれない。
「ねえあんたってゴブリンにやられるほど貧弱だったんでしょ? なんでリチャルドがあんたなんかに構うの。この討伐に付いてきたのも意味わかんないんだけど。まあ……オークロードを村の入り口で斃してくれたのは……助かったけど……」
あ、ちょっとデレた。
「アリエッタはパーティー組んで長いからわかるだろ。あいつはお人好しなんだよ」
「それはわかるけど……。エッタはあんたがリチャルドを騙してるのかと思ってたわ」
「そう思ってるのもわかってたさ」
なんだかんだでちびっ子とは付き合いは長い。それに口は悪くてもディエナの姉御やシリスよりは話しやすいし。
「いちおう……あやまっとく……ごめん」
「何が?」
「何でも無い! 忘れろ!」
焚き火がパァンと跳ねた。俺は驚いて丸太から後ろに倒れた。
「違うからね!? 今のエッタじゃない!」
「湿った薪が弾けただけ。んもーザコお兄さんは臆病なんだからぁ」
メメが笑って、アリエッタも俺を指差して笑った。何なんだよもう。
よっこらせと起き上がる。身体もだいぶ動けるようになったようだ。
「ザコお兄さん。猪来てる」
「は? なんだって?」
「いーねー。本当に強くなったのか見せてよ」
そして茂みから猪が。猪といってもモンスター化した猪だ。サイズも牙も倍くらいでかい。
「がんばれー」
「しょうがねえなあ!」
俺は猪に突き飛ばされて死にかけた……。
「いやぁ。面目ない」
「やっぱこいつがオークロードと戦ったなんて嘘よ。ありえない」
今晩は猪の丸焼きだ。滴る青紫の血がちょっと気持ち悪い。ディエナの姉御は大喜びだ。
表面をナイフで削って口にしてみたが血なまぐさい。
慣れない手付きでがんばった。俺はがんばった。内蔵傷つけないで取り出したことは褒めて欲しい。
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一晩泊まり、俺たちは来た道を戻った。
来た時よりもさらにハイペースでの行軍である。アリエッタはディエナに担がれた。
俺も、マナの循環が意識できるようになっていなかったなら、疲労でぶっ倒れていただろう。魔法使用と言ってもほんの少し、脚に負担がかからないようにしているだけだ。
そしてやっと、木々の切れ目から明るい日差しが見えてきた。
「し、待て」
シリスが前に出て止めた。
「いる。四人だ」
気配読みが未熟な俺にもわかる。
潜んでいた彼らは、堂々と姿を現したからだ。
森の出口に四人のいかつい顔の冒険者が、武器を構えて俺たちの前に立ち塞がった。




