俺たちはオークの村を襲う
俺とリチャルドの男二人が最初の夜番をすることとなった。
夜の帳が落ちていく。開けた森の中であって空の月明かりが綺麗だ。
「月が綺麗ですね」
「ああ。明るいのは助かる」
俺はメメのような気配察知はできない。あれは五感だけではなく、魔法も使用しているのだろう。
いまだ視野だよりの俺には、夜が明るいというのは助かる。
それに、暗い夜の番など想像するだけで気が滅入りそうだ。月明かりが通るこの場は良いキャンプ地である。
「むにゃむにゃおにく……♥」
メメは俺の膝枕で眠ってしまった。寝言でむにゃむにゃ口を動かす。干し肉だけじゃ満足できなかったようだ。よだれを垂らしてる。食い気が激しすぎる。
「あはは。お互い困りましたね」
「ころもらなぁぃ……」
アリエッタはリチャルドの膝の上で眠っている。
ディエナは枯れ木の上で倒れ、シリスは木の枝の上で幹に寄り掛かるようにして寝ていた。
誰一人ハンモックを使っていない。
俺はアリエッタを指差した。
「それ、そのままでいいのか?」
「ザークさんこそ」
「俺は……むしろメメが側にいる方が安全だからな」
それに虫にも刺されない。
「そっちはすぐに動けないとマズイだろ」
「そしたらザークさんに預けて行きますよ」
「定員オーバーだ」
リチャルドはアリエッタを抱えたまま立ち上がり、俺の隣に置いた。
「おいおい」
「ちょっと用を足しに行ってきますね」
それなら一緒に行きたかったのだが……。俺が動こうとするとメメが不満の声を上げる。
リチャルドが森の奥へ入っていく。
小便ならすぐ近くですればいいのに、大か?
うむ、大だな。ずいぶん時間がかかっている。
「お待たせしました。そちらは何もありませんでしたか?」
「ああ。ちょっと暑いだけだ」
ダブル幼女体温で蒸し蒸ししてきた。
「しばらくそのままでお願いしますね。少し見回って来ますから」
「このままって……」
俺は膀胱が爆発しそうになるまで耐えた。
メメを起こしたついでに夜番を代わり、俺は寝た。
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次の日。先行したシリスがオークの集落を発見した。これから拠点狩りとなる。
巣を攻めるとしたら火攻めが有効だが、かえりてオークが逃げて散り散りになると破棄された。オークの集落を囲んで火を放てれば良いが、集落は村と言っていいほど巨大だったのだ。
結局正攻法のゴリ押しで行くことになる。そんな雑な作戦が通るのも、ディエナの姉御がいるからだ。姉御を村の真ん中で暴れさせる。それだけで事足りるのだ。
ディエナの姉御が村へ向かって駆け出した。
「ウォォオォオオ!」
「みんな目を瞑って!」
ディエナの背後で、スカーフを目に巻いたアリエッタが叫んだ。
言われた通りに目を瞑ると、正面から爆発音が聞こえ、視界が太陽を見た時のように真っ赤になった。まぶたの血管の赤だ。
「もういいわよ」
ディエナの姉御の叫び声でオークの視線を集めた後に、魔法で光の爆発を空中で炸裂させたようだ。オークが村の中で目を抑えて転げ回っている。
「うわぁあぁあ」
なぜか俺の隣でメメも目を抑えて転げ回っている。何やっとん。
俺たちはオークの村の外でお留守番だ。元々予備戦力である。
ディエナの姉御が暴れ、シリスが弓矢を放ち、アリエッタが魔法で援護し、リチャルドが統率する。
そう、これは戦いではなく、討伐でもなく、狩りである。オークは一方的に狩られる存在だ。
「オークリーダーが一、ニ、三……」
「リーダーってあの一際大きいやつか?」
ディエナに蹴り飛ばされ、膝に矢を受け、顔面に爆発を食らい、胸に剣を突き立てられた、オークリーダーはあっさりと斃れた。
「この規模なのにロードがいない……。ふふっ。面白いことになったね♥」
「どういうことだ?」
森に異変を感じ調査をする。それはオーク側も同じであった。
オークを束ねる君主は主力を率いて森へ出ていたのだ。
そしてそれが帰ってくる。
つまり、俺たちの前にボスのオークロードが立っているのは、そういうことだった。
「ザコお兄さん♥ がんばってね♥」
「俺が!?」
両手に斧を持つ筋肉質の大男がオーク村へ近づいてきている。
俺たちが下がるとオークに挟まれる形となる。それはマズイ。
オークロードと対峙するも、剣を構えた手が震える。メメはその手をそっと握ってきた。
「ディエナの方が怖くない?」
確かに!
俺は改めてオークロードの顔を見た。醜悪な顔から湯気が立ち上るほど興奮している。ブサイクが憎悪で顔を歪めるとここまで歪むのかとかえって面白く感じてくる。
「姉御へのリベンジマッチみたいなものか。こりゃあ勝てねえな!」
自然と笑いがこみ上げてきた。俺の頭はおかしくなったのだろう。
幸いなことに襲ってきたのはロード一匹だけであった。
「んくぅ!」
斧の一撃を回避したが、えぐられた地面から石が顔に向かって飛んでくる。
ならばと石をロードへ投げ返す。しかしロードはそんなものを意にも介さない。
二撃三撃と打ち込まれて反撃の隙がない。
例え無理に攻撃に出たとしても、あっさりと俺は死ぬことになるだろう。ディエナの姉御に捕まった時のように。
「がんばれぇー♥」
俺を応援するメメは呑気だ。自身なら勝つ自信があるのだろう。
俺に戦わせているのは、俺を強くするためだ。メメの今までの言動は全て俺を鍛えるためだ。そこそこ自分の強さに自信を持てるようになった今ならわかる。斧の一撃から飛んでくる石つぶても、メメの拳に比べれば屁でもない。
俺は斧の攻撃をくぐり抜け、ロードの足先を狙った。
地面スレスレに剣を振り、足先を斬る!
『グギィ!』
傷は浅い。だが一撃を入れられた。
オークロードはさらに興奮し、顔を青くする――魔物化で血液が青く染まっているからだ。
俺はロードの斧を躱す。躱す。躱す。
防戦一方だが、当たらなければ死なない。疲れもダメージも嵩んでいくが、まだ余裕はある。
ロードが興奮で青くなっているのに対し、俺は高揚し顔が赤くなっているのを感じる。
戦える。戦えてる。
心臓が熱く鼓動する。
身体の中に何かが流れているのを感じる。ああこれが。これがマナの循環か。
俺の剣を握る手が熱く輝く。熱を帯びているのが柄から感じる。
ロードの斧が、今までより遅く感じた。
フェイントか? いやそれとも?
俺は右に躱して、ロードの斧を振る手に剣を振り抜いた。
ロードの右手から血が吹き出し、斧はすっぽ抜けて遥か彼方へ飛んで行く。
怯んだその隙に、俺はオークロードの足元へ寄り、下から斜めに、ロードの左膝を切り裂いた。
『ガグゥ!』
左手の斧が振り下ろされたので、俺はバックステップで距離を取る。
「わぁ! ザコお兄さんがまともに戦えてるぅ♪」
「ははっ」
「でも気をつけてね♥」
俺だって信じられない。オークロードに優勢だ。
このままいけば勝てる。
オークの膝が再生を始めている。モンスターの傷の再生は早い。次の一撃を入れなければ。
「!?」
足が滑った。目の前が真っ暗になる。くそ、どうしてこんな時にこんな。
立ち上がろうとするが、手に力が入らない。
頭痛が激しい。
「※※※※!」
めまいが。意識が。落ち……。め……。




