俺たちはオーク狩りへ向かう
オーク討伐へ出発の日が来た。
荷物はディエナの姉御がまとめて抱える。さすが姉御だぜ。
「これがオークの腐臭を防ぐスカーフだ。必要だったら使ってくれ」
俺はスカーフと、それに付ける香料を渡していった。
そこで噛み付いてきたのはちびっ子魔道士のアリエッタだ。
「なんでシリスは絹製で、エッタのは木綿なのよ!」
「それは、この前シリスには世話になったからな」
俺はにこっとシリスに微笑んだ。
俺の笑顔に、人嫌いのシリスは戸惑うように表情を和らげ顔を赤く染めたり……はしない。こちらには興味なさそうに絹のスカーフの質を広げて確認している。
「まあいいけど! 次はエッタにもプレゼントしなさいよね!」
「なんでだよ」
いちいち相手をしてられない。先導する猟師も「いいですか出発しますよ」と呆れてらっしゃる。
森へ向かい始めて、リチャルドが列の後方にいる俺の方へやってきた。
「ふふっ。こうして隣を歩くのも久しぶりですねザークさん」
「まさかこんな手で誘ってくるとはな」
俺はリチャルドのパーティーに戻ったわけじゃないが、協力体制で実質パーティーに入ったようなものだ。
「まあ俺たちが付いていってもやることはないだろうけどな」
「そうだといいですね」
リチャルドたち四人で戦力は十分だ。俺たちは予備戦力、といっても戦力になるのはメメの方だけだろう。俺はただのおまけである。
「今度はゴブリンに矢を撃たれないようにしないとな」
「あはは。相手はオークですよザークさん。斧に気をつけてくださいね」
森に入る所、木の上に何か気配がした。
そしてそちらを見ると、ちょうど俺に向かって矢が飛んできていた。
俺は避ける間もなく、篭手を前に出す。
「もーお兄さんはー♥」
受ける寸前でメメに身体を引っ張られた。矢が地面に突き刺さる。
「ゴブリンか!?」
マジでいきなり矢を撃たれるとは思わなかった。しかも森の入り口でだ。
追いかけるか!?
ゴブリンにしては素早い。木の後ろにすぐに隠れ、離れていった。くそっ。
「これは矢じりに毒が塗られているね……。ゴブリンではない」
リチャルドは矢を拾い、それを猟師へ渡した。
「これを冒険者ギルドの受付に渡してほしい。僕たちの邪魔をする者がいると」
猟師は戸惑いながらそれを受け取り、「案内は?」と当然の事を聞く。
リチャルドは「みんなが描いてくれた地図を覚えてるから大丈夫」と答えた。
猟師はちらりとシリスを見て、自分たちより森に適したエルフがいるなら大丈夫だろうと判断し、リチャルドに従った。
「本当に平気なのか?」
「うん。元から道案内はいらないからね」
森をディエナの姉御を先頭に突き進む。文字通り突き進む。姉御は斧のような鉈でバッサバッサと道を切り開き、快適な道を作り出した。
敵に見つかる? 手間が省けた、ぶち殺す。これが姉御の思考だ。
「おっ、いやがるなぁ」
姉御が最初に気配を感じ、シリスが「四匹」と伝え、「あし一人でいい」と姉御はずんずん先へ進む。俺たちは呑気にその後を付いていくだけだ。
そしてオークの叫び声が森に響き、静寂となる。
全てのオークの胸元が足形に凹んでいた。舌を出して寝ているように見えるが全て死んでいる。
「なあ。死体剥いだ方がいいんだっけかぁ?」
「必要ないですね。先を急ぎましょう」
リチャルドがオークの死を確認し、再び進行が始まる。
いちいち討伐証明は取らないようだ。これから大捕物があるしな。目標へ突き進む。
「往復四日で見積もっていたが、これじゃあ二日で終わりそうだな……」
この様子だと保存食すらいらなかったかもしれない。
大樹だけ回り、他の障害は苦にもしない。
険しい斜面もシリスの魔法に寄って、蔓で梯子が作られた。
「待ってくれディエナ。アリエッタが辛そうだ」
「なんだぁチビ。もうへたれたのかぁ?」
「うっさいデカブツ。ペースが早すぎるのよ」
ディエナがアリエッタを掴み、肩へ乗せた。
「これでいいだろ。行くぞ」
「いやディエナ。ここで休憩しよう。お腹も減ったし、僕も疲れたよ」
「そうかぁ? そうだなぁ。飯にするかぁ」
小休止。俺も息が切れてきたから助かった。身体を拭いて、水分を取る。
飯は苺のジャムパンだ。一食目くらいは豪華なものをと持ってきた。肉じゃないのでディエナは不満そうだったので、燻製肉を齧らせた。
森はいつもは猿が縄張りを主張してやかましいのだが、静かである。聞こえるのはせいぜい野鳥が羽ばたく音くらいだ。これもオークが出張っている影響のようだ。
「すでに行程の半分は過ぎているから、もう少し進んでキャンプに向いた場所が合ったらそこで泊まろう」
さらに先へ進み、シリスが足を止めた。
鬱蒼とした森の中で光が差し込む、ぽっかりと丸く広がった空間。大樹が腐ちた跡――ギャップだ。
近くに沢もあるので、水を汲んで鍋にすることにした。
石でかまどを作り、倒れた大樹を割った薪に火を付ける。
「メメ、頼む」
「あーい」
メメの魔法で火口に火が付き燃え上がる。
鍋に干し肉を入れ、シリスが摘んだハーブも一緒に煮る。ライ麦粉も入れとろみを付ける。
ディエナが「動物がいたら狩ったんだがなあ」と不満を漏らす。鍋をかっ込み、大半を平らげた。そして二杯目を要求する。「荷物を軽くするべきだろ」と言われ、追加の飯を用意した。結局三日分の旅食を一晩で平らげた。主に姉御とメメが。残ったのは非常食のカチカチのビスケットくらいだ。
姉御は食い足りないのか、朽木から幼虫をほじくり出し口に放り込み、火酒を呷った。
傍から見たらその様子は、どう見てもディエナの姉御こそモンスターである。
「一緒に来てくれてありがとうございます」
リチャルドが左隣に座り、俺に礼を言った。
右隣は酔っ払ったメメが俺に寄りかかってすやすやぴーである。森の深部でも余裕だなこいつ。
「俺は何もできてないがな」
今の所ちょっと設営を手伝っただけである。
「吾からも、感謝する」
誰かと思った、驚いた。しかめ面したシリスであった。
そしてそれに対して「なに? この男なにかした?」と辛辣なのはアリエッタ。いつもどおりだ。
まあその通りなんだが。
「いや、皆にだ……」
「なーによぉ。珍しく素直かと思ったら黙っちゃって! エルフのオークへのあれこれってやつ? そんなの関係ないわ!」
「そうだ。人間には関係ない。だから、エルフが手を下すべき」
「はん。オークなんてただのモンスターよモンスター。頭が固いのよエルフってやつは」
シリスはふふって笑ってアリエッタの頭を撫でた。アリエッタは膨れ面をするが、手を跳ねようとはしない。
この二人がつんけんしてないとこ初めて見た。そりゃ二人も一年以上の付き合いだしな。仲が悪かったら一緒にいないか。
「子供は素直で良い」
「子供じゃなぁい!」
アリエッタは顔を赤くしてぷりぷり怒り、リチャルドの膝に座った。子供か。
リチャルドも呆れ顔だ。
「なあ。エルフはオークが嫌いなのか?」
「僕もシリスから聞いた話しなのですが」
リチャルドがちらりとシリスの方を向く。シリスは静かに頷いた。
かつてエルフは稀に生まれる魔法が使えない子を、呪われた存在として里から追放した。
追放と言っても、力が強かった彼らは森の間伐の役目が与えられ、同じ森に住むことは許されていた。それがエルフ・オーク族の始まりだった。
俺はメメのマナの話しを思い出す。恐らくオーク族はマナを外に出すのは苦手だが、内で身体強化に使う事に長けていたのだろう。
時が流れ、オーク族は見た目美しいとされるエルフとはかけ離れた様相となり、エルフとオーク族は全くの別の存在となった。
「つまりオーク族がモンスター化したのがあの汚いオークなんだな」
「はい、そのようです。ですからエルフの狩人は、オークを狩るために在るとのことです」
「ふぅん。それで感謝、か」
火を囲み、夜は更けていく。




