俺とメスガキのデートじゃない
冒険者ギルドにより、東の森のオーク討伐計画が発令された。
まずは猟師三名が森を調査を行い、オークの集落を探し出す。
その間は東の森は厳戒態勢を続け、鉛タグ以下の冒険者の無許可の立ち入りは禁止となった。
オーク討伐の主チームはリチャルドたちが選ばれた。
そしてその補佐として、リチャルドが俺を選んだのであった。
「嬢ちゃんうちで買っていきな! お安くしとくよぉ!」
「わぁい♥ ありがとっおじさま♥」
さて俺たちが何をしているかというと買い出しである。リチャルド達がオーク討伐へ向かうための準備だ。昔とった杵柄である。
必要なのは水、食料、燃料、テント、備品の確認。特に食料は腐らず美味く食えるものを選ばなきゃならない。素人は騙されてカビの生えたジャーキーを売りつけられる。お人好しのリチャルドとかな。
「おっ。胸がピカピカになったのに買い出しに戻ったのかおめえ」
「今日だけだ。腐ったもの売りつけるんじゃねえぞ」
「わーってるよ。暴風けしかけられたらたまりゃしねえ……」
この店はその悪徳露店の一つである。まあどの店でも初心者は粗悪品を売りつけられるものなのだが。騙される方が悪いし、店だって不良在庫の処分に必死だ。それで文句を付けられても彼ら商業ギルドの方が強い。「買いたくなきゃ買わなきゃいい」でどの店も相手をしてくれなくなる。商業ギルドには冒険者上がりの用心棒もいるから、新米は泣き寝入りだ。
そんな彼らにも恐れるものがある。ディエナの姉御だ。
暴風のディエナに理屈は通じない。気に入らなかったら殴る。店は文字通り潰れる。止められる奴はリチャルドだけだ。
とはいえ実際そんな事になったのは一件だけだ。それに俺がけしかけたわけじゃあない。事件の前にちょっと姉御と世間話をしただけだ。
俺じゃない。姉御がやった。知らない。済んだこと。
「嬢ちゃーん! 串焼き食っていくかー? 今日もサービスするよー」
「わーい♥ 今日も素敵ねお兄さん♥」
メメは投げキッスを飛ばし、無料で串焼きを受け取ってむしゃむしゃと齧りつく。
美味そうに食ってる様子に釣られて、ふらふらと少年冒険者が屋台に吸い寄せられる。
そしてメメは再び他の屋台に呼ばれて、むしゃむしゃ。ふらふら。
「おいおいいい加減にしろ」
「なぁに? ザコお兄さん妬いてるのぉ? 一個食べる?」
食いかけの肉饅頭を口に突っ込まれて、口の中を火傷をする。このやろう!
「今日の目的忘れてるだろ」
「デートでしょ♥」
「買い出しだよ」
非常食のビスケット。鍋の味付けにも仕える塩漬け干し肉。魔除けにもなるニンニクを玉で。ライ麦粉も。
高級品のはちみつ漬けレモン……。おい、デザートじゃねえよ! いま開けて食うんじゃねえ!
水は酒場でエールを予約しておく。旅立つ直前で仕入れる。ついでに火酒も頼んだ。
あとは布だ。止血にも使う新品の布。
さらに今回はオークの腐臭対策として、顔に巻く布も用意する。
なに? 絹製じゃないとやだ? んな貴族用の布買えるか!
「ねっ♥ えっ♥ てんいんさん♥ このスカーフ、私に似合うと思わない?」
「は、はひっ!」
「そうでしょ? 私が使って上げるわ♥ 貰っていっていいでしょう?」
「そ、それは……」
「私がこのスカーフを使ってるところを見て、みんなが欲しがると思うの♥ そしたらお得じゃない?」
「お得ですね!」
メメのやつ、精神魔法使ってないだろうな? 神殿にしょっぴかれるぞ。
かわいそうなのでリチャルドから渡された資金で同じものを一つ買っておく。これは人嫌いエルフにでもあげよう。
あとは備品の補修を頼む。
テント……は森の中だから不要と気づいた。代わりにハンモックが必要だ。
さらにマントが必要になるだろう。今から注文したら間に合わないので中古品だ。
「メメはなんでその格好で虫に刺されないんだ……?」
「美少女だから悪い虫寄ってくるよぉ?」
スカーフを巻いたメメがご機嫌で俺の腕に絡みついてくる。
そういう虫じゃなくて。
「魔法よ魔法。エルフだって森の中で薄着でしょ」
「ふぅん。便利なもんだな」
「虫は人類の敵よ。魔法で対策するのは当然じゃなぁい」
確かになぁ。テントじゃなくてハンモックを用意するのも虫対策だし。
あれ? じゃあ魔法があればテントでもいいのか?
「私に抱きついてれば刺されないけどぉ」
ああ、それで宿のベッドでダニやノミに刺されなくなったのか。
最近は俺もお肌がつるつるである。抱きついて来たのには意味があったのか。最近は放り出されるけど。
虫対策といえば薬屋にも寄る。
入った途端に鼻をつんざく刺激臭。小瓶や乾燥ハーブが並ぶ奥に、ババアが座っている。
この薬師のババアは信用した相手にしか売らないので面倒なやつだが、腕は確かだ。毒薬も取り扱ってるので知らない相手にホイホイ売る薬師のほうが問題だけどな。
「おばーちゃん♥ おくすりちょうだいな」
「ええよ」
ちょろかった。孫を見るような目で見てる……。
傷薬と虫除けハーブエッセンス。それに毒薬――これはシリスの弓矢に使うものだ。
人嫌いエルフが信用して利用するのは、この薬師のババアもエルフだからだ。ちなみに驚くほど長命……というわけではないらしい。その辺りはエルフ差があるとか。
最後に寄ったのは冒険者ギルド前のリンゴ屋だ。
酸っぱいリンゴばかり置いている酷い露店である。
「お嬢さん甘いのあるでー」
「ありがと♥ 今日も髭が素敵ねおじさま♥」
「でへへー。お嬢さんにはかなわんなぁ。これもあげたる」
大将が取り出したのはリンゴの砂糖漬けだ。
「いいのか? こんなもの」
「錆銀貨二枚な」
「金取るのかよ」
錆銀貨――硫化して黒くなり価値の下がった銀貨を二枚、大将へ渡した。
「何か情報が?」
「ああ。あんちゃんを狙ってた木タグの少年がおるやろ。そいつがパーティーから追い出されてあんちゃんの事逆恨みしとるで」
「少年……? 身に覚えはないが……」
「精霊花で競争だの言ってた子や」
「ああ、あの」
「気ぃつけな。あんちゃん弱いんだからの。って、今は鉛やったな」
「忠告ありがとよ。他には?」
大将がさらに声を潜める。そっと俺に耳打ちをした。
「あんちゃん、露店連中にも恨まれとるで」
「は? なんでだ?」
「そりゃああの子だあの子」
大将は視線を、リンゴの砂糖漬けを口に入れようとしてるメメに向けた。あいつまたこの場で食いはじめやがった!
「メメが何かやらかしたのか?」
「いいや。毎日手を繋いだり抱き合ったり見せつけとるやろ。そりゃあ露店のアイドルを独り占めしとったら恨まれるわ」
「そういうことかよ! ……俺の方が絡まれてるんだって伝えとけ」
「そう言うてもあんちゃん。そんな楽しそうにデートしてたら伝わらんわ」
「楽しそう……?」
やれやれ。何言ってるんだ情報屋の大将は。
俺は虫の食った色の悪いリンゴを手にして、それに齧りつく。相変わらず酸っぱい。
「もっと真面目に商売しろよ大将。品揃え悪いぞ」
「へん。時期外れの保存リンゴの下げものさ。質に文句いうなよ」
「どこの怪しい繋がりなんだか」
不味いリンゴをぽいと道に捨てたら、犬が咥えて逃げていった。
「そうだ。一応言っておくが、近々リチャルド達が街を離れるから気をつけろよ大将」
「あーん? 暴風が居ないほうがこっちは安全なんだよあんちゃん。そっちこそ襲われないように気いつけな」
アハハハハとお互い笑い合う。
メメが砂糖漬けリンゴを俺の口の中に放り込んだ。甘い。美味い。