俺は人嫌いエルフにも絡まれる
新緑が森を覆い尽くす、太陽神の怒りの季節が近づいている。
ついにメメは俺に引っ付いて眠らなくなった。
代わりに毛布を剥ぐように俺をベッドから追い出したのだ。
「あいててて……」
俺は猛獣の寝床に戻る気は起きず、そのまま床で眠った。そのせいか背中が痛い。
起き上がり剣を手にして、外に出る。日はまだ街の防壁に隠れている。
井戸で顔を洗い、首の火傷痕を撫でる。
そして俺は剣を振った。
「一、ニ、三……」
体力と筋力は上がってきた。
メメの魔法で刻まれたこの首輪のような痕により、俺は魔法に目覚めさせられた。
魔法を構成するマナを流され、俺の身体の中のマナの巡回が活性化した。と、いう。
貧弱だった俺の身体に、今は身体強化が乗せられている。
「はぁ……はぁ……」
だが、今の俺には技量が圧倒的に足りない。
今より上に行くには、剣で斬る力が必要だ。
一月や二月で身につくものではないだろう事はわかっている。
俺は、魔狼戦で隣で戦っていた男の動きを思い出す。
力任せに振り下ろすのではなく、切っ先で円を描くように撫でる。
枝先の葉が二つに分かれ、はらりと落ちた。
・
・
・
「今日も出かけるのぉ?」
いつものように肩の上に座ったメメが不満そうな声を上げた。
冒険者ギルドの依頼掲示板の前で、めぼしいものがないか探している。
「日銭を稼がないとな」
「もっと楽に稼げるの選ぼうよぉ」
あれから俺は、実りが少なく誰もやりたがらなかった東の森の魔狼退治をしていた。
群れを失い、はぐれた魔狼を狙って狩っている。
一対一での勝敗は二勝五敗。最初に五連敗した。メメに助けられながら狩りを続けている。
「ザコお兄さんはへっぽこでぇ、また私が助けることになるんだしぃ」
「最近は勝ってるだろ」
「噛まれておろおろしてたくせにぃ♥」
メメが俺の左手を取り、指にぱくりと噛み付いた。
「大した怪我じゃないし、左腕はもう動く。平気だって」
「ふぅん。そんな油断ばかりしてぇ、死んでも知らないよ?」
「そうだな。それは気をつける」
はぐれ魔狼は時間が経つにつれてじょじょに減っていき、群れを成すのが増えてきた。
気配察知はメメ頼りだ。彼女がいなかったら、こんな一匹ずつ見つけて倒すようなことはできない。
『魔狼討伐報酬 銅貨10枚』
今日も目的の獲物が貼り出されていることを確認し、俺たちは東の森へ向かった。
南の門から出て、東へ向かう。その間、先を行く見覚えのある後ろ姿の後を付けることとなった。揺れる金髪から左右に飛び出た長い耳。背中に背負った弓と矢筒。
彼女は立ち止まり、冷たい視線でこちらを振り返った。
「なにか用?」
あからさまな不機嫌な顔を向ける彼女は、エルフのシリスだ。
「偶然行き先が同じなだけだ。後を付けてたわけじゃあない」
「そう」
短くそれだけ返答し、彼女は立ち止まったまま俺を見つめてくる。それが惚気た瞳なら良いのだが、人嫌いと言われる彼女の視線は冷たい。眉間に皺が寄っている。
「そう睨むな。綺麗な顔が台無しだ」
俺が冗談交じりでそう言うと、肩に乗ったガキンチョが俺の耳を引っ張った。
シリスは不快そうに鼻を鳴らした。
「臭い息を吐くな。※※※※」
ぷいと前を向き、シリスは再び森へ向かって歩き始めた。
朝から嫌な気分になりながら、俺もその背中を追う。
聞き取れなかった言葉が気になったので、メスガキ肩車にこっそり聞いてみた。
「なんて言ったんだ?」
「うーんと、古代語で意訳すると『ちんこもげろ』みたいな感じ?」
「なんで!?」
あんな澄ました顔でそんな卑猥な罵倒をしてきたとは……。ちょっと興奮してきた。いや違う。変態とかではない。断じて。
しばらくすると、シリスは再び足を止めた。今度はこちらを見ることすらしない。
「付いてくるな」
「そうは言われてもなぁ……」
「じゃあ隣を歩けばいいんじゃない?」
さすがメメ様賢い!
俺は小走りでシリスの隣に立った。うわお。長い耳がピンと立っている。
前パーティーでの繋がりがなかったら絶対に近づいていない。
「私は許していない」
「そうか。じゃあ隣じゃなくて先を歩くよ」
「違う。勝手にパーティーを抜けた事だ」
「へ?」
俺が困惑していると、ギリと奥歯から聞こえてきそうなほど顔を歪ませた。
まて、なんでそうなる。
「戻ってこい。#####」
吐き捨てるように言い放ち、シリスは森の中へと入っていった。
「なんて言った?」
「『ケツの穴に矢を打ち込む』だって」
「こわ! ……いや嘘だろ?」
あんな美しいエルフの少女がそんな汚い言葉を使うわけがない!
いやだがそれも人間の妄想かもしれない。
ここにもお口わるわるのメスガキがいるし。
「意訳すると『裏切り者』って感じ?」
「……なんで?」
「ザコお兄さんさぁ。抜けたパーティーからすごく好かれてるね。良かったね♥」
「いや良くねえよ。どう見ても違うだろあれ」
好かれてたら俺のケツ処女を狙ってこねえわ。
「リチャルドのやつ、メンバーになんて伝えたんだ……?」
俺はパーティーを抜ける時に、リチャルドに伝えたはずだ。
このまま俺がパーティーに居座るのはお互いにとって良くないと。
脱退は合意の上だ。裏切り者呼ばわりされる意味がわからない。
「エルフの考える事はわからん」
「一人で森へ入ったりね♥」
「そりゃあ……うん? なんでだ?」
青銅タグにも成れば、毎日依頼をこなすようなことも無くなる。ランクが上がれば日数のかかるような依頼となり、収入も増える。
ディエナの姉御みたいに休養期間に一人で勝手に狩りを行うのもいるが、普通はパーティーでまとまって行動する。そのための仲間なんだから。
「エルフだし一人で森林浴でもしたくなったんだろ」
そういうことにした。
・
・
・
「魔狼いるよ。あっちに二匹」
「二匹か……」
「がんばれ♥ がんばれ♥」
「手伝う気はなしかよ」
俺は石を拾い、そっと魔狼に近づく。
石つぶてでも一匹怯ませられれば楽になるはずだ。
俺は静かに、草むらから石を放つ。
外した! 感づかれ、つぶては躱されてしまった。
素早く剣を構える。二匹同時。やれるか。やるしかない。
『キャウン!』
「!?」
近づいてくる一匹の頬に突然矢が突き刺さり、その魔狼は驚き立ち上がった。
俺は襲いかかるもう一匹に斬りかかる。
魔狼の首筋に刃が通る。だが浅い!
素早くしゃがみ、右手で腰の短剣を抜く。そして魔狼の横っ腹に突き立てた。
『ギュア!』
紫の血が吹き出す。殺せてはいない。もう一匹も油断ならない。
次はどうする!?
一瞬迷いが生まれた。その隙に手負いの二匹が同時に襲いかかってくる。
「うおお!」
俺は左手のみで長剣を握り、横に振った。
当たれ!
力の込められていない一撃は、運よく左の一匹の顎へ当たる。
右の、矢の刺さった一匹は止まらない!
ヒュン。と、俺の耳を掠めた矢が、魔狼の目に突き刺さった。
そのまま俺の首に魔狼が迫る……。
噛みつかれる寸前で、二匹の魔狼は弾けるように飛んでいき、遠くの木にぶつかり四散した。
魔狼の血が、幹や辺り一面の新緑を紫を染めた。
「ふぅ……」
緊張の糸が解ける。
メメが俺の前にしゃがみ、顔を覗いた。
「危なかったねぇ。ザコお兄さん♥」
「ああ……助かった」
魔狼たちはメメに蹴り飛ばされたようだ。
「矢を撃ったのはシリスだろ? ありがとう」
援護をくれたのは先ほど一緒だったシリスのはずだ。あんな正確に目を撃ち抜ける射手はそう多くない。
呼びかけには答えず、カサリと小さな音を立てて、シリスと思われるものは去っていった。
エルフの考えてることはわからん!
「んふふっ♥ わかったでしょ。私が居れば平気だって♥」
「なんのことだ?」
ギリギリまで出てこなかった癖に!
それにやりすぎで魔狼がぐちゃぐちゃだ。ただでさえ安い素材がろくな足しにならない。
「あーあ……。これじゃ肉が減るな」
肉片を見ながらそう呟いたら、俺はメメに腹を殴られた。
メスガキの考えてることはわからん!