俺だって魔狼と戦える
魔狼は魔物となった狼だ。
狼ゆえに人に害をなし、家畜を襲い、森の動物を襲う。
だが冒険者は森へ入り、魔狼を積極的に狩ろうとはしない。
狼ゆえに毛皮の価値は低く、肉はまずく、危険も大きい。
増えたモンスターは群れを成し、街を襲う。
モンスターは根源的に人を憎んでいるという。人間を滅ぼすための存在。
そしてそれを狩る、冒険者。
「ラッシャアアア!」
二メートルの筋肉達磨のディエナの姉御が繰り出す大剣の腹の横薙ぎで、先頭の魔狼が吹き飛び、それが後続に激突。それが波及し群れの一部が壊滅した。
「ははっ。噂以上にすげえや……」
正面からぶつかろうとしてきた魔狼はそれだけで動きを止めた。本能的に引いている。
だが狼というものは、獲物を囲んで襲うものだ。魔狼は正面だけではない。魔狼の群れは俺達の左右に回り込んでいる。
群れとは本来一つである。群れごとにリーダーは一匹だ。一つの群れは十匹ほどだ。
その群れがさらに十ほどある。つまり狼の中隊だ。本隊はその奥にあり、指揮官であるボスがいる。
銀狼。とりわけ大きく、異彩を放つ狼が遠くからも確認できた。
「おっしゃ! 姉御に続けぇ!」
ベテラン冒険者が、前にあぶれた魔狼に槍を突き刺す。
初心者も勇気を振り絞り、弓を引く。
俺も、端で回り込む魔狼と対峙した。
「でぇい!」
突きを二撃目を意識した持ち方で繰り出した。
攻撃された魔狼は本能的に飛び掛かってきた。俺のことを侮っている。
突きを飛び越えてくる魔狼に対し、俺は突いた剣を下から振るった。
剣は魔狼の腹に当たり、斬ることはできなかったが、魔狼は『ギャイン!』と鳴いて地面に倒れ、舌を垂らした。
俺は首に剣を突き立て、トドメを差す。
「おう! やるじゃねえかザコ!」
「ザコじゃねえ!」
酒場で見かける名も知らぬ同世代の冒険者だ。時々俺とメメの関係のことをからかってきた。メメが俺の事を「ザコ」と呼ぶから、いまや俺の名は「ザコ」で通ってしまっている。
「はは! 魔狼を倒せるんじゃザコじゃねえな! ボロ木のザコ!」
「ザークだ!」
そう。今の俺の二つ名は「ボロ木のザコ」だ。今こそ汚名を晴らす。
名も知らぬ男は剣を、俺よりも華麗に振り、襲いかかる魔狼の肉を斬り、殺した。
「ふーん、やるじゃん……」
「お前の振りは雑なんだよ、ザコ」
突き上げだったから斬れなかっただけだし? 袈裟斬りすれば俺だって斬れるし?
斬れなかった。そもそも当たらなかった。
俺は魔狼に伸し掛かられ、首筋に牙が迫る。
だがこの程度、メメのマウントと比べたら赤子みたいなもんだ。
俺は魔狼の顔面を殴り、腹を蹴り飛ばす。
転がった魔狼は見知らぬ男の足元に転がり、男が首を切り落とす。
「手間かけさせんなザコ!」
「すまねえ!」
ザコザコ言ってきて気分は悪いが、男は俺を庇って動いてくれているようだ。
俺が魔狼に囲まれないように立ち位置を変えていた。
「俺を庇っても尻は貸さねえぞ!」
「誰がお前の汚え尻を狙うか! メメちゃんの尻を貸せ!」
「はん! ロリコンの一味か!」
「その頭が何を言う!」
俺の剣撃を横に回避してカウンターを狙う魔狼を、男が斬る。
男が剣についた油を拭う間の時間を俺が稼ぐ。
「オレはミッシェルだ。オレもメメちゃんと一緒に食事がしたい」
「はん! 前のテーブルに着けばいいじゃねえか!」
「俺だって! 隣で! イチャイチャしたい!」
「くれてやるよ!」
大上段からの一撃。初めてまともな攻撃が魔狼に当たり、魔狼の頭を砕いた。
俺達の付近の魔狼は全て対峙し、俺とミッシェルは拳を突き合わせた。
「このあと食事はどうだ?」
「悪いが腹一杯で吐きそうなんだ」
その原因のディエナの姉御の方を見ると、暴風のように魔狼を蹴散らしていた。そして一人突出し、ボスの銀狼へ肉薄していた。
「すげえなありゃ。暴風のディエナか」
姉御は魔狼に囲まれているが、それを物ともしない。
俺達が行った所で邪魔になるだけだろう。そしてそもそもあの数を相手することはできない。
「オレ達はそろそろ下がるか。帰るぞザコ」
「お、おう」
先発隊は時間稼ぎだ。最初に駆けつけた者が突っ込む。ただそれだけだ。
街の冒険者が門に集まり、防衛準備ができたならば下がる事になっている。
これで俺達の役目は終わった。後は寄せ集めではなく、パーティー同士の連携の防衛となる。
「メメ。大丈夫か。起きられるか」
「むにゃむにゃ」
うちのお姫様はまだすやすやぴーだった。どんな消化速度なのか、あんな膨らんでいたお腹はぺたんこになっている。
食った肉はどこへ消えた……? 漏らしてねえだろうな……?
俺が変なことを考えていると、メメの手がぐいと伸びてきた。俺はそれに答え、メメを抱き上げた。
ミッシェルが隣で頭を掻く。
「前から思っていたのだが、その公然とイチャついてるのはなんなんだ? 見せつけてるのか?」
「トレーニングなんだ。これは重り」
重りがもそもそと動く。抱っこではなくおんぶを所望らしい。
「ふぅん? ならオレの事も持ち上げるか?」
「勘弁してくれ。お前みたいな尻を狙うやつが増えちまう」
男色の気はない。
「さて見学をするか。おいあの栗毛の男はザコが前いたパーティーのだろ?」
ミッシェルが指差す方には、リチャルドが居て、俺に手を振っていた。
何を呑気なことやっているんだあいつは。昔からそういう奴だった。
「あいつもメメちゃん狙いか? くそう、女だらけのパーティーの癖に……」
「女と言っても厄介なのしかいないが……」
リーダーのリチャルド。ちびっ子魔導士のアリエッタ。脳筋のディエナ。それに、射手のシリス。
射手のシリスが、手を振るリチャルドの手を掴み、こっちを冷たい目で見た。
一つにまとめた金髪がゆらりと揺れる。そして耳が突き出て長い。
シリスは人間ではなく、エルフと呼ばれる種族だ。
「おおこわっ! ザコおまえ何かしたのかよ……」
「してねえよ。俺はパーティーを抜けただけだ。穏便にな」
シリスは一年ほど前にリチャルドのパーティーに入ったメンバーだ。俺とはほとんど関わりはない。
リチャルドのパーティーは元々は女だけというわけではなかった。メンバーの入れ替わりは何度かあった。
女だけになったのには理由がある。女冒険者は女冒険者で固まるものだからだ。男と女が一緒にいたら、色々面倒になるだろう?
とはいえ、リチャルドは別問題だ。誠実なリチャルドは女を良い意味で女扱いしない。誰からも好かれる奴だ。
俺? 俺は街で別行動してたから一緒にいたわけじゃないからな。
「エルフだしただの人嫌いなだけなんだろ」
「それにしちゃあ、リチャルドの奴と手を握ってるぜ。やっぱ許せねえよなぁ! イチャつきやがって! くそ! ここにももっとイチャついてるのがいたわ!」
「勘弁してくれ」
不可抗力だ。
なんかもう、メメが俺に絡みついてるのは呪いみたいなものだ。
「ねえザコお兄さん♥ このうるさい男はなに? 潰していいの?」
「すぐ潰そうとするな……。さっき一緒に共闘したんだよ」
「ミッシェルと言います! よろしくお願いします! メメ様!」
メメ様?
「ふぅん? 私の邪魔にならないようにしてね?」
「はい! いつか踏まれるようにがんばります!」
踏まれる?
「キモ。死ね」
メメ様はお怒りになり、ミッシェルは喜んだ。わかったこいつは変態だ。あまり関わらないようにしよう。




