表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/73

メスガキはもう動かない

 マナとは魔法を司る素だと、メメは言った。

 それは全てに存在するエネルギーであり、それを事象に変換することを魔法と言うらしい。

 メメは「そんな事も理解できないお兄さんは頭が悪いのね」なんて言っていたが、分かる人の方が少ないだろう、そんな事。

 とにかく、メメの手から放った炎と同じく、あの華奢な身体から繰り出す暴力も魔法の一種だと言う。魔法が使えないという人も、知らずに身体強化を使っている事もある。

 要するに、そのマナとやらを外に出すか、内で回すかの違いとのことだ。


「朝から食う肉はうっめぇなぁ! なぁ!」

「姉御ぉ。そんな背中を叩かれたら食えないっす」

「アッハァー! おい店主ぅ! 酒のおかわり持ってこいやァ!」


 マナを扱えるかどうかは、一般人と、それ以外に振り分けた。それはひとえに才能と呼ぶ。

 マナを上手く扱えない人間は凡人で、扱える人間は天才だ。

 努力で目覚めた場合も、それだって才能と言える。

 なら俺は?


「むっきゅ! もっきゅ!」

「おい、肉汁が身体中に垂れまくってるぞ……」

「良い食いっぷりだーなぁ! 良い戦士になれるぜぇ! おいザークももっと食えよ! おらっ!」

「ぐごぽっ!」


 俺は朝から食ハラを受けている。

 こんなに食ったら今日はもう一日動ける気がしない。


「げぷっ……。ところで姉御。パーティーで問題が起こってるとちらりと聞いたんですが」

「んああ!? 誰がそんなこと言ったぁ?」

「アリエッタです」

「ああ? 誰だぁ?」


 この人、自分のパーティーメンバーの名前もわかってねえよ。


「ちびっ子魔導士です」

「あーあー。あのガキな」

「ええ……」


 俺は周囲を見回す。まさかこんな所にいないだろうな?

 いま俺たちがいる場所は酒場ではない。精肉店の軒先だ。

 人の行き交う道で、肉を焼いて削ぎ落としながら食っている。酒は店の小間使いに酒場へ買いに行かせた。

 横暴だ。品位を落とす行動である。だが誰がディエナの姉御に逆らう事ができる?

 全員が見て見ぬ振りだ。俺だってできるならそうしたい。去りたい。

 だが俺の肩には、ディエナの姉御の腕が回っている。


「アーッハハッハ! アシが居れば問題はねえ! そうだろう!?」

「おっしゃる通りで」


 事実。姉御は全てを筋肉で解決する。

 この猪肉だって、普通は罠や毒で狩猟する。それが最も肉を傷つけずに仕留める方法だからだ。

 だが姉御は猪の首を一刀両断したらしい。まあそのくらいするだろう姉御なら。もし俺が女だったら惚れちまうね。いや姉御は一応女だから……あれ?


「そんでぇ? ザークも猪狩りをしたいって?」

「ああ、はい。ゴブリンも倒せるようになったので、狩猟に参加したいかと」

「やめとけ」


 姉御が受け取った酒をぐいと飲み干し、ドンと地面に置いた。

 そして真面目な顔で俺を覗き込む。酒臭い。


「それは、俺が弱いからですか?」

「ああそうだ」


 俺の肩に姉御の指が食い込む。姉御は大して力を入れていないだろう。だが俺の筋肉と骨は悲鳴を上げる。


「人にはできる奴とできねえ奴がいる」

「……」


 俺はグッと拳を握った。悔しさはあるが言い返せない。


「わりぃ。言葉が悪かったな。アシはザークのことが好きだぜ」


 唐突な告白に俺は困惑する。

 なに俺、モテ期? モテ期きてるの? 好みのタイプが全く来ないんだけど!


「俺もディエナの姉御のこと好きですよ。もちろん戦士としてですが」


 相手を傷つけないように振る。これがデキる男。モテる男は辛いね。ははっ。


「おっ! じゃあ今からヤるか!」


 ヤりません。勘弁してください。許してください。俺は泣いた。

 メメは肉汁まみれの手でディエナの耳を引っ張った。


「あらひのおもらにれをらはらいれ」


 口の中に肉が詰まっている。腹にも詰まっている。ダメだこいつ。助けにならない。


「アハハ! ザーク! お前も焼かれて食われなきゃいいな!」


 え? なに? 俺食われるの?

 目の前の削ぎ落とされていく肉塊を見ながらゾッとする。


「なあザーク! お前は目標はあるのか!?」

「目標……ですか?」


 そう言われてみると、俺にはこれといった目標がなかったように思う。

 英雄への羨望。これは夢だ。目標ではない。

 独り立ちは手段であった。日銭を稼ぐのは生活である。


「強いて言うなら、目標は姉御ですね」


 自由気ままに冒険者として生きる。誰もが憧れるそれを体現しているのは、この街ではディエナの姉御だけだ。

 ディエナの姉御だってソロじゃない。リチャルドのパーティーに入っているからには、団体行動で依頼をこなしている。

 それでも姉御の魂からは自由を感じる。


「アハハ! アシみてえな不良になってどうすんだよ!」


 姉御が俺を小突いた。俺は地面を転がり、壁に激突する。目が回って気持ち悪い。


「よしザーク! 打ち込んでこい!」


 立ち上がった姉御の腹筋に、俺はよろめきながらパンチを繰り出す。

 痛い。壁だ。


「わかるか!? こうなれ! 肉を食え!」

「イエスマム」


 肉を食ったら強くなるのかわからんが、俺の腹はすでにパンパンだ。勘弁して欲しい。


 突然、耳をつんざく鐘の音が街に響いた。そしてそれが連打されている。

 行き交う住民が足を止める。壁に寄り、道を空ける。

 衛兵が大声を上げながら駆ける。


「魔狼の群れ来襲! 魔狼の群れ来襲!」


 それだけを繰り返す。

 街の人は少し安堵の表情を見せた。ただのモンスターの襲撃ならば、街中まで被害が及ぶことはまずない。街の住民に取っては火事の方がよほど恐ろしい。

 そして冒険者に取っては腕の見せ所だ。


「よっしゃ! 出番かぁ!」


 冒険者とは、野外で働く者の総称であり、街の自警団でもある。

 ディエナの姉御は精肉店の小間使いを呼び、片付けを命じた。そんな権限はないが、店主は見て見ぬ振りをする。

 姉御の言動に文句をつけるか、外の緊急事態に駆けつけさせるか、どちらが有益かなど誰もが理解している。暴力は暴力に使うのが一番だ。


「俺も行きます!」


 ろくに役に立たないのはわかっている。だが俺だって冒険者の端くれだ。


「構わねえが、お守りはしねえぜ?」


 もちろん。俺だって姉御に守られるつもりはない。

 俺にはメメがいる。メメ! メメ……?

 し、死んでる……。


「げぷぅ」


 メメは食いすぎて仰向けで倒れていた。俺はぽっこりお腹のメメを担ぎ上げ、門の外へ向かう。


「ぐるじい。揺らすな。へた。ざこ。はげ」


 ハゲちゃうわ。抜け毛はメメが髪を引っ張るからだ。

 俺はすっかりメメを相棒気分で見ていた。まあメメがいれば俺だって戦えるよね! くらいの気持ちでいた。この様子じゃメメは戦闘不能だ。

 俺はそっと、メメを街の外壁を背に座らせるように下ろした。


「ザコお兄さん……一人で戦うつもり……? 死ぬよ……?」

「俺がそう簡単には死なないことは知っているだろう?」


 メメが俺の首筋に手を伸ばす。そっと火傷の痕に触れる。死の刻印。魔法を目覚めさせた証。

 以前の俺なら、メメを担いで運ぶことすらできなかった。


「勝手に……死んだら……許さないから……」

「死なないさ」


 メメはにこりと微笑み、瞳を閉じた。

 メメの頬を肉汁が流れ、ぽとりと地面を濡らす。

 メメの手から力が抜け、ゆらりと地面に垂れる。


「すぴー」


 そして寝てしまった。

 まあ……ここに放っておいても大丈夫だろう……。不埒な気持ちで近づく男がいるかもしれないが、その時は知らん。男が金玉を失うだけだ。

 俺は平原に向き直り、剣を構える。

 街道に立ち並ぶ10名ほどの冒険者。

 俺のように戦々恐々している新人もいれば、目を輝かせるベテランもいる。

 しかし誰もが、負けるつもりでここに立ってはいない。中央にディエナの姉御がいるからだ。

 全員おこぼれ狙いである。


「おるぁああああ!」


 駆け出す姉御。続く冒険者たち。森から姿を現す無数の魔狼。

 俺たち先陣は街を守るためじゃない。武功のために先走っているだけだ。

 街を守る? そんなの生真面目なリチャルドにでも任せとけ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ