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底辺冒険者の俺はメスガキに絡まれた!

挿絵(By みてみん)


 冒険者酒場は今日も賑わい、粗暴な男たちの笑いが絶えない。彼らの何が楽しいのか、俺にはわからなかった。俺にとって酒は、惨めな自分を隠すためのものでしかなかった。

 冒険者となり早二年。俺は仲間に恵まれた。いや、恵まれすぎた。彼らは才能があり、俺にはなかった。俺はどんどん置いていかれ、それに付いていけないために裏方となり雑用となり、さらに強くなる機会を失った。

 仲間たちは早くも青銅タグのDランクとなり、俺は木製タグのFランクのままだ。首から掛けているその木製タグは、黒く薄汚れあちこちが欠けていた。

 俺のボロボロなタグとは違い、目の前の、パーティーリーダーの青銅タグは、キラリと髪色と同じ栗色の輝きを胸元で放っている。年下の、出会った一年前は小さかったリーダーも、いつしか俺に近い背丈となっており、幼さを残した顔は精悍な青年の面立ちと変わった。

 リーダーはそっと分厚い一枚板の樫のテーブルに、手にしていたトンと小さく木のジョッキを置いた。


「ザークさん……。残念ですが、そうですか……。では引退を?」

「いや、一人でやっていこうと思う。世話になったな」

「いえそんな。僕たちがここまでやってこられたのもザークさんのおかげです。本当にお世話になりました」

「ああ……」


 リーダーは軽く会釈して、机に銀貨一枚を置き、立ち上がった。背丈ほどもある剣を手にし、振り返る事もなく扉へ向かう。木の床をゴッゴッと音を鳴らすその靴は鋲の打たれた薄汚れた傷だらけの革靴で、しかししっかりと手入れがされている。俺の、綺麗すぎる靴とは違い、冒険者の靴だ。

 残された銀貨は、飲みの奢りにしても余りすぎる額だ。


「引き止められることもなかった、か……」


 それもそうだ。当然の事だがそれが寂しくも感じる。

 俺のパーティー脱退はお互いの合意の上だ。いつまでも仲間を小間使いするのは、向こうとしてもこちらとしても体裁が良くない。小間使いが必要なら新人を雇えばいい。

 もし俺が年上でなければ、もし俺が彼らと同期でなければ、今の関係でも誰も何も言わなかっただろう。


「何しけた顔してるのお兄さん♥」

「なんだ娼婦か? そういう気分じゃないあっち行ってくれ」


 幼さの残る声で話しかけられ、俺は顔を上げた。そこに居たのは娼婦ではなく、しかし娼婦のような姿の、酒場には似つかわしくない少女であった。帯紐のような布を人に見せてはいけない部分に巻きつけ、そして薄い透き通る布を身にまとわせているだけだった。

 少女は銀色の絹糸のような長い髪をふわさと払い、真紅の瞳が俺の顔を覗き込んだ。


「え? 泣いてるの? だっさっ♥」

「ガキには用はない。失せろ」


 しかし少女は俺に擦り寄り、肩に手を置いた。

 その手を跳ね除けようと一瞬考えるが、俺は思い直す。子供にムキになってもより惨めを晒すだけだ。周りの奴らに酒のつまみにされるだけだ。


「ねーねー木タグのお兄さん。そこの銀貨で私を買わない?」

「子供を抱く趣味はない」


 もし彼女がグラマラスなお姉さんだったら、俺は宿に連れ込んだかもしれない。今日はそういう気分ではあった。

 しかし彼女は、まだ毛も生えてなさそうな細い身体に、控えめに発展途上の丘が二つ付いているだけの抱き心地の悪そうな見た目をしている。そしてそれを恥ずかしげもなく露出する服を着ていた。


「いいじゃない。私も暇なのよ。クソザコお兄さん♥」

「殴り倒すぞ」

「やだー子供にムキになってるの? そんなんだからFランなんだよ?」


 俺は木のジョッキを乱暴にテーブルに置き、立ち上がった。巾着から銅貨を二枚テーブルに置き、少女を押し退け、俺は酒場の扉から外へ出た。

 赤い空の夕日が眩しい。


「お兄さん、銀貨忘れてるよ? ドジ」

「欲しいならくれてやる」

「それって私を買ってくれるってことだよね? やっぱロリコンなんだ~あはっ」

「勝手にしろ」


 もはや相手にする気はない。

 しかしこいつは後を付いてきた。途中でどこかへ行くだろうと思ったら、宿にまで付いてきた。俺は部屋に入り、扉を閉めて、鍵を締めた。


「ちょっとー? お兄さーん? ひどくなーい?」

「帰れ」

「今日街に来たから宿ないのー。大部屋の雑魚寝はやだなー。みんなに襲われちゃうかもー。泊めてくれる優しいお兄さんはいないかなー?」

「ちっ」


 俺は渋々と扉を開けて、少女を招き入れた。


「おおっ。思ったより良い部屋だね! クソザコお兄さんのくせに♥」

「やっぱ出ていけ」


 少女は無視して一つしかないベッドに座った。

 部屋が良いのは俺もDランクの報酬の分前を等分で貰っていたからだ。後から入ったメンバーになじられたのだが、リーダーは最後まできっちりと俺に金を分けてくれた。

 宿賃は一月先まで払ってあるが、そのうち出ていくことになるだろう。


「それじゃあ寝ようか。あーやっぱ身体洗いたいなー。ねーお湯貰ってきてよ」

「自分で行け」

「やだ。また締め出されそうだしー。お兄さん雑用得意でしょ?」


 殴りたくなる気持ちを抑え、俺はお湯を買って戻ってきた。

 今だけ我慢すれば、明日には出ていくだろう。揉め事を起こして宿を追い出される方が辛い。

 桶に入ったお湯を届けると、少女は目の前で服を脱ぎ始めた。


「なっ、何をしてる!」

「あれ? お兄さんが先に身体拭きたかったー? しょうがないなぁサービスしてあげる♥」


 半裸の少女が俺にしなだれ、服の紐に手をかけた。少女の吐息が首筋にかかる。

 俺はじっと少女を見つめる。薄暗い部屋の中、少女の髪がさらさらと身体に添って流れる。生意気な切れ長の目はまつげが長く、人形のような白い肌と整った顔をしている。浮き出た鎖骨は少女の身体の細さを表し、胸元は控えめに主張している。

 なるほど。人によっては銀貨一枚払ってでも、抱きたいと思う男はいるかもしれない。


「えー? 本気にした? やっぱロリコンなんだー♥ へんたいっ♥ ろりこんっ♥」

「寝る。その辺で勝手に寝ろ」


 俺は少女の手を振りほどき、ベッドで背を向けて寝た。

 後ろからはヘタレだのなんだの聞こえてきたが、そのうち静かになり、お湯と、肌をする音が聞こえてきた。

 気にせず無視して目を瞑っていると、やがて俺は意識が落ちた。



「ザークさん! 危ない!」


 ああ夢か。久しく見なかったこの夢か。夢であり、過去の出来事でもある。

 俺はリーダー達とパーティーを組んですぐの冒険で、膝に矢を受けた。


「ザークさん……この怪我では……。いえ、ザークさんは街で怪我を治してください。大丈夫です。僕たちが支えますから。ザークさんはできることを……」


 そうだ。そして俺は街での買い付けや、武具の修繕などの、できる雑用を行った。俺を支えてくれるパーティーのために、俺はパーティーを支えた。

 俺の怪我は治ったが、その頃にはすでに、俺と彼らの間の差が開いていた。


「いつも助かります。ザークさん」


 リーダーの言葉がいちいち俺を苦しませる。彼はそのつもりはないし、もちろん俺は彼に感謝する立場だ。

 だけど俺は許せなかった。俺のことを利用しているとうそぶき、リーダーの格を下げようとする下衆な奴らを。

 逆なのに。俺の方こそみんなに寄生していたのに。

 だがそれも終わり。俺は今日から再出発をするんだ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ザークの顔の陰を横線で描くと眼鏡っぽい。
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