美少女の死
鞠亜の死体が発見された校舎内は、騒然とした空気に包まれる。彼女の死は色々な人々に影響を与え、彼女の葬式には様々な面々が集まる。その中で葬儀に参列した冴えない刑事ドラマオタクの女子生徒、藤崎那々子は、亡くなった鞠亜の悲痛な訴えを聞くことになる。
クラスメイト達の話声で、藤崎那々子は目を覚ます。机の上には白紙のプリントとチャックが開いたままのペンケース。朝早く来て、まだ手を付けていなかった宿題をしようとして、そのまま寝てしまったようだ。
那々子は大きなため息を一つつき、急いで課題に取り掛かる。始業まであと三十分。どうにかして終わらせねば。
それにしても、今日はやけに校舎内が静かだ。いつもなら生徒たちの笑い声で溢れかえっているはずだが、それがまったく聞こえない。那々子のクラス、二年四組も、怖いくらいに静まり返っている。
「それでね、プールの上に浮かんでたんだって。」
「やだあ。こわーい。」
「鞠亜ちゃん、どうして・・・・・・」
すぐ後ろで井戸端会議を開いていた女子グループの会話から、何か良からぬことが起こったとすぐに分かった。鞠亜・・・・・・二組の黒川鞠亜の事だろう。学校一の美少女。明るい色に染めた髪をくるくると巻き、作りこんだ化粧をし、制服をほどよく着崩した“女子高生”。派手な男はいちころだろう。しかしその中身は、絵に描いたような性悪女そのものだ。自分より劣っていると認識した者を笑いものにし、集団いじめの対象とする女。那々子自身も、鞠亜たちに笑いものにされたことが幾度となくある。そんな彼女に、いったい何があったのか。
「那々子おはよ!ねえ聞いたー?二組の鞠亜ちゃんの話!」
友人の川島未紅が、ぱたぱたと駆けてくる。中学の頃からの付き合いだが、彼女は情報が早くゴシップ好きだ。多分この案件に関する情報は、いち早く入手しているだろう。
「おはよう未紅。鞠亜ちゃんに何かあったの?」
「何って、知らないの那々子!二組の黒川鞠亜ちゃん、プールに浮かんで死んでたのよ!朝早く来た教頭先生に発見されたらしいんだけど・・・・・・多分誰かに殺されたんじゃないかって・・・・・・」
未紅の言葉に、那々子は寒気を覚えた。それもそのはず。身近な所で、人が死んだのだから。
那々子は自他共に認める刑事ドラマオタクだ。近頃のアニメやアイドルにはまったく興味が無く、純粋に刑事ドラマだけを極めている。特にサスペンス物は大好物で、物語の中の事件やトリックに、食い入るように見入ってしまう。そんな那々子でも、近くで殺人事件が起こったと思うと戦慄するのは当たり前だ。
鞠亜の死を目の当たりにした友人たちはひどく悲しんだという。彼女の取り巻きの女子グループは、皆涙が枯れるほど泣いていた。特に恋人である樺山郁斗は、鞠亜を失ったショックで高熱を出し、学校を休んでいるという。それだけ鞠亜の死は、周りに影響を与えた。
司法解剖の結果、足首の小さな内出血の跡以外、特に目立った外傷や何者かに殺害された形跡も無い事から、誤って転落した事故死だとされた。肺に大量の水が入っていたため、死因は溺水だと言われている。
あれほど皆から注目を浴び、華やかな少女だった鞠亜の通夜は、厳かに、それでいてもの悲しく執り行われた。ただでさえも多い鞠亜の友人のほかに、違う学年の者も多く参加しており、その人の多さに那々子は終始面食らった。未紅はもちろん、那々子と同じ茶道の明日果や琴音の姿もあった。それくらい鞠亜は、いつも皆の中心にいたということだ。
那々子が、遺影の中で微笑む麗しき乙女に向かって合掌した時だった。急に遺影の鞠亜の穏やかな顔が泣きそうな顔に変わり、那々子に何やら喋っている。那々子は一瞬驚いたが、鞠亜の声に耳を澄ました。
“私を助けて”
気が付くと、遺影はさっきまでの優しい表情に戻っていた。多分気のせいだ。那々子は自分に言い聞かせると、大きく息を吐いて、祭壇を後にした。