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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界転生無双に失敗したけど幸せになれた

作者: pzg

異世界転生したら、皆さんは何をするだろうか。

多くの人は転生特典を貰える貰えないに関わらず、現代日本で得た知識を活用しようとするのではないだろうか。

うん、俺もそうだった。

アルカディア王国の片隅にある、名も無い寒村に転生した俺は、転生特典は無かったが知識を活用して無双しようとした、してしまった。

前世の日本での駄目っぷりを取り戻すべく、後先考えずに動いた。

もしも、転生したばかりの俺に会えるなら、ぶん殴って説教したい。

なぜ、ガリレオ・ガリレイは正しい地動説を唱えたのに迫害されたのか。

それをちょっと考えればわかるはずだ。

未開の土地、いや、日本でも同じだったが、本当に正しいことより、その世界の常識を大切にすることや、空気を読むことのほうがよっぽど大事だということを俺は失念していた。

結果として、俺は村八分されてしまった。

そりゃそうだよな、糞尿は肥料になるとか言い出して、自分のウンコを畑に埋めるとか、何も知らない人からしたら狂気の沙汰だし、封建社会で教会の教えやお布施に疑問を持つとか、思い出すだけでも恐ろしい。

とにかくそんなこんなで、俺は村八分にされ、村のはずれである樹海の入り口に独りで暮らしている。

正直、これでもかなり良い待遇だと思う。

下手すれば追放、つまり野垂れ死んでいたはずだ。

異世界転生ものでは、村から出て街に向かい冒険者ギルドに入るとかあるけど、寒村で得られる情報ではそんなものがあるかどうかも不明だし、交通手段も何もない状況でどうやって街に行けと、そもそも領民は貴族の財産で勝手に引っ越ししたのがバレたら死罪だし。

つまり何が言いたいかというと、俺は日本での常識はすべて捨てて、この世界で見聞きしたものを常識とし、この世界の住人として分不相応の夢など持たずに農民として生きていくことにしたのだ。


はぁ~…。


もっと早く、こうしておけばよかった。

子供のころの俺は、ドン引きしている近所や常に怒る両親を、理解のない遅れた人達と馬鹿にしてばっかりで。

結局、15歳の成人の儀の直後に、昔から好意を寄せていたエリィちゃんに「俺が世界を変えるところを隣で見ないか?」と告白した時のエリィちゃんの反応でやっと自分が馬鹿だったことに気が付いたんだよな。

「ぷ、ぷふっ、ウンチを集めて畑に埋めて世界を変えるって、もう我慢できない、あはははははははっつ、く、苦しい、おなか苦しいー」

すごくショックだった。

数日間寝込むぐらいショックだった。

でもあの時点で俺の目を覚ませてくれてありがとう。

あそこで目が覚めなければ、今頃どうなっていたか。


カーン

カーン

カーン


お、竜神教会の鐘が3回鳴った。

ということは、日本で言うところの三時ぐらいか。

昔のことを思い出しながら農作業していたためか、あっという間に時間が過ぎたな。


それじゃあ、暗くなる前に薬草採取でもしながら、樹海に仕掛けた罠を確認するか。

この世界ではタンパク質というのは結構貴重だ。

その意味ではこの村は恵まれている。

樹海の奥には魔獣という凶暴で恐ろしい化け物達がいて危ないが、食料になるちょっと大きなウサギやネズミのような生き物も樹海には生息している。

魔獣に怯えつつも、森の幸を罠にかけて食料の足しにするのが、この村の人の昔からの生活様式だった。

といっても、今は村八分になった俺という便利で使いつぶせる存在がいるため、罠を使って森の幸を捕まえるのも、森の中の薬草を採取するのも、食べられる木の実や山菜を集めるのも俺の仕事だ。

それを対価に、追放ではなく村八分として村に住まわせてもらい、必要最低限の交流を残してもらっていると言ってもいい。

ちなみに豆知識だが、俺の家が村の中でも最も樹海に近いのは、適当な用地が無かったという問題と樹海に入ることが多い俺のためということになっているが、実は樹海から極まれに出てくる魔獣に最も喰われやすい位置に俺を住まわしたという意味もあるのだ。

どうだ驚いたか!アッハッハッハはぁ~…

いや、この話はもうやめよう。

そんなことより、罠だ。

これから見に行く罠はオリの中に餌をぶら下げ、それを食べようとした生き物をオリの中に閉じ込めるものだ。

もう少し進めば、きっとまるまると太ったネズミのようなものを捕らえたオリが…。


ガサガサ


おっ、何か音が聞こえる。

これは本当に何かが罠にかかったのかも!?

そう期待して、そっと木陰から罠の様子を覗き込んだ俺の視線の先には…。


あれ?



オリの中の存在と目が合った。

それは、くくりくりとした茶色の目をした、可愛い系の容姿をした高校生ぐらいの少女だった。

そんな少女が小さなオリに窮屈そうに詰まっていた。


「おい、あんた大丈夫か!?すぐに出してあげるからな!!」


なんで俺の罠に人がかかっているんだ、こんなところ村の誰かに見られたら、今度こそ追放だぞ。

俺は嫌な未来を想像して、大急ぎでオリを開き、少女を引っ張り出した。


「すまない、まさか俺のオリに人がかかるなんて夢にも「ピーヒョロロロー!!!」


おい、まさかこりゃ。

や、やっちまった。

嫌な汗が背中を流れた。


俺が助けたのは、確かに高校生ぐらいの見た目の少女だった。

ボブカットになっている髪の毛は、まるで猛禽類の羽と人間の髪の毛のような変ったものだったが、少し丸顔の可愛い系の顔はアイドル顔負けの容姿であり、体の方は二次元でしか見たこともないぐらい綺麗で大きな円錐型の乳房と、健康的でムチムチとした太ももを持っていた。

つまり、とんでもない美少女だった。

ところが、その両腕は猛禽類の羽のようになっており、腰からは鳥の尾のようなものが生え、膝から下は鋭い爪を持った鳥の脚になっていた。

明らかに、日本でもこの世界で見たことがない生き物だった。


「やばい!?」

「ピー??」


俺は、すぐに踵を返して走り出した。

樹海の奥には人を喰う魔獣がいる。

それはこの世界の常識だった。


俺は大慌てで樹海を抜け、長老の家に駆けこむ。

ノックなどしている場合じゃない。

「長老大変です」

「ニスン!また変なことを言いに来たのか!!」

長老は明らかに警戒しているが、それを無視して捲くし立てる。

「魔獣が、魔獣が罠にかかっていた」

「はあ?」

間抜け面を晒した長老だったが、俺の言葉を理解すると同時に、その顔色は青白くなっていった。


ーーーーー


それから村は大混乱になった。

魔獣とは人より強い力を持っており、人を喰らう化け物だ。

村人では到底敵わないため、もし村を襲ってきたら大変なことになってしまう。

実際に、過去に何度か家族単位で犠牲が出ていた。

俺がオリから出したことを非難する声もあったが、そんなことをしても意味がないため、村唯一の駄馬を走らせ、近隣の村に駐屯する貴族軍に救援を求めることになった。


救援が来るまで約三日、俺や村人達は生きた心地がしなかった。

いつ来るかわからない魔獣の影に怯えていた、という比喩的な話ではない。

あの魔獣は、あの後何度も村の上空を飛び回ったのだ。


まるで何かを探すように、空をトンビのようにゆっくりと旋回しながら村を見下ろしていた。

おかげで村は農作業どころではない。


俺も含めて誰も彼も三日間息を潜め続けた。

そしてようやく、貴族軍が到着した。


「まさか、これほど立派な騎士様が来ていただけるとは、村を代表してお礼申し上げます。」

長老が全力でおべっかを使う相手は、2人組の騎士だ。

派遣されたのが2人しかいないと思うかもしれないが、寒村の頼みを聞いてくれただけでも良かったと思うべきだ。

とにかく、これで一安心だ。

「ニスン、こっちこい」

そう思った矢先、長老に呼び止められた。

「騎士様の見立てによると、毎日村に魔獣が来ているということは、この近くで魔獣は寝泊りしているだろうとのことだ、それを見つけるために樹海の案内役が必要とのこと、この大任をニスンに任せようと思う。」

おい、ちょっと待て。

「騎士様、このニスンは村では樹海に最も詳しいのです。しかも今回の魔獣を最初に発見したのも彼です、きっと役に立ちますでしょう。」

まるで俺が凄いみたいなことを言っているが、樹海に詳しいのは村八分で半ば強制的に入らされていただけだろ。

一瞬反論しかけるが、長老にギロリとした目で見られたので、空気を読んでそれを止める。

今はそんなことを言っても仕方ない。

それに小声で長老が言ったのだ。

「今回の件、ニスンが活躍したら、もう少しお前の待遇を考えんでもない。嫁をもらえないのは辛かろう」

うまいこと言いくるめて、危険な仕事を押し付けようとしているのは見え見えだったが、俺が断れる立場でもない。

そして何より嫁が貰えない、前世も含めて童貞歴××年というのはいい加減辛かった。

エロい動画も絵もないこの世界で独身童貞とか、ぶっちゃけてしまうと村八分より辛い。

長老のところの駄馬メスのお尻を見て少し興奮してしまった時には、死にたくなった。

はぁ…。


ーーーーー


「なるほど、ニスンさんが見た魔獣はそんな姿をしていたのか、そいつは魔族かもしれないな。」

騎士の人の一人、スヴェイン様はとても紳士的かつ気さくな方で、樹海に入る前に俺に魔獣について色々と聞いてきた。

この世界は身分社会であり、騎士相手に農民が話しかけることすら憚られる。

だけども、スヴェイン様は話しやすい雰囲気の方で、こちらも色々と質問してしまう。

そんな中で、俺は初めて聞く言葉に反応した。

「魔族ですか、それはいったい何ですか。」

「魔族を知らないのか!?そうか、村から出たことないなら、それは仕方ないことか。」

どうやらこの世界の常識について聞いてしまったらしい。

今は村八分、そして子供時代はまともに両親の言うこと聞いてなかったからなあ。

村から出なかったというより、俺の事情によるものだと思います。

「この世界には我々人間以外に魔族と総称される種族がいる。そして我々人間は神の教えに基づいて、奴らを滅ぼすために長年戦いを繰り広げてきた。残念ながら敵は強く多くの人が命を落としたため、休戦状態になってしまったけどね。とにかくそいつらは、魔獣より人型に近く、魔獣よりかは知性がある。知性がある魔獣だよ。」

「じゃあ、魔獣よりよっぽど厄介じゃないですか!?」

「ああそうだ、この任務、思ったより簡単じゃないかもな。」

「いや、簡単に終わりそうだぜ。」

俺とスヴェイン様の話を遮ったのは、もう一人の騎士、デーベ様だ。

デーベ様は、ワイルドな戦士といった見た目で、事実そういう戦い方をするらしい。

そんなテーベ様が指さす先には、太い木の枝に止まりコクリコクリと船を漕ぐ、鳥と人を合わせた魔族の姿があった。


以前会った時より、やつれているように見えたが間違いない、あの魔族だ。

あんな可愛い姿をしているのに、その正体は魔獣より恐ろしいとか、日本の常識を引きずっていたら、きっとオリから出した後に「言葉分かる?君は一体何の種族なんだい?」等と逃げずに話しかけたりして、あっと言う間に頭からバリバリと喰われていたな。

「ニスンさんありがとう、君はここで待っていてくれ、ここから先は我々でやる。」

俺は無言でうなずき、スヴェイン様達を見送る。

スヴェイン様とデーベ様は、木の下で弓を取り出すと、弓を引き絞り…


矢を放った。


「ビイイイイイイイ!!」


耳を劈く絶叫。

続いて、俺の目の前に何かが降り立った。

いや、落ちてきた。

魔族が落ちてきた。

その鳥のような脚には矢が一本だけ刺さっている。

騎士様のどちらかの狙いが甘かったのか、それとも直前で避けられたのかは良くわからない、ただはっきりしているのは魔族は逃げようとしたがバランスを崩してここに落ちてきたということだ。

どうする?

常識に従うなら逃げるしかない。

だが、このまま騎士様が魔族を仕留めても、俺は嫁さんが貰えるほど役に立ったと言えるだろうか。

そもそも魔族は足だけ怪我をしており、まだまだ十分飛べそうだ。

このままでは逃がしてしまう。

考えがそう行き着いた俺は、魔族を取り押さえるべく勇気を出して抱き着いた。

「ピイっ!?」

「ニスンさん何をやっているんだ!?それでは攻撃できない!!」


俺の馬鹿ーーーーー!?

これじゃ、取り押さえるどころか、邪魔しているだけじゃないか!!

仕方がない!

「逃げよう!」

「ピイ!」


あれ?魔族さん、今返事した?そんなわけないか。

それより魔族さん、どうして俺の体を脚でホールドしているんですか。


「ニスンさん!!」

「このやろう、人を盾にするとは卑怯だぞ、さっさと降りてこい!!」


体を鳥の脚でがっちりとホールドされ、視界と呼吸器を肌色の柔らかい二つの物体に塞がれる。


しかも何だか…ものすごい勢いで…お空を飛んでいるような…


続いて始まった戦闘機ばりの超加速に襲われた俺は、その直後に意識を手放したのだった。


ーーーーー


どうしてこうなった。

気が付いたら、どこぞの樹海の奥深くで魔族の少女と二人っきりだった。

どうやらここが魔族の少女の本当の住処らしく、小さな沼のほとりにある大樹の洞の中に、粗末な巣のようなものがあった。

それ以外は食料と思わしき木の実などが詰まった袋と、よく分からないものが入った袋が何袋かある以外何もなく、ひたすら森が続いていた。

もちろん、帰り道なんて分からないし、どこにやばい魔獣がいるかも分からない。

でもここにいたら、魔族の少女に食べられてしまう。

行くも地獄退くも地獄。


人生積んだ…。


ドサッ「ピー…」

ってどうした。

突然、魔獣の少女が倒れた。

慌てて魔獣の少女に触れると、その体は焼けるように熱かった。


そこで日本での知識が浮かび上がる。

すぐに少女の脚を確認すると、すでに矢は抜けていたが、そこは熱を持ち膿んでいた。

そして更にもう一か所、右の羽にも矢が突き抜けたような痕があり、酷い傷になっていた。

放たれた矢のうち、命中したのは一本だと思っていたが、しっかり二本とも命中していたのだ。

そんな中、魔族の少女は俺を抱えて飛び、限界に達したのだろう。


これは逃げるチャンスなのか?


「ピー…、ピー……」


だけど、すごく苦しそうだ。

放っておいたら、この子はどうなるだろうか。

こうして改めて見ると、人間の少女が苦しんでいるのと全然変わらない…


いやいや違うだろ、こいつは魔獣よりやばい魔族じゃないか。

魔獣は人間を食べ、それよりヤバいのが魔族というのが、この世界の常識。

そんなのを助けようとするとか、頭がおかしい奴だ。

ここは逃げるべきだ。


「ピ…、ケホッケホケホッ」


おい、大丈夫か!?

いや、そうじゃなく…


「ピュウ…ピュウ…」


…逃げても樹海で迷うか魔獣に襲われて死ぬのが関の山だし。

ここから出るには、この少女の協力が必要だ。

そうだ、魔族は魔獣と違って知能があると言ってたじゃないか、俺の有用性を示せば食べずに下働きぐらいに使ってくれるかもしれない。

そうすれば、何かの弾みで俺を人里まで運んでくれるという展開も、そうしたらそのタイミングで逃げて…

うん、うん、そうだな。

決してこれは同情して助けようという、この世界の常識外れの行動ではない、あくまで合理的な判断って奴だ。

そうだそうだ、同情してるわけじゃないぞ。


「とにかく水と薬草を用意するからな、どこまで効果があるか分からないけど、効果があるってこの世界の人が言う薬草探してくるから大人しく待ってるんだぞ!勝手に出歩いちゃ絶対だめだぞ。」

さて、薬草が見つかって、無事効くといいのだが。

俺は急いで少女の住処から飛び出した。


ーーーーー


「ピーヒョロロロ!」

薬草が効いたのか、それとも少女の体質なのか、翌朝には熱は無事収まった。

少女はだいぶ楽そうになっていたが、体の自由が利かないようだった。

やはり怪我をしながら俺を抱えて強引に飛んだ影響は大きいのだろう、また飛べるようになるにはまだまだ時間がかかるように見えた。

可愛そうに。

でも命に別状はなさそうでよかった。


いやいや、そうではなく、つまりだ、俺の有用性を少女に分からせる機会がまだまだあるということだ。

昨日は薬草を見つけ、すり潰して食べさせるなどしたので、俺の有用性は理解しただろう。

だがまだまだ手を緩めてはいけない。

次は食料集めで有用性を示す。

俺が食料を集めることができるとすれば、簡単に俺を食べないだろう。

もしも少女にそこまでの知能がなかったとしても、ライオンなどの猛獣であっても、常にお腹を満たしていれば、他の生き物を無暗に襲わないと聞く、それと同じ効果も期待できる。


「ということで、できたっと。」

「ピー?」

「これで美味しいものを捕まえてくるからな、大船に乗った気持ちで待っていてくれたまえ。」


幸いにして、よく分からないものが入った袋を漁っていると、罠に使えそうなものがたくさん見つかった。

それを使って罠を作ったのだ。

村八分に会っていたおかげで、森の幸を採ることがが得意という特技がこんなところで役立つとは。


「ピー!!」

お、おう。

花咲くような笑顔で、少女が怪我をしていないほうの羽を振って俺を見送ってくれる。

言葉が通じているかどうかと聞かれると、ほぼ間違いなく通じていないだろう。

なんとなく意味を察している程度だと思う。


それにしても、解せないのが少女の態度だ。

俺が逃げるとか思わないのだろうか。

そもそも、昨日の薬草についても、怪しいものと思わなかったのだろうか。

まるで最初から俺を信頼しているかのような行動だ。

まさか、転生特典で異性の好感度を自動で上げるチートを持っているとか。


って、おいおい。

また前世の記憶に引っ張られているぞ。

ここは漫画や小説じゃないんだ、俺など脅威でも何でもないからの行動なのだろう。






森の奥で罠があること自体が珍しかったからか、それとも水場の近くだからか、驚くほどあっさりと大きなネズミのような生き物が捕れた。

「ピー!!ピー!!」

それを俺が持ち帰ると、少女は目を爛々と輝かせて近づいてきた。

そしてそのまま、ぱくりと…「おい、ちょっと待った、血抜きはしたが、これはまだ生だぞ」

「ピー?」

ブチブチとネズミに噛みつきながら、少女は不思議そうな顔をする。

「…!ピ!」

すると、さも今頃気が付いたという表情をして、残ったネズミを俺にそっと渡した。

いや、そうじゃないし!

「とにかく、見てろよ。」

俺は、住処から出ると、枯葉の塊の上に石で組んだかまどを作り、ポケットから火打石を取り出した。


カチッカチッ!


火打石を使って火をつける、そこにネズミを置き、そしてさっき採ったハーブのような草で香りつけながら焼き上げる。

この草は俺の黒歴史の中で、少しは役に立ったものだ。

香辛料とか全然ないので、日本での記憶を使って色々と工夫したのだ。

結果、毒のある草を使ってしまい、危うく死にかけるという事態になったが、料理に使える草を少しは見つけることができた。

倒れた俺を見ていた村人は、家族も含めて誰も口をつけなかったけどな。


「ほれ食べてみろ」

住処に戻り、少女のあーんと開けている口に肉の切れ端を放り込む。

「ピ~♪」

どうやら気に入ってくれたようだ。

おいしそうに頬張っている。

「ピ~ピ~♪」

もっと欲しいのか、まだまだあるぞ。

再度口に切れ端を放り込むと、またおいしそうな顔をする。

その姿に、ほっとすると同時に、こうやって人に食べてもらうものは良いものだなと思ってしまった。


ーーーーー


彼女との共同生活が始まって一週間以上が経った。

食べ物については俺が罠で捕まえる獲物等と、彼女が蓄えたドングリのような木の実で当分の間は問題ないようだった。

それ以外にも細かい問題は色々とあったが、どれもこれも何とか乗り越えてきた。

例えば衛生関係などは、なんと彼女が衛生魔法という体を清潔にしたり、水や食べ物を浄化する魔法が使えたため、そのおこぼれに与り事なきを得た。

もしかしたら、彼女の熱が早めに引いたのも薬草だけではなく、この魔法の効果があったのかもしれない。

こうして俺が食料を集め彼女は家で留守番をし、家に帰ったら彼女の世話をするという、安定した生活が始まったのだが、実は一つだけ解決できていない問題があった。


今日の朝のことだ、目を覚ますと、まず彼女の姿が目に入る。

彼女の家は、大樹の幹に空いた洞の中に作られた大きな鳥の巣のようなもので、四畳半ぐらいしか大きさがなかった。

するとどうしても彼女の姿が目に入ってしまう。

それの何が問題かというと、彼女は出会って以後、ずっと上も下も服を着ていないということだ。

もう一度言う。

彼女は服を着るという習慣がないらしく、上も下も人間の少女と同じ部分も含めて丸見えだった。

しかも、前世の二次元でしか見たことがないような立派なスタイルに、コスプレ系アイドル顔負けの美少女だ。

そんな美少女の、童貞では日本国内の動画や画像ではモザイクという神秘のベールに隠されて一生お目にかかれないものまで、見ようと思えば丸見えなのだ。

それでも俺は、極力見ないよう頑張ってきた。

チラチラ見えてたけど、頑張って目をそらしていたし、そのおかげで本当にやばいところだけは見ないで済んでいた。

ところがだ、彼女の寝相が悪いのか何なのか分からないが、目が覚めたらありえない体勢になっていて、俺の目と鼻の先にベールの向こう側があった。

思いっきり見てしまった。

つまりだ、俺の一部がやばい。

やばいぐらいにやばかった。


しかもだ。

「ピ?」

気が付くと、俺の体を彼女が穴が開くほど見つめていた、特に下の方。

やばい。

彼女に欲情したことに気が付かれたら、機嫌を損ねて喰われてしまうかもしれない。



ということでだ、俺はドングリを拾ってくると言い訳して家を飛び出すと、木陰に入った。

彼女の体を思い出しながら。




ふう。

とにかくだ、今日まで何とか意識しないように頑張ってきたが、あんなもの見せられたらもう無理だ。

なんとかして、彼女に服を着てもらわないと。


俺は服になるものはないかと森を調べる。

その結果見つかったのが、大きな葉っぱと、しなやかで綺麗な枝だった。


これで服を…

無理があるが、目隠しぐらいにはなるか。


さて、後はどうやって彼女に着てもらおうかと悩んでいるうちに家に帰ってきてしまった。

「ピイ」

彼女が相変わらずの裸で迎えてくれる。

さて、理由は言えないが今は賢者モードなのでとりあえず大丈夫だが、賢者モードで見ても魅力的とは恐ろしい。

また臨戦態勢になってしまう前に服を着てもらわないと。

そう思い、葉っぱと枝を出そうとするが、彼女の奇妙な行動に動きを止められた。


「ピイピイ?」

あの、どうされましたか?

どうして俺の匂いを嗅いでいるのですか。


「ビイーーーーーーーーーーーーーー!!」

ひいっ!?

何だ、明らかに怒っているぞ!?

俺が何をやったというのか!?

終わるのか、俺の人生!?






「ピイピイー♪」

終わらなかった。

良かった。


怒った彼女が俺を食べてしまうかと思ったが、プイっと俺から顔を背けると、家の隅でいじけ始めてしまった。

意味が分からなかったが、その次の行動は更に意味が分からなかった。

彼女の目に俺が持ってきた枝が入った途端、態度がまた変わったのだ。

枝を少し見つめ、次に家の中を見渡し、まるで「ごめんね」とでも言うかのように「ピーイ」と鳴くと、機嫌よく枝を家のあちこちに刺して、家を改造し始めたのだ。

何だかよく分からないが、よし!

多分、家のリフォームとかが趣味で、機嫌が直ったのだろう。


それから俺の日課に枝集めが加わることになった。

しかし、彼女に服を着てもらうことは結局叶わず、俺の地獄の日々は続くのだった。


ーーーーーー


「ピイピイ!ピイピイ!」

バサバサと彼女が空を飛ぶ。

彼女の世話を初めて一か月半、ついに彼女は飛べるまで回復した。

そして彼女はさも当たり前といった様子で、俺を両脚でホールドすると、何度も何度も急上昇と急降下を繰り返した。

決して俺を虐めているわけではなく、本当に楽しいのだということがその表情からは見て取れた。

本当に、本当に良かった。


まあ俺は、その急降下と急上昇が怖すぎて全然楽しめなかったんだけどな。

それはとにかく、問題はここからだ。

俺の目にははっきり見えた。

樹海の先に、人の営みがあることを。


方角も分かり、歩いて数日ぐらいに見えるが、無事たどり着けるのか?

そもそも、あれは本当に人の街なのか、もしかして魔族の街ではないのか?

疑問は絶えない。

しかし、一つだけはっきりしていることがある。

このままでは俺の理性が持たないということだ。


原因は分からないが、最近彼女の距離がどんどん近くなっているのだ。

材料である枝を入れ替えたおかげですっかり綺麗になった家は、相変わらず小さいので、元より彼女との距離は近かったが、最近彼女はぴったりと俺に寄り添うようになった。

気のせいでなければ、家が綺麗になるにつれてその距離がどんどん近づいていき、彼女の目が何かを期待しているような、そんな眼差しになってきていた。

恐れくこれは、そろそろ人間の肉が食べたいなーという彼女の気持ちがにじみ出ているのだと思う。

そして、俺の有用性という理性がそれを何とか押しとどめている結果が、今の状態だろう。

いわゆるあれだ、お預けくらっている犬が餌から離れられないのと一緒だ。

つまりピンチではあるが、この均衡が崩れなければ大丈夫だと思う。

多分。


ところがだ、俺がその均衡を崩しかけていた。

狭い家で裸の女の子と、行為だけを見るとまるでいちゃいちゃ()しているような生活を一か月半も続けてきたのだ。

もうね、いつ暴発してしまうかわからんです。

彼女なら、喰われてしまっていいから、嘘でもいいから本当の恋人のようになりたいとか、ふと思ってしまったりするんです。


だから俺は決断した。



「ピーピュルルルル…ピーピュルルルル…」

彼女が寝静まったのを見計らい、俺はむくりと起き上がる。

今晩、俺は家を出ていく。


さよなら。

君が人間で、捕食者と被捕食者という関係ではなく、ただの恋人だったなら。


そう心の中でつぶやき、俺はさっそうと家を出…


いや、どうせ出ていくのだ、最後にちょっとだけ見てもよいのではないだろうか。

どうせ、村に戻っても村八分で一生童貞だし。


ゆっくり彼女に近づき、彼女のたわわに実ったおっ〇いを覗き込む。


ゴクリ。

こうやってしっかりと見ると、本当にすごいな。


「ピーピュルルルル…ピーピュルルルル…」

大丈夫、眠りは深そうだ。

これなら、少し触っても大丈夫じゃなかろうか?


ツ、ツンツン


「ピーピュルルルル…ピーピュルルルル…」

…まだ大丈夫。


ムニッツ


おお~、夢にまで見た感触。

こんな可愛い子のおっ〇いを触るなんて、もう二度とないのではないだろうか。


「ピー」

まだ大丈夫。


ムニュッムニュッ


やばい、色んな意味でヤバすぎる状態だ。


スリスリ…

あ、ちょっ、だからヤバいんだって、そんなところ羽でスリスリしないで!!


っておい!?


月明りを反射して輝く茶色い目が、俺をしっかりと見つめていた。


人生終わった、物理的に。


「ピイッ♪」


唖然とする俺を彼女は素早く押し倒し、馬乗りになった。

そして彼女の口が俺にゆっくりと近づいてくる。


ああ、喰われる。


もはや抵抗もできないまま、俺の口に彼女の口が覆いかぶさり、彼女の人間より細く長い舌が俺の口内に侵入する。

侵入した彼女の舌はとぐろを巻くように俺の舌へ絡みつき、貪るように口内を蹂躙しって…おい!?


「え、なにこの状況!?」

「ピイ?」

「まさか、俺の思い違いでなければ、違う意味で喰われてる!?」


「ピイ!」

相変わらず彼女の言葉は分からない。

だから、この世界の常識で何が起きたのか考えようとしたが、まったく答えは見つからない。

しかも、彼女が嬉々として俺の体の上で始めたことに頭が真っ白になってしまい、俺は考えることを手放してしまった。

だけど、彼女の表情を見れば、一つだけ確信できることがあった。



どうやら彼女は俺の彼女になってくれる気なんだと。




それにしても、いったいどうして彼女は俺を選んでくれたんだ?


ーーーーーー


魔界の片隅でそのハーピーは生まれた。

彼女の名はピイ。

ハーピーではよくある名前だ。

そしてその性格や能力もハーピーらしいハーピーだった。

空を飛ぶことが好きで、森で狩りをして暮らすことを好む、頭がちょっと緩い、ごく普通のハーピーであるピイは、普通に育ち普通に巣立ちを迎える。

ピイの両親は、ピイのハーピーらしい能力を考え、魔界の首都である魔都でハーピー便等に就職するのではなく、伝統的な森での生活をするように勧め、素直にピイはその勧めに乗り、巣立っていった。

両親はピイが無事に森で暮らしていけることに疑いもなかったが、どんな夫を捕まえてくるかだけが気掛かりだった。

ハーピーは雌しか生まれない種族で、夫は他の種族から捕ってこないといけないからだ。

父は自分と同じ鬼族なら良いと思い、母は優しくて働き者ならどの種族でもいいと思っていたが、ピーの思いは別だった。

ピーの住む世界は、人間と魔族がお互いの生存をかけて戦争を続けてきた。

戦争は殺戮マシーンである勇者が人間に現れたことにより、戦況は魔族不利に傾き魔族は滅亡の一歩手前まで追い込まれてしまう。

その時に颯爽と救世主が現れた。

スライムである彼女は、一人の勇者の少年を虜にし、百人を超える魔族の勇者を出産して戦況を五分以上に押し返し、更には自らは実質的な魔王として魔界を導き人間達と休戦状態までに持ち込んだのだ。

ピイは魔界の誰もが知るこの物語が大好きだ。

特に、人間の勇者を篭絡して結婚し、子供いっぱいの家庭を作る件が大好きだった。

敵味方を超えて愛し合うなんて、とてもロマンチックで素敵だとピイは思った。

だからピイは、巣を魔界の森に適当に作ると、逸る気持ちに引きずられるまま夫を捕らえに人間達の国へ不法入国してしまったのだ。

自慢のスピードで見事不法入国に成功したピイだったが、ミスを犯していた。

両親が持たしてくれた荷物の大半は巣に置いてきてしまったため、食料が切れてしまったのだ。

得意の狩で何とかしようとしたが、魔界より動物の数が少なく、どんどんお腹が空いてしまう。

そんな時に目に入ったのが、美味しそうな食べ物がぶら下がった箱だ。

喜び勇んで飛び込んだピイが閉じ込められたことに気がついたのは、食べ物をすべて食べ終わった後だった。


どうしよう。


まさに絶体絶命のその時、白馬の王子様が現れた。

ピイが初めて見る人間である彼は、とても優しそうな顔をしており、なんとピイを助け出してくれた。

そして恥ずかしがり屋なのか、名も言わずに逃げるように姿を消してしまったのだ。

ピイは運命の出会いなのかもしれないと思い、早速彼を探し始めた。

ところが、彼が居ると思わしき村を見つけたものの、彼の姿どころか人間の姿がまったく見つからない。

運命の出会いは勘違いだったのだろうか。

そうピイが思い始めたころ、それは起きた。


殺気、そして身を切り裂く激痛。


ピイは人生で感じたこともない程の命の危機を感じた。

人間の騎士が襲い掛かってきたのだ。

必死に逃げようとするが、羽に受けた矢のためバランスを崩して墜落してしまう。

もう駄目、せめて最後にあの人にもう一度会いたかった。

そうピイが思った時、奇跡が起きた。

墜落した目の前に彼がいたのだ。

しかも彼はピイに覆いかぶさり、身を挺して矢から守ろうとしてくれたのだ。


折れかけていたピイの心に再び火が灯った。

「逃げよう!」

「ピイ!」

言葉は分からないが、一緒に行こうと言われたとピイは直感で分かった。

ピイは持てる力のすべてを使って、彼と共に逃げ出したのだった。



こうしてピイは命からがら逃げ帰ることができた。

巣は魔界にあり、もう人間に襲われる心配はないが、傷口は醜く開き体は熱に侵され、すべてが限界だった。

そんなピイを彼は甲斐甲斐しく看病してくれ、狩りをして獲物を捕まえてきてくれた。

また彼は、ピイの父のように料理をし、卵を抱いた母にご飯をあげるときと同じように怪我をした私の口に食事を運んできてくれた。

彼の手料理はすごく美味しかった。


これってもう「つがい」だよね。


ピイは子供のことから夢見た夫を獲ることができたんだと実感した。

ピイは幸せの絶頂にいた。


ところが、おかしなことが起きた。

夫が何もしてこないのだ。

ピイは怪我はしているものの、気持ちは準備万端だった。

夫もそうだと思っていたが違うらしい、視線は時々感じるが、何故かすぐに逸らしてしまう。

何もしてこない夫にピイは困り果てた。

人間は発情期とか決まっていて、まだそうではないのだろうか。

母から性教育は受けたが、そんなことは言ってなかった気がする。

ピイは無い頭を振り絞った結果、夫を誘惑することにした。

強引に交尾することも頭によぎったが、母の教育によると男はその気にならないと交尾できないらしい。

といっても誘惑の仕方など分からないので、ピイはとりあえず寝ている夫の頭を太ももで挟み、その顔に自分の股間を擦り付けながら寝てみた。

効果は抜群だった、翌朝を迎え夫の体を注意深く観察していたピイは、夫の体が完全に発情したことが分かった。


やった♪


安心したピイだったが、予想外の展開へと事態は動く。

夫は家を飛び出すと、すっきりとした顔で戻ってきたのだ。

まさか別に雌がいるのだろうか。

嫌な予感を覚えてピイは注意深く匂いを嗅ぐ。

幸いにして、他の雌の匂いはしなかったが、明らかに夫の発情は納まっていた。

ピイは初めて夫に対して憤りを覚え、そして夫をその気にできない自分に落ち込んだ。

優しいこの人が好きだ、もう他の人なんて考えられない。

だけど私は夫にとって魅力的ではないらしい。

このままでは離婚されてしまうのでは。

ピイの頭を嫌な考えがぐるぐると渦巻く。

その時だった、ピイの目に夫の持ってきた美してくしなやかな枝が目に入った。


そこでようやく、夫が手を出してこない理由が分かった。

巣は生活の場所だけではなく、子作りの場所であり、卵を温める場所であり、子を育てる場所であるため、綺麗に造り常に清潔にしなくてはいけない。

ピイはそのように母から習ったが、自分の巣は落第点だと気が付いた。

夫を獲るために急いで作ったそれは、とても出来が良いとは言えるものではなかった。


そうか、夫は子育てまで考えて、これじゃ安心して子育てできないと言っているのだ。

先のことまで考えている夫にピイは感心し、同時に自分の行いを恥じたのだった。


こうしてピイは自分の体を治すと同時に、夫が持ち帰る枝を心待ちにし、巣の改良に毎日取り組んだ。

そろそろ交尾してもいいのではないだろうか、まだだろうかとピイは夫にくっつてアピールするが、夫は半端な出来では納得しないらしく交尾してくれなかった。

いや、きっと体の傷も気にしてくれているのだ。

ピイは夫の気遣いを理解したが、逸る気持ちは抑えられず、日に日に夫にくっつく時間が増えていった。


そしてついに、巣の作り直しが終わり、ピイは飛べるまで回復した。

これから始まる充実した日々を夢見て、ピイが眠っていると、優しく胸を触られて目が覚めた。

夫の体を見ると可哀そうなほど発情していて、一心不乱にピイの胸をいじっていた。

その様子を何となく可愛いと思ったピイは、夫の体の可哀そうなところを優しく撫でると、夫を押し倒し、思いっきりキスをした。

初めてのキス、「正真正銘のつがい」となった証のキスだ。

夫が何か言っているが、きっと喜んでいるのだろう。

だって今まで見たことないほど、夫の体はその気になっているのだから。

さあ、心逝くまで楽しもう。

ここまで待たされたのだから、朝までなんて言わず、赤ちゃんができるまで何日でも何か月でも。

きっと夫もそのつもりのはず。

ピイは歓喜と共に、夫を蹂躙し始めた。


ーーーーー


「ピイピイピイ!」

「なるほど、命を張って何度もピイを助けてくれるとは、人間にしては中々見どころのある婿だ、気に入った!」


前言撤回。

彼女になってくれるつもりではなく、妻になってくれるつもりだった。

俺の妻、ピイと結ばれて三年が経った。

太陽が黄色くなるどころか、太陽?それいつ上がったの?というぐらい、あの後やってしまった。

ピイと疲れ果てるまでやり、そしてピイの羽毛に包まれ眠り、目が覚めたらまた疲れ果てるまでやる。

狭い部屋の炬燵の中で色々といたしてしまう感じを、更に濃厚にしたものと言えば分かるだろうか。

とにかく、日本ではどれだけ大金を積んでもできない快楽だった。

そんなピイに骨抜きにされた俺は、これで喰われたらそれはそれで本望とばかりに本能の赴くままにピイを愛した。


いや、とっくに愛していたのだ。

オリにかかったピイと出会った、あの時から。

チョロイとか言うな、童貞歴××年を舐めるなよ。


そうして、やればできるという名言のとおり、ピイが卵を産み、そこから娘が生まれ、娘も外出に耐えられるぐらいに体が出来上がってきたころ、ピイがどこかに行くと言い出したのだ。

未だ言葉に不明点は多いが、かなりニュアンスは伝わるようになっていた。

身振り手振りで、お互いの名前を教えあい、少しずつ言語の溝を埋めてきた結果だ。


しかし、連れていかれた先が、まさかピイの実家とは。

そこには、ピイによく似た二十代ぐらいに見える女性と、筋骨隆々の赤鬼がいた。

お義母様とお義父様らしい。


お義父様、結婚のご報告する前に大切な娘さんの子供を連れてくることになり申し訳ありません、何でもしますから殺さないでください。


いきなり土下座した俺は悪くないと思う。

お義父様がヤバすぎる、デコピン一つで俺の頭は消し飛ぶと思う。



幸いにしてそんなことは無く、ピイの両親に気に入られた。

俺とピイとの馴れ初めが気に入ってくれたらしい。

ピイと違い言葉通じるお義父様の発言で、色々と衝撃の事実が発覚しているが、今となれば例えピイと俺の間で起きていた行き違いが白日の下に晒されても、俺達の関係が揺るぐことはない。

そんなこと今更関係ないのだ。

この三年間で色々なことがあった。

その中には卵を抱えて動けないピイを、魔獣の攻撃から必死に守ったことなど、お互いの命を守るために何度も二人で困難を乗り越えてきたからだ。


ただ、一つだけ驚いたことがあった。

確かにしっかりと思い出すと、スヴェイン様も魔獣より厄介な存在だとは言っていたが、そんなことは言っていなかった。

それは役所に行ったことで発覚した。

昔と違い今は魔界にも戸籍があり、俺達や娘のことを登録したほうがいいと言われて、魔界の役所に俺達は向かった。

そこで職員の方に渡されたものがこれだ。


「魔界移住者用パンフレット Q&A(共通語(人間方言)版)」

ものすごく前世で見たことあるようなデザインだったが、聞いてみると戸籍制度しかり、このパンフレットしかり、先代魔王のお妃様であり、実質的な魔王のマユ様という偉大な方の発案らしい。

何だろうか、色々とその人の正体が気になるが、そんなことより中に書かれていることに目が行ってしまった。


Q 魔界に人間が暮らしても大丈夫ですか?食べられたりしませんか?

A 魔族は魔獣ではないので人間は食べません。誤解です。


なんか、大前提が崩れて、どっと疲れが押し寄せてきた。

こんな勘違いしていなければ、苦労せずにもっとスマートに行けたのだろうか。

いや、そんなたばればの話をしても意味がない。

今までの積み重ねがあって今があるからだ。

もしも、異世界転生して無双できていたら、きっとピイとは出会うことすらできなかっただろう。

こんな幸せは手に入らなかっただろう。

過去の失敗なんて今はどうでもいい。

ピイと夫婦になり、幸せな家庭を築くことができた。

それでいいじゃないか。


俺は不思議そうな顔をするピイの肩に手をまわし引き寄せると、ぎゅっと抱きしめた。

「ピイ、これからもずーーーとよろしく!」

「ピイ!」


最高の幸せがここにあった。


異世界転生無双に失敗したけど幸せになれた ~おわり~

某所でランキング入りした御礼で追加した魔族図鑑(裏設定)です。


【ハーピー族】

・概要

人型と鳥を合わせた姿を持つ魔族。

生活圏は主に深い森で、空を自由に飛び、狩りや木の実の採取をしながら生活している。

性格は、自由奔放かつ物事を深く考えることが苦手な者が大多数だが、まじめで思慮深く狡猾な者もいる。

その他の特徴としては、魔族のいくつかの種族がそうであるように、女性しか生まれない種族である。

そのため、夫を得るためには他種族の男性を見つけなくてはならないため、男性に対するアプローチは女性上位の種族並みに積極的で、彼女達の巣立ちの時期には、意中の相手を求めて方々を飛び回るという。

なお、男性を物理的に強奪するという事件が起きることもある。


・外見の特徴

頭と胴体は人型で、羽と脚が鳥と同じ姿を持つ。

ただしハーピー族の姿は多様であり、例えば羽の部分が完全に羽の者もいれば、羽と人間の腕が合わさった姿の者、腕と羽が両方ある者もいる。

下半身においても同様で、尾のある者、無いもの、膝から下が鳥型の者、臀部から下が鳥型の者、膝の関節が逆関節になっている者などがいる。

また、その体を覆う羽毛も、色鮮やかなものから、真黒なものまで多種多様である。

容姿については、魔族全体として人間より容姿がいいが、その中でも比較的容姿が良い種族だと評されている。

なお、外見上不老種族の一つであり、外見年齢は最終的に人間の20代程度で固定される。


・能力

高い魔力を内封し、魔力を主に羽から噴射し空を飛ぶ。

高速で空を飛ぶことができ、伝説では音より早く飛んだ者もいると言い伝えられている。

脚力もかなり強く、大型の哺乳類を足で捉えた上で地面にたたきつけ捕食する猛者もいる。

本能的にいくつかもの魔法が使え、魔王軍にスカウトされる者も多いが、自由に飛び回ったり子育てをしたりすることを好む種族であるため、大抵はすぐに退役してしまう。


・生態

卵生で、成体となるまで生まれた巣で両親姉妹と共に過ごす。

成体後は巣立ちをし、新たな巣を作ると夫となる男性を見つけて夫婦つがいとなり、新たな世代を産み育てる。

夫が不義理なことをしない限り、生涯離婚することは無い。

平均寿命は約120歳。

雑食であり、小動物から木の実まで何でも食べる。

なお、本能的に習得している魔法と羽で温度調節をしているため服を着る風習は基本的にはなく、それを正そうとしたある魔族に「空を飛ぶのに邪魔だし、なにより夫を誘惑するにも交尾するにも邪魔にしかならないものを着るとか意味わかんない」と回答したとの逸話もある。


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― 新着の感想 ―
[一言] これも全てマユって奴の仕業なんだ(間接的に) 楽しかったです、ありがとうございました。
[一言] 勘違い系を綺麗に書いてらっしゃる 久々にいい作品を見た
[一言] 久しぶりに作品が読めて良かったです。
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