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あの日の友達

作者: 来生ナオ

 気づくとそこは知らない神社の境内だった。一人境内に立つ女、友利は辺りに視線を走らせる。右手には賽銭箱、左手には鳥居とその先に下り階段があり友利はちょうどその中間あたりに立っている。茜色に染まった空がなんとなく幻想的だ。ぼんやりとした頭でここはどこだろうかと考えていると不意に声が聞こえた。


「君の願いを3つ叶えてあげよう」


 驚いた友利がぴくりと声のした方、正面を見るといつのまに現れたのか白髭の老爺が立っていた。どこか異国風な顔立ち、ふくよかな体にふわふわの暖かそうな赤白コートを着たその老爺はさながらサンタクロースのようだ。神社にサンタとは随分と不思議な組み合わせだな、と友利が考えているとサンタもどきの老爺が更に続けた。


「なんでもいいぞ。今日は聖夜だからな」


 その言葉にふと今日はクリスマスだったのかと気づく。そして同時にこれは夢だ、と気づいた。明晰夢だ。3つの願いとはまたベタな夢を見るものである。一度目を覚まして寝直そうかと考えるがすぐに思い直す。せっかく願いを叶えてくれると言うのだ。夢の中でくらい叶えてもらってもバチは当たるまい。


「さぁ、富か?力か?名声か?」


 サンタもどきはなおも友利を促す。しかし急に願いは何かと問われても困る。友利は少し考えて、1つ目の願いを口にした。


「友達が欲しい。ううん、友達じゃなくてもいい。恋人でも、人間じゃなくても、私が甘えられる誰か、心を許せる誰かが」


 そう言った友利は自身の発言に驚いていた。自分が求めていたのはそれだったのか、と気付かされたような気分だった。サンタもどきはにこりと笑うと右手でまっすぐに友利を指差す。いや、正確には友利の背後を。


「いいよ。今日は聖夜だからね」


 加速する動悸を意識しながら友利が指の先を追ってゆっくりと振り返る。

 一人の男が立っていた。歳の頃は20代半ばか。友利と同年代に見えた。パチリと目が合うと、男は目を丸くする。


「僕が……見えるのか?」


 恐れるように、一文字ずつゆっくりと噛み締めるように男は呟いた。こっくりと頷いた友利に男はキラキラと目を輝かせた。


「ああ、ようやくだ。ずっと、ずっと君と話したかった……君に言ってあげたかったんだ…………頑張ったな、って。辛かったよな、なかなか認めてもらえないのは。伝わらないはもどかしいよな」


 友利は目頭が熱くなるのを感じた。この人が誰かはわからない。だけどいつぶりだろうか、自分の努力を褒められたのは。こんなことで泣きそうになっている自分が決まり悪くて友利は誤魔化すようにわざときつい口調で言った。


「あなた誰?」

「僕はソラ。君がつけてくれた名前だよ、トモ」

「ソラ……?」


 友利にはまったく心当たりがなかったが、男は、ソラはひどく真剣な様子だ。そしてソラは友利のことをトモと呼んだ。友利の名前はユウリと読むし、周りも皆ユウリとかユウと呼ぶ。しかしそれは不思議と懐かしい響きがしたのだった。


「あなたが、私の友達?」

「そうだとも言えるし、そうでないとも言えるな。でも、関係に名前をつける必要なんてないと僕は思うよ」


 よくわからないことを言う男だと友利は思った。自分が心を許せるような相手、と願ったのに所詮夢はこの程度かと嘆息する。


「え?」


 いつの間にこの距離まで近づいていたのか。友利はソラにふわりと抱きしめられていた。反射的に抵抗すると、ソラはあっさりと友利から離れる。


「たぶんあんまり時間がないから。これだけは言わせて。僕はずっとトモの味方だよ。いつだって側にいたしこれからもいる。ずっと見てきた。いじめに耐えてた君も、期待に応えようと必死で頑張ってた君も、枕を濡らした夜も失敗も成功も全部知ってる。その僕が言うから間違いない。トモは、すごく強い人だ。大丈夫。何もできないのがもどかしいけど、僕はずっとトモのこと見てるよ」


 ソラはまっすぐに友利を見つめて言った。友利もまっすぐにソラを見つめ返していた。目が離せなかったのだった。自分の目から一筋の涙が溢れていることに気づいて友利は自嘲する。


「…………はは、わかってるのに。夢って、わかってるのに。なんで、こんなに、嬉しいんだろ。こんなの妄想で……私は、そんな」


 たいそうな人間じゃないのに。


「僕が妄想なら、それでもいいんじゃない? トモはわかってるってことだろ? 自分が頑張ってること、自分は強いこと。ならやっぱり大丈夫だ。君は自分で思ってるより自分のことを誇りに思ってる」

「そう、なのかな」


 不思議なことにソラがそう言うと友利もそんな気がしてくるのだった。


「まだ、願いが2つ残っているが?」


 老爺の声に友利はハッとした。サンタもどきの存在をすっかり忘れていたのだった。


「2つ目…………2つ目は、ソラのこと。思い出したい」


 夢なら、妄想なら、どうせなら、全部知りたいと友利は願った。老爺はふっと笑うと両手を広げた。


「いいだろう。さぁ、行ってきなさい」


 友利の体が浮遊感に包まれた。どこまでも飛んで行けそうに体が軽い。ひと跳び、ふた跳び。神社の境内が眼下に遠ざかっていく。ふわりと着地したその場所は友利の家だった。一人暮らしをしている家ではない。実家のリビングだ。しかし何か違和感を感じる。スッと背後から人が現れて通り過ぎていった。その後ろ姿を目で追って友利は信じられないように呟いた。


「お母さん……?」


 友利の母親はまだ友利が幼稚園児の頃に亡くなっている。友利は慌てて後を追いながら違和感の正体に気付いていた。家具の位置が記憶と違うのだ。模様替えをして、今は別の配置になっているはずだった。つまりこの場所は。


「ユウ? 何して遊んでるの?」


 友利の耳に懐かしい声が響いた。とっくに忘れていた。でも間違えようがない、優しさに包まれた母親の声だ。リビングから続いている部屋を覗くと、小さな女の子が1人で紙に落書きをしていた。幼い頃の友利だ。幼き日の友利が言う。


「今ね、ソラに字を教えていたの」

「ソラ」


 ぐうっと時間が引き延ばされる。目の前の空間が遠くなるような感覚の中、友利は女の子の書いていた紙を見た。落書きに見えるそれは、しかしよく見るとヘタクソな字だとわかる。『友』という字だ。


『ユウリのユウはね! トモって読むんだって! だからソラは』


 記憶の彼方で自分の声が再生された気がして、気づけば友利はもとの神社の境内に立っていた。目の前ではサンタもどきがニコニコと笑っている。


「思い出した…………幼稚園の頃、私は1つだけ漢字を書けた。お母さんが、教えてくれた」


 振り返るとソラがいた。なんとも言えない顔で友利を見つめている。


「私が言った」


『ソラは、私のことユウじゃなくてトモって呼んでいいよ!』


「でもあれは」


 友利は喘ぐように言う。それは友利の妄想だったはずだからだ。友利自身すら忘れていた。ソラというのは当時好きだった子供向けアニメの主人公の名前だ。その名前を空想の友達に与えたのだ。


「トモ」


 ソラが友利を呼ぶ。


「言っただろ。ずっと一緒にいたって」

「……まさか。だって、私ソラのことなんて」

「トモが僕を創ったんだ。トモが忘れたって僕はトモのこと絶対に忘れないよ」

「さあ、3つ目の願いだ」


 老爺が遮って言う。


「悪いが、そろそろ時間がなくてな」

「3つ目の願いは……!」


 友利の心はもう決まっていた。これは夢だ。目が覚めたら忘れてしまうかもしれない。それなら


「生きたい」

「生きたい」


 友利が口に出そうとしたその瞬間、背後からソラが囁いた。友利の口が勝手にそれを復唱する。ニッとサンタが笑った気がした。


「いいだろう」


 ふうっと気が遠くなる。友利は目覚めると直感した。手を伸ばそうとしたが、体はピクリとも動かない。下げたままの手に背後から何かを握らされた。


「これは返すよ。トモが持ってて」


 ソラが耳元で囁く。それを契機にしたように体を不思議な浮遊感が襲う。先ほどとは違う、抗えない浮遊感。いよいよ目覚めるという直前、友利はなんとか声を絞り出した。


「待って! 違う! 私は!」



ーーもうソラのこと忘れたくない!ーー



 声にならない叫びが虚空に消える。ハッと顔を上げると、そこは友利の家だった。一人暮らしのワンルーム、こたつでうたた寝していたようだった。


「あれ…………?」


 何か心地いい夢を見ていた気がするが思い出せない。時計を見ると針は既に0時をまわっていた。まだぼんやりした頭で記憶を掘り起こす。


「たしか、色々嫌になって……海に……」


 友利は大学に入学したばかりの頃はよく海に行っていた。あの頃は清々しかった海も最近は見ていると吸い込まれそうで敬遠していたのだが、積もり積もった作業に嫌気が差して夜の散歩に出掛けようと思ったのだ。


「そして……海で…………あれ?」


 背筋を悪寒が走った気がした。飛び込めば、楽になれる。明日のことを考えなくて良くなる。たしかそんなことを考えて。友利が改めて自分の体を見下ろすと服は部屋着のままだった。


「…………夢?」


 海に行った夢を見ていたのだろう、と、とりあえず納得した友利はふと手の中の異物感に気付いた。開くとネックレスを握っていた。小さい星のチャームがついた可愛らしいネックレスだ。友利の記憶にあるよりもチャームが小さい気がした。


「懐かしい」


 思わず頬が綻ぶ。友利が幼い頃の宝物だった。たしか母親から貰ったのだ。いつからか見なくなったが、実家にある引き出しの奥にでもあるのだろうと思っていた。


「……なんでここに……」


 なんとなく首にかける。幼かった友利には少し長すぎた鎖も今はぴったりと、チャームが胸元におさまる。ふふっと笑ってから目の前のパソコンを見てハッとする。


「やばっ、これ明日までにやらないと」


 慌てて手を動かし始めながら、友利は明日、いや、日付は既に超えているから今日は、奮発してケーキを買おうと思った。


 だって今日はクリスマスなのだから。

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