非情な関係
この作品の、1番初めに言っておこう。
人間は皆、精神病質である。
少女は、歩道橋の上から見えるあの風景が好きだった。
あの、煌めく夜空を。
夏の風景を。
焼けるような夕焼けを。
少女は、ずっと、ずっと眺めていたかった。
赤いショートヘア、黒メッシュ、カーキー色のパーカー。
誰もが怯えるであろう少しヤンキーっぽい見た目とは裏腹に、少女は写真家だった。
ギィ、と少し古い扉を開ける音が鳴る。
黒い革靴でズカズカと家に入るその少女は、カメラ1つぶら下げていつものように部屋のドアを乱暴に開けた。
「こんばんは。天乃くん」
少女の足音に気づいた男は、カラフルな筆をとめて少女に挨拶した。
20代前半辺りのその男は、整っている顔立ちに優しそうな瞳をしていて、毎日色々な女性に告白されても過言ではない見た目をしているが、絵描きでいつも家にこもっているからか、女性の知り合いは少女だけだった。
「何飲む?いつものでいいかな」
男は優しそうに目を細めた。
「ん」
適当に返事をする少女。どうやら先程撮った写真を眺めている様だ。
男が少女の好きなミルクティーを白いカップに入れ低めのテーブルに置くと、男はそのまま無言で作業を再開した。
次の日、少女はまた昨日と決まった時間に家を出、そしてまた歩道橋で綺麗な景色を見た。
昨日と同じようにまた何枚か写真を撮り、男の家へ向かった。
また次の日。少女が家を出て歩道橋に行くと、そこには綺麗でも何でもない真っ暗な曇りが辺り一面を覆っていた。
まるで「もうあの綺麗な景色は見れないんだよ」とでも言うかのように、その曇雲は嘲笑っていた。
少女は、男の家に行くのを辞めた。
境目は、いつも曖昧で、急に訪れて、そして冬になる。
少女は、冬の夜空ではなく、夏の夜空に惚れていたのだ。
あの男のことなど、どうでも良く、ただ男の家へ行く時の夜空が綺麗だったからなだけだった。
もし、あの家の持ち主が貴方だったら、少女は貴方の家に訪れただろう。
つまりは、そんくらいのどうでもいい存在で、少女は何も思っていなかったのである。
別に、あの会話で期待した人もいるか分からないが。
一方、男もどうでも良かったのである。
男は両親が早く他界し、友達も居らず、ただ寂しかっただけなのだ。
だから、急に家のドアを開けてズカズカと入ってきた少女が、もし貴方だったとしても男は迎え入れた。ただ、誰でもいいからそばにいて欲しいだけだったのだ。
お互いに利害の一致。
どちらかがいつ、どこかで死んでいたとしても何も思わず、また「代え」の誰かを見つける。
そしてきっと少女はまた夏になれば男の家に何事も無かったかのように訪れるし、男もそれを普通に受け入れる。
そして、このような出来事が、3年間も続いている。
私から言わせてもらうと、まさに、
「非情な関係」だ。