年末年始
年末、それは1年の終わり
年始、それは1年の始まり
終わり良ければ全て良し
始まりにはゲン担ぎ
それが、前世での私の年末年始。
現世では、特に無い。
そもそも、1年の終わりに除夜の鐘なんぞ鳴らない。そんな風習はない…。が、前世の私はその風習が好きだった。
煩悩の数だけ鳴り響く108回の鐘の音。その音色は魂に訴えかけて来るものがあった。それが、生まれ変わりした事で聴けなくなるのはやや寂しく、魂に染み付いた鐘の音というものは偉大だ…と、思っていた。
この国には、大きな鐘はない。敵襲を伝える簡素な鐘はあるが、鳴り響く音は高く、あの魂に響く音色ではないのだ。
ので、私はエデル王子を巻き込み、城下にある鍛冶屋へ向かっていた。
「すみません、特注のお願いがあるのですが。」
私は、煤で黒くなった親方らしき人に声をかける。その姿は正に筋肉隆々…冒険者です!と、言われても納得する様な風貌である。
「鍛冶場は、貴族の坊っちゃん嬢ちゃんの遊び場じゃねぇぞ!」
私とエデル王子の姿を見て、呆れきった感じで言い捨てられた。うん、正に親方って感じですわね。
頭にタオルではないが布を巻き付け、職人!って感じだし…この人に頼むしか無いわね。
「あら?聞こえませんでした?特注のお願いに来ましたの。王国随一の腕を持つ貴方にしか出来ない事ですのよ?」
私は次はやや高飛車に、貴族の娘らしく言ってみる。きっと、親方ならイラッとするでしょう。
「あぁ?特注だと?嬢ちゃんみたいな子供が支払えるのか?俺は高えぞ?」
「貴方が造った物が素晴らしければ王国の一番大きな教会に寄付され、料金は国王が支払います。大した事ない物なら、アイスフェルト公爵領の教会へ寄付され、料金はアイスフェルト公爵家が支払います。支払いが滞る事はありませんが、貴方の名に箔が付くかは貴方次第ですわ。」
私は、それっぽい与太話を作り、それっぽく国王様とお父様にお話し、鐘が出来た暁にはその音色と大きさにより引き取り先をお願いした。
結果、最終的に2つ造るのだが…それは、まだ親方には言わない。
因みに、それっぽい与太話とは、鐘の音は邪を祓い結界を張る考えがある事。また、その音色により人の業を昇華する作用があると、適当に言ってみたのだ。
そして、その音色を年の瀬…年末に108回鳴らす事で最も効果的な結界を張ることが出来る…遠い遠い東の島国にそんな風習があるんですって。と、言えば、国民大好き領民大好きな2人が食いつかない訳がない。
私って悪い女ねぇ。
「ちょ…お前…いや、貴方様はいったい?」
「うふふ、畏まらなくて結構。親方には素晴らしい仕事のみを求めますわ!私は、アイスフェルト公爵令嬢リリアーナ、此方はエデル第一王子ですわ。まぁ、適当に相手してあげてくださいませ。」
「だ、第一王子!?」
親方の声が裏返る。エデル王子は、大した事ない男なのよ?嫌がる女を無理矢理婚約者にしようとする様なアホですもの。
「そのへんは気にしなくて良いですわ。とにかく、依頼を受けるか受けないかですわ。どうしますの?」
親方は、一瞬顔をしかめた後、何かを決意した顔をして頷く。
「俺は、この国一番の鍛冶屋だと自負してる。あぁ、やってやるよどんな注文なんだ。」
「ふふ、受けて下さると思ってましたわ。注文は鐘。ただ大きさは私がすっぽりと入ってしまうくらい大きな物ですわ。設置場所は教会の上…サイズは図面を参照して下さいませ。デザインは、こちら。私が描いたものですので、分かりにくければ私に聞いてくださいませ。では、宜しくお願い致しますわ。勿論、出来ますわよね?」
私は図面やデザインやら全て用意してた物を渡す。
「さぁ、年終わり迄に設置までしなければなりませんからね!サクサクと作業して下さいませ!」
親方は、苦い顔をして、作業に取り掛かった。
その間、エデル王子は、ひたすら鍛冶屋の道具を見て瞳を輝かせていた。まぁ、こういう物が好きなのは男の子ですわね。
私は、この日一番の笑顔で指示を飛ばし、そして出来上がりまで毎日時間を作っては鍛冶屋を訪れた。側には、瞳を爛々に輝かせたエデル王子と、新しい剣欲しいっすねぇとブツクサいうカリムを従えて。
◇
「ほらよ!コレで最後だ。完成だぞ。」
依頼から数ヶ月、2つ目の鐘の完成だ。
1つ目の鐘より大きく、そして荘厳な仕上がりとなっている。
そして、音色は1つ目と大差なく…そして、私の魂に刻まれたあの音色に近い音が鳴り響く。
「完っ璧ですわ!流石親方ですわね!!この音色です!はぁ…素晴らしいですわ…。」
私は、魂を揺さぶる音色に耳を傾ける。
思わず、涎が出てきてしまいそうになる位には、この音色に酔いしれている。
「この鐘を、城下にある教会へ設置すれば…本当の完成ですわね。」
私は、とても良い笑顔で、設置業者を呼ぶ。その中には、何故かカリムも居たが気にせずお願いする。
「さて親方、行きますわよ!」
「ちょっ…何処にだよ!俺は関係ないだろ。」
「親方が魂を込めて造ったこの鐘の完成形を見るためですわ!この鐘は静寂で神聖な場所で鳴り響くことで完成しますのよ!1つ目はアイスフェルト領でしたのでお連れ出来ませんでしたが、今回は王都。是非とも完成形を見て聴いて頂きたいの!本当に素晴らしいんだから!」
私は、親方のゴツゴツした大きな手を掴み、小走りで設置場所の教会へ向かう。
興奮気味な私を、仕方ねぇなといった表情で破顔する親方の大きな手が頭を撫でる。
「ほら、興奮してっと転けるぞ。貴族といえどまだちっこいんだからよ。」
そう言うと、親方は私を肩に抱き上げ、ついでにエデル王子まで片方の肩に乗せると力強い足取りで教会へ向ってくれた。
肩車なんて…初めてですわ!うわぁ…高い…楽しい!!!
更に興奮した私を止める人は居なかった。
「「「わ〜…」」」
私達3人は、ただただ言葉も出ず、溜息なのか驚きなのか良くわからない音しか出せなかった。
荘厳なで厳粛な教会の一番上、十字架の様な物があった屋根に、親方力作の鐘が設置され、鈍色の輝きを放っていた。
それは、何とも…
「綺麗…」
音色は反響し、魂を揺さぶる
前世の寺の鐘より音は高く、かといって教会の鐘みたいな音でもない。また趣の違う音色で、これはこれで美しい。
「親方、貴方の仕事は素晴らしいわ…」
「俺もそう思う。」
「私は、こんな美しい音色の鐘を初めて見た…」
私達3人は、そう口々に感想を言いながら、ハラハラと涙を流していた。
こうして、私の一大プロジェクトは終了した。
年末に108回の鐘の音を響かせ、年始には無病息災を願い音を響かせている。
この鐘が、観光名所となるのはもう少し先のお話。




