20.提案
学力テスト…それは、学生にとっての本分であり仕事と同じ。だが、この世界の勉強とは、前世での勉強内容よりは薄い。
そして、貴族に求められる物は、識字、数学(前世での算数)、ダンス、歴史である。
だが、庶民に求められている物は違う。識字率も悪く、数学も1~10まで数えられればいい方…ダンスなんかやらないし、歴史も自領の事(10年程)しか知らない。
もちろん、庶民の中でも勉強が出来る人はいる。だが、そういった人は、城仕えになったり、商会等に出稼ぎに出たりする。そうなるとやはり、一般庶民間での識字率は上がらず、人に騙されたりする事もあり問題となっているのだが…、被害が庶民にしかいない間は、学校を建てるなど考え付く事はやらない。それが上に立つ貴族のやることなのだろうか…。
なので、アイスフェルト領では、教会で孤児を受入れた際、子供達が将来困らぬ様に文字や数学等の基本的な勉強はする様義務付けられていた。その為、シスター達は、毎日小一時間程の授業を行い宿題を出す様な形で勉強をしている。
また、どの地位に居ても、勉学に触れられるよう、教会での授業は誰でも受けれる様な体制になっている。なので、私も時たま顔を出し、領民と授業を受けたり教えたりしていた。
そのため、アイスフェルト領での識字率は高く、国内随一と誇っている。この試みは、私が始めたのではなく、ずっとずーと昔のアイスフェルト公爵が行い、以来今迄続いてる伝統である。
で、話は戻り勉学とは、学生の本分であり仕事と同じだ。
故に、成績が悪ければ補習等の対策も必要である…が、基本的にこの学園には貴族が通っている。
そして、稀にいる庶民は、この学園の入学試験を突破して入って来てるだけあり、中々優秀である。
なので、プライドだけは山の様に高い貴族が補習等を受ける訳もなく、また、優秀な庶民の成績が悪い訳でもないので本校には補習制度等は設けられていない。
「私は、補習制度必要だと思うんですよね。どう思います?」
私は例の如く学園長室で、学園長と…そして何故か居るケイン生徒会長…。
「僕は良いと思うな。王子が入学して心機一転学園内の諸々を変えるには良い試みなんじゃない?」
「そうじゃのー、生徒会も生徒代表として取り組んでくれるなら、教師陣はワシがどうにかするぞぃ。」
うんうん。お二方協力的ですわね。
「私は、現状の識字率が低い事を憂いてますの…。ですので、補習は学園近くの教会で、子供達相手に授業をして頂くのはどうかしら?と、考えてみましたの。」
そう、私も時々領内で行っていた、子供による子供達への授業。インプットした勉強をアウトプットする事で、より理解力は高まる。
また、庶民に補習とはいえ、触れ合うことで垣根を低くして行くことが出来るのでは?との考えだ。
で、経験もある私が先導に立ち、補習を見守る事でイイ感じに進むのでは?と、提案しようとした。が、その前にケイン生徒会長が名乗りを上げて下さる。
「なら、僕は生徒会長として率先して参加するよ。補習メンバーだけでなく、有志も交えて行う方が、沢山の人達に勉強を教えられるんじゃないかな?」
ケイン生徒会長、中々柔軟な考え方で良いわね。これがヴィオラ副会長なら何故私が庶民などに!とか激高してる所よ。うんうん。これが生徒会長と副会長の差なのね!
「あら?それは素敵ですわね!では、私も1年代表として頑張りますわ。」
まるで、ケイン生徒会長に追随する様な形をとる。元々私は行くつもりだったが、生徒会長をたてる様に心掛ける。けして出しゃばらない、それが出来る女ですものね!
「なら、全学年から優秀者2名も同行させるのがよかろう。学園で行う慈善活動と補習をかねて、成績にもプラスすると言えば参加するじゃろ。」
ニマニマ3人で笑いながら、この密会は続く。補習の骨組みは出来たので、後は肉付けし、詰めていくのだ。
「中々、良い補習ができそうですわね!」
私は、興奮を隠し切れず、思わず腰に手を当てて悪役令嬢バリに叫んでしまった。ついでに高笑いは…自粛いたしましたわ。
◇
「…って、事じゃから、近隣の教会並びに噴水広場で補習授業を率先して仕切ってくれ。協力者は生徒会長のケインじゃな。あと、カリムは、庶民の出なのじゃから、この試みがどれ程大義あるものか分かるじゃろ?」
学園長は、自身の手足となる雑用係…否、エデルとカリムを呼び出していた。
それは勿論、先程迄熱く計画を練っていた補習授業の件でだ。
「補習授業は分かりました。ですが、何故私もその授業をしなければならないのでしょうか?」
この期に及んで、そんな疑問を聞いてくる事自体が首の皮一枚と言う事を忘れていると、学園長もカリムも思っていた。
学園長は、呆れ顔でエデルに伝える。
「この補習授業の立案者は、お主の…」
「やります!!!えぇ、私が立派にその役目果たします。むしろ、この国の人達が全員、基本的な文字は読める様にします。えぇ、しますとも!私がまだ子供なのも幸いしてますね!時間はタップリあります!!!王冠を頂く前までに、この王国民に文字を教え込みます!!!!」
リリアーナの名前を出そうとすれば、食い気味に想定以上の事を口走る。
だが、学園長もエデルがやれば出来る子(むしろ、ヤル気にさえなれば現国王よりポテンシャルは高く、結果を残せると見ている。)だと知っている。だが、この王子に此処まで言わせる【リリアーナ・アイスフェルト公爵令嬢】が末恐ろしく、また心強くもあった。
「では、私は私の役目を果たさなければなりませんので、失礼致します。」
エデルは、リリアーナ立案の補習授業を成功させる為、颯爽と学園長室から退室した。
誰も居なくなった学園長室で、学園長は思わず呟いてしまう。
「リリアーナ・アイスフェルト公爵令嬢…あの子は末恐ろしいね…。」
あの幼さで、国を見据え、自身の使い方を知り、周りを動かす手腕。
幼き今ですら、完成された美を身に持ち、国内随一の財力を備えた公爵家の令嬢、そして、この国の第一王子の婚約者。
あの少女が、後8年もすれば社交界に出てくる。その時、彼女は何を成し遂げるのか…。
彼女が、この先もこの王国の為に動くのか…。
「今年の雛達は、強いカードを持ち過ぎだねぇ」
学園長は、リリアーナ・アイスフェルト公爵令嬢を中心とした子供たちの事を考える。
王子をはじめ、庶民代表に選ばれたサクラ、そして、密かに増えているリリアーナのファンクラブメンバー達…。何れにしても、この学園は歴史に名を残す事になると確信はしていた。
「エデル・ハワード第一王子、貴殿があの公爵令嬢の綱を握れる様にならなければ、貴殿はマリオネットのままだ。精々、成長したまえ。」
学園長は、冷めきった紅茶を飲み干すと、学園長室を後にした。




