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18.契約


「リリアーナ様、大丈夫ですか!?」


 突如、後ろから声が掛かる。サクラの様だ。

 青褪めた顔をして、服が葡萄ジュースで汚れる事も厭わず近付いてくる。


「サクラさん、其処でお待ち下さいませ。私は大丈夫ですわ。」

「そういう所が!!!何なんですの!?私の様な格下の家の人間には何されても大丈夫だって言いますの?」


 う〜ん…ゲームでのヴィオラは、上からオホホ系悪役令嬢だったのよね。なのに、現実では激高系癇癪令嬢なのね…。

 いえ、違うわね。今迄はもっと上手く伯爵令嬢として振舞っていたに違いないわ…。なら、原因は年下で入学したばかりで好き勝手振舞う私ね!


 是非ともヴィオラ寮長の悪役令嬢っぷりを楽しみたかったですけど…ギャラリーが増えて来ましたわね…。このままですと、ヴィオラ寮長の序盤退場が確定してしまいますわね。う〜ん…。

 それはそれで面白いわ!けど、序盤での退場は許さない。私のスチルの為に頑張って頂かなくては。



「落ち着いて下さいませ。私、葡萄ジュースは大好きなんですのよ?それをこうして…寮長自ら振舞って頂けるなんて嬉しいですわ。」


 私は、ニヤリと笑いながらヴィオラに近付く。そして、小さな周りにも聞こえないくらいの声量で囁く。


「落ち着きなさい、伯爵令嬢として相応しく振る舞いなさい。貴女の価値を下げては駄目よ。」


 何を!っと、叫びそうなヴィオラを静止し、私は少しばかり大きな声を出す。


「何て事でしょう…私が寮長に葡萄ジュースを飲みたいとつい言ってしまったから…ヴィオラ寮長?お御足は痛みませんか?態々私の為に取ってくださいましたのに申し訳ありませんわ…。」


 食堂に、ざわめきが広がる。まぁ、そうよね。

 けど、ここは私の為に騙されて下さいませ。私が頼んだ所為で、ヴィオラ寮長は足を滑らし、私の頭にジュースがクリーンヒット…不幸な事故って事を無理矢理受け入れてくださいませ。


「折角ヴィオラ寮長が、()()為に、()()取って下さいましたのに…。ツルツルに磨いてる床の所為ですわね。けど…、ヴィオラ寮長ありがとうございました。私は着替えの為、退室致します。皆様はどうぞお食事してくださいませ。」


 これでよし。コレで、ヴィオラの評価を下げず、私の評価もトントン位になる筈。新入生が偉そうな口を聞いたが、お互い和解しようとしてた風に装えた筈ね。これで…ヴィオラ演出による素敵なスチルは見れる筈!まだまだ、ヴィオラ寮長には頑張って頂かなくては。


 食堂は、多少ざわめいては居たが、暫くすると落ち着きを取り戻したのを確認し、私は、一人満足して部屋に戻り、マリーの悲鳴と共に全身くまなく磨かれたのだった。





 ー少しばかり時間が戻って、寮最上階


「あぁ…ぁぁ…あ…カリムどうしよう…リリアーナに…リリアーナに嫌われた…ど、どうしたら良い…?」


 どの部屋よりも広い部屋で、四つん這いで嘆き悲しむエデル王子。

 その側では、せっせと荷物を詰めるカリム。

 カリムは、久々にリリアーナの怒りを見たなぁと、思いながら荷物を詰めていた。それもそうだ、カリムは、この部屋割りは無い絶対リリアーナの怒りを買うと、エデルに散々忠告していたからだ。


「だから言ったじゃないっすか。リリアーナちゃんは真っ直ぐだから、コソコソやらず相談しとくべきだって。結果これっしょ?俺は知りませんよ。」


 カリムの言葉に、エデルは更に呻く。確かに、カリムには止められていた…、だが、この2年間でかなりリリアーナの信頼は得ていた筈だ。だから、部屋割りも、気が早いですわ。位で受け入れて貰えると思っていたのに…。


「………カリム、私はリリアーナにとって信頼足りぬ存在であったのか…?」


「信頼なんか、初っ端マイナスっすよね?少し回復した所で、エデル王子が自らぶっ壊した感じっすね。」


 カリムは、客観的に答える。今は、リリアーナの言う通り荷物を詰め、少しでもリリアーナの怒りを和らげる事に務めなければならない。





 暫くすると、担任を引き連れリリアーナが荷物を移動し始めた。それも2往復すれば終わり、部屋にはエデルとカリムしか居なくなった。


「此度の王族は、打たれ弱いわ、女の扱いも分からないボンクラか。」

「誰だ!」


 突然の来客…ついでに暴言付きにカリムが護身用の短剣を構える。


「あぁ、護衛よワシだワシ。学園長。剣を引け。」


「学園長…?」


「ふむ…、エデル王子よ、貴殿はリリアーナ・アイスフェルト公爵令嬢との婚約破棄に関して許容出来るか?」

「…無理無理無理無理無理無理無理…。私からリリアーナを取ったら何もなくなってしまう!!」


 食い気味に拒否するエデル。それに対し、ニヤリとほくそ笑む学園長。


「婚約破棄の依願書をワシが預かっておる。リリアーナ嬢の依頼でな。」


 エデルは、縋るように学園長を見る。カリムは、額に手をやり抑える。

 学園長は、二人の様子を見て更に楽しそうに笑う。


「エデル王子、貴殿には今後、学園でワシの手足となり動くことを命ずる。リリアーナ嬢の願い通り、貴殿がこの学園での模範的生徒となり、何れはこの国を背負うに価する男となった暁には…この婚約破棄依願書を貴殿に渡そう。勿論、途中でリリアーナ嬢と婚約破棄がしたくなれば、依願書ではなく貴殿の父君に頼むといい。さて、どうする?」


 エデルは、学園長の申し出に遠くを見つめる。カリムは、リリアーナの狙いが読め、苦笑する。


「が、学園長…私は…。」










「学園長上手くやってくれたかしら?」

「私は、リリアーナ様が、直ぐ様早馬を飛ばすかと思いました。」


 私の独り言にマリーが突っ込んでくる。うん、そうねえ…2年前の私なら直ぐ様早馬を飛ばし、婚約破棄し、さっさっか見切りをつけていたと思うわ。でもねぇ…


「マリー、私まだ途中なんですの。」

「途中…とは?」


「ふふ、エデル王子の調教。」


 そう、途中なのだ。自分好みの王子様にする途中…。絶望の表情もかなり好みなのだが、エデル王子のポテンシャルはそもそも高い。

 ゲームでのメインヒーローなだけあり、何でもそつ無くこなす。ならば、自分好みにカスタマイズして、この国の…いえ世界を素晴らしい世界に出来ないかしら?と、画策してたりする。


 そもそも、薔薇君にハマったのも、カスタマイズ要素も好きだったからなのよね。アバターを着せ替えする楽しみ、どのステータスを伸ばすか日夜研究…、カスタマイズは私の楽しみの一つだった。


「ここでめげず、私に食らいついて来るくらいの根性があれば、マリーの様な子供達も減る未来が見えてきますわ。是非とも頑張って頂きたいですわ。」

「マリーは、難しい事は分かりませんが、リリアーナ様がとても嬉しそうなので、私も嬉しいです。」


「あら、ありがとう。」


 私とマリーは、ニコニコしながら就寝した。

 勿論、夕飯は抜き。翌朝、あまりの空腹感に目覚め、こんなの前世以来だわ…と、1人項垂れるのだった。



 

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