1.はじまり
お久しぶりです。随分放置してしまい申しありませんでした…。ようやく夏バテから復活です。
のんびりペースで更新します。
その日の私は、連日の残業で深く刻まれた隈を誤魔化す事を諦め、最寄り駅へ向かっていた。今日もきっと終電間際まで残業なのだろう。
通勤電車の中で、今私一押しの乙女ゲームアプリ『スクールローズの花園〜君に恋しても良いですか?〜』をプレイする事だけを考え、残業の所為で寝不足の怠い身体を無理矢理動かしていた。
「イイ感じに課金アイテムも集まってきたし、次スチルの期待しかないわ!」
このゲーム『スクールローズの花園〜君に恋しても良いですか?〜』では、課金アイテムで自分のアバターを着飾り、相手キャラに応じた着替えをする事で好感度を上げていくゲームだ。
勿論、無課金でも攻略は可能だが、無課金衣装では出て来ないスチルもある鬼仕様。
故に、推しキャラが居る場合、否が応でも課金をしなければ限定スチルは拝めない。
私は推しキャラは居ないのだが、限定と云う単語にひたすら弱い。そのため、このアプリゲームに廃課金を繰り返していた。
あと少しで駅というところで、常日頃の不摂生も祟り目眩がした時だった、激しいブレーキ音とタイヤの摩擦音が響く中、暴走車に跳ねられ冴えないOLだった私は、27歳で短い生涯に幕を閉じたのだった。
◇
次に目を開けたとき、そこは寂れ…シンプルな見慣れたワンルームにある壊れかけのシングルベッドではなく、広いが落ち着いた雰囲気の部屋に、天蓋付きの大人が何人も寝れるような豪奢なベットの上にいた。
その部屋は、全体的にオフホワイトの落ち着いた色でまとめられており、過ごす者の事を考えられた目に優しい空間であった。
華美すぎず装飾品も最低限に留められ、センスの良さを感じる。
だが、なぜこの様な場所に居るのかは全く分からなかった。
私の記憶は、通勤途中に暴走した車に跳ねられ、地面に叩き付けられた所で途切れていた。
「びょういん…では無いわね…」
声を発すると、記憶の中にある自身の声より高い、鈴を鳴らしたかの様な涼やかな声で、私はパニックを起こしかけた。
えっ…!?と、喉を押さえようとした所、記憶にある手よりも2周り以上小さい白い手が視界に入る。
それにより、私は私ではない子供に生まれ変わったのではないか?という仮説を立てた。
であるなら、今の姿を確認しなければならない。だが、この身体は数日高熱に侵されていたのか、節々がありえない程痛み、全体的に気だるかった。
そのため、立ち上がろうにも力は入らず、軽い筈の掛け布団すら退けることもままならない。
「子供のからだは ふべんね…」
どうにか今の自分が何者なのか思い出そうと、記憶を辿る事にした。布団を頭まで被り、自分の名前から1つづつ思い出していった。
◇
努力の甲斐もあり、今の私の記憶を掘り当てた。
記憶によると、自身がリリアーナ・アイスフェルトであると言う事が分かった。
だがその名は私が生前まで廃プレイしていた乙女ゲーム『スクールローズの花園〜君に恋しても良いですか?〜』に出てくるテンプレ悪役令嬢と同名である。
悪役令嬢こと、『リリアーナ・アイスフェルト公爵令嬢』に生まれ変わったの?と、思うも、ゲームでのリリアーナは7~15歳。
今の私は、多分3歳位だと思う。記憶がここ数ヶ月程しかなく、父も母の名も曖昧な事から、まだ重要な事を覚えられない、もしくは教わっていないのだろう。手も紅葉みたいにぷにぷにで、思わず食べたくなる程、まだ幼児なのよね。
「とにもかくにも じじつかくにんが ひつようね」
ひとまず記憶捜索は諦めて、気怠い身体を布団に預けると、再び目を閉じる。
痛む節々も辛く、体力も万全では無いため、そのまま眠りに落ちていった。
◇
「…リリー?リリアーナ目を覚ましたの?」
甘い香りと胸がほっと安心する優しい香りが、鼻をくすぐる。
この優しい声色は、お母様の声だと、リリアーナの本能が告げていた。
「…かぁ…さま?」
寝過ぎてカラカラの喉は、張り付いたような声しか発してくれず、上手く喋る事が出来無かった。
それでも必死に出した声は、何とかお母様の耳に届いた様だった。
「リリー…リリー…良かった…良かったわ…。」
私は、涙を流し喜ぶお母様に抱き締められていた。
お母様曰く、3日も高熱にうなされていた後、快方に向かっていたにもかかわらず、また高熱を出し2日寝込んでいたとの事だった。
要は、快方に向かっていたにも関わらず、無理に記憶を思い出して、オーバーヒートしてしまい、また高熱を出したのだろう。忘れてました、子供の身体とは何かと不便な事を…。
「かぁ…さま…くるしよ?」
舌っ足らずな幼児の言葉で、お母様にもう少し優しく抱き締めて?を伝えようとしたが、上手くいかず、苦しさのみを伝えてしまった。
こんなにも、私の快方を喜んでくれているお母様に、申し訳ない言葉だったとも思ったが、実際苦しかったので仕方ないと諦めた。
お母様は、笑顔でごめんねと私に言い、お医者様を呼ぶよう執事に伝えていた。
「かぁさま、のどが かわきました」
私は、ここぞとばかりにお母様に甘える事にした。
冴えないOLだった私の人生は終わり、リリアーナ・アイスフェルトとして生まれ変わったのならば、今を存分に楽しもうと思ったのだ。
こうして、私リリアーナ・アイスフェルトは、前世の記憶を思い出し、これからの人生をとことん謳歌する事にした。
もし、これがゲームの世界ならば、やる事は一つ!とことん悪役令嬢として、歴史に残る様な素晴らしき悪女になる様、邁進するのみである。
「かぁさま、おみずおいしいですね」
舌っ足らずな令嬢は、これからどんな淑女になるのだろうか。私は、優しいお母様に微笑みながら、喉を潤すのだった。




