10.演説
入学式が始まり、定番の学園長のありがたいお言葉が、一際広い講堂に響き渡る。
その姿は、正に名門校のトップに相応しい、堂々たるものだった。
学園長が話す壇上のステージ横には、生徒会の面々であろう自信に満ち溢れた生徒が座っている。そして、教師陣が壇上下で、左右の壁際に座り、記憶にある式と同じ感じで、厳粛な雰囲気でありがたいお言葉を聞いていた。
そして、つつがなく入学式が終わり…と、言いたいが問題が発生しました。
ゲームのシナリオにもない出来事が発生…。勿論、此処はゲームの世界ではないし、シナリオも元々無いかの如く、滅茶苦茶ですけどね…。
なので、私も油断はしてましたよ?オープニングシーンが無かったので、まぁエデル王子と私しかゲームキャラクターは居ないのかなぁ?位に思ってましたし。
しかし、ゲームのプレイヤーである、ピンク頭が平民代表として挨拶をするにあたり、壇上に上がったのである。
いえ、勿論それに対して、批判的な意見とかがある訳ではなく…プレイヤーいたんだ…って云うのが、私の感想である。
此方の世界では、多種多様な髪色、肌の色、瞳の色が普通であるが、ピンク頭はあのエデル王子主催のお茶会でも見た事はない。
勿論、王都内でも、アイスフェルト公爵領でも見た事はない。
なので、ピンク頭というだけでかなりの注目度である。それだけ珍しいからね…。
故に、ゲーム薔薇君の世界観ではあるが、厳密には違う世界という仮説が私の中で確固たるものとなった。
「うっわ…ピンクとかすげぇな…」
カリムは黙ろう。本当に、黙ろう…。
確かに、珍しい。それは、分かる。けど、口に出すとか………無いわぁ…流石カリムだわ…。しかも、そこそこの声量で何言ってんの!?この男は!?が、正直なところで…仕方ない、フォローは大事よね。
「そうです?素敵な髪色ではないですか?」
私は、ざわついていた会場で、静かに呟いたつもりでしたのよ。いえ、私は呟きました…私はね。
「リリアーナちゃん、流石っすね!ピンクを素敵って!!!いや〜、流石っす!」
この馬鹿の所為でね…結構な広さの講堂に響きわたった訳ですよ…。
元々軍人なカリムですよ?肺活量半端ないんですよねぇ〜…本当に、黙って…。
「カリム、静かに。今は式の途中ですのよ?」
「リリアーナちゃんがそう言うなら!いや〜、すまないっす!挨拶初めて良いっすよ!!!」
だ〜か〜ら〜…、もういいわ。
ほら、あんたの隣でエデル王子まで頭抱えてるじゃない…。
ピンク頭さんも目を見開いてるじゃない。2度見してからのあの驚きようは…ゲームキャラクター把握してる感じね…。お仲間かしら…?
「あの…、素敵と言ってくださってありがとうございます!!!私は、今期の平民代表として挨拶をする事になりました、サクラです!私は平民ですが…この学園に入学が出来た事がとても嬉しく、皆様と仲良く出来たらと思います!どうぞ卒業までの、長くも短い時間、宜しくお願いします。」
サクラね…。完全っに、日本名!!!確かに桜色の髪色よ?うん。ゲームの初期設定では、名前はなく、名前入力をしないと『名無しの乙女』って表記になるから、私が知らない名前を言ってくるだろうとは思ってましたけど…。
「サクラねぇ〜、なんか聞き覚えの無い名前っすね。この国の名前じゃないっすわ〜」
うん、本当に黙ろう?カリム、黙ろう?
確かに、聞き覚えのない名前よ?けど、それここで言う?
貴方、先程の件で目立ってるのよ?ただでさえ子供しか居ない場所で長身赤髪大人ってだけでアウトよアウト。
「…馬鹿、黙れ」
エデル王子が真っ青になりながら呟く。まぁ、そうなるわよね。
「あ、次はエデル王子っすか!俺、しっかりエデル王子の勇姿を見守ってるっすよ!」
だ〜か〜ら〜…
「カリム、エデル王子の格を貶めたくなければ、黙る事を推薦致しますわ。」
私の、怒りを抑え込んだ淡々とした叱咤が効いたのか、青くなったカリムが、壊れた人形の如く頭を振るので放置しといた。
本当に、暫く黙ってて下さいね。
カリムがだまり、壇上の学園長からエデル王子へお声がかかる。
「新入生代表、エデル・ハワード第一王子壇上へ。」
「はい。」
短い返事ながらも、自信に満ち溢れ、正に第一王子といった風貌である。
先程まで、従者であり護衛のカリムに対し、頭を抱え真っ青になってたとはとても思えない。
流石王子ね…。
エデル王子は、壇上で一礼すると、声を張り上げる。だが、その声は聞き苦しい事もなく、皆の耳に届いているだろう。
「天気にも恵まれ、今日この日にこの国立ルワード学園に入学が出来、心より嬉しく思う。そして、同級生となる新入生諸君並びに、在校生全てにお願いしたい。この学園の掲げる学園内での貴賎なしを、私はとても誇りに思っている。故に、是非とも私の肩書ではなく、一生徒として、ただの『エデル』として接して頂きたい。是非とも、沢山の友人を作り、信頼できる先輩達との交流を楽しみにしています。」
見目麗しいエデル王子が、自信に満ち溢れた表情でお言葉を発する度に、女生徒だけならず、男性陣の歓声まで聞こえてくる。
エデル王子、私とのお約束を守ってるどころか、キチンと皆様に伝え、友好的に交流を図りたいと云う意思まで表明した。
だが、残念な王子の事だ、これで終わりではない。
「そして、皆も知っていると思うが、リリアーナ・アイスフェルト嬢に、不埒な邪な気持ちでは近付かないで頂きたい。彼女は、私の婚約者であり、ただ一人心から愛してる女性だからな。彼女に何かあれば、学園の中であろうとも、権力を誇示してしまうかもしれない…。何分、私もまだまだ子供で、感情のコントロールが上手くないからな。と、云うよりも、私はとても…」
「惚気がなげぇっす…」
長々と続くエデル王子のリリアーナに対する注意事項に、私が頭を抱える番であった。
が、途中、流石に痺れを切らしたカリムが、ストップをかける。グッジョブ!カリム!
「と、取り敢えず、皆卒業までの間宜しくお願いする。」
壇上から、良い笑顔で降りてくるエデル王子。
……後でお仕置きね…。
本当に、何なのこの入学式…。




