8.日々
あれから、数カ月の月日が経った。私は6歳を迎え、学園入学まで後1年程。
アイスフェルト公爵家にエデル王子が来てから数日で、公爵家より王名としての婚約の受入れを受理し、両家揃って婚約式を行ったりした。
そこからは、まさに怒涛の日々…。
来る日も来る日も王妃になる為の勉強…公爵令嬢としての勉強…剣の特訓…ダンスの特訓…
休みなんかなく、週7で何かしらしていた。巷の貴族令嬢の様に優雅にお茶なんぞ遂にこの数カ月一度もしなかった…。
お茶会と云えば、王妃主催の内々のものだけ。しかも、内容は王妃としての心得を継承する為のもの…。
「いや…ね、覚悟の上ではありましたけどね…」
今日も、朝から登城し、みっちり王妃としての勉強をご指導御鞭撻頂いてた。
私は王城のサンルームにて、中休憩を嗜んで…なんて無理。某ボクシング選手の如く燃え尽きていた。ものの見事に真っ白だよ…。
「いや〜、リリアーナちゃんって、想像以上に根性あるっすね。」
ん?んん?
この声は、この軽快な話し方は…カリム…。
彼ともあれから数日に一度は顔を合わせている。
なにせ、私の居る所にエデル王子あり…!と、云うくらい、エデル王子は私の所に来るのだ。で、エデル王子にはカリムがセットでくっついてる。
「根性と言われましても…、当然の事ではありません?私は、現公爵令嬢であり、未来の王妃ですわ。学ぶ事はつきません。」
「だからって、剣は必要ないだろ。しかも、そこらの兵より機敏だし筋も良い…。勿体ねぇな」
カリムは、すげぇ勿体ねぇ…と、言いながら私を見てくる。ってか、剣の特訓は王城でした事無いんですけど?そして、何故私の実力を見た事があるみたいな感想を…。
「なぁ、リリアーナちゃんが良ければだけど、エデル王子と一緒に俺から剣学ばないっすか?多分、そこらの剣士より俺のが強いし、本気なら、まだまだその剣の腕あげられるっすよ?」
「結構ですわ。私は剣では食べていけませんもの。」
「剣で…?ふはっ、やっぱりリリアーナちゃんは面白いっすね。」
至極愉快そうにカリムは爆笑する。それを見て、後ろに控えてたマリーから殺気を感じ始める。
それを感じ、カリムは更に楽しそうにする。
「マリーちゃんは、剣士ってより暗殺者向きなんだよなぁ…そっち方面、俺は専門外だからなぁ…教えられなくてすまないっす。」
カリムは、大きな手でマリーの頭をポンポンっと撫でる。
その瞳には、兄の様な父の様な温かみのある瞳をしていた。マリーは、そんな事気付かず真っ赤になっていたけど。
「リリアーナ、カリムだけでなく私とも話をしてはくれないか?」
おずおずと聞いてくるエデル王子。不安に濡れた瞳がたまらない。
この数カ月、私の前以外では自信に満ち満ちた、正に第一王子といった風貌であるにも関わらず、私の前ではまるで捨てられそうな子犬の様なのだ。それが、私にはたまらないのだが、氷の令嬢宜しく、表情に反映されない。
正に真顔。それ故、エデル王子が捨てられそうな子犬の如く震えるのだ。
そんな様子を、カリムは笑いを堪えながら、マリーは苦虫を噛み砕いたかの様なそれぞれの表情をしながら見ている。
なんて…なんて…素敵な風景何でしょう…。
これがゲームなら微笑ましい一場面として、もしくは悪役令嬢に虐げられている王子みたいな感じでスチルになるんじゃなかろうか。
うん、私悪役令嬢頑張りますわ。
私の一挙一動を、ピルピルしながら見てくるエデル王子…本当に素敵だもの。
「エデル王子…、私は休憩中ですの。」
「あぁ、分かってる。私の為に…勉強を頑張ってくれてるんだろう?」
頑張って自分を主張して来ましたわね。不安そうに…!!
「そうですわね。私はまだまだ若輩者ですもの、学ぶ事は多いですわ。けど、私の為に学ぶのは苦痛ではないんですのよ?」
私も負けじと主張してみる。私が学ぶのはあくまでも私の為ですから。
完璧な悪役令嬢になり、苦痛に歪むエデル王子を楽し…いえいえ、ゲームの限定スチルの為です。えぇ、決して邪な欲望には負けません事よ。スチルは邪な欲望ではないか?って?そんなの、私の生きる理由でしたのよ。全く…。
「そ、そうですよね…」
弱々しいっ!!何?何なの?あの自信に満ち溢れた不遜な王子様が…!!!はぁぁ…私をとんでもない沼に引きずり落として下さいましたね。
前世27年今生大凡6年…こんな、こんな素晴らしい人に出会えるなんて……神様ありがとうございます。
「けれど、素晴らしいエデル王子の横に並び立つためにはまだまだですわ。頑張りますわね。」
優しく微笑めば、満面の笑みと花々のエフェクトを飛ばしてくる。最高のスチルを頂きました。
「あ〜ぁ、リリアーナちゃんの手の上っすね。惚れた女には弱いって、王子でも変わらないっすね。」
「カリム様、主君を貶めるものではありませんよ。」
「いやいや〜、俺のは愛っすよ。愛。マリーちゃんにもその内分かるっすよ。」
私達の後ろ…正確には、カリムはエデル王子と椅子に座ってるけど…、カリムとマリーの微笑ましい?やりとりもあり、のんびりとした休憩を堪能した。
「エデル王子、来年には学園に入学ですね。準備をそろそろ始めなければなりませんから、来月お時間を取ってくださいませ。」
「勿論だ!リリアーナの為なら、どの様な予定も後回しにしよう。」
「…それは駄目ですわよ?」
「…はい。」
◇
こうして、学園に入学する迄の時間は過ぎていく。
決してのんびりとした時間ではなかったが、かなり有意義な時間を過ごせたと思う。
王子が、制服ではなく学園用の服を仕立てる!とアホな事を言い始めたりして、諌める事もあったが…。概ね平和な2年間だった。
「マリー、明日には寮に入る事になるわ。」
「マリーは、リリアーナ様のお側に。」
韋駄天のマリー、確認するまでもなく寮にも付いてくるらしい。
「ふふ、楽しみね。」
こうして、舞台はゲームの世界、【スクールローズの花園〜君に恋しても良いですか?〜】のメイン学園生活を送る事となる。
既に、ゲームの初期設定から幾分………いやかなり脱線してはいるけれど…ね。
まぁ、なる様にしかなりませんしね。
完璧な悪役令嬢として、私は学園で毛虫の如く嫌われるのよ。
「明日が待ち遠しいわ…。」




