04 捜査協力
サンドウィッチを買った二人は、すぐに仕事に取りかかれるようにと、急いで事務所に戻った。
そして、さっそくハドソン警部から貰った封筒の中身の確認をすると、捜査資料と思わしき書類が二冊出てきた。
『スプラッター連続殺人事件』
『撃ち抜きジャック連続殺人事件』
表紙にはそう書いてある。
「スプラッター……か。食べながら読もうと思ったけど、止めておいた方が良さそうだね」
ヘイヤは書類を持ったままチェッシャーの方を向いた。
「え?そうかい?」
彼はすでにハムサンドを食べていた。
「もう!後で吐いたりしないでね!」
ヘイヤはそう言ってデスクの椅子に座ると書類に目を通した。
まずは、スプラッター連続殺人事件。この事件についてはこんな事が書いてあった。
濃霧になると、奇妙な恰好をした人物が街中を彷徨う。そして一般市民を襲うという。
恰好の異なる人物が多数目撃されている事から、犯人は複数存在する事が分かっている。
彼らの殺し方というのは不思議なもので、遺体は全て内側から破裂したかのようになっている。魔法による殺害が想定されるが、魔法の特定はまだできていないらしい。
警察の方では監視を強化しているようだが、未だに容疑者を発見できてないどころか、警察官も襲われる事があり、捜査は難航しているようだ。
「――だってさ。見てよコレ」
ヘイヤは遺体の写真が載っているページを開くと、チェッシャーに見せた。資料に書いてあったように、無数の肉片となった遺体の写真だ。グロテスクな内容だが、そう思うよりもヘイヤはどうしたらこんな死に方をするのかの方が気になった。
「おお。これは完全にバラバラだねぇ。まるでタルタルソース、いやこのタマゴサンドみたいだよ」
チェッシャーは、食べかけのタマゴサンドを見せつけて来た。ゆで卵を潰して作ったタマゴサンドであり、確かにバラバラだ。しかし同じバラバラでも遺体とサンドウィッチでは雲泥の差があった。
それにしても、彼はバラバラの死体を見ながら、よくも食事ができるものだとヘイヤは思った。ヘイヤは仕事上、死体を見る機会は多いために、見るだけなら我慢できる。が、食事をしながらというのは無理である。ヘイヤは彼の神経を羨ましくも恐ろしく感じた。
「それで、ヘイヤ君。もう一つの案件にはどう書いてあるんだい?」
「ちょっと待って……ええと……」
資料にはこういった事が書いてあった。
撃ち抜きジャックは切り裂きジャックのカルトの一人であろうと推測されている連続殺人犯である。
銃殺による殺人を好む事からそう命名されたようだ。
単独犯で被害者の選び好みはしないらしく、そして犯行に及ぶ時は必ず濃霧の時を選ぶ。
また、銃創から弾薬が見つかっていない事から、魔法を弾薬の代わりに使用した可能性が高く、同時に使用した魔法は生命力を吸収する魔法である可能性が高いと思われる。
スプラッター連続殺人事件が発生した時期と被っている事から何らかの関連性があると推測される。
「――だってさ。こっちの方はまた『切り裂きジャックの子供』が起こした事件みたい。ちょっと不謹慎かもしれないけど『またか』って感じだね」
ヘイヤは思わずため息をついた。
切り裂きジャックとは、100年以上前に実在した連続殺人鬼の事だ。それがここ最近、その二世を名乗る人物が現れて、ヘイヤの活躍によって逮捕された。ヘイヤが人々から信頼されるようになったきっかけともいえる事件だった。
しかし、事件はこれで終わりではなかった。その後も次々と模倣犯が現れて、彼らによる殺人事件が多発していた。『切り裂きジャックの子供』というのはそんな模倣犯達につけられた名前だ。
実際、ヘイヤ達は何度か『切り裂きジャックの子供』と戦った事がある。例えば『切り裂きジャック三世』や『切り裂きジャック五世』等がそうだ。
だが、そのうち変わった名前を名乗る殺人犯も現れた。例えば、『殺人鬼009』だの『殺人28号』だのと切り裂きジャックの呼称を使わない輩が出るようになった。
よくネタが尽きないものだ。そんな事さえ考えられるほどに、何度も戦ってきた。正直言って、さっきの『スプラッター連続殺人事件』と比べると圧倒的に優先度が低く感じられた。
「この『撃ち抜きジャック連続殺人事件』は後でいいかな、もしくは『スプラッター連続殺人事件』のついでに調べるとか」
「それでいいかもねぇ。撃ち抜きジャックは一人、でもスプラッターの方は複数。優先すべきは複数犯の方だろうねぇ。ただ、撃ち抜きジャックの方が殺害方法についてちょっと気になるんだけどね」
「うん、まあ……ね。撃ち殺すだけじゃなくて、生命力を奪っているんでしょ?動機とか気になるよね。……でも、そう決めたんだから先に『スプラッター連続殺人事件』の方に挑むよ」
ヘイヤは自身の葛藤を捨て去るためにそう言った。
「じゃあそうしよう。それで?ヘイヤ君。これらの資料を読んで、気になる点はあるかな?」
残ったタマゴサンドを口に放り込みながら、チェッシャーは訊ねてきた。
「……二つほど」
「何かな?」
「この『奇妙な恰好』っているのが、まず一つ、気になったね」
「ほう?どの辺がそうかな?」
「いくら濃霧の中だって、印象に残っちゃうような恰好をしちゃいけないと思うんだ」
ヘイヤが言いたい事はこういう事であった。
犯罪は濃霧の中で行なわれる事が多い。それは濃霧の中なら犯行を目撃される危険性が少なくなるからだ。そしてそれを確かなものにするには、目立つ服装は避け、できれば白色等といった霧に溶け込む恰好をするものである。
しかし犯人は濃霧の中でも目撃されるような、目立った恰好をしている。これでは隠れて殺人を犯すというのは厳しいはずだ。
何故そんな恰好をしているのか。それが、不思議で仕方がなかった。
「ふぅん。確かに、印象に残るような恰好で殺すというのはおかしな話だねぇ。」
「最初は自己顕示欲が高いからだって思ったんだ。でも、それにしては手口が地味なんだよね。そう思わない?チェッシャー」
「確かにそうだねぇ。そういう人というのは、現場にメッセージを残しておくものさ。自分がやったって証を残さずにはいられないからね。でも、ここまでのところはそういった物は発見されていない。まあ、せいぜい、被害者が全員バラバラになってる事くらいかな?」
「そう。それなんだ、もう一つ気になった事っていうのがさ」
「それはつまり、何故被害者全員がバラバラなのか?そして、いったいどうやったらこんな死に方をするのか?そういう事だね?ヘイヤ君」
「うん、そうなんだ」
ヘイヤは頷いた。
遺体の写真を見ながらヘイヤは考えてみた。
物理的に考えて、そんな殺し方なんて簡単にできるものではない。やはり魔法による殺害である事は間違いなさそうだ。
しかし、魔法の特定ができていないというのは変だ。警察のデータベースには、各種魔法についての膨大な情報が記録されているはずだ。それを使っても見つからないという事はかなりマイナーな魔法か、あるいは……
「……固有魔法かな?」
ヘイヤは呟いた。
固有魔法とは、その術者にしか使えない、言わば才能の魔法の事だ。しかし、犯人は複数いるはず。双子ですら固有魔法は異なるものだと言われているのに、複数の者が同じ固有魔法を使うというのは不可能に近い。
「違うかなぁ……」
「いや、そうでもないんじゃない?良い線いってると思うよ」
チェッシャーに言われてヘイヤは彼の方を見た。彼はいつの間にか食後の紅茶を飲んでいた。
「固有魔法は術者しだいで何でもできる。例えば、内側から破裂させる能力を持つ人がいる。その能力がもしも他人とシェアできる機能を持っているのだとしたら……」
「そうか!術者は一人、その能力を他の人に分け与える事ができるなら!」
「そう、内側から破裂させる能力を持つ者が複数現れるって事が可能になるねぇ」
チェッシャーはニヤけ顔で紅茶を一口飲んだ。
「……だとしたら、その術者を捕まえない限り、殺人鬼は増える一方って事になるよね?」
「まあ、そういう事になるねぇ」
「じゃあ、早く捕まえなきゃ!……でも、どうやって探し出さなきゃいけないんだろう?」
「そんなの簡単だよ。窓の外を見てごらん」
チェッシャーに言われて、ヘイヤは窓を見た。真っ白。何も見えない。間違いなく外は濃霧だ。
「殺人鬼は濃霧の時に現れるんでしょ?だったら、今がチャンスなんじゃないかな?」
「あ、そうか!僕達の手で捕まえて、誰から能力を貰ったのか聞き出せばいいんだ!」
「そ。そういう事」
チェッシャーは一層顔をニヤけさせ、また紅茶を一口飲んだ。
「じゃあ、今すぐ行くよ」
「おっと、待ちたまえよ。まずは食事をして栄養を補給しないと。肝心な時に力が出ないよん」
外へ出ようとして立ち上がったヘイヤを押し戻してチェッシャーは注意した。
「え?あ、そうか……」
確かに彼の言う通りだ。納得したヘイヤは、買ってきたサンドウィッチを急いで食べ始めた。
ランドンの霧は気まぐれだ。食べてるうちに霧が晴れてしまう可能性が十分にある。急いだのはそういう理由であった。
「落ち着いて食べたまえよ。喉にでも詰まらせたら大変だよ」
「で、でも……うぐっ!」
言われたそばからヘイヤは喉に詰まらせた。苦しくて息ができずに、机に顔を突っ伏す。
「ほら、言わんこっちゃない」
チェッシャーはヘイヤを無理やり上を向かせると、飲んでいた紅茶を強引に飲ませた。一層苦しくなったが、何とか胃まで落とすと急に楽になった。
「ぷはっ……ハッ……ハッ……」
一時的とはいえ呼吸ができなかったため、ヘイヤは荒く呼吸をした。
「ダメだねぇ。そんなに慌てちゃ、犯人を捕まえるのに失敗しちゃうかもよん」
チェッシャーの言葉はヘイヤの心に深く刺さった。ルシアンの言葉を思い出したのだ。『どんな時でも焦ってはいけない。冷静さを失った時、それは探偵としての敗北を意味する』という言葉を。
ヘイヤは反省した。そして残りをしっかりと落ち着いて食べた。
「……よし、じゃあ行くよ」
食べ終えたヘイヤはトレンチコートを脱いで、スリングショット一丁の恰好で外へ出た。相手が殺人鬼である以上、最初から変質者の状態でいる方が安全だ。例え不意打ちされても、この姿なら死ぬ事はない。
「もちろんだとも。楽しい捕り物の始まりだよ」
そのすぐ後ろをチェッシャーがついてきた。いつの間にか彼は巨大なペロペロキャンディーを手に持っている。これは彼の武器だ。戦いの時は、コレを戦斧のように振り回すのである。
この作戦は一度しかできない。外に出た瞬間、ヘイヤは思った。
もし捕まえるのに失敗すると、彼らは警戒して遭遇する可能性が低くなるだろう。
絶対に失敗はできない。ヘイヤはさっき思い出した師匠の言葉を胸に、覚悟を決めてチェッシャーと共に歩き出した。
ありがとうございます。
次の話は一時間後ぐらいです。