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03 邂逅(?)

 ヘイヤとチェッシャーは探偵事務所に戻るために歩いている最中であった。


「ところで、ヘイヤ君」

「ん?どうしたの?」

「お昼はサンドウィッチって言ったけど、どこかに店を知っているのかい?」

「うん、この帰り道を真っ直ぐに進んで行くと、右手の方に小さなサンドウィッチ専門店があるんだ」

「ほほう!よく知っているじゃないか。土地勘がある事は良い事さ。ほら、ご褒美にアメをあげよう」

 チェッシャーはそう言うと、どこからともなく赤い棒付きのアメを取り出して差し出してきた。


「へへっ、ありがとう」

 ヘイヤは受け取ると、さっそくアメを舐め始めた。口の中にジワリとイチゴの味が広がる。


「ふむ。君が言っているのはアレの事かな?」

 チェッシャーは前方を指差した。その先にはヘイヤにとっては見慣れた店の姿が見えた。


「うん、そう。早く行こう」

「いいとも」

 二人は駆け足で店の前に来た。



 到着した二人は、すぐにカウンターの横にあるメニューを読んだ。


「ふむ、小さな店の割には、メニューが充実しているじゃないか」

 チェッシャーはメニューの多さを見て、感心しているように見えた。元々見開いた目をさらに見開いている事から少し驚いているのかもしれない。ヘイヤにはそう見えた。


「うん、ここは常に30種類以上あるんだ。期間限定の物もあるけどね」

「ほう、結構詳しいじゃないか。もしかして常連なのかい?」

「師匠が生きてた時はね……元々は師匠から教えてもらったお店なんだ。師匠も常連でさ、外でお昼を食べるといったらもっぱらここのサンドウィッチだったよ」

「ほう、それは初耳だよ、ヘイヤ君。ルシアンがそうだったなんてさ」

 彼は少し驚いた様子で言った。


「あれ?知らなかったの?」

「そうなんだ、酷いだろう?こういう、いかにも穴場な所には是非とも紹介してもらいたかったよ」

 チェッシャーは少しだけ悲しそうな顔をした。


「まあまあ、師匠に代わって僕がこうして教えたわけじゃん。それでいいでしょ?」

「まぁ……ね。でも、君と仕事をするようになって一年経つけど、それでやっと教えてもらったっていうのはいただけないかな?」

 チェッシャーは少しだけ不機嫌そうな顔をしてみせた。


「それは……ゴメン。あ、チェッシャー!こんな話をしている場合じゃないよ!早く買って帰らないと!」

「おーっと、すっかり忘れていたよ」

「それでチェッシャー、何を注文する?」

「うーん、そうだねぇ……タマゴ、いいね。でもハムも捨てがたい。それとも野菜にしようかな?」

 チェッシャーは悩み始めた。それは、ヘイヤも同じであった。これだけ種類があるとどれにしようか迷ってしまう。その上、早く買って帰らないといけないという気持ちから焦ってしまい、なかなか決められない。


「あのう。ちょっと失礼」

 二人が悩んでいると、背後から誰かに声をかけられた。

 振り返ってみると、それはスーツ姿の狐の男であった。


「もしかすると、まだ注文が決まっていないのではないかな?それなら、私に先を注文させて欲しいんだが……」

「あ、すいません。どうぞお先に……」

 注文に悩み過ぎて、他の人に迷惑をかけてしまったらしい。ヘイヤは申し訳ない気持ちで彼に譲った。


「タマゴ、ローストバジリスク、フィッシュ、ハムレタス、今のを全部二つずつ」

 狐の男は大量に注文した。

 それを聞いたヘイヤは信じられなかった。彼の体形は細身、その体からは全く大食いには見えなかった。いや、それとも仲間の分も買いに来ただけなのかもしれない。こういうのを職業病というのか、答えがどちらなのかヘイヤは気になって仕方がなかった。


「あのー、ちょっといいですか?」

 気になって我慢できなくなったヘイヤは、彼から直接本人の口から聞きだす事にした。


「何か?」

「今、たくさん注文してましたけど、全部一人で食べるんですか?」

「まさか、仲間の分も買っただけですよ」

 狐の男はハハッと笑った。


「失礼。私はゲーム製作の仕事をしていましてね、忙しくてろくに食事を取れない事があるんです。それでみんなの昼食と夕食の分をここでまとめて買おうと思いましてね」

「へー、ゲーム製作の仕事ですか……そういえば昔、僕もそういう仕事をしたいって思ってた時期がありましてね」

 ヘイヤは昔を思い出した。昔の彼はゲームで遊ぶ事が多かった。そしてそのうち、自分でもゲームを作りたいと思うようになった。

 ところが、プログラミング等、パソコン関係の技術を学ぼうとしても、彼にはチンプンカンプンであった。そして結局、その道は断念する事になったのであった。


「はっはっはっ、興味を持ってくれるのは嬉しい事です。でも実際の仕事場は修羅場ですよ。常に締め切りに追われてましてね。睡眠だってろくに取れないくらいですよ」

「そうだったんですか……でもそれなら、どうしてゲーム制作の仕事を続けようとしてるんです?そんなに苦しい思いをしながら何故?」

「それはやはり、自分達が作った作品でみんなを笑顔にしたいからですよ。例えば街を歩いていて、自分とこのゲームの話をしているのを聞くと、やってて良かったって思うんです」

 彼はちょっと照れ臭そうに頭を掻いた。


「あー!それ分かります!僕、実は探偵やってるんですけど、案件を解決するたびに依頼者から感謝されたりするんです。それがもう気持ちよくって――」

「ちょ、ちょっと待ってください……探偵?アナタが?」

 彼は急に話を遮ってきた。探偵と聞いた瞬間、彼の目つきが変わったのをヘイヤは見逃さなかった。何か探偵に嫌な思い出でもあるのかもしれない。ヘイヤは気になったが、ここで探偵というのは冗談だと言って誤魔化そうとすると、かえって変に思われるのではないかと思い、そのまま話を続けようと思った。


「見えません?そうですか。でもちゃんと名刺はあるんですよ、ほら」

 ヘイヤは胸のポケットから名刺を一枚取り出して、彼に渡した。


「『イームズ探偵事務所 所長 ヘイヤ・ハタ』……ですか」

「はい。所長と言っても僕一人でやってるんで……あ、でも探偵ではないんですけど彼が僕の相棒でしてね」

「やっほ」

 狐の男にチェッシャーを紹介すると、彼はラフな返事をした。


「……そうでしたか。でも二人ではなかなか調査の方は大変なのでは?」

「まあ、確かにそうですね。でもやりがいはあります。それに、キチンと頑張ったおかげで警察からは協力を求められたりするんです」

「警察に……ですか」

 『警察』という言葉が出ると、彼は少し顔色を変えた。彼のこの様子を見てヘイヤは再び気になった。なんとなくだが、彼は警察をも嫌っているように思えた。何か訳ありなのかもしれない。が、ここでアレコレ聞くのはマズいのではないかと思ってそれ以上の話は止める事にした。


「お待たせしました」

 ちょうどいいタイミングというべきか、店員は狐の男が注文した品の入った包みをカウンターに置いた。

 彼は代金を払うと、包みを持ってその場を去ろうとした。


 が、少し歩いた所で彼はこちらの方を振り向いた。


「ま、お互い大変だと思いますけど、頑張りましょう」

 彼はそう言うと、背を向けてその場を去っていった。と、ヘイヤはその後ろ姿が妙に気になった。


「……あれ?」

「どうしたんだい?ヘイヤ君」

「あの後ろ姿……どこかで見た事あるような……」

 ヘイヤはさっきの狐の男を指差して言った。


「本当かい?」

「えっと……どうだろう?いつだったかなぁ……ずっと前に見たんだ。何時だっけかなぁ、確か大事な事だったような気がしたんだけど……」

「まあ、今は良いじゃないか。そんなに重要な事ならそのうち思い出すさ。それより、僕ちんの注文は決まったよ。君は何を注文する気なんだい?」

「え?あ、そうだな……じゃあ『野菜ミックス』と『キュウリ』で」

「はいよ。じゃあ僕ちんが注文しよう」

 チェッシャーはそう言って、カウンターの前に立った。


「やあやあ、可愛いお尻ちゃん。僕ちんの頭はサンドウィッチでいっぱい。『野菜ミックス』と『キュウリ』。後『ハム』と『タマゴ』を頂戴な」

 チェッシャーの態度に、受付の女性は露骨に嫌そうな顔をしたが、仕事だと思って我慢したらしく、事務的に注文を受け付けた。


「ねえ、チェッシャー。さっきの人って何か怪しくない?」

「怪しい?どこがだい?」

 ヘイヤが訊ねるとチェッシャーはこちらを振り向いた。


「さっき話してた時に、『探偵』と『警察』に嫌そうな反応をしたんだ。あれって何か良くない事をしてるって事じゃないかなって思うんだ。もしかして何が犯罪に手を染めているんじゃ……」

「さあ、考え過ぎじゃない?単なるアナーキストなのかもしれないよん」

「アナーキスト……本当にそうかなぁ……僕の勘が絶対怪しいって囁くんだけどなぁ……」

 ヘイヤは頭を掻いた。


「どうだろうねぇ?君には勘に頼れるほどのセンスはまだないとおもうんだけどねぇ」

「あ!言ったなぁ!」

「ニヒヒ、ゴメンゴメン。許してくれたまえよ」

 チェッシャーはニヤけた顔で許しを求めた。


「お待たせしました」

 受付の女性が注文した品物が入った包みをカウンターに置いた。

 代金はチェッシャーが払い、包みはヘイヤが持った。


「それじゃあ、事務所に帰るとしようか」

「うん、そうしよう」

 二人は事務所に向けて歩き出した。


 歩きながら、ヘイヤは思った。

 さっきの彼の事、絶対どこかであったと思う、と。

 なんとかして思い出さなくてはいけない。何故そう思うのか分からないが、何か重要な事のような気がした。

 彼の事をどうしても思い出せない、そんなモヤモヤした気持ちを感じながら、チェッシャーと共に歩き続けた。

ありがとうございます。

次の話は一時間後ぐらいです。

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