23 弔い
市内の共同墓地、そこに新たな棺が埋葬された。場所はヘイヤの師匠、ルシアンの右隣である。そして墓に記された名前は……
『ローザ・ロット』
そう、これはローザの墓だ。警察に捕まったバンクとサンクから苗字が特定され、なんとアンク・ロットという偽名のうち、姓は本物を使っている事が分かったのであった。
ローザの墓に来たのはたった三人だけであった。ヘイヤ、チェッシャー、そしてアリスである。キティは来れなかった。目の前で起こった惨殺事件のせいで心を病み、現在病院で療養中である。
三人は喪章をつけている以外はいつもと同じ恰好をしていた。三人だけでひっそりと簡単にやろう。ヘイヤがそう言いだし、みんなでラフな恰好をする事にしたのであった。
「やっと、葬式が終わったのね」
アリスは呟くように言った。
「そうだねぇ」
チェッシャーは頷いた。
「師匠、隣の女性の事、お願いします。僕達にとって大事な人なんです」
ヘイヤは帽子を脱いで、ルシアンの墓にそう伝えた。
「なんだか不思議ね。彼女の事。ちょっとの間の付き合いだったのに、まるで長い間付き合っていたみたい」
アリスはため息をついて言った。
「確かに、彼女とは短い付き合いのはずなのに、思い出が多いんだよねぇ」
チェッシャーは再び頷いた。
「だから弔う事にしたんだよ。僕達はさ」
ヘイヤはローザの墓を見つめながら答えた。
「彼女との思い出ね。私の場合楽しい事ばかりだったかしら?お茶にお茶菓子、そしてディナー……あら?食べてばかりね。でもプレイング・カードで遊べたのも良かったわ。彼女って結構強かったから……もう、彼女とは勝負できないのね……」
アリスは深くため息をついた。
「僕ちんの思い出は色々あるね。最初は彼女とは敵だった。アレがあったせいってのもあったけど、彼女って結構強かったね。初めて会った時は負けちゃったしさ。でも次は勝った。そしたら仲良くなってさ、最終的にはダンクを相手に一緒に戦ってくれたね。そして、最後の言葉は、『最高に面白い人』だってさ。僕ちん、彼女の為だったら、もっとおどけることもできたんだけどなぁ……もうできないのか……残念だよ」
チェッシャーは首をゆっくりと左右に振った。
「僕の思い出か……チェッシャーと一緒にいる時が多かったし、被っている内容が多いかな?あ、でも、そうでもないか。彼女は兄弟をとても大事にしている人だったよ。最後には見限っちゃったけど、途中まではダンクが改心する事を望んでいたしさ。それに……その……彼女、僕に気があったみたいだしさ。最後に言われた『めちゃくちゃな人だったけど、最高な人だった』って言葉は今も僕の胸にとても響いているよ」
ヘイヤは少し幸せな気持ちで語った。
「みんな、いい思い出を持っていたんだね」
チェッシャーは短くまとめた。
「そうね。それにしても……」
アリスは急に俯いた。
「彼女があんな最後を迎えるだなんて分かっていたら、プレイング・カードの一回や二回くらいなんでもなかったのに……」
アリスは泣きだした。
「そんな事いったら、僕だって……」
ヘイヤも俯いた。
「僕に気があるってもっとはやく分かっていたら、デートの一回くらいしたのに……」
ヘイヤの糸のように細い目から涙がこぼれ落ちた。
「まあまあ、人生ってのはそういうものさ。色々後悔して学んでいくものさ。今回だって色々と学んだんだろう?」
チェッシャーは二人を宥めた。
「そりゃあ……そうだけどさぁ……」
「チェッシャー!アナタにはそういうのってないの?」
「いやいや、僕ちんにだって一つや二つぐらいあるよん。でも僕ちんはそういう事をいちいち振り返らないのさ!だって僕ちんは『最高に面白い人』なんだ!彼女に言われた通りにしないと失礼じゃないか!」
チェッシャーはおどけてみせた。それを見た二人はフフッと笑った。
「そうね。私、おもてなしの事を褒められたし、これからもおもてなしには力を入れる事にするわ」
「僕は『めちゃくちゃな人だけど、最高な人』って言われたんだ。これからもそうなれるように、僕はこれからも探偵を続けるよ。そして街を守るんだ!」
ヘイヤはチェッシャーの言葉に吹っ切れた。アリスもそのようであった。
「よし!これで彼女は安心して眠る事ができるね」
「そうだね、チェッシャー。」
「おやすみなさい。ローザ」
三人はローザの墓の前で一礼した。
「さて、やる事は済んだし、この後どうする?」
ヘイヤが訊ねた。
「また私の所に来る?時間は貰うけど、簡単な料理ぐらいだったら作ってあげるわよ?」
アリスは腕時計を見ながら答えた。
ヘイヤも腕時計を見てみる。時刻はお昼ちょっと前。お昼にするのも悪くない時間だ。
「それもいいけどね。せっかくだから、みんなでナマス亭にでも行かないかな?」
チェッシャーが提案した。
「あら?そこってアナタ達が良く行くって所でしょ?」
「そうとも。一回、アリスを連れて行きたいと思ってたとこなんだ」
チェッシャーは答えた。
「いいわねぇ、たまには外食も悪くないかも……」
「よし、決まりだね!それじゃあさっそく向かうとしようかね」
三人はナマス亭に向かって歩き出した。
「ところでヘイヤ?」
「どうしたのアリス?」
「虚無の魔法がどうのって話、どうなったの?」
歩きながらアリスがヘイヤに聞いてきた。
「あー、アレ?使えなくなっちゃった」
「使えなくなった?」
「うん。君に暴走を止めてもらった後で、コッソリ何度か試してみたんだ。でも、全然できないんだ。使い方を綺麗さっぱりと忘れたみたいにさ。どうしたんだろうね?」
ヘイヤは首を傾げた。
「それはきっと、ローザへの思いが、一時的に使わせたんだろうね」
チェッシャーが口を挟んだ。
「ローザへの思いが?」
ヘイヤは聞き返した。
「思い出したまえ。君は新たな狂気を手にするために、彼女の事を考えたのだろう?だとしたら、彼女への思いが爆発して、あんな力を使えるようになった。そう考えるのが自然の流れではないかな?」
「彼女への思い……か。確かにそうかも」
ヘイヤは頷いた。
言われてみれば、確かにそうだ。彼女を失った悲しみや悔しさ、そして怒り。そういった感情が大きく膨れ上がった時に、あの力を使えるようになったような気がする。だとすれば、彼女への思いが虚無の力を使わせたというのは間違ってはいない。
「ふぅん。彼女への思いがねぇ……」
アリスは意地悪そうに言うと、わざとらしくヘイヤにぶつかって来た。
「痛っ!……何?」
「べーつーにー」
ヘイヤが訊ねると彼女はそっぽを向いた。
「あー、ヘイヤ君。君はそういう事には鈍そうだから、特別に教えてあげよう。君は今、アリスにとても酷い事をしているんだよ」
チェッシャーは注意するようにヘイヤに言った。
「え?僕が?」
何の事なのか、さっぱり分からず、ヘイヤは聞き返した。
「仕方ないね。ハッキリ言ってあげよう。君のローザへの思いがどうのっていう話になると、アリスが嫉妬するんだ」
「え?そうなの?」
ヘイヤはすぐにアリスに訊ねた。
「別にー、そんな事無いわよー」
彼女はぶっきらぼうに答えた。
「ただー、この私に対してはプラトニックな関係でいたいって言っといて、彼女に対してはデートぐらいしても良かったとか、彼女への思いのおかげで特別な力を使えたとかっていうのがねぇ。なーんか『差』を感じるのよねぇー」
彼女の言い方には不満が露骨に表れていた。
「え、ええっと……それは……」
ヘイヤは何と言えばいいか分からず、言葉を詰まらせた。
「ヘイヤ君。言いたい事があるなら、今がいい機会さ。ハッキリと言ってみたまえ」
チェッシャーは立ち止まると、ヘイヤの両肩を掴んで言った。
「それは……その……あ!ちょっと待って!」
ヘイヤは大きな声を出した。
「どうしたんだい?ヘイヤ君」
「見て!霧が出てきた」
ヘイヤはその辺を指差した。薄くではあるが、いつの間にか霧が発生している。
「あらま、本当。何も起きないといいけど……」
チェッシャーは指差した方を向いて呟いた。
「ねぇ、ちょっと!これってマズいんじゃないかしら?霧がどんどん濃くなっていくわ!」
アリスの言う通り、霧はどんどん濃くなっていく。そしてあっという間に濃霧へと変わってしまった。
「やだねぇ。このパターンってもしかして――」
「キャーーー!」
チェッシャーが言いかけると、あまり遠くない所から悲鳴が聞こえた。
「ま、こうなるよね……」
チェッシャーは残念そうに言った。
「ゴメン、アリス!外食の話はまた今度で!」
「ええ。分かってるわ。私は安全そうな所に逃げるから、アナタはチェッシャーと一緒に現場へ急いで!」
「うん、分かった!ありがとう、アリス!」
アリスは逃げていった。
「じゃ、行くとしますかね」
「うん、行こう。チェッシャー!」
二人は喪章を取り除くと、悲鳴がした方へ駆けて行った。
ありがとうございます。
次の話は明日19時ぐらいです。




