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21 報復

 ダンクとヘイヤ、走りだした二人は互いに相手を殴ろうとした。

 結果、ヘイヤはダンクの拳を避けて、彼の顔を殴った。いや、貫いた。

 しかし、貫かれたというのにダンクは無反応であった。いや、それどころか、不気味な笑みを浮かべた。そして、ヘイヤを蹴り飛ばした。


 ヘイヤはチェッシャー達の近くまで飛ばされた。すぐに起き上がるが、蹴られた所が痛む。それも感じた事の無い痛みだ。

 蹴られたなら、そこが鈍く痛むはずであった。ところが、この痛みは鈍くも鋭くも感じない。ただただ、純粋な痛みであった。

 ヘイヤは不思議に思った。痛みの事だけでない、さっき殴った時の事だ。確実に彼に触れたはずなのに感触が全く感じられなかった。まるで立体映像に触れているかのような、そんな感覚であった。


「フハハハハハ!今ので理解できたようだな?この私と戦う事がどれほど無意味であるかをな」

 ダンクは狂ったような笑い声を上げた。


「私は電子生命体。すなわち、データの塊なのだ。データの塊に拳や蹴りが通用するか?銃や剣が通用するか?そんな事は無い!」

 彼は笑い続ける。


「ここでお前達はこう思っただろう。『データの塊だったら、こっちからも攻撃が効かないのではないか』とな。そんな事は無い!実際に触れる事は出来なくても痛みや衝撃を与える事ならできる!それにローザを殺した時のようにゲーム上の武器だって使える!まあ、そんな物はもはや使うまでもないがな」

 彼は早くも決着がついたかのような笑みを浮かべた。


「ヘイヤ君!魔法だ!魔法は精神の力だ!それならデータの塊にも効くかもしれない!」

 チェッシャーがヘイヤに呼びかけた。

 ヘイヤは無言で頷くと、両手をダンクの方へ構えた。ダンクはそれを見て、小さく舌打ちをする。


「ふん!バレたか。確かに、私に魔法が効く事は自らの実験で明らかになっている。だが、私に魔法を当てる事なんてできるのか?重力から解放された私は、早いぞ!」

 ダンクは腕組みしながら言った。


エアブル(空気の弾丸)っ!」

 ヘイヤは被っていたシルクハットがぼんやりと光らせながら、空気弾の魔法を両手から放った。しかし、今の魔法をダンクは簡単に避けてしまった。


「エアブルっ!エアブルっ!エアブルっ!」

 ヘイヤは続けて、空気弾の魔法を放つ。しかし、ダンクには一発も当たらない。


「ハハッ!遅いな!今度はこちらの番だ!」

 ダンクはそう言うと、ヘイヤの懐に潜り込み、ボディーブローを放った。ヘイヤは『うっ!』と声を出して、その場にうずくまった。


「フハハハハハ!私が魔法を使えなくて命拾いしたな!」

 ダンクは素早くヘイヤから離れながら笑って言った。


「くっ!」

 ヘイヤは素早く立ち上がると、再び両手をダンクの方に向けた。


「エアブルっ!エアブルっ!エアブルっ!」

 ヘイヤは諦める事なく、空気弾の魔法を放つ。しかし、やはりダンクには一発も当たらない。


「その魔法は効かないと分からないのかぁ!」

 ダンクは再び、ヘイヤの懐に潜り込もうとした。


バンディ(拘束)!」

 ヘイヤは胸の前で両手を広げると、拘束の魔法を放った。両手からはロープのような物が出て、ダンクをあっという間に縛り上げてしまった。


「これならどうだ!エアブルっ!エアブルっ!エアブルっ!エアブルっ!エアブルっ!エアブルっ!」

 ヘイヤは動けなくなったダンクに向かって何発も空気弾の魔法を放った。今度はダンクに命中する。

 拘束の魔法は、ただ拘束するだけでない。ダンクが保有しているような浮遊や飛行の能力を封じる効果もある。彼が動けないのはそのためだ。


「いいわよ!そのままコテンパンにしてしまいなさい!」

 アリスはヘイヤに言った。


「うおおおおおおおおおお!」

 ヘイヤは呪文を唱えるのを止めて、魔法を放った。

 呪文を詠唱せずに魔法を使う事を『詠唱破棄』というが、今の場合はそうではなく、『想像式詠唱法』という詠唱方法に切り替えただけだ。これは『想像する行為を詠唱とみなす』という詠唱方法だ。呪文を唱える方法と違って、使う魔法の事を想像しなくてはならないが、今のように目の前の相手をトコトン痛めつけるという使い方には向いている。


 ヘイヤの両手に文様が浮かび上がり、手の平から大量の空気弾の魔法が放たれる。このチャンスを無駄にするものかと、容赦なく放つ。

 しかし、彼は怒りに身を任せていたせいで、忘れていた。魔力には限度があり、残り少なくなると、気分が悪くなる事に。


 急にだった。ヘイヤは眩暈(めまい)がして、片膝をついた。そして両膝をついた。頭がぼぉーっとしてくる。視界が端の方から暗くなっていく。


「いけない!ヘイヤ君!口を開きたまえ!」

 チェッシャーの声が聞こえて、ヘイヤは言う通りにした。

 すると彼は口の中に何かを入れてきた。これは……グミ・キャンディーだ。


「頑張って噛みたまえ!それには魔力の補給効果がある!」

 ヘイヤは言われた通り、グミ・キャンディーを噛んだ。ジワリとオレンジの果汁が口の中に広がる。美味い。それに元気が出てくる。魔力切れによる症状も少しは和らいだ。視界がハッキリしてくる。


 と、ここでヘイヤは気がついた。ダンクがいなくなっている。魔力切れになった時に拘束の魔法から逃れたのかもしれない。


「ヘイヤ・ハタぁ!」

 ダンクの声が上から聞こえた。ヘイヤは声がした方向を向く。


「今のはぁ……今のは痛かったぞぉ!」

 ダンクは肩で息をしながら叫んだ。


「それにこれは私とお前の決闘のはず!仲間の力を借りるとは何ごとだぁー!」

 これはいうまでもなくチェッシャーの事だ。しかし、彼の力がなければヘイヤは間違いなく自滅していただろう。


「そこで、私は罰を与える。お前の仲間も攻撃対象とする」

 ダンクはそういってアリスへ突撃していった。すると、チェッシャーが彼女の前に出た。そして、どこからともなく巨大なペロペロキャンディーを出して防御をする。


「アリス、キティと一緒に家に隠れていたまえ。ここは僕ちん達でなんとかするよ」

「分かったわ。キティ、来なさい!」

 二人が家に入って鍵をかけた音が聞こえた。以前、彼女から聞いた事がある。この家は魔術的な物でとても頑丈に作られている、と。数百年に一度来るような大嵐にも負けない、と。だから、家へ避難した事にヘイヤは安心した。それにしても……


「チェッシャー。どうして僕を助けたの?」

「そりゃ、決まっているさ。君は魔力切れで自滅しかけた。それを黙って見ていてはいられなかったよ。ただ、それだけの事さ」

 チェッシャーはダンクを弾き飛ばした。


「でも、僕は一人でアイツを倒すつもりだった。君はその邪魔をした事になるんだよ」

「それがどうしたのさ?情けなく自滅するよりはマシだったろう?」

「それは……」

 ヘイヤは何も言えなかった。


「ヘイヤ君。君が今どんな気持ちで戦っているか、何となく分かる。けど聞いてほしい!」

「え?」

「君には今、狂気が足りない。言い換えれば、十分な狂気があればダンクに勝てる。分かるかい?」

「無理だ!僕はローザを失った悲しみや怒りでいっぱいなんだ。いつものようにふざけるなんてできるはずがないよ!」

「うん、それでいいんだ」

「え?」

 何が言いたいのか分からず、ヘイヤは聞き返した。


「狂気というのは一つではない。いつものようにふざける事も狂気だけど、悲しみや怒りで心を満たす事も十分狂気と言えるのさ。」

「じゃあ……」

「そう、もっと悲しみたまえ、もっと怒りたまえ。もっと気持ちを爆発させるんだ。そうすれば、新たな狂気が君に味方してくれる。間違いない」

 チェッシャーはこちらを向くとニヤリと笑って見せた。


「死ねぇ!」

 ダンクが飛んできた。凄い速さで宙を飛び、突進してくる。チェッシャーは再び防御しようと構えた。


「僕ちんが時間を稼ぐよ!その間に新たな狂気を身に着けるんだ!」

 チェッシャーは突進してきたダンクを巨大なペロペロキャンディーで防いだ。ペロペロキャンディーはミシミシと音を立てる。あまり時間はなさそうだ。


 ヘイヤは目を閉じて集中した。ローザの事を思い出す。

 ローザ。初めての出会いは敵だった。戦って負けた時も勝った時もあった。

 GNM社を調べるために彼女を問いただそうとした時、彼女はとても素直に答えてくれた。それにはダンクからの裏切りがあったからなのだが、その時の事を思うと胸がとても痛む。なにしろ、信じていた人に裏切られたのだから。そういえば、彼女の本名を聞いたのもこの時だった。

 その日の夜、彼女は自分の事や兄弟についての思いを正直に言ってくれた。ダンクにはまだ更生の機会があると信じていたし、警察に捕まる前に心を入れ替えて欲しいと願っていた。

 師匠の(かたき)を討つためにダンクと戦った際、十分に痛めつけた自分の前に立って、止めるよう説得してくれた事もあった。

 ハドソン警部から恋人かと間違われた時に、『別にそうって言っても良かったのに』と言ってくれた。

 最後に挨拶を交わした時、『めちゃくちゃな人だったけど、最高な人だった』と言ってくれた。


 今分かった。彼女は自分の事を好きだった。そして、自分もまんざらでもなかったのだと。

 そんな彼女が、ダンクの手によって、無残に殺されてしまった。

 悲しくて、悔しくて、怒りを感じる。これまでにない感覚だ。好きな相手を失うというのはこういう事をいうのだ。ヘイヤは痛感した。


 だから彼を、ダンク・ロットを許す事ができない。

 それは単純にローザを殺された復讐がしたいからではない。探偵として、街を守る者として、彼の暴走を止めなければならない。

 そのためには、もっと悲しみ、もっと怒らなくてはいけない。ヘイヤは強く彼女の事を念じた。


 止まらない悲しみ。もう二度と彼女は戻ってこない。彼女をこんな目に遭わせた怒り。こんどはお前がそうなる番だ。

 もう、こんな感覚はうんざりだ。もう、全てを消し去ってやりたい。

 そうだ。全て消し去ってやろう。ダンク・ロット。お前は特に。


 そう思った瞬間、ヘイヤの体に力が湧いてきた。いつものようにふざけて手に入れていた力。それにどこか似ているような大きな力を感じる。

 来た。きっとこれがチェッシャーが言っていた、『新たな狂気』というものなのだろう。


「ニヒヒ……どうやら間に合った……みたいだね……」

 チェッシャーは振り返りながら、ニヤけた顔で言った。

 巨大なペロペロキャンディーには全体にヒビが入っている。もうもたない。


「うん。もう、大丈夫だよ」

「分かったよ。それなら代わろう。3……2……1……」

 ヘイヤの言葉に安心したのだろう。チェッシャーは離脱しようとカウントを開始した。


「0!」

「うおおおおおおおおおお!」

 チェッシャーが離脱した瞬間、ヘイヤは思い切りダンクの顔を殴った。さっきとは異なり、彼に触れた感触がする。まだまだ力を入れられる。ヘイヤは今出せる範囲では最高の力で、彼を殴り抜けた。

 彼は大きく吹っ飛んでいき、地面に叩きつけられた。


「うおおおおおおおおおお!」

 力が溢れてくる。ヘイヤは空に向かって吠えた。

ありがとうございます。

次の話は明日19時ぐらいです。

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