20 別れ
「いやあ、流石は『ハーブボイルド』!あんな化物を倒してしまうだなんてねぇ」
頭に包帯を巻いたハドソン警部は調子が良さそうに、ヘイヤの肩をポンポンと叩いた。
ここは警察病院。今回の事件で多くの警官が亡くなったり負傷したりしたが、まずは事件を解決できた事への喜びで、ちょっとしたお祭り状態であった。
ちなみにハドソン警部の場合、パトカーから横っ飛びして銃を撃とうとして失敗し、地面に頭を打って気絶していたらしい。それがみんなにバレて思いっきり冷やかされているらしかった。
「それにしても、ゲームのために人を殺すようになるだなんて、恐ろしいもんだねぇ」
ハドソン警部は肩をすくめた。
「今、息子がビデオゲームに夢中なんだが、今の内に取り上げた方がいいんかねぇ?」
「いえ、警部の息子さんなら大丈夫ですよ。ゲームは所詮遊び。それが分かっていれば大丈夫ですよ」
ヘイヤはハドソン警部を宥めるように言った。
すると、そばにいた赤毛の狐の女性がヘイヤの足を踏んできた。ヘイヤは痛いのをぐっと我慢した。
「失礼、私って実はプロゲーマーなの。賞金をかけてゲームをしているのよ。ただの遊びで済ますっていうのはちょっと失礼なんじゃない?」
彼女はヘイヤに言った。彼女はローザである。事件後、彼女は一般人に溶け込むような恰好にキャラクター情報に変更した。GNM社のゲームは事件終了と同時にサービス終了となったからである。
サービスが終了となったと同時に、警察は販売情報から、ゲーマーギアの回収を進めていた。しかし、ローザの情報は乗っていない。彼女は内部の人間だからだ。
彼女はこのままゲーマーギアを持ち続けるつもりであった。元々、これは体が透明になってしまった彼女に透明ではない体を与えるための装置だ。やっと、本来の役目を果たす時が来たのだ。例え、警察が相手でもそれを邪魔させる気はヘイヤにもチェッシャーにもなかった。
「失礼。ところで、この綺麗な女性は誰だい?もしかして……コレかい?」
ハドソン警部は小指を立てた。
「ち、違いますよ!彼女はとある案件の依頼主なんですよ!」
ヘイヤは自分の顔が熱くなったのを感じた。
すると、ローザは耳元でポツリと『別にそうって言っても良かったのに』と言ってくれた。その時には、口から心臓が出そうになった。
ハドソン警部と面会を済ませた三人は、アリスの家に向かった。朝起きたら、みんながいなくなっている。そんな状態に彼女はきっと驚いたに違いない。そんな事を言いながら、家に到着すると、彼女はニンジンケーキを作って待っててくれていた。
どうやら、いなくなったのは事件と何か関係があったからに違いないと思って、そのうち事件を解決して戻って来る事を想定して待っててくれたらしい。そこまで考えていたとは思わなかったとヘイヤが言うと、彼女は『甘いわよ』と微笑んで言ってくれた。
「それで?アナタはこれからどうする気なの?」
ニンジンケーキを食べつつ、アリスはローザに聞いた。
「それはもちろん、プロゲーマーとして、今後も活動していくわ」
ローザは紅茶をすすりながら答えた。
「そう?じゃあ、ウチには泊まらせてあげないから」
その答えに対して、アリスも紅茶をすすりながら言った。
「あら?それは残念ね」
ローザは肩をすくめた。
「私の家に泊められるのはね、農作業の手伝いをしてくれる者だけよ。その点、キティはお利口さんよねぇ、毎日私の作業の手伝いをしてくれるんだもの」
アリスはキティの頭を撫でた。彼女は気持ちよさそうにする。
「ま、それなら仕方ないわね。安いアパートでも探すわ」
「そうね、そうしなさい」
二人は同時に紅茶をすすった。
「それよりアナタ、ゲームはゲームでもテーブルゲームは得意かしら?」
アリスがローザに聞いてきた。
「物にもよるかしらね?何かしら?」
ローザは嬉しそうな顔をして答えた。
「プレイング・カード。ルールはシンプルにババ抜きかしら?」
「いいわね。でもそれなら人は多い方がいいわ。ね?」
ヘイヤとチェッシャー、そしてキティは黙って頷いた。
「じゃあ、私がカードを配るわね」
アリスが箱を開けるとよくシャッフルして、みんなに配り始めた。
それから30分後。
「はい、アナタの負けね」
アリスは自慢げに言った。
「あー、負けちゃったー」
ローザは頭を掻いた。
「あーもー、もう一回!」
ローザはアリスに頼んだ。
「ダメよ。次はまた今度」
アリスはそう言って、カードをケースにしまった。
「そう?それならもう行こうかしら?」
ローザはそう言って、席を立った。
「あら?まだいいのに。もう少しゆっくりしていったら?」
アリスがそう言うと、ローザは笑った。
「ダメダメ。よく考えたら、早く住むところ決めなくちゃいけないもん」
彼女は荷物を持って外へ出ようとした。
見送らなくては、そう思ったヘイヤは一緒に外へ出た。
外に出たのは二人だけではなかった。みんなだ。みんなが彼女を見送ろうとした。
「チェッシャー」
ローザは彼へ握手を求めた。
「アナタは最高に面白い人だったよ」
「どういたしまして」
「アリス」
ローザは次に彼女へ握手を求めた。
「素敵なお茶にお茶菓子、それにプレイング・カード。本当にアナタには世話になったわ」
「ふふん、いい暇つぶしができて、こちらこそありがとね」
「キティ」
ローザは次に彼女へ握手を求めた。
「お姉さんのお手伝い。よく頑張りました。これからもしっかりと頑張りなさい」
「うん。お姉ちゃん、また遊んでね」
「そしてヘイヤ」
ローザは最後に彼へ握手を求めた。
「アナタってめちゃくちゃな人だったけど、凄く……いえ、最高な人だったわ。本当にありがとう」
「そ、そうかな?僕はいつも通りにやったつもりなんだけど……で、でもそう言ってくれてとても嬉しいよ。こちらこそありがとうね」
二人は固く握手を交わした。
「それじゃあ、またね」
「うん、バイバイ」
そういって手を放そうとした、その瞬間であった。
ローザは上半身が飛び散った。
視界が急に赤く染まった。彼女だった物の破片が体のあちこちに飛散する。肉がひっつき、骨が刺さる。そして握手していた手は、手首だけとなり、ヘイヤの手からズルリと落ちていった。
始めは何が起こったのか分からなかった。さっきまで話していた彼女が見るも無残な姿へと変わった。悲しみも怒りも感じられない。ただ、空虚な、ポカンとした感覚だけがそこにはあった。
「フハハハハハ!どうだ?ベルトのシステムを書き換えて、変身中でも無残な死体になれるように再設定したのだ!これでローザはこの有様。どうだ諸君?悲しいだろ?悔しいだろ?」
ローザの向こうに人が立っていた。銃を持った人物。それは決していてはいけない人物。間違いなく死んだはずの人物。そいつがそこに立っていた。そして話しかけてきた。
ダンク・ロット
彼は間違いなく死んだはずであった。しかし、生きていた。そしてローザを、ローザを……
殺したのだ。
彼の言う通りであった。ヘイヤは悲しかった。悔しかった。
そして怒った。
「お前の……お前の血は何色だぁー!」
ヘイヤは吠えるように言った。
「ふん、バカめ。私にはもう血は一滴も流れていない!」
ダンクは嘲笑うかのように言い切った。
「私は生物を超えたのだ。言わば電子生命体。あの時、自爆した私は生物としては完全に死んだ。しかし、飛散した死のデータが私の意識と融合し、新たな私が誕生したのだぁ!」
ダンクは大笑いしてみせた。
「この新たな私が始めに求めた物。それは復讐だった。だから手始めにローザを殺した!アイツはこの私を裏切ったからな!そして次はお前の番だ!」
ダンクは真っ直ぐヘイヤを指差した。
「お前は初めから最後まで、ずっとうっとおしかった。お前のふざけっぷりには本当に頭にきたぞ!今度という今度は絶対許さん!お前を無残な姿で殺してやる!……ローザのようにな」
ダンクは銃を構えてニヤりと笑った。
「へぇ、そうかい。奇遇だねぇ」
「何?」
ヘイヤの言葉を受けて、ダンクは聞き返した。
「僕もだよ!身勝手な考えで、多くの人の命を犠牲にして!実の妹ですら、無残な姿で殺した!僕はお前を許さないぞ!絶対に!」
ヘイヤは吠えた。
「ふん、ならばいいだろう。ちょうどいい。ここでお前と私で決闘といこうじゃないか。死ぬべきはどちらか、生きるべきはどちらか。ここでハッキリとさせようじゃないか」
ダンクはその辺に銃を捨てながら言った。そして笑った。
「いいよ。ハッキリさせようじゃないか。もちろん勝つのは僕だ」
「それはどうかな?この私こそ、勝利し、この世界を私が治めるのだぁ!」
二人は一触即発の状態だった。
「ああ、マズい!非常にマズいよぉ……」
そんな二人を見ていたチェッシャーは珍しく焦っていた。
「どうしたの?チェッシャー」
そんな彼にアリスが話しかける。
「今、ヘイヤ君は大真面目な状態だ。つまり狂気の力が全く無い状態だよ!これでは勝てる戦いでも勝てない……」
「そんな!じゃあどうすれば……」
「簡単に言えば、いつものようにふざければいいのさ。でも今の彼はローザが殺された事で頭がいっぱいなんだ!とてもそんな余裕なんてないよ!」
「じゃあどうすればいいっていうの?彼が負けるのをただ黙って見てろっていうの?」
「……僕ちん達にできる事は無いよ。ただ、彼を信じる。それしかできないんだ」
「そんな……」
アリスは言葉を失った。
「さあ、ヘイヤ君。死ぬ準備は出来たかな?」
「そっちこそ。今度こそ完全に消してみせる!」
「ふふん、できるかな?今の君に?」
「やってやる!やってやるんだ!」
ダンクとヘイヤ、二人は走りだした。
戦いの火蓋が切って落とされた。
ありがとうございます。
次の話は明日19時ぐらいです。




