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19 下水道の主

 ヘイヤ達は行くあてもなく、ただひたすら下水道を走り続けていた。全ては不死身のゾンビと化したダンク・ロットから逃げるためにである。

 下水道には照明が無く、そのままでは真っ暗であった。そこで各々の方法で照明を灯して、走り続けていた。


「ねぇ!どこまで逃げ続ければいいの?」

 ローザは苛立った様子でチェッシャーに聞いた。きっと、この悪臭に耐えきれないのだろう。


「まだまだ。もっと先さ。彼が完全に見失うまではね」

 彼は明るい調子で答えた。


「『彼が完全に見失うまで』?それって、今アイツが追ってきているって事?」

 ヘイヤは不安な気持ちで訊ねた。


「たぶんね。ほら、感じない?何かが追って来る気配がさ」

 チェッシャーの言葉に、ヘイヤは後ろを向いた。すると、懐中電灯のような灯りがチラリと見えたような気がした。

 一瞬、気のせいだと思った。しかし、違う。遠目から見るせいでよく分からないが、彼のベルトから灯りが放たれて、前方を照らしながら追って来ているように見える。そして、マスクの目の部分を青白く、不気味に光らせている。


「う、うわぁ……本当に追って来ている……」

 ヘイヤは恐怖を感じた。


「フハハハハハ!究極の力を持ったこの私から!逃れられるとでも思っているのか!バカめ!捕まえて、一人ずつ惨たらしい死をくれてやろう!」

 彼は笑いながら追ってきた。下水道の中だからか、彼の声はよく響く。


「ちょ、ちょっと……あんな事言ってるよ……」

 ヘイヤは怯えながらチェッシャーに話しかけた。


「それなら捕まらないように逃げ続けなきゃね。ほらほら、もっと速度を上げるんだよ!」

 チェッシャーは逃げる速度を上げた。彼に遅れないように、ヘイヤも速度を上げる。ローザも上げたようだ。


「鬼ごっこか?いいだろう。最高にスリリングな鬼ごっこをやってあげよう!」

 ダンクはそう言うと、一瞬のうちに気配を消した。

 ふと、ヘイヤは後ろを振り返る。いない!気配どころか本体すら消えてしまった。彼はいったいどこへ行ってしまったのだろうか。


 と、ボコンと音がして、ヘイヤは前を向きなおした。するとそこには、ダンクがすぐ近くに立っていた。なんと彼は壁から飛び出してきたのだ。


「フハハハハハ!どうだ?元からあるワープ機能を修正・アレンジしたものだ!大まかな範囲にしか設定できないが、その程度は、この究極の力の前にはリスクにすらならない!」

 ダンクは笑いながら解説をしてみせた。そしてこちらの方を向いた。


「さあ、逃げたいなら逃げればいい。せっかくその気になったんだ。満足するまで、とことん鬼ごっこをしようじゃないか!」

 彼は迫って来る。


「みんな!逃げるよ!」

 一番近くにいたチェッシャーは真っ先に逃げだした。さっきまでとは逆の方向に逃げた。ヘイヤとローザも同じ方向へ逃げ出す。


「いいぞ!それでいい!すぐに捕まえては面白くない!ジワジワと追い詰めて、まずは絶望をくれてやろう!」

 ダンクの笑い声が下水道いっぱいに響いた。






「ねぇ!どうするのさ!」

 ヘイヤはチェッシャーに聞いた。


「何がだい?」

「ダンクのことだよ!僕達完全に遊ばれちゃってるよ!」


「それは仕方ないよ。僕らには打つ手がないもの」

 チェッシャーはあっさりと答えた。


「ちょ!打つ手なしってそんな――」

「ばぁ!」

 ヘイヤが言いかけると、下水の中からダンクが顔を覗かせた。

 ヘイヤ達は急いでその場を駆け抜ける。


「ま~て~」

 ダンクはわざとゆっくり追いかける。遊ばれている証拠だ。


「打つ手なしってそんな!じゃあ、本当にダンクが見失うまで逃げ続けるっていうの?」

 ヘイヤは聞きなおした。


「本当に手がないわけじゃない。でも僕ちん達には何もできない。僕ちんが言いたい事はそういう事さ」

「何がいいたいのか分からないよ!それよりここはもう危険だよ!ここは一回、外に出ようよ」

 ヘイヤはそう言って前方を指差した。そこには梯子があり、恐らくは地上へとつながっているだろう。


「僕ちんはオススメしないけどねぇ……」

「だったらここで別れよう!ローザ!君は好きな方へついて行くんだ!」

 ヘイヤは梯子を掴むと上り始めた。地上までの距離は長い。そのうえ梯子は細くて何とも頼りない。それでもヘイヤは梯子を上っていった。

 と、突然、上から腕が伸びてきて、ヘイヤの腕をガッシリと掴んだ。


「ばぁ!」

 ダンクであった。今度は梯子に逆さまで待ち構えていた。そして気づかずに上ってきたヘイヤの腕をガッチリと掴んだのであった。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ヘイヤは思わず悲鳴を上げた。


「う~ん、いい声だ。そうでなくては面白くない。さて、君は捕まったんだ。ペナルティーを受けてもらう。何、簡単なものだ。このまま、腕を握り潰してやる。それだけだ!」

 ダンクはそう言って手に力を込めた。

 ミシミシと音がして、腕が締め付けられる。ここで腕を握り潰されるのは致命的だ。腕が使えなくなると色々と不便だ。梯子を上がる事もできなくなる。絶対にそれは避けたい。

 しかし、彼の握力は物凄い。振りほどこうとしても、まったく手を放そうとはしない。このままでは、本当に握り潰される。いったいどうすれば……


 と、ヘイヤが必死に考えていると、何かが飛んできて、ダンクの腕に突き刺さった。


「グ、グワァ!」

 思わぬ攻撃に、ダンクは手を放す。


 助かったのだ。ヘイヤは慌てて梯子を降りる。


「おお!そこにいたのかい!」

 チェッシャーはそう言うと、どこかへと駆け出して行った。

 ヘイヤとローザも彼の後を追う。


「ちょっと、チェッシャー!どこへ行くの?」

「ようやく見つけたんだよ。僕ちん達の切り札をね。ただ、ここまで時間がかかるとは思わなかったよ」

「切り札?それっていったい――」

「ばぁ!」

 ヘイヤの言葉を遮って、再びダンクが壁から飛び出した。


「おのれ!よくも私の腕にこんな物を!」

 ダンクは右腕を前にかざした。するとそこには、リベットにしか見えない金属が突き刺さっていた。


「お前だな!いったい何者だ!」

 ダンクは指差した。彼の指は、ヘイヤやチェッシャー、そしてローザとも違う人物を指していた。それは、潜水服のような物に身を包んだ怪人であった。


「うぅぅ」

 怪人は答える代わりにうめき声を上げた。


「君は『ダイブマン』!」

 ヘイヤは思わず怪人の名前を呼んだ。


 怪人ダイブマン。その正体は、『ラプチャーサイエンス』という組織が、海底都市用に開発したと言われる、作業用の人造人間(ズーマノイド)である。

 元々はキティと共に海底都市を脱出して、下水道に隠れていたが、ヘイヤやチェッシャーと出会い、和解してからは誰にも知られる事無く、下水道の修復・保全活動を一人で行なっているはずであった。

 それなのに、彼は再びヘイヤ達の前に姿を現した。もしかすると、下水道を荒らすダンクを敵と判断したのかもしれない。


「うぅぅ!ぐごご!うごぉぉ!」

 ダイブマンは話す事ができない。作業用に作られたためか喋る機能を持っていないのかもしれない。それでも彼が何を伝えようとしているかは大体理解する事ができた。やはり、下水道を荒らすダンクを許せないらしい。

 彼はダンクを指差して、うめき声を上げた。頭の覗き窓からは本来なら緑の光を放っているはずだが、今は赤い光を放っている。完全にダンクとは敵対状態に入っているようだ。


「ふん!お前が何者だろうとどうでもいい!だが、私の邪魔をするというのなら、消えてもらう!」

 ダンクは骨のような剣をどこからともなく取り出して、ダイブマンに襲いかかった。


「うごぉぉ!」

 一方でダイブマンも戦う気満々であった。右手にドリル、左手にリベットを撃つ銃を持っていて、完全に戦闘態勢に入っていた。


 ダンクは持っていた剣で切りつけようとした。しかし、ダイブマンは持っていたドリルで剣を完全に粉砕する。そしてそのまま、ドリルを回転させて、彼を貫こうとした。

 ちょうどドリルは、ダンクのベルトの位置にあった。ダイブマンは壁にダンクを押し付けてベルトごと貫こうとする。しかし、激しく火花は散るも、一向にベルトを破壊する事はできないでいた。ダンク同様に、ベルトまでが不死身となっているらしい。


「フハハハハハ!ベルトを破壊できると思っていたか!確かにベルトを失えば、究極の力は失われてしまう!しかし、ベルトは不死身!この私が取り外す事でもしない限り!永久に無敵よぉ!」

 ダンクは大笑いした。よほど油断したのか。弱点をポロリと言ってしまったのを知らずに。


「ふむ、そういう事か。ダイブマン!ドリルは止めてリベットで攻撃するんだ!」

 チェッシャーは彼に叫んだ。すると彼は頷いて、リベットを撃つ銃をダンクの胸に押し当てた。


「何?」

 ダンクが言った瞬間、大きな音が銃から放たれた。


 ガッシュン!


 リベットが発射され、ダンクの胸に打ち込まれる。


「う、ウゴッ!」

 ダンクは苦しんだ。リベットが撃ち込まれた位置はちょうど心臓の位置だ。不死身とはいえ、心臓を貫かれたのはつらいのだろう。しかし、それだけではなかった。


「グオッ!う、動けん!」

 リベットは壁ごとダンクを貫いたのだ、壁に固定されて、ダンクはその場から動く事ができない。


「ダイブマン!悪いけど、もう少しリベットを打ち込んでくれないかな?そうだね、できれば身動きが全く取れなくなる程がいいね」

 チェッシャーがダイブマンに頼むと、彼は頷いて、言う通りにした。両腕、両足、そして頭。そこにリベットが撃ち込まれていく。


「グゴゴ……ガァ!」

 何発もリベットを打ち込まれて、ダンクは苦しそうな声を上げた。


「さて、最後だよダイブマン。彼のベルトからメモリーを外したまえ。メモリー、分かるかな?細長い装置なんだが……そうすれば、全てが終わる」

 チェッシャーがダイブマンに優しく言った。ダイブマンはその意味をちゃんと理解しているようで、ゆっくりと頷いて見せた。そして武器を下ろすと、両手でダンクのベルトをいじり始めた。


「や、止めてくれ!そんな事をしたら、私は不死身でなくなってしまう!今の姿を見ろ!このままでは死んでしまう!」

 ダンクはみっともなく命乞いをしてきた。


「お、おい!ヘイヤ!お前、まさか、私を見殺しにはしないよな?」

「僕の信念に『殺さない』というのは無いよ。それは君から学んだことだ。師匠が殺されたあの日から、殺そうとしてきた者には容赦なく殺そうとしても構わないって思うようにしているんだ。実際にそうなるのは今日が初めてなんだけどね」

 ヘイヤは冷たく言った。


「お、おい!アンク!いや、ローザ!助けてくれるよな?私はお前の兄だぞ?」

「いいえ。私の知っている兄さんはもう死んだ。あなたはただのそっくりさん。助ける理由なんて一つもないわ」


「た、頼む!殺さないでくれ!何でもするから!」

「ん?今何でもするって言ったね?」

 チェッシャーは意地悪そうな顔で聞き返した。


「ああ、そうだ!何でも言う事を聞く!だから、殺すのだけは!し、死にたくない!」

「そっか……それじゃあ……」

 チェッシャーはわざとらしく間を開けた。


「やっぱり死んでもらおうかな!」

 チェッシャーはダンクのすぐ目の前まで顔を近づけて言った。


「う、嘘だ!」

 よほど信じられなかったのだろう。ダンクは叫んだ。


「嘘じゃないよーん。全部本当さ!」

 チェッシャーはダンクの頭のリベットをつついた。


「さて、ダイブマン。そろそろ、メモリーの外し方は分かったかな?」

「うぅぅ」

 ダイブマンは頷いた。


「ではカウントダウンだ。5から始めよう。5!」

「4!」

「待て待て、お願いだ!止めてくれ!」

「3!」

「止めてくれ!死にたくない!」

「2!」

「止めろぉ!」

「1!」

「だったらコレだ!」

「0!」

 メモリーが取れかけた瞬間であった、ダンクは大爆発した。緑色の爆風がダイブマンを直撃し、彼は倒れる。

 潜水服には特にこれといった損傷はないが、中身が心配だ。が、彼はすぐに起き上がった。以前、彼と戦った事があるが、その時も思った。なんて頑丈なんだ、と。きっとこれが海底都市のテクノロジーなのだろう。恐ろしい。


「自爆……か」

 チェッシャーはボソリと言った。

 そうダンクは死んだ。メモリーを外される前に自爆したのだ。ベルトもメモリーも誰が見ても分かるくらいに壊れている。今度こそ彼は死んだのだろう。


 もはや、誰も彼の死を悼む者はいなかった。それだけの事を彼はしたのだ。当然だろう。


 ヘイヤは深くため息をついた。下水道の臭気が強烈だったが、それは我慢できた。

 とにかく全てが終わったのだ。まずはそれを喜ぼう。

 ヘイヤはそう思った。

ありがとうございます。

次の話は明日19時ぐらいです。

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