18 無敵のゾンビ
「嫌な事件だったね」
チェッシャーがヘイヤに優しく話しかけた。
ヘイヤは無言で頷く。
なにしろ容疑者が自殺で事件が終わりとなったのだ。後味が悪い。
そしてそれ以上に、容疑者の妹であるローザは心に苦しみを受けたのである。
目の前での肉親が自殺。並みの神経では、まず心に傷を負う事になるだろう。
「ローザ」
ヘイヤは声をかけた。何といって声をかければいいか分からない。でも、何か言わなくてはいけない。そんな気がして声をかけた。
ところが、彼女からの返事は無い。返事ができるような状況ではないのだろうか。ヘイヤはそう思い、周囲を見回してみた。しかし、彼女は見つからない。
「ローザ?ローザ!」
ヘイヤは呼びかける。しかし、彼女の返事は無い。姿も全く見えない。
これはいったいどうした事だろうか。ヘイヤだけでなく、チェッシャーも彼女を探すのに協力してくれた。しかし、それでも彼女は見つからない。
彼女はいったいどこへ。そう考えていると、ヘイヤはふと、大事な事に気がついた。
死体が、ダンク・ロットの死体が無くなっているのだ。
「チェッシャー!」
ヘイヤはすぐに彼を呼んだ。すると彼は難しそうな顔をして、死体があった場所を見つめた。
「ヘイヤ君。これは一大事かもしれないよ」
「チェッシャー……」
「死んだと思っていた彼がまだ生きていた。そしてローザに何かした。そう考えるのが一番だと思うよ」
「ローザに何かって何をさ?」
「さぁね?でも最悪な事は考えておいた方がいいよ……」
「そ、そんな……」
ヘイヤがそんな事を言った瞬間の出来事であった。ヘイヤとチェッシャーは背後に何か殺気を感じた。その瞬間、二人は前転をして攻撃を避けた。そして攻撃してきたのが何者かを振り返って見た。
その瞬間、ヘイヤは唖然とした。ダンク・ロットが、死んだはずの彼が屋根の上に立っていた。そして、脇にローザを抱きかかえていた。
これはいったいどういう事か。ヘイヤがそう思った瞬間に、彼は口を開いた。
「ついに完成した!究極の力が!この我が手に!」
彼は下顎の傷が治っていた。これは少なくても、銃による怪我が治った事を意味する。という事は、彼が生きているのも、怪我が治ったせいなのだろうか。
ヘイヤがそんな事を考えていると、ダンクはこちらを向いて話し始めた。
「さっきはよくもコケにしてくれたな?だが、この力の前には全て無力!まずはさっきの仕返しと行こうか!」
ダンクは屋根から飛び降りると、ローザをその辺に捨てた。そして、さっき自分を撃った銃を取り出した。
その銃をガチャガチャと動かすと、ベルトのバックルのような形に変形した。そして、自分の腹に押し当てると帯が飛び出し、本物のベルトとなった。
「基本的な構造はさっきのベルトと同じさ。だが、変身で得られる力は違う。まさに究極の力!」
ダンクはメモリーを取り出すと、バックルに差し込んだ。すると変身するのと同時に、ある変化が起きた。
変身したダンクの姿は黒衣にドクロのマスク姿だった。しかし、今はそれに加えて、骨の形をモデルにした白い装甲が加えられた。その姿はまるで骨がむき出しのゾンビのようであった。
「うおおおおおおおおおお!」
ダンクは吠えた
なんて禍々しい力だ。ヘイヤは吠える彼を見ながらそう思った。
「さあ、リターンマッチだ!」
ダンクはどこからともなく骨のような剣を取り出すと、ヘイヤに襲いかかった。
ヘイヤはとっさに、タンバリンを魔力で強化すると、骨のような剣の攻撃を受け止めた。
力はさっきよりずっと強くなっている。油断すれば、タンバリンごと真っ二つだ。……一人だけの場合の話だが。
ヘイヤには心強い味方がいた。チェッシャーという強い味方が。彼は巨大なペロペロキャンディーでダンクの背中をざっくりと斬った。
いくら強くなったところで、この攻撃を受けて無事ではいられない。そうヘイヤは思った。しかし、そうではなかった。
背中を斬られた瞬間、彼はガクッと意識を失ったように見えた。ところが、次の瞬間、意識を取り戻し、背後を向いた。
「おっと、君の存在を忘れていたよ。君の魔法は強力だ。早めに倒させてもらうよ」
ダンクはそのままヘイヤに背を向けると、チェッシャーを攻撃する事に集中した。チェッシャーは巨大なペロペロキャンディーを戦斧のように振り回してダンクを攻撃する。
巨大なペロペロキャンディーは彼の骨のような剣を弾き飛ばし、ズバズバと斬り続けた。しかし、ダンクは全く怯むようすはなく、攻撃を受け続ける。ダメージを受けている様子はない。
「あらら、これは困ったね。どうしたものか」
チェッシャーはそう言いながらも、りんご飴手榴弾を投げつけた。ダンクの足元にばら撒かれた瞬間に、大爆発する。しかし、ダンクは爆発をものともせずに、チェッシャーに近寄っていく。
「僕を忘れてもらっちゃ困るよ!」
今度はヘイヤが後ろからタンバリンでダンクを殴った。魔法で強化されていて、下手な鈍器よりも頑丈であるはずであった。しかし、ダンクは少しよろめくと、ヘイヤの方に歩み始めた。
「ああ、やはり、お前から始末しておくべきか。お前の攻撃はとにかく鬱陶しい。先に始末しておくべきはお前だな」
ダンクは再びどこからともなく骨のような剣を取り出すと、ヘイヤへ迫っていった。ヘイヤは左右に体を大きく揺らしながらタンバリンを叩き始めた。チェッシャーが攻めを得意とするなら、ヘイヤが得意とするのは守りである。ヘイヤはタンバリンを叩いて狂気による防御をしようと考えたのである。
しかし、ダンクが骨のような剣を振りかざした瞬間、ヘイヤは本能的にタンバリンで剣を受け止めようとした。そしてガツンと音がしてタンバリンで剣を受け止めた。ヘイヤは思った。これは彼には効かない。何故かは分からないが、いつものとおりにしていれば間違いなく斬られる、と。
「アメっこちゃんでも食べてなさい!」
チェッシャーはアメを一つかみ取ると、ダンク目掛けて投げつけた。バラバラとアメがダンクに命中するが、やはり効いているようすはない。しかし、注意を逸らす事には成功した。ダンクは再びチェッシャーを狙う。
「ああ、お前もお前で鬱陶しい。だいたい、何がアメだ。そんな物全て噛み砕いてやる」
「じゃあ、これら全部お願い」
チェッシャーはそういって、大量のりんご飴手榴弾を投げつけた。全てが一気に爆発するが、黒煙の中からゆっくりとダンクが姿を現した。
「その技は私にはもう効かん。大人しく私に始末されるがいい」
ダンクはそう言って、骨のような剣を振りかざした。
「マンボ!」
ヘイヤはダンクの後頭部をマラカスで殴った。もちろん魔力で強化されていて、かなりの鈍器となっている。さすがのダンクもこの一撃には痛そうにした。
「お前ぇ!何度挑もうが無駄だ!やはりお前のふざけっぷりにはうんざりだ!先にお前を殺す!」
ダンクはヘイヤの方を向いて襲いかかった。
「ヘイヤ君。気をつけるんだ。彼からは狂気のような力を感じる。今まで以上にふざけないと危険だよ!」
チェッシャーがアドバイスをした。
「マンボマンボ!マンボマンボ!」
ヘイヤは身をかがめて、マラカスを鳴らしながら、足踏みをした。これでようやく、ダンクの狂気に釣り合うだけのふざけができた。後は彼がどう出るかそれが問題だ。
「死ねぇ!」
「マンボ回避!」
間一髪で剣による攻撃を回避できた。しかし、このままではいずれ斬られる。もっとふざける必要がある。どうすればいい?
「今度こそ死ねぇ!」
「マンボコプター!」
ヘイヤはその場でクルクル回転した。ダンクの斬撃はマラカスによって弾き飛ばされて、その上遠心力を利用した攻撃で、マラカスが何度もダンクを直撃した。普通だったら、すぐには立てないだろう。しかし、少し怯んだだけで、すぐに復活した。
「おのれ……何がマンボだ!さっきはサンバ言ってたくせに……」
「コンペイトウどーん!」
チェッシャーはトゲトゲしたアメ菓子をダンクに何個も放り投げた。
「……お前という奴はぁ!」
「どうだい?異国のキャンディー、コンペイトウは?このトゲトゲした攻撃的なフォルムが最高なんだと思うんだよねぇ!」
「そんなに早く死にたいかぁ!」
「僕ちんは死にたくありましぇん!アナタガー、チュキダカラー!」
「うるさい!死ね!」
「カバディ回避!」
ダンクの一閃をチェッシャーは後ろに下がって回避した。
「くそっ!さっきからろくに攻撃が当たっていない!くそが!」
ダンクがブツブツ言っていると、ローザの声が聞こえてきた。
「ダメー!戦っちゃダメー!」
「ローザ!」
ヘイヤは一気に彼女の近くへ近寄った。
「それどういう事?」
「兄さんのライフは初めからゼロなの!バグっているわ!これじゃあどんなに攻撃しても、兄さんを倒す事はできないわ!」
「ふん、知られてしまったか。だがそれでどうなる?私が無敵である事を証明しているに過ぎない!」
「なるほどねぇ、倒せないかぁ」
チェッシャーはニヤけた顔で言った。
「チェッシャー!何か考えでもあるの!」
「あるっちゃあるよ!一つだけ!」
「一つだけ?それは何なの?」
「それはね、それはね」
「それは?それは?」
「逃げちゃうのさ!キャンディーレイン!」
チェッシャーが天に向かって手を伸ばすと、アメの大雨が降ってきた。
「ぐ、グワッ!」
アメの大雨によって、ダンクは視界を遮られる。
「って、え~!逃げちゃうのぉ!」
「しょうがないじゃないか。相手は無敵なんだから逃げるしかないじゃん」
「確かに、言われてみればそうだよね。で?どうやって逃げるの?」
「下水道の中へさ!さ、今の内に早く!」
「げ、下水道?私も?」
「君のためなんだ。ほら早く!」
ヘイヤとチェッシャー、そしてローザは近くのマンホールから下水道へと逃げ込んだ。そして、バレないように蓋をしっかりと閉じた。
「うえっ、やっぱり酷い臭い……」
ヘイヤは股布から懐中電灯を取り出して、灯りをつけた。
「仕方ないさ!逃げるためだもん!」
チェッシャーは棒付きの丸いアメと取り出すと、アメの部分を光らせた。彼はアメを媒介とした魔法を得意とする。これはアメを照明にする魔法である。
「逃げるって?どこをどう行けばいいの?」
ローザは手の平から光る球を発生させた。灯火の魔法。彼女は元からそうなのか、ゲームキャラとしての能力なのか、魔法を使う事ができるようだ。まあ、ワープというゲームならではの方法が使える時点で驚くような事ではないが……
「そんなの決まってるじゃない?」
「?」
「直感に任せて右へ左へだよ~ん」
チェッシャーは走りだした。ヘイヤとローザも走り出す。
果たして彼らは無事にダンクから逃げ延びる事ができるのだろうか。
ありがとうございます。
次の話は明日19時ぐらいです。




