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13 尋問

 無事にバンクとサンクを警察に引き渡したヘイヤは、真っ直ぐにアリスの家に戻ろうとした。ところが、GNM社があった場所はあまり土地勘の無い所であったために、なかなか戻る事ができなかった。

 最終的にはスマートフォンの地図アプリを使って、なんとか彼女の家へとたどり着く事ができた。その頃にはヘトヘトで、まずはゆっくりと休みたいくらいであった。


「ただいまぁ……」

 ヘイヤは疲れた声で扉を開けて中へ入った。すると、奥のほうから楽しそうな声が聞こえてきた。

 はて、いったい何の騒ぎなのだろうか。ヘイヤは不思議に思いながら、奥へ入っていった。すると、そこにはとんでもない光景が広がっていた。


 みんなは椅子に座ってプレイング・カードで遊んでいた。それはいい。全く問題が無い。問題なのは、『みんな』の中にアンクが混ざっていた事だ。

 彼女は全く拘束されていない状態だった。その上、青い狐の姿になっている。これはいったいどういう事なのだろう。ヘイヤはチェッシャーに問い詰めた。


「ちょっと、チェッシャー!これってどういう事?」

「どういう事と言われても見ての通りさ。まあ、強いて言うなら、彼女とは仲良くなったって事さ」

 チェッシャーはニヤけた顔で言った。


「仲良くって……アンクと?」

「ローザ」

「え?」

「私の本当の名前はローザ。アンクはハンドルネームよ」

 青い狐の姿をした彼女はそう答えた。


「名前なんてこの際どうでもいいよ!チェッシャー!どうして彼女と仲良くなったのさ?」

「それは簡単な事さ。彼女は実に協力的だったからだよ」

 彼は遊びながら答えた。


「協力的?」

「ローザ。悪いけどもう一度説明してもらえないかい?」

「ええ、いいわよ。喜んで」

 チェッシャーが訊ねると、ローザは快く答えた。


「私の兄、ギル……彼の本名よ、彼は秘密の研究所にいるわ。郊外にある、一見空き家のように見える所にね。地図があるなら記してあげてもいいわよ」

 彼女はさらりとダンク、いやギルの居場所を白状した。あまりにもあっさりと答えたため、ヘイヤは呆然とした。


「ちょ、ちょっと!何でそう簡単に言っちゃうわけ?」

「あら?もう少し渋った方が良かった?」

 ヘイヤが聞くと逆に聞き返されてしまった。


「い、いや、簡単に答えてくれるのは嬉しいけどさ、いったいどうしてそんな心境になったわけ?」

「ギルは私を裏切った。目には目をってヤツ、だから私も彼を裏切ったの」

 ヘイヤはその言葉で思い出した。ギルは逃げる途中、彼女を囮にしたのであった。きっとそれに対する怒りや悲しみ、そういった感情が彼女をそうさせたのかもしれない。


「それにね、私は探していたのかもしれないの。ギルを、兄さんを止められる人を……」

「止められる?」

「ねえ、あのゲームがどうして誕生したか、アナタ知ってる?」

 ローザは真っ直ぐにヘイヤを見て聞いてきた。


「いや……」

「あのゲームは元々ね、私の呪病(じゅびょう)を疑似的にでも治そうとして開発された物なの」

「呪病を?」

「あの時聞いたでしょ?私は呪病によって体が透明になっているって」

「うん」

「そこでギルはアバターを用いる事にしたの。アバターに変身するシステムを開発したのよ。おかげで私は、この通り透明じゃない、ちゃんと見てもらえる体を手に入れたのよ」

「……そうだったんだ」

 ヘイヤの言葉にローザは頷いた。

 ヘイヤは想像してみた。体が透明であるというのは大変な事だったのだろう。誰にも気づかれず、または気づかれても恐れられ、とても肩身の狭い暮らしを余儀なくされていたのだろう。それが終わり、その上、自分にとって理想の姿へと変身できる。それが彼女にとってどれほど嬉しかったのだろう。


「でも……その頃からギルはおかしくなったの。このアバターに変身するシステム。私のためだけに使うのにはもったいないって……それで例のゲームが出来上がったわけ」

 ローザは(うつむ)いた。


「最初は仮想の敵を倒すってゲームだったの。それがアップデートしてプレイヤー同士で戦うの事ができるようになったの。そこまでならまだ許せたわ。でも一般人を襲うようになってからは……」

「でも君はプレイヤーの側についた。それはどうしてだい?」

 チェッシャーが訊ねた。


「全てはゲームマスターという称号のせいね。あの称号を貰ってから、私は何をしても構わないように感じられたの。全てのプレイヤーの上に立つ存在。支配欲とても言うのかしら?そんなものに憑りつかれていたのよ」

 ローザは首を左右に振った。自分がしてきた事が愚かだったとでも言いたそうなふうにヘイヤには見えた。


「その気持ち分かるわぁ。何してもいいって言われたら、同じような事をしちゃう自信があるもん」

 アリスが頷きながら言った。彼女なりにローザをフォローしているのだろう。


「チェッシャー、ギルを捕まえに行こう」

 ヘイヤは言った。

 彼はギルを許せなかった。妹のために作ったシステム。それをあんなふうに使うだなんて酷い。そして称号を与えてローザの心を狂わせた。彼を止めなくてはならない。そう思った。


「いや、僕ちんは反対だね。ここは警察に任せよう」

 チェッシャーは遊びを続けながら答えた。


「チェッシャー!どうして?」

「僕ちん達のするべき事は全部やった。ギルの潜伏先は分かった。例のゲームができた理由だって分かったし、警察に捕まったバンクとサンクが白状するのも時間の問題。そうだろう?」

「でも!」

「落ち着きたまえよ、ヘイヤ君。君は探偵だ。探偵に逮捕権なんてない。それは警察がする事だ。僕ちん達の仕事は終わった。後はゆっくりしていればいいのさ」

「…………」

「あ、通報なら僕ちんが済ましておいたよ。君の手を煩わす事のないようにねぇ。というわけで、君のする事はもう何もない。さ、というわけで、僕ちん達と一緒に遊ぼうじゃないか?」

「…………」

 ヘイヤは何も言えなかった。全てチェッシャーの言う通りだ。探偵の仕事は真実を暴く事。後は警察の仕事だ。自分がするべき仕事はもうない。それはしっかりと理解できた。

 しかし、彼の心にはモヤモヤした物があった。本当にこれでお終いと言えるのだろうか。そういった思いが胸にひっかかっていた。


 ヘイヤは気がつくと玄関へ移動していた。


「おや、どうしたんだい?」

 背後からチェッシャーの声が聞こえる。


「お兄ちゃん、どこ行くの?」

 キティの声も聞こえる。


「事務所に帰るよ」

 ヘイヤは答えた。


「帰るってどうしてだい?いいじゃないか、ここは居心地が良くてさ。アリスも今日は料理に腕を振るってくれるってよ!なんと僕ちんのために好物のキドニーパイを作ってくれるってさ!いいよね!まるで便器を舐めてるような錯覚を覚える、あの味!あの匂い!最高じゃないか!」

「ゴメン、ちょっと一人になりたいんだ」

 ヘイヤはチェッシャーの方を向く事無く答えた。ご馳走なんてどうでも良かった。一人でゆっくり考える時間が欲しい。それだけであった。


「……分かったよ、ヘイヤ君。でも、人が恋しくなったら何時でも戻っておいで。僕ちんは今夜ここにいるんだから」

「……うん、分かった」

 ヘイヤはアリスの家を後にした。






 事務所に戻ったヘイヤは席に座ってパソコンを立ち上げた。調査報告書を作成しなくてはならない。そのために、ワープロソフトを起動させた。


 スプラッター殺人事件。その正体はAR(拡張現実)ゲームをプレイヤーが悪用して行なった犯罪である。

 開発側にも問題があり、プレイヤーに殺人をそそのかすように仕向けたり、殺害の手助けをするような機能を搭載する等の悪意が見受けられる。

 このゲームを開発したのはダンク・ロットと自称する狐の男によるものであり、早めの逮捕が推奨される。


 ヘイヤはここまで書類を作成して手を止めた。

 『逮捕を推奨』。なんて情けない言葉だろう。ヘイヤは思わず席を立った。そして振り返って写真立てに手を伸ばした。


 その写真には自分と師匠が写っている。二人共笑顔だ。確か、初めて現場に連れて行かれて、そして無事に事件を解決した時に記念にと撮った写真である。


「師匠……」

 ヘイヤは写真に話しかけた。


「僕、今のままでいいんでしょうか?謎を解いたらそれでお終い。本当にそれでいいんでしょうか?師匠だったらどうします?」

 答えなんて返って来るはずがない。そう思いながらも、彼は話し続けた。


 外が暗くなってきた。いつのまにか日の入りの時間になったらしい。

 しかしヘイヤはそれを気にする様子は無く、じっと写真を見続けていた。

ありがとうございます。

次の話は明日19時ぐらいです。

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