11 追跡
ヘイヤが装備品の補給を終えると、アリスの家の中へと入っていった。すると室内いっぱいに良い香りが漂ってきた。ヘイヤは匂いにつられるように奥へと入っていくと、アリスが朝食の準備をしていた。
普通、ロングラウンド国の国民は料理に時間をかけない。特に忙しい朝は簡単な物で済ます事が多い。
しかし、アリスは例外だ。暇を持て余してしまう事が多いためか、彼女はキチンと料理を作る。そしてその料理はたいてい美味い。
彼女は作っているのに夢中になっていて、こちらの存在には気づいていないようであった。そこで何を作っているのか確かめるため、ヘイヤはゆっくりと彼女の背後に立った。
作っているのは野菜たっぷりのスープだった。彼女は小皿にスープを少量取って味見をする。
「うん、いい感じね。でも……何か足りないような……」
彼女は独り言を言った。もしかして普段から独り言を言ってしまうタイプなのかもしれない。だとしたら、彼女の可愛い一面を見た事になる。
と、その時、彼女はいきなり振り返ってこっちを見た。何か物音を立ててしまったのか、それとも気配を感じたのかはわからない。
「ちょ、ちょっと!何やってるのよ!」
彼女は少し恥ずかしそうに聞いてきた。
「いやぁ、家に入った瞬間に凄く良い匂いがしたんだ。で、匂いに誘われてついたのがここで――」
「それは別にいいの!問題なのは黙って私の後ろに立っていた事!」
「いやぁ料理の邪魔しちゃダメかなぁって後ろでジッと見ていただけなんだけど……ダメかな?」
ヘイヤは頭を掻きながら聞いた。
「ダメに決まってるでしょ!」
彼女は腕組みをして怒った。
「私だってレディーなのよ!それなのに男であるアナタがすぐ後ろに立つだなんて……ダメに決まってるじゃない!」
「えー、ダメってどの辺が?」
納得のいかないヘイヤは食い下がった。
「それは……その……」
アリスは恥ずかしそうに俯いた。
「何?」
「た、例えばだけど……後ろから抱きついたりとか……その後、もっとディープな事をしたりとか……」
彼女はもじもじしながら言った。
「なんだ、そういう事か!」
ヘイヤは笑った。
彼にとってアリスは大事な友達だ。その大事な友達を相手に淫らな行為をしようだなんて考えた事が無い。
「『そんな事』って何よ!というか、何笑ってんのよ!」
「いや、ゴメンゴメン。君って僕の事、そう考えているんだって思ったら、おかしくてさ……」
「何よ……それ……」
アリスは急に怒り出した。両手の拳をギリリと固める。
「何?私ってそんなに魅力ないわけ?」
「え?いや、そういう意味で言ったわけじゃ……」
「こんなにバストがあるのに?これでもまだ不満なの?」
アリスは豊満なバストを下から持ち上げると、大きく揺さぶった。
「いや、だからそういう意味じゃなくて……」
「触ってみなさいよ!一発で虜になるから!ほらほら!」
アリスはヘイヤの右手を無理やり掴むと、自身のバストに押し当てさせた。
「……大きくて柔らかい」
「でしょ?これで私の事を少しは見直したんじゃない?」
「いや、でも僕達は友達であって……」
「何よ!これだけじゃ不満?それなら考えがあるわ!」
アリスは服を脱ぎ始めた。
「わぁ!ちょっとアリス!」
「もう、こうなったら強行手段――」
「エフンエフン!」
突然聞こえた咳払いにアリスは動きを止めた。ヘイヤは声がした方を向く。
「朝から熱々だねぇ、お二人さん」
咳払いしたのはチェッシャーであった。
「助かったよチェッシャー!僕もう少しでお婿に行けなくなる所だったよ」
「よしよし、危ないところだったねぇ」
ヘイヤはチェッシャーにハグをすると頭を撫でてくれた。そしてアリスに声をかけた。
「アリス君。君の気持ちは分からなくもない。でも、そうやって無理矢理しようとするから、彼は嫌がるんだ。今はまだ、友達でいるべきだよ」
チェッシャーはゆっくりと説得した。
「……悪かったわよ。でも、女性として見てもらえないっていうのは悔しかったの」
アリスは謝りながらもふくれっ面で言った。
「そんな事無いよアリス!君は魅力的さ!……ただ、君とはプラトニックな関係でいたいんだ……」
「プラトニック?」
アリスはヘイヤの言葉を聞き返した。
「……ゴメン」
「……そう。なら、今はそういう事にしてあげる。でも、いつまでもそんな関係でいられるだなんて思わないでね!」
「おやおや、今後の展開が楽しみだねぇ」
チェッシャーはニヤけた顔で言った。
それから一時間後、アリスの家で朝食を食べ終わったヘイヤとチェッシャーは、すぐにゲームの世界へ入るための準備を始めた。
ベルト型の装置を身に着け、手にはUSBメモリー型の記憶装置を持っている。そして都合のいい事に、霧が出てきていた。出発するにはいい天候である。
「それじゃあ、頑張って」
「お兄ちゃん、ガンバー!」
アリスとキティは二人を励ました。
「うん、じゃあ行ってくるよ」
「たぶん今日中には戻って来れると思うよん」
ヘイヤとチェッシャーは返事をすると、ベルト型の装置に記憶装置をセットした。
すると、眩しい光が二人を包み、そしてすぐに光は弱くなると、二人は別人みたいな恰好へと姿を変えていた。
チェッシャー、基本的な変化はない。ただ、頭が着ぐるみみたいに巨大化している。
ヘイヤ、服装が完全にハードゲイの恰好になっている。
「いい恰好だよ、ヘイヤ君」
「君もね、チェッシャー」
二人は走って農園を去り、そして霧の中へと突入した。
二人は再び『拡張』された街の中を歩いていた。
以前はブロックやコインが配置されているだけだったが、今度は宝箱や宝石等も配置されている。
前回はたまたま見る機会がなかったのか、それともアップグレードされたのかは分からない。
しばらくあてもなく歩いて行くと、何人もの人影が見えてきた。
「おや?あそこに人が集まっているねぇ」
チェッシャーは指差した。確かに、木の周りを囲むように人影が見える。
「クランで何か活動しているのかな?」
「かもね。だったらチャンスかもしれないねぇ」
「あのう!すいません」
ヘイヤは手を振って人影に向かっていった。
すると、人影の一人が近づいてきた。そしてお互いの顔が分かるまで近づくと、向こうはとても驚いた様子で逃げだした。
「あれ?どうしたんだろう?」
ヘイヤが不思議に思っていると、何人もの人影が一斉に逃げ始めた。
「君の恰好を見て怖くなったんじゃない?」
チェッシャーはニヤけた顔で言った。
「そうなのかなぁ?なんだかそれだけじゃなさそうな気が――」
ヘイヤが言い終わる前の出来事であった。いきなり、誰かがワープしてきた。
いや、誰かではない。二人は彼女の事を知っている。
「また来たの?懲りないわね」
ゲームマスターだ。彼女が二人の前に現れたのだ。
「アナタ達はすでに一回追放されている。規約を読んでいないの?一度追放されたら、もう復帰する事はできないわ。例え新しく買い直したとしてもね」
「悪いけど、僕ちん達は追放されたからってどうとも思わないよ。むしろ君が来てくれて嬉しいと思っているよ」
「何ですって!」
ゲームマスターは歯をむき出しにして、怒ったような顔をしてみせた。
「僕たちはこのゲームを作ったGNM社の事を知りたいんだ。もし知っているなら教えて欲しい。そしたら手荒な事はしないって約束するよ」
「……そう。GNM社の事を知りたいのね。なら、ここで死んでもらうわよ!」
ゲームマスターはどこからともなく棒状の武器を取り出した。そして振り回して、威嚇をする。
「やっぱり簡単にはいかないかぁ」
「まあまあ、倒しちゃえばいいそれだけの事だよ、ヘイヤ君」
二人共、今度は負ける気がしなかった。昨日負けたのは尻の異物感のせい。今はそれが無い。だから勝てる。そういう自信があった。
「これでも喰らいなさい!」
彼女は棒の一端を二人に向けた。また電撃攻撃をするつもりらしい。
しかし、それは阻止された。チェッシャーが素早くアメ玉を投げつけ、彼女の手に当たった。彼女は当たった左手をかばい、棒を落とした。
「反撃だ!」
ヘイヤはパンツの中から大量の箒を出した。そして一本一本を魔力で強化して投げつけた。箒は柄の方を先端に飛んでいき、彼女の体に何本も突き刺さった。
「うっ!」
痛みで彼女は怯む。
「チャーンス!」
チェッシャーは大量のりんご飴をどこからともなく取り出すと、彼女に向けて投げつけた。彼の得意とする魔法『りんご飴手榴弾』だ。
大量のりんご飴が彼女の周囲にバラ撒かれ、大爆発した。
「ゲホッ……ゲホッ……」
彼女は黒コゲになった。
ヘイヤはふと彼女の頭上を見た。何かのメーターが浮いている。それもたいぶ減っているように見える。もしかして……
ヘイヤはチェッシャーの頭上を見た。同じようなメーターがやはり浮いている。こっちは全く減っていない。
どうやら浮いているメーターはプレイヤーのライフを表示しているらしい。となると、ゲームマスターはだいぶ弱っている事になる。
「くそっ!ゲームマスターの権限において、最強の状態だというのに……アナタ達は存在がバグよ!覚えていなさい!」
彼女は捨て台詞を残してワープしようとした。しかし、今の二人には常識というものが通用しないのを彼女は知らなかった。
ワープする瞬間、二人は彼女の体を掴んだ。そしてワープが発動した瞬間、二人も一緒にワープした。
「な、何よアナタ達!なんで私にくっついているの!離しなさい!」
ワープしている間、二人はがっしりと彼女を掴んでいた。彼女はなんとかして離そうとするが、二人は全く離れる気配がない。
「どうせ、GNM社の所にでも戻るんでしょ?それなら僕ちん達も一緒に行きたいよ」
「ダメよ!そんな事、絶対に知られるわけにはいかないの!」
「でも、ワープって最中にでも行先を変更できるものなの?」
ヘイヤが聞いた瞬間、彼女はうめき声をあげた。この様子ではできないらしい。
「とにかく!離れなさい!邪魔よ!」
彼女は必死で離そうとする。しかし二人はガッチリ彼女を掴んでいる。
「チッ!向こうについたら覚えていなさいよ」
彼女がそう言った瞬間、ワープが終わった。その衝撃でヘイヤとチェッシャーは彼女を離してしまい、その辺に倒れる。
彼女は逃げだした。二人はすぐに立ち上がり、こっそりと彼女の後を追う。すると彼女は空き家にしか見えない、古びた家の中へ彼女は入っていった。
「チェッシャー、もしかしてアソコが……」
「そう、きっとGNM社のオフィスなんだよ」
「なるほどね。確かにここなら誰にも見つからないね」
「そうだねぇ。じゃ、僕ちん達も入ろうか」
二人は古びた家の中へ入っていった。
ありがとうございます。
次の話は明日19時ぐらいです。