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10 農園の朝

 小鳥のさえずる声がして、ヘイヤは目を覚ました。体を起こしてみると、ソファーで横になっていた事が分かった。


 いつの間に、ここで寝ていたのだろうか。確か昨日はパソコンでキャラクターメイキングをしていて力尽きたはず。

 もしかしたらチェッシャーの世話になったのかもしれない。だとしたら、後でちゃんと礼を言わないと……


 そうヘイヤが考えていると、急に視線を感じた。その方を向くと、アリスが立っていた。彼女は無表情でジッとこちらを見つめている。


「お、おはよう、アリス」

「はい、おはよう」

 挨拶を済ますと、アリスはもっていた大きめのカゴをヘイヤに渡してきた。


「これから収穫なの。手伝いなさいよ」

「……分かった」

 二人は言葉少なく、外へ出た。


 外に出ると、朝焼けが綺麗だった。今日も一日が始まると、そんな気分にさせてくれる。ずっと見ていたい。そんな光景だった。


「何ボサっとしてんの!ほら行くわよ」

 アリスに注意されて、ヘイヤは後を追った。


「まずは胡瓜、はい!」

 胡瓜畑に来たアリスは一本一本、次々と渡してきた。ヘイヤはそれらを背負っていたカゴに入れる。


「次は茄子、はい!」

「次はトマト、はい!」

 アリスは畑を次々と移動して同じように一つ一つ、次々と渡してきた。ヘイヤはそれらを機械のようにカゴに入れていく。


 それがしばらく続いた後、アリスはいきなり話しかけてきた。


「……ねぇ、一ついいかしら?」

「え?どうしたの?」

 アリスは突然作業の手を止めて、こっちを向いてきた。ヘイヤは何を聞かれるのかと少し緊張しながら返事をした。


「ゲームの世界って、現実の世界にある物を持ち込めたりできるの?」

「えーっと……たぶんできるんじゃないかな?チェッシャーが普段通りにアメ取り出していたし……」

 そんな事を聞いてどうする気なのだろうか。ヘイヤは不思議に思いながらもちゃんと答えた。


「そう。なら補給品がいるわよね?そっちの方にいいのがあるわ」

 そう言ってアリスは畑の一角を指差した。そこには野菜とも果物とも言えないような物が植えられていた。


「例えば……これね」

 彼女はそっちの方へ移動して、植えられていた物を一つ抜き取った。それはシャベル。つまりこの辺はシャベルの畑だ。


「シャベルは良いわよ。ルーシャ国だと、これを使った武術があるくらいなんだから」

「うーん、シャベルかぁ……」

「あら?何か問題でも?」

「ガチで武器だからなぁ……もっとネタっぽいの無い?そうしないと狂気を維持できないよ」

「あら、残念。それにしてもアナタって大変ね。強くなるためにはふざけないといけないんでしょ?」

「まぁ……ね」

「だったら、いつものようにコレらかしらね」

 アリスは再び指差した。そこには箒やプランジャーが植えられていた。


「そうそう、これこれ。こういうのでないとダメなんだ」

「好きなだけ持って行っていいわよ。常に過供給で、在庫を山ほど抱えているの。なんなら、倉庫にある分もあげる?」

「うん、ありがとう。助かるよ」

 ヘイヤは礼を言うと、着ていたトレンチコートの前を開けた。スリングショットを身に着けた裸体が露わになる。そして箒やプランジャーを収穫すると、次々と股布の中へと収納した。


「それにしてもアリス、君の魔法には本当にお世話になっているよ。確か『無差別栽培』だっけ」

「ええ、私が植えた物は何であろうと栽培できるの。兵器だろうが生活雑貨だろうがね」

 アリスは自慢げに口角を上げた。


「君にしか使えない魔法……本当に凄いよ」

「ただ純粋に褒めてくれるのは嬉しいわ。中にはこの魔法を恐れる人もいるし、悪い事に使おうと企む人もいるしね……」

 アリスはため息をついた。

 ヘイヤは知っている。そういう人がいるから、彼女は社交的になれないでいるのだと。ヘイヤは彼女の事を時々可哀想に思う。だからこうしてたまに顔を見せるようにしているのであった。


「ま、いいわ。人からどう思われようと。ところで武器はそれだけでいいの?」

「んー、そうだなぁ……あ、アレも貰っていいかな?」

 ヘイヤが指差した所には鉄と木で作られた何かが植えられていた。


「アレ?ワサビニコフ47式自動小銃だけど……ガチで武器よ?本当にいるの?」

「うん、使い方によってはネタになるからね」

「そう?じゃあ、弾薬も必要ね。銃のすぐそばに植物があるでしょ?7.62x39mm弾、ワサビニコフ銃専用の弾が実っているから好きなだけ収穫しときなさい」

「ありがとう、アリス」

 ヘイヤは彼女に礼を言うと、銃を一丁収穫し股布に収納した。そして銃弾が実った植物から一本一本銃弾を採って、同じように股布へと収納していった。


「よし、これだけあれば――」

「待ちなさい、ヘイヤ。ついでにアレも持っていきなさい」

 アリスは畑の隅にある背の小さな木を指差した。よく見ると果樹らしく、何かが実っている。


「アリス、アレは?」

「手榴弾の木よ」

「しゅ、手榴弾!大丈夫なの?」

 物騒な名前が出て、ヘイヤは驚いた。


「大丈夫よ。ピンが抜けない限りは安全だし」

「そ、そっか。でもガチで武器だしなぁ……」

「そうかしら?アナタが使えば相手は黒コゲになるだけで済むんじゃない?」

「あー、確かにその通りかも……じゃあ、お言葉に甘えて……」

 ヘイヤは手榴弾が実っている木の元へ近づいた。


「あ、収穫の仕方が悪いとピンが外れる時があるから気をつけてね」

「え?ちょ!」

 今の発言に驚いたヘイヤは速やかに後退した。


「大丈夫よ!ピンが抜けないようにガッチリ押さえながら引っ張れば爆発しないから!」

「もう……そういう事は早めに言ってよ」

 ヘイヤの心臓は驚きで未だにバクバクいっていた。


「ほら、頑張って自分で採りなさい。男なんでしょ?」

 アリスは簡単に応援しながら、別の畝から何かを収穫していた。


「……分かったよ。やるよ」

 ヘイヤは手榴弾が実っている木の元へ近づくと、十分な大きさの手榴弾をいくつかもぎ取った。彼女が言っていた通り、ピンが抜けないように引っ張れば、意外と簡単に収穫することができた。


「アリス!採れたよ!」

 ヘイヤは手榴弾を股布にしまいながら、嬉しい気持ちで言った。


「あら、やればできるじゃないの。偉い偉い……」

 彼女はいつの間にか右手にビンを持っていて、中身を一口飲んだ。なんだかお酒の匂いがするし、目も座っているように見える。


 ヘイヤは彼女が持っているビンの正体がすぐに分かった。リンゴ酒だ。

 ここの農園ではリンゴ酒も栽培している。彼女の大好物だからだ。

 どうやらこっちが手榴弾の収穫を行なっている間に、彼女はリンゴ酒を収穫していたらしい。


 アリスはリンゴ酒が好きなわりには酒に弱く、すぐに酔っぱらう。しかし一方で酔い潰れるのは遅い。つまりそれは、一度酒が入ると長時間しつこくベタベタしてくる事を意味する。


「ちょ、ちょっと、アリス!朝から飲酒だなんて……」

「いいじゃないのよぉ、それくらいさぁ」

 彼女は完全に出来上がっていた。


「ほらぁ、アナタも飲みなさいよぉ」

 アリスは持っていたビンをヘイヤに渡そうとしてきた。


「ちょ、ちょっと!朝からはちょっと……」

「何よ!私の酒が飲めないわけ?」

 彼女は大声を出した。それだけではない、大粒の涙を流しながらであった。


「え?アリス?どうしたの?」

 ヘイヤが訪ねると、彼女はいきなりハグをしてきた。驚いたヘイヤはどうすればいいか分からなくなり、とりあえず彼女の背中をさすった。


「私ね、心配なの……」

 アリスは話し始めた。


「アナタ達、仕事で危ない事、色々してるんでしょ?私、そのたびに無事に戻って来るか心配しているの」

「アリス……」

「今回の仕事ってなんだかとても危険な気がするの。もちろんだからと言って、無理に引き留めたりしない。でもアナタが死んでしまうかもって思うと心配で胸が苦しいの……」

「……大丈夫だよ、アリス。僕は死なないさ」

 ヘイヤはアリスの頭を撫でた。


「……じゃあ、飲んで」

 アリスはハグを止めると、再び持っていたビンを渡そうとしてきた。


「私はね、アナタと一緒にお酒を飲むっていう思い出が欲しいの」

「……分かった」

 ヘイヤはビンを受け取ると、一口飲んだ。りんごの爽やかな風味が鼻を抜けていく。ヘイヤはお酒には詳しくないが、このリンゴ酒が上等な物である事はすぐに分かった。


「……美味しい!」

「でしょ?私が心を込めて作ったの。当然よね」

「……だね」

 二人は微笑んだ。


「ヘイヤ」

「うん?」

「必ず生きて帰ってきてね」

「うん!」

 ヘイヤは笑顔で頷いた。


「さて、カゴをこっちによこしなさい。私は中に戻るから、アナタは必要な物を収穫しておきなさい」

「……分かった」

 ヘイヤはカゴをアリスに渡した。


「収穫するのも程ほどにしなさいよ。すぐに朝ご飯の準備をするんだから」

 アリスはそう言って、家の中へと入っていった。

 が、すぐに顔だけ出して声を出した。


「昨日、私に会いたくなったって言ってたでしょ?あれ、凄く嬉しかったんだから!」

 彼女はそう言って、再び家の中へと入っていった。

 その様子を見て、ヘイヤは微笑んだ。


 さて、他に必要な物は何か。貰ったリンゴ酒を飲みながら畑を見回してみた。

 そして使えそうな物を見つけると、股布の中へと次々としまっていった。

ありがとうございます。

次の話は明日19時ぐらいです。

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