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01 始まりの日

 ロングラウンド国の首都、ランドン。

 ここは別名『霧の(みやこ)』と呼ばれていて、その名の通り、街が霧で覆われる事が多い。

 しかし、晴れる日もあれば雨の日もちゃんとある。そして、この日はまさに雨の日であった。


 市内は大雨だった。仕事とかでもない限り、誰もが室内に閉じこもる。それほどの強い雨だ。

 そんな天気の中、共同墓地では野兎の青年が一人、傘もささずに墓の前に立っていた。

 彼の体はずぶ濡れであり、服や体毛が体に貼り付いていた。しかし、まるで気にする様子はなく、ただ黙って墓の一つを見つめていた。


 『ルシアン・イームズ』


 墓の名前にはそう書いてある。


 彼はその墓を見つめながらため息をつくと、呟くような声で話しかけた。


「師匠。やっぱり僕には無理です。師匠の代わりに街を守るだなんて……」

 彼の声には自信が全くといっていいほどに感じられなかった。


 彼の師匠であるルシアンは、街ではそこそこ有名な探偵であった。正義感が強く、この街を守るためであるならば、犯人と対峙して戦う事もあったくらいであった。

 ところがある日、戦いの中で犯人によって銃殺されてしまった。死の間際、ルシアンは青年に遺言を残した。それは代わりに街を守る事。しかし、全てにおいて半人前な青年には重荷であった。


「師匠、僕はこれからどうすればいいのでしょうか?」

 青年は答えが返って来るわけでもないと分かっていながらも、墓に話しかけずにはいられなかった。


 青年の気持ちは揺れていた。このまま探偵事務所を引き継ぐのか、それとも廃業するのかを。

 引き継ぐ場合、自分の頼りない能力で街を守らなければならない。

 廃業する場合、ルシアンの遺志を裏切る事になる。


 どちらかを選ばねばならなかった。しかし、青年にはその決断ができないままであった。

 どちらでもいい。誰か背中を押して欲しい。それが、今の彼の思いであった。


「さあねぇ、それは君が決める事じゃないかな?」

「え?」

 青年は突然誰かに話しかけられた。驚いて声がした方を向くと、すぐ左隣にスーツ姿の黒猫の男が、大きな傘をさして立っていた。


「ほら、中へ入りなよ。もう遅い気がするけどね」

 男は青年に傘の中へ入るように手招きしてきた。

 青年は恐る恐る傘の中へ入った。確かにすでにずぶ濡れになった体では遅すぎた。しかしそれでも、何もしないよりは楽なように感じた。


「あの……アナタは誰ですか?」

 青年は男の方を見て訊ねてみた。


「僕ちんかい?ルシアンの友達さ。いや、友達『だった』って言った方がいいかな?死んじゃったわけだし」

 男はニヤけた顔をして、ルシアンの墓を指差した。


「仕事が忙しくてね。葬式には参加できなかったのさ。それで今、やっと来れたってわけ。しかしまぁ、彼が死んでしまうなんてねぇ……想像もしなかったよ」

 彼は聞いてもいないのに、ベラベラと話した。


「ええ、そうですね……僕も未だに信じられません」

 ヘイヤはそう言って目を閉じた。彼が殺された、あの瞬間を思い出すために……






 最初に思い出したのは、物陰に隠れている自分であった。これはルシアンの指示だ。連続殺人犯を追い詰める際に、人質にされるかもしれないからと言われたからであった。

 指示通り隠れた自分は、犯人に気づかれないようにルシアンの様子を(うかが)っていた。すると、彼は犯人に両手をかざした。いつでも魔法を放てる状態だと威嚇をしているように見えた。その一方で犯人は拳銃を彼に向けていた。向こうも威嚇しているようであった。

 いったいどうなるのだろうか。固唾を呑んでヘイヤは見守っていた。

 すると突然動きがあった。二人は同時に攻撃をした。ルシアンは両手から空気弾の魔法を放った。そして犯人は持っていた拳銃を何発も発砲した。ルシアンの魔法は犯人をかすめ、犯人の銃弾は全て彼の体に命中した。


 彼の体にいくつもの穴が開く。そして、そこから真っ赤な血が噴き出す。

 銃撃を受けて彼はゆっくりと仰向けに倒れた。すぐに体を中心に真っ赤な血だまりができる。それを犯人は確認すると、どこかへ去っていった。

 ヘイヤはすぐにでも(かたき)を取ろうと思った。しかし、ルシアンの指示を優先して犯人がいなくなるまでは、グッと堪えて隠れていた。そして、犯人がいなくなったのを確認してから、物陰から出た。


「師匠!師匠ぉぉぉぉぉ!」

 ヘイヤはルシアンのそばに駆け寄り、体を揺すった。


「へっ……悪いな。カッコ悪い所を見せちまったな」

 彼は苦笑した。


「そんな事無いです。それより早く病院へ!」

 ヘイヤはポケットからスマートフォンを取り出した。


「いや、いい。分かるんだ、俺はもう助からないって……」

 ルシアンはスマートフォンを持ったヘイヤの手を掴んだ。


「そ、そんな……」

「それよりも、俺は今から……お前に遺言を残す。しっかり聞いていてくれ……」

「は、はい!」

「この街を……俺の代わりに……守ってくれ……」

「そんな……無理です!僕はまだ半人前……いや、それ以下です!」

 ヘイヤは首を左右に振った。


「だったら……なってみろ……一人前に……今は無理でも……お前にはその才能がある……」

 ルシアンはそう言うと、そばに落ちていた自身のシルクハットを手に取った。


「ほら、俺の帽子だ……俺が一人前になった時に……記念に買った物だ……強くなれ……そしてこの帽子が……似合う男になれ」

 ヘイヤは差し出された帽子を、震える手で受け取った。


「じゃあな、ヘイヤ……後は任せたぞ……」

 そう言い残し、師匠は息を引き取った。その死に顔は安らかであった。


「師匠ぉぉぉぉぉ!」

 ヘイヤは力の限り叫んだ。






 ヘイヤは目を開けた。

 悲しい思い出を思い出して涙を流したのかもしれないが、この雨のでずぶ濡れになっているせいで、もはやどうなっているのか分からない。


「本当に信じられませんよね。さっきまで元気だった人が突然死んでしまうのですから……」

「まあ、人の生き死になんてそんなもんだよ。それよりさ、話は全部聞かせてもらったよ。君、これからどうすればいいか分からないんだって?」

「あ……はい。その通りです」

「どういう事か詳しく教えてもらおうかな?」

 男は顔を近づけて来たので、青年は体を引きながら頷いた。


「あの……今、『話は全部聞いた』って……」

「確かに聞いたさ、でも把握まではできていないのさ。それで?どうして分からないんだい?」

「師匠は遺言で、代わりに街を守ってほしいと言ってましたけど、自信がないんです。僕はまだ半人前……いや、それ以下の腕しかないんで。それで探偵事務所を引き継ぐかどうか悩んでたんです」

「なるほどね」

 男は何度も頷くと、少し考えたような素振りを見せた。


「じゃあ聞くけど、一人前になれたら彼の代わりになれると思っているのかい?」

 男は青年を指差した。


「え?それは……」

「これは僕ちんの個人的な考えなんだけどね、誰であっても彼の代わりになれる者なんていないよ」

 男は姿勢を戻して、やれやれと言いたそうな仕草をした。


「そ、そんな……」

 青年はショックを受けた。師匠の代わりには誰もなれない。それは、遺志を引き継ぐ事はできないと言われているのと同じに思えた。


「まあまあ、気にする事ないさ。要は街を守れるだけの力があればいいのだろう?だったら、無理して彼の真似事をするは必要は無いじゃないか。君なりの方法で力をつけて、そして街を守ればいい。ただそれだけの話じゃないか。違うかな?」

「それは……」

 そうかもしれない。青年は思った。


 確かに思い出してみると、『代わりに街を守ってくれ』とは言われたが、『自分がやってきたように』とまでは言われていない。黒猫の男が言ったように、『自分なりの方法で街を守る』という考え方は間違ってはいない。


「さて、話を戻そうか」

「え?」

「君が事務所を引き継ぐかどうかの話だよ。君はどうしたいんだい?街を守りたいのかい?それとも別の何かをしたいのかい?」

「それは……」

 青年は少し言葉に詰まった。しかし、どうしたいのかはもう決まっていた。


「僕、ずっとこの街で育ちました。大事な故郷なんです。そして師匠はこの街が大好きだと言っていました。だから一生ついていこうと思ったんです」

「なるほど。それで?」

「僕、この街を守りたいです。そのためにも、師匠の後を継いで探偵をやりたいと思います」

「そうかい。良かったじゃないか、ちゃんと決断できてさ。ほら、ご褒美にアメをあげよう」

 男は満足したように頷くと、どこからともなく棒付きのアメを手渡してきた。


 青年は受け取ろうとした。しかし、その直前で手を止めて、引っ込めた。

 探偵を続けるかどうかの問題は解決した。しかし、まだ問題は残っている。それが引っかかって受け取れずにいた。


「おや?どうしたんだい?」

「でも……」

「でも?」

「僕なりの方法っていうのは何でしょう?」

 青年がまだ引っかかっているという問題とはそれであった。


 自分はまだ未熟。それ故に自分とはいったい何なのか。それが彼には分からない状態であった。

 こんな自分にいったい何ができるだろう。どうしたら街を守る事ができるのだろう。


 青年は頑張って考えてみたが、答えは全く出る気配が無かった。


「それはこれから考えていけばいいさ。焦りは禁物だよ」

 男は青年の肩を叩いた。


「……そうですよね、ゆっくり時間をかけて考えるべきなんですよね?」

 青年は男の方を見て言った。すると男は意外な事を口にした。


「いやいや、ゆっくりというわけにはいかないさ。君は事務所を継ぐんだろう。だったらぱっぱと答えをださなくちゃね」

 男は突然青年の左腕をしっかりと掴んだ。


「さ、というわけで、さっそく僕ちんの病院へ行こうか」

 そう言って男は歩き出した。青年は彼に引っ張られていく。


「ちょ、ちょっと!病院って?お医者さんなんですか?何で行かなきゃいけないんですか?」

 青年は男のいきなりの行動に、混乱しながら訊ねた。


「安心したまえよ。僕ちんは精神科医さ」

 男はこちらを見ずに話を進めた。


「精神科?何で僕がそこに?」

「僕ちんはね、カウンセリングが得意なんだ。『君なりの方法』ってヤツもカウンセリングしながら一緒に見つけようじゃないか。後、ついでに濡れた体を綺麗にしなくちゃね」

 男は青年の方を見るとニヤリと笑った。


「ところでまだ名乗ってなかったね。僕ちんの事はチェッシャーと呼んでくれたまえ。それで、君の名前は?」

「……ヘイヤ。ヘイヤ・ハタです」

 突然名前を聞かれて、青年はつい名乗った。


「ヘイヤ・ハタ……東の国っぽい名前だねぇ」

「ええ、両親がヤマト国出身なんです。僕は一度も行った事がありませんけど」

「そうかい。じゃあヤマトの言葉は喋れないのかい?」

「少しだけなら……何でそんな事を聞くのですか?」

「カウンセリングはもう始まっているよ。まずは君の事を良く知らないとね」

「そういう事なら……」

 この後ヘイヤは、チェッシャーからの質問に答えられるだけ答えながら、通りを歩いた。


 これがヘイヤとチェッシャーの最初の出会いであった。

 そして時は流れて一年後。ヘイヤは彼の力を借りて別人のように成長していったのであった。

 そう、別人のように……

ありがとうございます。

次の話は一時間後ぐらいです。

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