最終回後編 Through the justice
破壊された衛星の残骸が草木ヶ丘市郊外にて発見されてから、再現したノアカンパニーはその調査と回収を請け負うこととなった。
ノアやジェノサイド、スレイジェル達が引き起こした事件、及び衛星の墜落に関しては原因不明の事故、災害として処理され、直接ノアカンパニーへと追求や処罰が下る事はなかった。しかしながら衛星の残骸に関しては企業の所有物であり、サーバー運営を行っていた都合上、機密情報が大量に含まれているとして、回収及び損失データの復旧を言い渡された。
「あの、蒼葉ちゃん、本当に大丈夫なの?」
「私の心配しなくていいから早く受付の仕事に行って。この後また復旧データを受け取りに来る企業があるから」
目の下に凄まじい隈を浮かべながらキーボードを叩く蒼葉を見て、心配するなと言う方が無茶だろう。エリカが隣で一度寝る様に進言してもまるで聞く素振りを見せない。
エリカや山神達がノアカンパニーへ就職したのが半年前。事件に巻き込まれたおかげで生活環境が一変した中、行き場がなくなったエリカ達に新たな居場所を与えたのは蒼葉と紅葉だった。
写見は学校の合間を縫って桜達を手伝っていた為、現在も学校に通っている。セラも同様、以前と変わらない生活を送っている。
「ん〜、本当に寝た方が良いよ〜」
「もういいから」
「……分かった。休憩時間にまた来るからね」
踵を返したエリカを見ると、再び蒼葉は作業を再開する。彼女の机の隅にあるカフェラテと、新たな装置の設計データがそれを見守っていた。
エリカが企業の社員達を案内する中、いつもの口論がロビーから聞こえてきた。
「何だとコラァ!? もっかい言ってみろ!」
「何回でも言ってやるよ、お前はそこで大人しく案内ロボでもやってろ! 調査の邪魔なんだよ煩くて!」
「はいお仕置き決定ぃぃぃ!!」
「だから仕事の邪魔だってうぎぁぁぁ!!?」
青年に馬乗りになり平手打ちを連打する少女。2人ともノアカンパニーの制服と社員証を身に付けているが、その騒がしさから周囲の奇異の視線を一心に集めている。
「山神くんと睡蓮ちゃんまたやってる……2人とも素直じゃないなぁ」
普段は仲良く行動しているというのに、ほんの些細なことで喧嘩をする。そして大体山神が大敗するのだが、社員の中では名物となりつつある光景だ。
「あの、あちらのお二人は……?」
「あぁ、お気になさらず。いつも通りの日常がある証拠なので。受け渡し部屋の方へご案内いたします」
気にせずにエリカは社員達を案内する。
「おぁぁぁやめろ、俺の負けだ! 俺の負けだから降りろぉぉぉ!!」
「よっし、今日も私の勝ちっ! 調査終わりはアイスよろしくぅ!」
などという微笑ましいやり取りを耳にしながら。
「社長、本日の予定は以上です。お早いですね、予定時間よりも3時間前倒しでお仕事を終えられて」
「たまには趣味の時間も欲しいの。許してくれる?」
「構いません。どうぞごゆっくり」
秘書に小さく手を振り、紅葉は自身の部屋の扉を閉ざす。社長室とは別の部屋。そこには1個のパソコンと、折れたブレイクソードが繋がっていた。
「我ながら、女々しくて情けなくなる……」
小さな希望に縋り、僅かな時間と姉に比べて拙い技術で試みる。ただ一人、自分の全てを許した人へ会う為に。
「……、っ、繋がらない……ぁ、っ、もう……!」
半年間、彼に会う為に。ひたすらキーボードを叩いてマウスをクリックする日々。いつかまたあの声を聞きたいという願いだけが彼女を突き動かす。
「私の前から黙っていなくなるなんて、絶対許さない……!」
何度目かも分からないエラーの表記。疲労から来る眠気。目蓋が屈服しかけた。
「…………ぇ?」
見たことがない表記が画面上に現れる。
《償い》
ただそう書かれたファイルがデスクトップに置かれていた。ウィルスかと一瞬警戒したが、ブレイクソードを守る為にいくつものプロテクトソフトを入れている。万に一つもそんな可能性はない。
恐る恐るクリックすると、一つのデータが入っていた。パソコンがフリーズしかねないほどの規格外のデータ。開くにはまだ容量が足りない。
紅葉は付近から改造部品をかき集め、ありったけをパソコンに挿す。最後の部品を挿し終えたところでようやく容量が足りた。
データが自動的に展開される。やがてファイルが消失すると、画面に青年の姿が浮かび上がった。
「ぁ、ぁぁ……!?」
「ん。そうか、復元出来たか。まだかかると思っていたが、これも紅葉の助けがあったおかげ──」
「彼岸、ひ、がん……ぁぁ、ぅぁぁぁぁ……」
物珍しそうにパソコン内の空間を見渡す、彼岸の姿がそこにはあった。
「待て紅葉、何故泣いている? 俺が戻ってきて不快な気持ちになったのか? 待っていろ、ネットワークに接続して愉快になる方法を検索する」
「ちが、違う……違うに、決まってるでしょ、馬鹿……」
泣きじゃくる紅葉を見た彼岸は動揺し、片っ端からタブを開いていく。
2人ともパニックから落ち着いたところで、彼岸は語り出した。
「あの時、日向桜は俺の残骸から新たな力を得た。その時に散った俺のデータも繋いでいたんだ。日向桜は気づいていた筈だが、聞かなかったのか?」
「何も聞いてないけど……はぁ、桜くんには痛い目を見てもらおうかしら」
「肉体を取り戻せなかった事が負い目だったのかもしれない。それに確信がなかったからこそ、ブレイクソードをお前に託したんだろう。許してやれ」
頬をむくれさせる紅葉を嗜める。
「それに、俺は嬉しかった」
「甦った事?」
「いやそれよりも。必死になって俺を助けようとしてくれたお前が」
「……待って、貴方まさか」
「あぁ、ずっと見守っていた。ブレイクソードの中で」
「……」
紅葉は休みの日、この部屋に一日中引き籠もっていた。時には机で寝落ちた日もある。時には時間が惜しく、入浴を終えた後にバスタオル1枚で作業していた時もある。
それを全て、見られていた訳で。
「……彼岸」
「どうした紅葉。タブレットを手に持って?」
「貴方にも痛い目を見てもらおうかな」
「どういう、こっ」
次の瞬間、紅葉はカーソルを彼岸に合わせ、圧縮コマンドを連打。彼岸のデータサイズが見る見るうちに小さくなっていく。
「待て、やめてくれ。一体何が気に入らなっ」
遂にタブレットのアプリサイズにまで圧縮。レトロゲームの様な解像度になった彼岸をカーソルでドラッグ。タブレット端末のメモリへ放り込んだ。
「どう彼岸。貴方を私の専属ナビに就職させてあげる。しっかり私をサポートしてね」
「構わないが紅葉、姿を戻してくれ。検索したがこれはデフォルメキャラクターというものじゃないか? 活動する度に違和感を生じる」
「良いじゃない。可愛くて好き」
タブレットを胸に抱きしめ、ベッドに身を放り出す。半年ぶりに訪れる熟睡の気配に、紅葉は口角を持ち上げた。
「紅葉、前が見えない。あとせめてタブレットに充電器を挿せ。……おい、食事と入浴は──」
愛した小言を子守唄にしながら、紅葉は静かに目を閉じた。
「……もしもし? っ、何、用事? ……は? 遅れる?」
スマートフォンにヒビが入らんばかりの力が加えられる。蒼葉の隈が浮いた目の間に皺が寄る。
「これで何度目? 寝坊だったらただじゃ……え、敵が出た? ……本当、今こっちでもキャッチした。うん、お願い」
一転して表情が引き締まる。電話口の相手が電話を切ろうとした時、蒼葉は慌てて付け足した。
「今夜、方針について話したい事があるから食事に付き合って。……別にいいでしょう、いつもエリカ達と食べてるんだから。たまには来なさい。上司命令。じゃ、頑張って」
蒼葉は通話を切る。今後の方針など着いてからいくらでも出来る。ただ話がしたいだけだ。
紅葉から惚れただなんだとからかわれ続けているが、決してそんな訳ではない。
「……誰があんな朴念仁、好きになるかっての」
言葉とは裏腹に、口元にはだらしない笑みが浮かんでいた。
「……んひっ!?」
そして幼馴染に迫るライバルの動きを感じ取ったエリカの背に、寒気が走ったのだった。
「い、いやいや、気のせい気のせい。さぁて、何か飲み物でも……ん?」
自販機のボタンに触れようとした時、視線を感じて振り返る。だが誰もいない。視線ももう感じない。
「気のせい、かな」
柱の影に消えるブロンドの髪とスカートの端は、飲み物に迷っている間に見逃してしまった。
衛星落下地点。そこで調査を行なっていたノアカンパニー社員達、そして付近で見物していた人々が我先にと逃げていく。
「ノア様が亡き今、我々が意志を継ぎ、人間共を管理する!」
データを管理する衛星はもうない。だが衛星の残骸の中でまだ生きているサーバーが、スレイジェル達を生み出していた。それだけではない。
「ウグルォォォ……!!」
同様に管理されていたジェノサイドまでもが衛星の残骸から生まれ出ていた。ノアがいない今、半年前に比べれば彼らの数も激減した。だが脅威はまだ去っていない。
「手段は問わない。ジェノサイドを利用してより多くの人間をデータにするのだ!」
角を振り回すゴートジェノサイドの首には奇妙な輪が取り付けられ、まるで手綱を操る様な動きで使役する。取り巻きのスレイジェル達も一様に武器を取り出し始めた。
既にほとんどの人が去った中、取り残されてしまった子供が2人いた。
「ぅぅぅ……!」
「おまえたち近寄るな!」
幼い少女を庇う、幼い少年。小さな身体を懸命に張って声を張り上げる。
「人間の幼体か。等しく管理対象だ、やれ」
「来るなって言ってるだろ!」
木の棒を振りかざすが、スレイジェル達が徐々に距離を詰めていく。
「もう、いいよぉ……逃げて……」
「逃げるわけない! いいから俺にまかせろ!」
かざされた機械の腕が少年を掴み上げようとした時だった。
大量の光弾がスレイジェル達を一瞬の内に貫き、なす術なく爆散。飛び散る爆風と破片から、前に立ち塞がった影が2人を守る。
「ぇっ!?」
「な、何だ、何が起こっている!?」
間に現れたのは、三輪バイクに跨った青年。その手に握られた長い銃が虚空に消えると、2人へ語りかける。
「君達は急いで逃げて」
「な、何だよ、俺はにげないぞ!」
「どうして?」
「どうしてって、こいつを守りたいからだよ!」
少年は叫ぶ。彼の目を見た青年は少し驚いた顔をし、すぐに笑顔を浮かべた。
「よし、じゃあその子は君に任せた!」
「は!?」
「その子を助けるのは君にしか出来ないことだ。こいつらは俺が相手するから、君はその子を連れて行ってくれ!」
「……っ!」
青年の言葉に頷き、少年は駆け出して行った。小さな手を繋ぎ合う姿を見て、安心した様に頷く。
「さて、次はこっちだ!」
バイクから飛び降りると、スレイジェルが剣の鋒を突きつける。
「何者だ貴様!」
「知りたきゃデータベースを調べてみろ! きっと載ってるぞ!」
「ふん、だが貴様も管理対象なのは変わらない。大人しく身を差し出せ!」
「な、なんか随分変わったスレイジェルだな。昔はもっとロボットっぽかったのに……」
自身の知り合いも感情豊かだが、衛星が破壊された事で何か変化が起きているのだろうか。
「もしかしてノアの影響なのか?」
「ノア様の名を軽々しく口にするな、人間如きが!」
「ウグルァッ!!」
スレイジェルが激昂。ジェノサイドをけしかけるが、桜はそれを察知。生身の状態でジェノサイドの顎を蹴り飛ばした。
「ウガッ!?」
吹き飛ばされたジェノサイドは残骸の山へ落下する。半年間の訓練の成果は着実に出ていた。
「ジェノサイドを生身で……ありえん!」
青年は左手をかざす。手首に装着された銀色の装置のカバーをスライド。展開した内部へ純白のチップを装填する。
「変身!!」
《英雄 物語の始まりを刻め The Birth of Hero!!》
青年が変身した姿を見て、ようやくスレイジェルは気がついた。銀色のスーツの上から身に纏う純白の鎧。手に携える、峰に噴射口が付いた剣と竜の顎を模した剣。天使の羽根を模した、藍色のアイレンズ。
「貴様……リンドウ!!」
「さぁ、ヒーローの……出番だぜ!!」
日向桜の戦いはまだ終わらない。その心に英雄としての矜持を抱き続ける限り。
自分が信じた正義を貫き続けるのだ。




