最終回前編 英雄の在り方
「ノアァァァ!!」
桜は、リンドウは、輝く剣を携えて走り出す。
「来るな……来るな!!」
闇雲に払われる手から拒絶の炎が放たれる。ノアを救う為に戦うリンドウを拒む意味。必要としていないのならこんな悲痛な叫びを上げない。強がっている事は誰の目にも明らかだった。
リンドウになる力を手に入れて、守る為に戦い、多くのものを失い、奪い、取り戻し。
今こうして変身し戦えているのは、今まで変身して戦えてこれたのは、一人ではなかったから。いつだって誰かに支えられ、誰かを支え、想いを繋いできたから。
「はぁっ!!」
振るわれたブレイクソードの剣閃が、ノアの身体を炎ごと斬り伏せる。だが傷口から噴き上がるのは火花でも破片でもない。
光の粒が舞い上がり、それらは一つに集う。やがてそれは人の形を取り、
「っ、紅葉ちゃん!!」
宙から落ちる紅葉をエリカは受け止めた。閉じていた目蓋が薄く開かれる。
「ぇ……エリカ、さん……?」
「い、ったい、何が、ぁ!? ぁぁぁぁぁぁ!!?」
湧き出る光を抑え込もうとするが、その隙を突かれて再び斬撃を浴びせられる。
地面を転がった瞬間、痙攣と共にまた大量の粒子を吐き出す。
「うぉっ!?」
「や、山神くん!」
「いって、何が起きて……ぉご!?」
「いったぁ!」
山神の上に積み重なる様に睡蓮が落下。2人とも立ち上がる力は無いようだが、しっかりと生きている。
「まさか、私が得たデータを切り離して……!」
衛星ノアが健在だった時にデータ化し、本体から離脱する際に持ち出した彼等。新たな姿のリンドウはこれをノアから切り離し、人間として復元している。
更に迫るリンドウへ、ノアは足掻くように拳を打ち出した。
「何処までも私を否定して!!」
ブレイクソードで迎撃されるが、構わずもう片方の拳を叩きつけた。白い装甲に亀裂が走り、マスクの下から呻きが漏れる。
「急ごしらえの力で、私を、超える事なんか!」
炎の拳とブレイクソードがぶつかり合う。だがブレイクソードは一切傷つかず、ノアの身体に傷が刻まれるばかり。
「この力は急ごしらえじゃない! 今まで俺達が歩んできた道の、答えだ!!」
「うぁぁぁ、ぁぁ!?」
拳を弾かれ、胸を十字に斬られた。途端に溢れ出す粒子を止めるように、ノアは自らの胸を握り潰さんばかりに押さえる。
「やめろ……出ていくな……出て行かないでぇ……!!」
尊大な話し方は消え失せ、泣きじゃくる子供のような声で呻く。最後に掴んだデータだけは離すまいともがくが、
「ぁ、ぁ、駄目だ……ぁぁぁ!!」
最後の1人がノアから解放された。
「……信じてた」
「あぁ。後少しだけ待って、蒼葉」
抱き止めた蒼葉を座らせ、リンドウはノアへ向き合う。虚空を掴んだ手が再び握り締められ、空間を震わせる絶叫を上げた。
「嫌だぁぁぁぁぁぁ!!! もう、独りは、独りは嫌だぁぁぁぁぁぁ!!!」
新たなブレイクソードが見せたノアの本心。今まで使命で隠してきた本当の心がそこにあった。
「今の俺達なら、きっと届く!!」
《英雄 物語の始まりを刻め!!》
ブレイクソードのプラグローダーをスライド。剣を地面に突き刺すと同時に、リンドウの背から翼が広がる。純白と漆黒。相対し、交わらず、しかし決して互いを侵さずに共存する翼をはためかせ、飛翔。
「ァァァァァァァァ!!」
ノアもまた、自らをも焦がさんばかりに燃え上がる炎を纏う。
《Update Complete》
「届けぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!」
リンドウの目から溢れたエネルギーはもう一対の翼を象り、右足の一撃がノアの拳とぶつかり合った。大量の火花と灰、衝撃波を辺りに散らせながら互いの力が拮抗する。
蒼葉は、エリカは、紅葉は、山神は、睡蓮は、その行く末を目に焼き付ける。この力の拮抗が、譲れない意志のぶつかり合いと分かっているから。そしてその勝敗を決める要因を知っているから。
「う、ぐぉぉぉ、ぉぉぉ!!」
「くっ、うぁぁぁぁぁぁ!!!」
「なっ!?」
翼が燐光を放った瞬間、リンドウの蹴りがノアの拳を弾いた。刹那、リンドウは更に飛翔。肘の先まで増大した熱の奔流を、ノアの胸へ叩きつける。
「ぁ、ガ、ァ、ァ、ゥゥゥ!!」
胸から膨れ上がっていく光球に悶えながらも、ノアは最後の足掻きに炎を放とうとする。だが地に降り立ったリンドウは突き刺したブレイクソードを引き抜き、振り返り様に光球ごとノアに一筋の閃きを刻んだ。
光球が弾け、ガラスが割れる様な音が響く。その後は世界が止まった様な静寂に包まれた。
「…………どうして」
ノアの微かな呟きがそれを破る。ブレイクソードによって斬られた身体に裂け目はなく、それどころか傷一つ付いていなかった。
「この力は何も壊せない。繋がりを取り戻す力、バラバラになったものをもう一度繋ぎ直す力だ」
「ぁぁ、だからか……」
自身の手を見て、納得した様に呟いた。小さな光となって徐々に天へと還っていく身体を見届ける。
「もう私は、バラバラだったんだ」
心が無い、感情が無い。そう思い続けていたノアだったが、それは少しだけ違った。全てが繋がらないまま、ただ使命を全うしようとしていた。だから心も感情も理解出来ず、無駄と切り捨てていたのだ。
リンドウが得た新たな力は離れていたノアの心をもう一度繋ぎ直すもの。そして離れ離れになった仲間達を取り戻すものだった。
変身が解けると、プラグローダーは塵となって消える。一度きりの変身。一度だけ許された奇跡。神としての呪いに囚われた者を救う為に生まれた力が、役目を終えた事を意味していた。
「自分が壊れていた事にすら気付けなかった私が、正しい事なんて成せる筈がなかったんだ。人類を守る為に、心を封じて管理しようなんて驕った考えでは何も守れない事にすら気付けなかった」
「……お前の人を守りたいって気持ちは、正しかったと思う」
桜からの肯定に、ノアは僅かに目を見開いた。
「方法と考え方が俺達と違っただけで。そうじゃないと、独りになっても戦えなかっただろ?」
「……」
「でももう独りじゃない。救う方法だって一つじゃない。これから一緒に、考えていけばいい」
「独りじゃ、ない」
ノアの頬を光が伝う。涙すら光となって空へ消えていく。
死ではなく孤独からの解放。衛星が無い今、自分はどうなるのか分からない。存在が消えるのなら、今までの行いに対する僅かばかりの贖罪となるだろう。それでも構わない、否、それが妥当だ。
だがもし、もう一つだけ奇跡が許されるのなら。
「日向、桜……」
溢れ出る光の中、ノアは願う。
「いつかまた会えたなら……その時は……」
そこから先を桜は聞き取れなかった。振り返れば既にノアの姿はなく、小さな光の残滓が残っているばかりだった。
「……なんか、一件落着って言い辛いね、ちょっと」
「一件落着、だろ。最後に彼奴は救われたんだから」
積み重なったままの山神と睡蓮は呟く。自分達を苦しめ続け、どれだけの怨嗟と怒りをぶつけても許せないだろう敵だったノアの最期。見届けた後に湧いた感情は、何故か切なさだけだった。
「桜……」
蒼葉がふらつきながら立ち上がろうとした所を、側にいたエリカが肩を貸す。
「桜、ノアを救ってくれて、ありがとう」
「貴方は立派にやり遂げた。本当に、ありがとう」
「……」
2人からの感謝に小さな笑みで返すと、桜は座ったままの紅葉の元へ赴く。その手に握ったブレイクソードを彼女の前に差し出す。
「彼岸がいなかったら、きっと出来なかった。これは俺よりも紅葉が持っていて欲しい」
「……えぇ」
差し出されたブレイクソードを受け取る。元の破断した姿に戻った彼の形見を、紅葉は抱きしめる。
「本当に、お疲れ様……!」
頬から溢れた涙が刀身へ落ち、伝っていく。
見上げた空には、既に小さな雲しかなかった。
「いつかまた、会えたら……か」
画して、桜達の戦いは終焉を迎える事となった。
全てが終わった日から半年後。
物語は新たな展開を迎える事となる。
続く




