第73話 怒りの行方+Who should take over the soul?
冬の訪れが近づく街。
厚着に身を包んだ人々、忙しなく地面を突いて冬に備える鳩達。力尽きた様に枯れ葉を散らす木々。
そんな彼等を、一迅の熱風が襲った。肌が焼ける様な暑さに小さな悲鳴が上がり、鳩達が慌てふためく。
「うぉわっ! ったく、何なんすか一体……」
密かに情報を集めていた写見もその1人だった。
一切防御のない戦い。殴り、殴られ、殴り返し、殴り返され。暴力の応酬、力のぶつかり合い。
ただひたすらに拳を振るい続けるホウセンカとラスレイの一打は空気を鳴らし、熱波を発生させていた。
「ッ、ツォラァッ!!」
「ぉっ、づぇりゃぁっ!!」
ホウセンカの拳がラスレイの頬を砕くと、ラスレイの拳がホウセンカの頬を砕く。互いに溶岩の様な液体を噴きながら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、打ち続ける。
「足りない、足りない、足りない!! もっと怒れ、もっともっと怒れ、怒れ!!!」
「あぁ怒ってた! 怒ってたさ! どうしようもねぇくらい、身体が焼けるくらい、誰にぶつけりゃいいか分からなくなるくらい!!」
拳以外は使わない。必要がない。
「でも今は違うんだよ!! この力を、誰にぶつけるか! 俺が今、誰に怒るべきなのか!! 俺には、分かる!!」
「グヌゥァッ!!」
遂にホウセンカの突き出した拳がラスレイを打ち倒す。しかしラスレイはその背を地面にまでは付けず、自らの胸を強く叩いた。
「俺の怒りは……こんなものではなぁい!!」
「オラァ!! もっと来てみやがれコラァ!!」
ホウセンカとラスレイの炎が更に昂り、身体を喰らって燃え上がる。
ラスレイの拳を受け止める。火山の噴石ですら傷が付かない装甲が割れ、中からマグマが噴き出した。
「ってぇ……よっぽど、気に入らねえ事があるみてぇだな」
「言うなれば、俺の全て、他の全てだ。俺を生み出した全てに、俺の全てに、俺は怒っている!!」
「要するによ……お前は、怒りそのものなんだな」
「抑えるのが精一杯だった、お陰で口数も少なくならざるを得なかったが……お前相手なら!!」
両者の拳が衝突。直後に爆発が巻き起こり、地面が砕け散った。しかしホウセンカもラスレイも立ったまま一切動いていない。
「全力を出せる」
「だったらいつまでも小競り合いみたいな殴り合いはやめようぜ。男なら……」
2人は飛び退き距離を取る。ローダーの出力を上げると、右腕を炎が包み込んだ。
「一撃勝負だ」
「ヌゥ……」
足を踏み込み、地面を踏み砕き、炎が尾を引いて飛び出した。
掛け声はない。ただ、握りしめた拳に力を込めて出る呼吸音と、
《Extinction Stage!! 絶・咬・爆・拳!!》
《Wrath!! Cracking Break!!》
巨大な爆発音だけが鳴り響いた。
山神は拳をぶつけ合う中で、ラスレイの本当の望みを微かだが感じ取っていた。
怒り続けるという事は、まともな精神状態では地獄の様な苦痛でしかない。炎が燃え続けるという事は、大量の燃料が無ければ不可能な事。
「お前……戦って死ぬ事が望みだったのか……?」
「少し、違うな…………俺は、俺の怒りを、鎮めたかっただけだ……」
ラスレイの炎は消し飛ばされ、身体は黒い炭の様になっていた。文字通り燃え尽きたのだろう。白煙を隙間から放出していた。
「俺は怒りそのもの。それもお前の炎で消し飛ばされた」
「満足なのかよ?」
「見ての通りだ。短い時ではあったが、長い間無駄な生を過ごした甲斐はあった」
拳を握ると、乾いた音を立てて風へと流れていく。変わらず怒りに燃えている様な顔からは、何故か憑物から解放された様な穏やかさが表れていた。
「そうか、そいつは何よ──」
次の瞬間、ホウセンカはラスレイの手によって突き飛ばされた。何をする、と抗議しようとしたホウセンカの目に映ったのは、
「グ、グゥ……!」
「あー! 邪魔したな!」
ラスレイの胸の中央から突き出された白い貫手が開き、彼の右手からヘルズローダーを奪い取った。膝をついたラスレイの背後にいたのは、首に赤いチョーカーを巻いた少女だった。
「まぁいいか。ホウセンカなんていつでも消せるわけだし!本命はヘルズローダーだもんねー!」
「その声……てめぇノアか!!」
「少し違うけど、記憶はバッチリ共有してるから大体あってるよー。じゃあそんなわけでさようならー!」
「待ておい!! 今度こそぶっ壊して……!!」
だがホウセンカが駆け出そうとした時だった。膝をついたラスレイがノアの分身体の細腕を掴み、ヘルズローダーへと手をかけたのだ。
「ちょ、何すんの!?」
「水を差した事はどうでもいい……お前などに興味もない……だが、これだけはお前には渡さん!」
ヘルズローダーから抜き取ったのはコネクトチップ。それをホウセンカへと投げ渡した。
「魂は、戦って勝ったものだけが引き継ぐ権利を持つ。横取りは許さん!」
「なーんだ、そんなの最初から必要ないよ」
「どうだか……ヘルズローダーはデータしか保存出来ない。どれだけ強くなろうが限界がある。だが……」
身体が炭となって消える中、その目は山神の方を見ていた。
「お前達人間は、更に高みを目指せるか……?」
ラスレイが消滅し、それを見終えたノアの分身体が消えても尚、山神は立ち尽くしたままだった。決闘の対価にもらった彼の魂を握りしめ、最期の言葉の意味を考える。
高みに行く。それがただ力を得る事ではない事を理解していたからこそ。
「…………俺だけで考えても、分からねえよな」
残火を背に、山神はその場から去った。まだラスレイのコネクトチップは、燃えるように熱いままだ。
「必要な睡眠時間はあと4時間弱だ。寝床へ戻れ、忌魅木蒼葉、忌魅木紅葉」
ついて来ては小言を放つ彼岸に構わず、蒼葉と紅葉はサーバーセムの調整と改良作業を再開する。
「衛星へ到達する、もしくは衛星を射程に収められる武器を作る。骨が折れそうね」
「それもあるし、衛星ノアを破壊出来る兵器なんて一朝一夕に出来るものじゃない。そんな時間も無い」
「手が無いわけじゃない。そうじゃなきゃ私の睡眠時間を削って叩き起こす意味なんかないでしょう?」
表情は笑顔だが、紅葉の機嫌が少々悪い。寝不足に慣れている蒼葉に対し、紅葉は睡眠不足に弱いらしい。
「……そうね。今のところリンドウだけになるけど、手はある。でも…………」
蒼葉の憂う様な視線の先。
そこでは疲れて眠りについた、エヴィの姿があった。
続く




