第72話 心とプログラム+Choose it myself
雨が降り頻る中、友と呼べる存在が託した物が2つある。
1つ目は、2人の子供だった。ノアカンパニーを創設した人物、忌魅木博士が生み出したインフェルノコードを宿した少女、稲守エリカ。そしてインフェルノコードを起動する為の鍵を宿した少年、日向桜。
2つ目は、友の記憶と魂。身体が破壊されようと、自分達アースリティアはこれがある限り存在が消えた事にはならない。これを託すという事は、生死を託す事と同義である。
彼はアースリティアの誰よりも人間を信頼していた。それが果たしてプログラムで設定された通りの思考だったのか、知る術は無いし、何よりも本人はそのように考えてはいなかっただろう。
滅ばぬように人類を管理する、という指針を示したディザイアスに対し、彼も反対はしなかった。しかし計画の為に人間をジェノサイドという怪物に変貌させ、何も知り得ない2人の子供を利用するという行為は彼の中に矛盾を生んだ。
僕達は人間を救う為に生み出された。だがその為に人間を犠牲にする事は、本当に正しいのか。
問いを発した彼に賛同する者はなかった。全ての人間を救うなど出来ない。そんなものが理想でしかない事を既に知っていたからだ。
1の犠牲が、100を救う。犠牲なき救済など夢想である。
ディザイアスの出した結論に対し彼は、
ブレイブは、桜とエリカを救い出す道を選んだ。
── っ、ーっ、っ、ブレイブッ!!! ──
── 信じてるから……ジャスディマ ──
槍が友の身体を貫く手応えは、まだヘブンズローダーに記録されている。不要な記憶などではない。
ジャスディマは一度、自らの理想の為に、友の理想を打ち砕いた。そして、今は、
「愚か者ども」
無数に飛び交う羽根から光線が照射。網のように無数に交差し、目前まで届きかけていたリンドウとジャスディマは後ろに飛び退いた。
「あの羽根をどうにかしない事には!」
ヴァイティングバスターへシュートエアレイダーチップを装填。
《メガ プレディション ブラスト!!》
大量のレーザーが羽根を撃墜。だがディザイアスの背から再び羽根が生え始め、彼の周りを取り囲むようにして2人を待ち構える。
「無駄である。汝らの足掻きは、全て無駄である」
「無駄かどうかは最後まで戦えば分かる!」
《Come On Another One》
リンドウは分身を生成。ヴァイティングバスターを投げ渡し、自らはスラスターブレイドを持って突進。
ディザイアスの羽根が殺到する。それらを撃ち落とすべく、分身はヴァイティングバスターを、ジャスディマはアフェイクの弓を放つ。
「何度言えば理解するか」
ディザイアスの腕が輝き、分離。2本の剣がリンドウに迫る。スラスターブレイドを振るい応戦するも、捌き切れなかった1本が肩を斬り裂く。
「うっ!?」
「桜!」
ジャスディマは矢を変え、リンドウを射抜く。焼けた装甲が瞬時に再生し、赤くなった矢が戻って来る。
「使え!!」
更にリンドウへ自らの槍を渡す。更に追撃をかけるディザイアスの腕を槍で弾き飛ばし、スラスターブレイドがはたき落す。
「うぉぉぉぉぉぉ!!!」
遂にディザイアスへ辿り着く。羽根の発射を絶たずに、両腕を呼び戻したディザイアスは、リンドウの二刀流へ応戦する。スラスターブレイドと槍、光の剣がぶつかり合い、雪のように白い粒子を散らす。
「運命に翻弄されし者。既に汝の役割は終わりを迎えている。疾く淘汰されるべし」
「俺を利用して計画が進んだなら、俺にはまだやるべき事がある! ノアの計画を止める!」
「データがあれば、人間の種の存続という事象は達成される。心、魂などという不確定要素があるからこそ、人類の滅びという最悪の結末が待ち構えているのだ。何故それを理解しない?」
「心が無かったら、お前は人間を存続させたいだなんて思わない筈だろ! 人間が弱くていつか滅びる様な存在なら、どうしてそれを救うって選択したんだ!?」
「我は、シバの意志を継ぎ……」
「その人の意志を継ぐことを選んだのがお前の心じゃないのか!? 本当にその選択はプログラムだったのか!?」
ディザイアスの剣が弾かれ、胸部に2つの閃きが傷を刻んだ。
「我はただ、シバの考えが正しいと、ただそう判断して……っ、何故……何故我は、正しいと、判断した……?」
動きが止まる。しかしリンドウは武器を構えたまま、ただディザイアスの言葉を待ち続ける。
「シバは、人間は、我等を生み出した……酷く愚かな生き物であると、与えられた情報から理解した。同時に、救わねばならないともラーニングさせられた。理由など分からなかったが、そうプログラムされている為だと……」
「ディザイアス」
ジャスディマが歩み寄る。身体を走る痛みからか、それとも別の痛みからか、胸を押さえながら。
「心とプログラムは似ている。だが違う事が1つある。自分が定めたものか、他人によって定められたものかだ。そこに生物であるか、機械であるかの隔たりはない」
「……ディザイアス。人間を管理するんじゃなく、人間と共に歩んで欲しい。ジェノサイドになった人間を助ける力を貸して欲しい」
「……………………我に生まれしものが、心であれば」
天へ右手を掲げるディザイアス。そこには衛星ノアと繋がっている証である光の糸が伸びていた。
それを、自らの手で断ち切った。
「何を……?」
「我が定めた意志であるならば、汝等も、ノアからの力も不要。これはシバと、カンナと、我が交わした契りである。我1人の手で人間を救い、人間の未来を守るべきであると!」
ヘブンズローダーが輝きを放ち始めた。背中の羽根が円状に集い、ディザイアスの腹部から光が漏れ始める。
「桜…………ディザイアスを、楽にさせてやりたい」
言葉の裏に隠れた感情を読み取ったリンドウは無言のまま頷き、分身を戻す。
槍をジャスディマに返し、ヴァイティングバスターを構えるリンドウ。
2人は同時にローダーを限界出力まで高めた。
「我が理想の為に消えよ!」
《Hope Recovery Strike》
ディザイアスの腹部から放たれた光線は羽根のゲートを通過し、更に巨大化してリンドウ達へ迫る。
「耐えてくれ桜!!」
「あぁ! 受け止めてみせる!!」
リンドウはヴァイティングバスターを地面に突き立て、真正面から光線を受け止めた。その隙にジャスディマは翼をはためかせて飛翔。ディザイアスの背後を奪った。
しかし膨大なエネルギーを受け続けたリンドウの身体にはヒビが入り始め、ヴァイティングバスターにも巨大な亀裂が刻まれていく。
接近するジャスディマをディザイアスは見逃さない。光線を止めずに背後へ自らの腕と羽根を射出。
ジャスディマはそれらを払い除けるが、防御の隙間を掻い潜った数片の羽根と右腕が突き刺さった。
「っ、ぐぁ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
その程度の損傷で止まる筈がない。彼の中にある2人の望みに背中を押され、槍はディザイアスの背中を貫いた。
「ッァ!!?」
「桜ぁぁぁ!!!」
光線が逸れた隙をつきリンドウは飛び出す。左手のアウェイクニングローダーから伝わるエネルギーがヴァイティングバスターを包み、それを力任せにディザイアスの腹へ叩きつけた。
リンドウのヴァイティングバスターとジャスディマの槍が重なり、エネルギーが融け合う。やがてそれは膨大な熱量となり、膨れ上がり、
《Update Complete Awakening Finish!!》
《Justice Affection Brave Recovery Tlibe Strike》
爆発。遅れて何かが砕け、折れる澄んだ音が鳴り響いた。
「…………我の、敗北」
崩れ落ちた下半身と翼を見下ろし、呟く。ディザイアスの目の前に、折れたヴァイティングバスターが落下した。
「一瞬、本当に一瞬でも遅れたら、俺達の負けだった」
装甲が崩れ、半ば本体のジェノサイド態を覗かせたリンドウ。力尽きる様に膝をつき、変身が解除される。
ジャスディマもまた身体から火花を散らし、背中の翼には大量の風穴が空いていた。
「ディザイアス、共に歩めなかったのは心残りだが……最後まで理想を曲げなかったお前に、敬意を表する」
「言われるまで、気がつかなかった。自力で気がついた汝やブレイブには及ばない。だが…………理解出来ればこそ、やはり、我は人間を、救いたかった」
次々と身体が崩れていく中、ディザイアスの視線が桜へと向いた。
「計画は既に汝を必要としていない。ノアが完全な姿となれば、依代となっている稲守エリカも消えるのみ。時の猶予は無い」
「俺1人じゃきっと無理だけど……今の俺は1人じゃないから」
「……このような状況で、そんな顔が出来るとは」
傷だらけの顔に浮かんだ優しい笑みに、ディザイアスは静かな呟きを漏らした。
その時だった。
「何故接続を切った、ディザイアス」
声が聞こえると共に現れた影。それを見たジャスディマは掠れた声を上げる。
「テランス……!?」
「いや、違う! ……お前、中身はノアだな!!」
首に青いチョーカーを巻いたノアの分身体。
「部外者は黙っていて貰おうか。ディザイアス、接続を切った以上お前のローダーも回収するしかない」
「やはり分かっていたようだな。流石、シバが生み出した傑作だ」
ディザイアスは抵抗すら見せず、ヘブンズローダーを差し出した。
「やめろディザイアス! そんな真似をしたら、ぅっ!?」
傷から粒子が溢れ出し、ジャスディマには止めることが出来ない。桜も駆け出そうとするが、口から大量に血を吐き出し崩れ落ちる。
差し出された手に、ヘブンズローダーが置かれた。
「…………ノアの分身体よ、ノアに伝えるが良い。汝の理想を阻む気はない。しかし、日向桜の理想も阻む気はないと」
ヘブンズローダーが開き、中からディザイアスのコネクトチップが射出。その輝きを見た桜は反射的に手を開き、それを受け止めた。
「ディザイ、アス……!?」
「我の理想はここまでだ。忘れるな日向桜。汝が願うように、ノアもまた、願っているのだと」
淡々と変わらぬ口調のまま、ディザイアスは光の粒となって消えてしまった。
「…………ふん。そんなデータの残り滓で何が出来る。このままジャスディマのヘブンズローダーも……っ!」
ジャスディマに歩み寄ろうとした瞬間、スラスターブレイドが分身体の胸の中央を貫いた。桜がプラグローダーから呼び出し、投擲したのだ。
「足掻くのがつくづく好きなようだな日向桜。ジャスディマの身体は既に──」
言葉の先は、桜が呼び出したマイティライフルによるエネルギー弾に頭が飲み込まれ、消失したことで続かなかった。頭部を失ったノアの分身体は灰の様になって消えたが、ディザイアスのヘブンズローダーは残っていない。
「話なら、後でいくらでも聞く…………けど今は……」
桜の目がジャスディマを見つめる。既にその顔は苦痛を感じなくなっているのか穏やかだった。
「ジャスディマ…………消える前に言ってくれ……お前の、望みって、何だ……?」
「俺の望み、か……知りたいなら…………俺の頼みを聞いてくれ……」
再び立ち上がる。ジャスディマの姿が変わる。
翼は生成し切れずに片翼のみ、兜からは金色の複眼が覗く、不完全な身体。
「…………桜。俺と、戦ってくれ。俺が、消える前に」
「…………」
桜は何も聞かない。何も問わない。
代わりに自らの身体を奮い立たせ、四肢に力を入れ、立ち上がった。
導かれるように取り出したのは、《イノセントシールダー》のチップ。ピュアチップは桜の心、アウェイクニングローダーは桜の覚悟が生み出したものだとするならば。
イノセントシールダーは、桜の理想が生み出した力。
「変……………………身……」
眩い光を放つ、理想の盾。大切なものを守る盾。それを今から、理想としてきたかつての兄へ引導を渡す為に振るう。
両者の間に言葉はなく、
静かに、一歩を踏み出した。
続く




