第69話 未来を歩む選択+I'm pressed by your back
「ぶほぁっ! し、死ぬかと思った……!」
「この逃走経路は今後使いたくない……」
アスファルトを割って飛び出した先はノアカンパニーの本社ビル前広場。土塗れになった桜と山神が放り投げられ、エヴィは服についた土を払った。
エヴィの目は迷いと憂いの色を含んでいた。それを目の当たりにした2人は先程まで垂れていた文句を止める。
「プラウダ……何で……?」
「……確かに、何で彼奴は俺達を助けたんだろうな?」
「俺達ならノアを倒せるって思って、賭けたんだと思う。多分だけど」
「でも変身出来ねぇんじゃ……」
「それについて、ノアから招待状が届いてるわ」
3人の前に現れたのは紅葉と彼岸。紅葉が通常のスマートフォンの画面を見せると、そこには無題のメールが届いていた。
《日向桜 君に仲間達の未来を選択する機会を与えたい。選択を見届ける仲間達を連れて来てもいい。指定された場所に来るように》
「スマートフォンも衛星ノアと繋がっている以上、連絡し放題な訳ね」
「何だよこの文面、完全に罠じゃねーか」
「だが日向桜は行くだろう。だから紅葉もこれを見せた」
彼岸は桜の元へ歩み寄り、立ち上がらせる。
「ノアが何を企んでいるかは分からない。だが俺達はお前を信じているからこそ、ノアの元へ行かせる」
「分かってる」
桜が頷くと、安心したように彼岸はビルへと戻っていった。それを見た紅葉も同じ様に笑い、後を追う。
「桜君、後悔しない選択をしてね」
「後悔しない、選択」
「そうだぞ。お前次第で俺達がどうなるか、もっと言えばノアを倒せるかどうか変わるんだ。ま、俺だったら質問された瞬間ぶん殴るけどな」
山神も立ち上がると大きく伸びをし、桜の肩を叩いて戻って行った。
「……よし、じゃあ行ってくるかな」
「ダメだよ」
踵を返すと、目の前にエヴィが立ち塞がっていた。両手を広げて。
「行っちゃダメ」
「何で?」
「死んじゃう。だからダメ」
「でも君は、エリカとセラを助けられればそれで……」
「だってエリカお姉ちゃんの大切な人だもん! 死んだら、お姉ちゃんが泣いちゃう……そんなのやだ!」
今までならば、変身し、それこそ半殺しにしてでも止めたのかもしれない。彼女は彼女なりに、身を案じてくれているのだ。
「ありがとう。でも大丈夫。俺だって、大切にしてくれている人達がいる事は理解してる。死ぬ気なんかない」
エヴィの肩に手を乗せ、桜はノアの元へ向かった。
「うー、分からずや! 分からずや!」
急いでエヴィも後ろをついていく。大切な人の、大切な人を守る。彼女自身は気づいていないが、桜の影響を受けつつあるのだった。
「んー、音楽。人間が生み出した芸術の1つか。何だかデータが揺さぶられる感じがする。不思議だね」
ノアは衛星が保持しているネットサーバーから音楽データを抜き出し、聴いていた。側では睡蓮が黙していた。
「……お、来たようだね。日向桜」
「ノア……」
小さな水路を挟み、桜とノアが対峙する。
「意外だね。重大な選択を見届けるのはジェノサイドの彼女なのかい?」
「いや、俺もいる」
エヴィの更に後ろから彼岸も姿を現した。依然彼のプラグローダーからも火花が散り続け、変身は不可能であると伺える。
「スレイジェルもか。あれ、人間のお友達はどうしたのかな?」
「そんな事はいい。ノア、俺が決めなければならない事は何なんだ?」
話を遮られたノアは小さく口を尖らせた。しかしすぐにまたいつもの意地の悪い笑みに戻り、一歩桜へ近づいた。
「ふとね、私は君達と敵対する理由なんてない、と思ったんだ。だってそうだろう? 君達は元々、スレイジェルとジェノサイドを撲滅する為に戦っていたはずだ。私の計画が完遂されれば、もう人間がスレイジェルに狩られる事も、ジェノサイドになる事もない。ほら、君達だって私と戦う理由は無い筈だよね?」
「だから?」
「私に協力して欲しいんだ。有り体に言えば、君のデータを私に渡して欲しい」
「そんなこと、プラグローダーから強制的に奪う事だって出来るんじゃないのか? 衛星を介して」
「いや、ただ1つ、1つだけ今のままじゃ回収が出来ないものがある」
ノアが指差した瞬間、桜の腰ホルダーにあるチップが輝き始めた。取り出して見るとそれはピュアチップだった。
「それだけは何故か衛星のサーバーにデータが無かった。出処の一切が分からない、おまけにそれが進化の起点になっているとあれば放っては置けない」
「進化の、起点……?」
以前ジャスディマが言っていたことを思い出す。自分とエリカはインフェルノコードとキーを介して繋がっていた。それがローダー同士でも同じ事が起きていたとしたら。
その仮説が真実ならば、直接ピュアチップに触れていない山神が新たなローダーを生み出した理由も説明が付く。
「さぁ、私にピュアチップを渡してくれ。そうすれば君達も楽園へ招待してあげる」
桜へ手を差し出すノア。それを見たエヴィは何かを言おうと身を乗り出したが、無言のまま彼岸に制止される。
今は桜に任せるべきだと、彼岸の瞳が告げていた。
「出来ない。ピュアチップが進化の力を宿しているなら、それをお前に渡すのは危険過ぎる」
「あー、ははっ、そう言うと薄々分かっていたよ。だからさ、ほら」
ノアは1枚のコネクトチップを取り出す。宙へ放り投げると、チップから大量の粒子が吐き出された。その形は人型を成していき、そして、
「…………あ、あれ? ここ……って、あっ、桜さん?」
エリカの妹であり、ウィズードに殺されたセラが姿を現した。
「セラッ!?」
「な、何で……? セラ……?」
「え、エヴィちゃんまで!? わ、私今まで何して……」
「ほら、これが交渉材料さ」
自身を取り巻く状況に戸惑うセラを睡蓮が羽交い締めにする。
「君は稲守エリカと同じくらいその妹、稲守セラに弱い。感謝して欲しいな、ウィズードが殺した時に散ったデータを彼のローダーから回収して復元してあげたんだ」
「一体何のつもりだ、ノア!!」
焦り始めている桜の口調が震える。それを感じ取った彼岸の表情も陰り始める。
「だから言ったじゃないか。交渉材料だよ。古臭い台詞で言うならそうだね……セラを消されたくなければ、ピュアチップを渡して貰おうか」
「桜さん、一体何がどうなって……あ、ぁぁぁぁぁぁっ!?」
再びセラの身体は粒子となり、コネクトチップへ変わってしまった。指先で摘んだチップの裏表を見せつける。
「まさか君は、自分のエゴの為に大切な人を見捨てる気かい? 大切な人を守ると言いながらそれを切り捨てる、そんな矛盾を、君の正義は受け入れられるのかな?」
「っ……!!」
「日向桜……」
彼岸にも理解出来ていた。桜が覚悟を決めたとしても、優しさ、甘さが桜の一番の弱点でもある事を。だが彼は桜を責めない。情けないとも思わない。
「意思は固まったかい?」
「う、く……!! 俺、は……!!」
手の平にあるピュアチップは、まだ輝きを失っていない。
ノアへ歩み寄る桜。その手に乗せたピュアチップを前へ差し出しながら。
(だが日向桜……それはお前の弱さでもあり…………誰をも救う事が出来る、強さでもある)
「良い子だ……さぁ、ゆっくり、私へ、それを……」
差し出された桜の手に、ノアの手が乗せられた。
── ね、ねぇ桜……正義のヒーローって、何する人なの? ──
── えっ? えっと、兄さんが言うには……そう、悪い奴等をやっつける! それが正義のヒーローだ! ──
── や、やっつけちゃうの……? 可哀想、だね…… ──
── へっ!? い、いやいや、えっと、えっと……そ、そう! 守るんだよ! 大切な人を守る! それが正義のヒーローのお仕事! ──
── そ、そうなんだね。じゃあ、桜…… ──
「正義のヒーローになって、大切な人を守ってね」
幼いエリカの声に導かれ、桜は手を振り払った。ノアの手は弾かれる。
何が起きたのか、一瞬理解出来ない表情を浮かべていたノア。しかし桜が自らの申し出を拒否した事を理解した瞬間、表情が凍り付いていく。
「俺達は、お前の理想には従えない。俺達とお前とじゃ、信じているものが、目指すものが違い過ぎる」
桜の選択を見届けた彼岸は笑った。覚悟が揺るがせたとしても、誰も桜の心を砕く事は出来ない。彼岸はそれを理解し、信じていた。
「……………………はは、ここまで愚かだともう、笑うしかないなぁ」
ノアはインフェルノローダーを起動。
《The time for relief has come!! 罪を贖い、祈りを捧げよ!!》
《Coad Inferno》
姿を変えたノアの手に灰色の炎が燃え上がる。桜はピュアチップをプラグローダーに装填する。
当然反応しない。しかし諦めず何度もスライドする。
「あぁもう無駄な事はやめなよ、君は変身出来ない。何者にもなれないまま無意味な死を……」
「そうだ、俺はまだ何者にもなれてない。だからなりたい! 俺が信じたものに、俺はなりたい!!」
プラグローダーは未だ空回りを続ける。ノアの手が迫る光景は、時の流れが遅く見えた。
「俺は変わるんだ!! 皆、変われるんだ!!」
ノアの腕が振り下ろされた。
金属同士がぶつかり合うような音が響く。
「馬鹿なっ!?」
桜の左腕は装甲を纏い、ノアの一撃を受け止めていた。
「うぉぉぉっ!!」
打ち出された右腕へ装甲が着く。次いで右足、左足、胴体へ装甲が装着していき、
「ノア! 俺達は選んだ! お前と戦う事を!!」
頭部が天使の羽根を模した仮面によって覆われた。
《 英雄 物語の始まりを刻め The birth of Hero!!》
大きく振りかぶって放たれた右拳は、ノアの身体を大きく吹き飛ばした。
「変身……した!」
「という事は……」
彼岸は自身のプラグローダーにコネクトチップを挿入する。プラグローダーは火花を散らす事なく、彼岸の姿を変身させた。
《Scars don′t disappear Grudge is eternal復讐者よ、怒りのままに力を奮え!!!》
「何故、変身を……」
「対策、間に合って何よりだった」
立ち上がるノアの前に、メガロストライカーに乗って蒼葉と紅葉が現れる。
「対策、だと……? ありえない、衛星ノアに対する手段など何一つ……」
「確かに、装置単位なら無理。別のサーバーで管理でもしない限りね」
「別のサーバー……まさか!?」
ノアの声が震えた。それを見た紅葉はわざとらしく驚いた仕草をする。
「お父様は用意周到よね。衛星ノアの予備まで用意して下さったなんて。余程失敗したくない計画だったのかも」
「おかげで衛星型サーバーをもう1つ作る事が出来た。打ち上げてはいないから衛星とは言い難いけど」
「切り札は取っておくもの。ね?」
紅葉の背後では動ける様になった事を喜ぶ様に飛び回るプレシオフォンとアルゲンタヴィスフォン。
「貴方が無敵なのはこれまでのブルームのデータのほとんどが衛星に管理されていたから。でもそれも、衛星ノアが管理してなければ解決出来る」
「サーバーにデータを移しただけで、衛星ノアと同等のシステムが構築出来るわけ……」
「だから貴方が欲しがっていたアレが、サーバーの起動と動作を助けてくれた。唯一衛星ノアにデータがない、あのチップが」
桜のプラグローダーからは一筋の光が天へと伸びていた。
ノアは立ち上がり、頭を抱える。
「ピュアチップを中継して……どこまでも……どこまでも愚かな事を……!」
「お前にとっての愚かは、思い通りにならない人間を指しているだけだ。お前の理想郷は、お前の操り人形しか入れないドールハウスというわけか」
ヒガンバナはブレイクソードの切っ先を向けて言い放つ。それを聞いた睡蓮の目が見開かれた。
「機械人形の分際で!」
姿をキョウカロータスへ変え、ヒガンバナへ襲い掛かろうとする。しかし、
「随分キレやすくなったな睡蓮。まぁ、元からうるさい奴だったけど」
山神が道を阻む。
「どけ! お前は後で始末する!」
「そう言わないで今相手してくれよ。俺も今、拳無沙汰でな……ノアの前に、お前の目醒させてやる」
「邪魔をして……!」
「いつだって、邪魔してやるさ!」
「ノア!!」
リンドウとなった桜は叫ぶ。ノアの中にいる幼馴染の声に背中を押され、2度と崩れぬ意志を背負って。
「俺達は負けない! さぁ、ヒーローの出番だぜ!!」
続く




