第65話 激昂、マグマの拳+Prepare to defeat God
気迫のように噴き上がった熱波が周りの木々を燃やし、薙ぎ払った。
「あんなホウセンカの姿、想定していない……」
服の端に着いた炎を払いながら、蒼葉は驚きと疑念の声を漏らす。しかし彼岸は落ち着いた様子でホウセンカを見つめていた。
「山神真里も進化しただけだ。日向桜や俺の様に」
「人間如きが、進化だと……!?」
彼岸の言葉に重なる様にフェイザーが呟いた。しかしホウセンカはフェイザーに目もくれない。
ゆっくり、一歩一歩、ノアへと近づいて行く。その度にアスファルトの地面にひびが入り、マグマの飛沫を吐き出す。
「我が神に触れるか!」
フェイザーはホウセンカの前に転移、剣を胸目掛けて突き立てた。剣はホウセンカの胸に入り込む。しかし手応えが奇妙な事にすぐフェイザーは気がついた。
引き抜いてみれば、剣は半ばから溶解して焼失。本体はおろかマグマの鎧を貫く事すら叶わなかった。
「お前なんかもう興味ねぇ。退け」
「だ、だがここを……」
通す訳にはいかない。そう言い切るより早くフェイザーの姿が消えた。転移した訳ではない。
ホウセンカの放った裏拳で吹き飛ばされ、噴水に叩きつけられたのだ。フェイザーの顔面は完全に潰れ、苦悶の声を上げる事すら許されない。
「ノア……!!」
憤怒の拳を握り締めるホウセンカを前に、ノアは表情を崩さないまま灰色の粒子をフェイザーへ振りかける。
「……っ!? 我が神よ!!」
復活したフェイザーは再びホウセンカの前へ転移。転移を繰り返し、四方八方から再生した剣を叩きつける。
しかしホウセンカへ一切のダメージはない。それどころか剣が叩きつけられる度に飛び散る溶岩の破片がフェイザーへ降りかかり、身体に無数の焼け跡が刻み込まれて行く。
「お前にはもう興味ねぇって言ってんのが……」
《Playback Start!!》
「聞こえなかったかよ!!!」
《Pause Opening! 憤・撃・炎・打!!》
炎を纏ったアッパーがフェイザーの顎を捉え、天の彼方へ吹き飛ばした。
「ヌァァァッ!!?」
「そんなに邪魔してぇなら、準備体操がてらテメェからぶっ壊す!」
再びパキケファロソナーを中央バックルへ接続。フェイザーが降って来るタイミングでサイドバックルへ装填した。
《Pause Middle Stage! 獄・突・砕・破!!》
一回転と共に放たれたラリアットがフェイザーの首を直撃。風を斬りながらノアの足元へ叩きつけられた。
「ッ、ッ、ワガ、カミヨ、キュ、サイヲォ……!」
「んー」
しばらく考え込むような仕草を見せたノア。しかし諦めたような笑みを浮かべ、フェイザーへ手を振った。
「もう無駄だよ。残念だけど、君とはお別れだ」
「ソンナ…………ワガカミ……ワタシハアナタヲ……アナタノコウリンヲ、ダレヨリモ……!!」
《Playback Start!!》
神から見捨てられた天使の耳に、絶望の始まりを伝える待機音が入る。
右腕の装甲がスライド、大量の炎とマグマを滴らせる憤怒の拳士が近づいて来た。
「ヌゥゥゥァァァ!! ワタシハ、ワタシハァァァ!!」
もはや勝ち目などない事を悟りながら、フェイザーはボロボロの剣を構えて突進する。それが彼の最後の信念だった。
《Extinction Stage!! 絶・咬・爆・拳!!》
ホウセンカの右腕は巨大な顎を開いたティラノサウルスの頭部を模したエネルギーとなり、フェイザーを噛み砕いた。
砕け散る刹那、ホウセンカはフェイザーへ最後の言葉を送った。
「報われなかったな、お前の信仰は」
「ウヌァァァァァァァァァッ!!!!!」
巨大な爆発を引き起こす。近くにいたノアにも大量の炎と溶岩が襲い掛かるが、間一髪目の前に現れた睡蓮がシールドを展開。2人には傷一つ付かなかった。
落下して来たフェイザーのヘブンズローダーを掴んだノアは、笑顔を浮かべながら睡蓮の頭を撫でる。
「ありがとう。さて、君と遊びたいのも山々だけど、やらなければならない事があるんだ」
「知るか。神様がどれだけ忙しいのかなんて知った事じゃない」
燃える炎を踏み越え、ホウセンカは拳を振り上げた。しかし再び立ち塞がる睡蓮を前に、彼の拳は止まった。
「そうだ。やはり君には彼女を攻撃出来ない。人間の強さは脆いものだよね」
「……そんなんじゃねぇ」
ホウセンカは拳を解いたかと思うと、睡蓮の腕を掴み上げた。
「触るなっ!!」
「俺はお前とも戦う。お前が守った奴等の敵になるなら」
睡蓮は手を振り払い、光の無い瞳で睨みつけた。怯む事なく、目を背けず、ホウセンカは意思を見つめ返す。
数秒の静寂はノアの声で破られた。
「何言ってるのかはよく分からないけど、頑張ってみればいい。無駄な努力だろうけどさ。それじゃあ」
「……」
ノア達が姿を消したのと同時に、山神は変身を解除した。駆け寄る蒼葉と彼岸に向き直る。
「山神真里、さっきの言葉は……」
「本気だ。ノアに味方するならたとえ睡蓮とでも戦う。彼奴が好きで、守った人間を守る為に」
拳をもう一度握り締める。彼女を救いたいと手に入れた力を、今度は彼女を倒す為に振るう。矛盾しているようで、それが彼女の願いを叶える方法だと思ったから。
「俺の敵はノアとそれに従う奴等。その為なら誰が協力するなんて言っても、もう面倒な事は言わない」
「そうか」
そこで手を差し出す彼岸。あまりに突然の事で呆気に取られている山神に、彼岸は首を傾げる。
「改めて友好の契約をしたい。その時は手を握り合うものだと聞いたぞ? 間違っていたか?」
「間違ってないけど言い方が気色悪い」
などと言いながらも、笑いながら手を取った山神だった。
「仲直りに水を刺すようで悪いけど」
ここで割って入った蒼葉が山神の握り拳を指差す。
「フェイザーを倒した時に何かを掴まなかった?」
「あぁ。いっつもパクられてばっかりじゃ癪だからな」
開いた手の中にはフェイザーのコネクトチップがあった。あの爆発に晒されてなお、輝きは失われていない。
「何に使えるかはさっぱり分からないが」
「検討はついていないけど、取っておくべきね。どうしても許せないなら壊す事も……」
「言っただろ。もう興味なんかねぇ。煮るなり焼くなり好きにしてやれ」
「コネクトチップの調理は不可能だ」
「いや何言ってんのお前?」
「冗談だ」
一切表情を崩さず冗談などと言い放つ彼岸にゲンナリしつつも、山神は小さな笑いを彼へ向けた。
それを聞いていた蒼葉もまた、真面目な顔のままフェイザーのコネクトチップを見つめていた。
「でもあながち調理するって表現は間違いじゃない」
「どういう事だ?」
「まだその為の材料が足りない。次の行動指針は決まったわ」
白衣が風で翻る。新たな敵と対する為、彼女の頭には無数のプランが浮かんでいた。
「やはり…………俺の目に狂いはなかった」
覚醒の気配に引き寄せられ、戦いの一部始終を見届けたラスレイ。木の影に隠れた彼の口角は僅かに持ち上がっていた。
山神達の帰りを待つ中、桜は半壊したロビーの椅子に座っていた。嫌な予感が頭を過り、来客を待ち受ける事にしたのだ。
傷が完全に癒えたわけではない。しかし紅葉とエヴィの2人を前に立たせる事は桜には出来なかった。
ぼうっと宙を見つめる。その先にあるのは衛星ノア。
「人よ。その目に何を見るか」
衛星の姿を遮り、桜の目の前に降り立つ影。ディザイアスだった。
「俺が見ているのは、戦わなきゃならない相手だよ」
「汝にとって、人類と世界を救うノアを敵とするならば、汝は人類と世界の敵という事になる」
「そうかもね」
ディザイアスの問いに対し、桜は淡々と答える。それは彼から戦う意思を感じなかった為でもあった。
「……答えよ。世界を、神を敵にしてまで、汝は何を救いたいのだ」
「大切な人達と、その人達が生きる日常」
「たったそれだけの、小さな、小さなものの為に?」
「それでも俺にとっては全てだ。ノアを敵に回しても、守りたいものなんだ」
ゆっくりと首を横に振るディザイアス。憐む様に。理解出来ないと言いたげに。
「救えない。汝がいくら強いジェノサイドだろうと。現に汝はいくつもその手から取り溢している」
「確かにそうだ。救えなかった人が沢山いる。……でも同じくらい、俺に力を貸してくれる仲間が増えた」
桜は立ち上がり、ディザイアスへ視線を刺した。
「だから俺は戦う。これ以上奪われない為に、奪われたものを取り返す為に」
「それが、汝の意思」
空を見上げるディザイアスは衛星に問う。何故圧倒的な力を前に諦めないのか。何故奪われても絶望しないのか。
返ってくる答えは一つ。
愚かな生き物であるから。
「……………………ノア、それだけでは、考察材料に乏しい」
小さく残し、ディザイアスは姿を消してしまった。本当に戦うつもりはなかったらしい。
「どう? 何か得られるものはあった?」
背後から紅葉が声をかけてきた。どうやら柱の影から話を聞いていた様だった。
「一つだけあったかな」
「へぇ、どんな?」
「俺は最後まで折れずに戦う、って事を改めて誓った」
「あら。俺、じゃなくて、俺達、に訂正しなさい」
「あ、うん。ごめんごめん」
再び空を見上げた。
敵が神であろうと関係ない。
「俺達は諦めないぞ、ノア」
続く




