第62話 方舟が降臨する日＋The day when the world changes
変身すると、突風を巻き起こしたネメシア。新たなブルームに対し、ウィズードは微笑する。
「まさか変身とは……だが所詮はリワインドローダー。私達の敵ではない！！」
鞭の様に振るわれる腕。それをネメシアは、ストールを翼に変化させて飛翔し、回避。足から展開したクローでウィズードの肩を切り裂いた。しかし傷は浅い。
「この程度か、ふふふ」
「そう、まだ真価は発揮出来てない。蒼葉、プレシオフォンを！」
要求に頷き、ユキワリはサイドバックルのプレシオフォンを投げる。空中で変形したプレシオフォンに、今度はネメシアがアルゲンタヴィスフォンを投げた。
空中ですれ違う２つの装置。その画面に文字が浮かぶ。
《データシェア リンクスタート》
２機は颯爽と翻し、それぞれのサイドバックルへと戻る。するとユキワリの身体には紅いライン、ネメシアの身体には蒼いラインが浮かび上がる。
「何をしたのかは知りませんが、所詮は小細工！」
テランスがユキワリヘ迫る。
ユキワリは一瞬身を屈めたかと思うと、一瞬にして姿を消した。
「っ、何処に……ガッ！？」
そしてその直後、紅い軌跡を描くユキワリの踵落としが脳天へ炸裂。元々防御能力が高い為に両断はされなかったが、頭部から破片が飛び散る。
（私がテランスへバリアを張る前に……！？）
「余所見は厳禁！」
上空から再びネメシアが襲い来る。ウィズードはすぐさまバリアを展開するが、蒼く揺らめくエネルギーは紙を引き裂くようにバリアを破り、ウィズードの肩を大きく抉った。
「何、だとぉ……！？」
「リワインドローダーの性能はデータの量で変わる。データシェア１回でもかなり変わるものね」
「だがまだ……！！」
「ならそろそろ、貴方達を超えましょうか」
再びアルゲンタヴィスフォンが飛び立つ。今度はユキワリもそれを見ずにプレシオフォンを投げた。
《データシェア デュアルリンク》
「させるかぁっ！！」
テランスはそれを阻止すべく、ユキワリヘ飛びかかる。だがそれを予測していた様にユキワリは跳躍。ネメシアに気を取られているウィズードへ、紫のオーラを纏った蹴りを放つ。
「ぬぉっ！？」
跳ね飛ばされた先にネメシアが先回り、同じ様にオーラを纏った拳を打った。勢いよく壁に叩きつけられる。
「小癪な……！！」
ウィズードはヘルズローダーを起動。新たに人形を出現させ、元々出現させていたものと合わせてけしかける。
「……っ！！」
ユキワリの目が紅と蒼に輝く。腕のブレードを振るい、人形２体を纏めて切断した。
「無駄だぁ！ いくらダメージを与えようが……っ！？」
だが人形は再生することなく、泥の様に崩れてしまった。更に放たれる延髄斬りが複数の人形を斬り裂き、これも再生させずに撃破。
「一体何故……！？」
「簡単よ。再生を司るプログラムと本体のプログラムをピンポイントで絶っているだけ」
飛来するネメシア。反射的にバリアを展開するウィズードだったが、ネメシアのクローもそれを容易く斬り裂いた。
静かな口調とは異なり、嵐の様に連続で繰り出される乱れ蹴り。展開した３本の鉤爪がウィズードに穴を穿っていく。
「ウィズード！！ この……人間！！」
《Ｃｈａｏｓ Ｂｒｅａｋ！！ Ｃｏａｄ Ｔｅｍｐｅｒａｎｃｅ》
テランスはカオスローダーのボタンを押し、出力を向上させる。両腕のエネルギーが１つとなり、巨大な獣の顎へ変化。ネメシアに喰らいつかんと大きく開いた。
しかしその前に立ち塞がるユキワリ。彼女もプレシオフォンを中央バックルに接続し、サイドバックルへ装填。身体に巨大な鮫のエネルギーを纏う。それはいつもとは違い、紅と蒼の電光が迸っていた。
「紅葉、合わせて！！」
「えぇ、分かった！！」
蹴りを絶やさぬまま、ネメシアもアルゲンタヴィスフォンを中央バックルに接続。
《Ｐｌａｙｂａｃｋ Ｓｔａｒｔ》
空を切る様な高い待機音が響く。そしてサイドバックルへ装填した。
同じ様に紅と蒼の電光を放つ巨鳥が、鉤爪でウィズードを拘束しながら飛翔した。
「舐めるな人間風情がぁぁぁ！！」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ！！」
ユキワリとテランスの技がぶつかり合う。互いに何度もぶつかり、噛み付き合い、一歩も退かない。
だがユキワリの蹴りが、とうとうテランスの生み出した怪物の顎を噛み砕いた。
「ぁぁぁぁぁっ！！？」
身体に喰らい付かれ、牙を深々と突き立てられたテランスをユキワリは離さない。そのまま宙を泳ぐ様に飛翔。空を駆けるネメシアの真正面につく。
速度を緩めないまま２人は衝突した。
《Ｆｉｎａｌｅ Ｓｔａｇｅ ディープファングフィニッシュ》
《Ｆｉｎａｌｅ Ｓｔａｇｅ ハイフライトフィニッシュ》
《《デュアルリンケージ クロスフィニッシュ！！！》》
空中を紅と蒼の爆発が彩る。着地したユキワリとネメシアが振り返ると、変身が解けたウィズードとテランスが呻いていた。
「リ、リワインドローダー、が……こん、な、こと、ありえん……！！」
「ぁぁぁ、痛い、痛い……痛いぃ……！」
「堕天使も、文字通り地に堕ちたわね」
紅葉は最後の一撃を見舞おうと腕のクローを構える。だがウィズードは蹲るテランスを抱え、大量の頁をばら撒いた。
「まだだ、まだ堕ちてなどいない！ 仮は返すぞ、忌魅木ぃ！！」
頁が消えた後に、２人の姿はなかった。
「逃げる為の力を温存してた……なるほど、賢しい」
「後を追うのは、やめておきしましょう」
変身を解くと、紅葉の身体が揺れた。それを予見していた様に蒼葉は彼女を抱きとめる。
「バレた……」
「あと３日は安静にって言われてたのに……でも、ありがとう」
「よしてよ。なんか慣れない」
照れた様に顔を伏せた紅葉。だがそれも僅かで、すぐに元の澄ました表情に戻っていた。
「それより、私も案内して欲しいわ。秘密兵器、あるんでしょう？」
「秘密兵器……というよりも、最終手段。それでもきっと、使う事になるかもしれない」
蒼葉は紅葉を背負うと、その装置の元へと向かう。切り札の事はいち早く、家族にも知ってもらうべきだと思って。
「何とか……逃げられたか……」
多数の火花が漏れ出る中、ウィズードとテランスは人気の無い路地裏に逃げ込む。ダメージは大きく、このままでは２人共長く保たない事は理解していた。
「しかしこの様で戻れば消去されるだけ……どうすれば……」
「痛い…………嫌……」
嗚咽を漏らすテランスを見て、ウィズードは苛立ったように睨みつけた。
「君は呑気だな……消されるかどうかの瀬戸際だというのに……！！」
「消さ、れる……？」
「そうさ。リワインドローダーを見くびっていたばかりに負けた、その所為でもう後はない！！ 何かないか、奴等を始末する為の、手段は……！？」
頭を抱えるウィズード。だがテランスが彼の独り言に答える事はなかった。
視線はウィズードのカオスローダー、そして手に握られたロースグのヘルズローダー。
思考は巡る。消されたくない。消されないようにするにはどうする。消されたくない。消されないようにするにはどうする。消されたくない。
そして、１つの結論に至る。
「…………ねぇウィズード。良いことを思いつきました」
「本当か！？ それは一体どん、なぁっ！？」
振り向いた瞬間、ウィズードは手刀で貫かれる。そしてカオスローダーが強い力で引き抜かれようとしていた。
「な、何を、何をっ！？」
「どうせ２人だけじゃ、勝てないんですよぉ！！ なら私は確実に消されない方法を取りますぅ！！ ウィズード、貴方のデータ、下さぁぁぁぁぁぁい！！！」
「血迷ったか貴様ぁ！？ やめろ、やめてくれぇ！！ 私だって消えたくない、消えたくないんだぁぁぁぁぁぁ！！」
「全部全部全部、私が食べてあげまぁぁぁす！！ ほぉら早く……ちょうだい！！！」
遂に、ウィズードの手からカオスローダーが引き抜かれる。彼の身体は激しくショートを繰り返し、やがてそれは爆発へと変わっていく。
「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁ！！？ いやだぁぁぁ！！ 消えたくなぁぁぁい！！ 私は私は私はワタシはワタシはワタシワタシワタシワタシワタシわわわわわわわわわわ──」
やがて爆発は止む。項垂れたかと思うとゆっくりと身体が錆びていき、風と共に粉となって散った。
地面に落ちたヘルズローダーを拾い上げると、テランスは大きく口を開いた。まずはヘルズローダーを飲み込み、続いてカオスローダーを飲み込む。
直後、彼女の身体を大量の電流が包み込んだ。激痛が走る。しかしそれはテランスにとって拒むものではなく、自らの進化を感じる快楽だった。
「ァァァァァァァァ、開く、開くぅ、新しい扉が、が、来るぅぅぅ、進化が、来るぅぅぅゥゥゥ！！！」
大きく変化したテランスは黒い流星となり、空へと飛び去って行った。
対峙する、桜とインフェルノコード。自分を観察する様に見つめる彼女からの言葉を、桜は待ち続ける。
「リンドウ、日向桜。お前は何者だ。お前を見ると、私の情報処理速度に０.２秒の遅れを生じる。あり得ない事だ。答えよ日向桜、お前は……」
「お前が中に閉じ込めているエリカの幼馴染みだ」
「それと処理速度の遅れに因果関係が見出せない。衛星ノアにて検索。該当結果なし。変わらず因果関係不明」
光のない瞳を向けながら、ただ機械的に言葉を羅列するインフェルノコード。しかし桜は聞かれた事以外に答える気はなかった。
そんな２人の間にエヴィが入る。
「エリカお姉ちゃん……お願いだから元に戻って……！」
「ジェノサイドとの会話に有益性無し。引き続き、リンドウとの接触を続行」
「私の所為でセラがいなくなったの、その……沢山謝っても、許して、貰えないけど……でも、エリカお姉ちゃんだけでも、私は助けたくて……」
「言語に支障あり。これ以上の不要な接触を図る場合、排除を検討」
「っ、ごめんなさ……」
震えるエヴィの肩を桜は優しく叩く。そしてまた背に彼女を庇う様に前へ出る。必然的に距離が縮まる。
「何を聞こうが、俺とこの子の意志は変わらない。お前からエリカを救い出す。それだけだ」
「不可能。稲守エリカの肉体と魂は衛星ノア、及び私から乖離不能。方法は無し」
「衛星ノアが知らないだけだ。まだきっと方法はある。それを見つけ出すまで俺達は諦めない」
「………………………………問答、無意味と判断。処理速度の安定化の為、日向桜及び随伴する勢力の排除を開始する」
インフェルノコードの身体から灰色の炎が立つ。
「まったく同感だ。問答など無意味。インフェルノコードは、俺達が手にする」
ジャスディマが前に出る。やむを得ないといった風に、アフェイクも並び立った。
「ねぇ……どうする？」
裾を引っ張り、不安げに見上げるエヴィ。桜も内心迷っていた。自分は覚悟を決めている。だがエヴィにはまだ、インフェルノコードと戦うのは辛いだろう。
その時だった。
「いいや、インフェルノコードを手に入れたのは僕達だ」
インフェルノコードの真後ろに現れたオドントとクロッサム。その手に光るのは、プラグローダーだった。
「それは睡蓮の……！？」
「邪魔が入りかけたけど、１人しかいなかったのが幸いだった。詰めが甘いな君達は」
「これで私達の勝ちは決定〜。ざまぁ見なさい日向桜」
手にしたプラグローダーを掲げると、インフェルノコードが踵を返して２人へ向き直る。
「さぁインフェルノコード、君のデータをこれと接続するんだ。そうすれば、計画のフェーズ１が完了する」
「了承」
差し出されたプラグローダーに、インフェルノコードが手をかざす。すると彼女の身体が粒子の様になっていき、徐々に薄れていく。
「やらせるか！！」
「インフェルノコードは渡さん！！」
《英雄 試練の果て 狂気を希望へ変えよ！！ Ａｗａｋｅｎｉｎｇ ｏｆ Ｈｅｒｏ！！！》
《Ｆａｌｌｉｎｇ Ａｎｇｅｌ…… Ｊｕｓｔｉｃｅ》
意図せず言葉が重なり、２人は同時に変身。しかし、
「さぁせないっと！」
同じく変身したクロッサムが巨大な左腕で２人の攻撃を防御した。
「どけ！」
「くそ、このままじゃエリカが！！」
「もう手遅れさ」
オドントの嘲は現実となる。完全な粒子と化したインフェルノコードはプラグローダーへ入り込み、その姿を変質させた。
灰色の炎を象った金属がプラグローダーを覆い尽くし、歪ながらも何処か危うげな美しさを放つローダーへと。
「完成した……！ これで世界を救う事、がっ！！？」
笑おうとしたオドントの胸から、巨大な白い刃が突き出した。
開かれた手から落ちるプラグローダーは、彼を貫いた剣の持ち主の手に収まった。
「ご苦労様だなぁ。じゃあこいつは俺のものって事で」
「ガッ、き、き、君か…………！！」
プラウダは剣を払い、突き刺さったオドントを振り落とした。体に巨大な亀裂を空けたオドントから大量の火花が散っている。それを見たクロッサムはリンドウとジャスディマを払い除け、彼のもとに駆け寄った。
「オドント！！」
「そんなわけだ。インフェルノコードを使うのは俺達ジェノサイド。これから衛星ノアに、ジェノサイドウィルスを広域散布させる。晴れて俺達の世界になるってわけだ」
「か、か、考えたね……自分じゃインフェルノコードを、を、使える状態には出来なかった、か、か、から……」
「あぁ、出来ないもんは出来ないからなぁ。本当、感謝しかねぇ」
息も絶え絶えなオドントに礼を言うプラウダ。そして今度は桜達へ向き直る。
「悪いなエヴィ。お前が人間として生きるって言った矢先にこれだが、これからの世界じゃ人間は餌にしかならん。せめて強く生きろよ」
「そんな…………」
「そしてテメェらは……まぁ世界を変えた後にまたやり合おうや。暇しなさそうで楽しみだ」
リンドウとジャスディマは答える事なく駆け出そうとする。がしかし、既にプラウダはプラグローダーをスライドし、天へと掲げていた。
「さぁノア！！ この世界を変えて見せろ！！」
空に異変が訪れる。青空は雲が無いにも関わらず灰色に染まり、空に巨大な星が現れる。自らの神であろう星を見て、アフェイクの目が見開かれた。
「アレが…………ノア！？」
「来たなぁ！！ 世界が変わる時……」
《認証不可》
「っ、何！？」
直後、プラウダが手にしたプラグローダーから灰色の炎が溢れ出した。瞬く間に彼の身体に纏わり付き、焼き尽くす。
「ぐぁぁぁぁ何だとぉぉぉぉぉぉ！！？」
「ははははははははは！！！ 使える訳がないだろ、所詮ノアの道具でしかない君が、ただのジェノサイドでしかない君がねぇ！！」
プラウダの叫びに被せ、オドントの高笑いが鳴り響く。周囲が唖然とする中、地面に落ちたプラグローダーを拾い上げるクロッサムの顔は微笑んでいた。
「馬鹿ね。スレイジェルにもジェノサイドにも、衛星ノアの力は使えない。だってノアは貴方達の神なのよ？」
「は、は、なるほど、踊らされてた訳か、俺達もスレイジェルも、人間も！！」
燃えながら自嘲するプラウダに背を向け、今度はクロッサムが天へプラグローダーを掲げた。
「私とオドントは、ノアからの、神からの遣い。２人を贄として、初めてノアはこの世界に降り立つの！」
「そうさ、僕達の魂と記憶を、贄として！！」
「「さぁノア、この世界に真の救済を！！」」
２人の腕からカオスローダーが外れ、身体が塵となって消える。２つのカオスローダーはプラグローダーに吸収されると、星から灰色の光線が注がれた。
眩い光が辺りを覆い、その場にいた誰もが目を腕で庇う。
目を開いた時、そこには１つの影があった。
地に着くほど長い灰色の髪、白と黒のオッドアイが光る中性的な顔。男とも女とも分からない身体に、灰色で飾り気の服とローブを纏っている。
その者はリンドウ達を見ると、慈しむ様に笑った。
「はじめまして。こうして見ると、確かに繊細な存在だね、君達は」
「誰だ、お前は……！？」
「私？ 私はこの世界を救うべく降り立った……」
その者は右手に備えられたローダーへ、白いチップを挿入。
《コード アースリティア》
続いてローダーを回転させ、裏側へ黒いチップを挿入。
《コード ジェノサイド》
そして最後にローダーを元の位置へ戻した。響くのは悪魔の笑い声、人々の泣き叫ぶ悲鳴、それを彩るピアノの伴奏。精神を押しつぶす様な圧を放つ待機音。
「救世主さ」
ローダーをスライド。すると上面と下面が展開。炎が翼の様に広がり、眼が開かれた。
「変身」
《Ｔｈｅ ｔｉｍｅ ｆｏｒ ｒｅｌｉｅｆ ｈａｓ ｃｏｍｅ！！ 罪を贖い、祈りを捧げよ！！》
空の星から放たれた光を身に受け、身体が燃え上がる。炎をそのまま纏っている様な意匠の鎧。右手は天使の様に柔らかな手だが、対する左手は悪魔の様な爪を携えた手が鈍く光る。その頭部には３本の白き角と、髑髏の横顔が向かい合っているような形状の赤と金の複眼が輝いている。
《Ｃｏａｄ Ｉｎｆｅｒｎｏ》
「改めて名乗ろう。私はノア。この世界を救うべく創られた、救世主だ」
続く
