第60話 空へ向かって+Departure from the cage 前編
《Re Loading》
白く染まってしまったテランスのローダーへ、オドントが再び灰色の粒子を振りかける。見る見るうちに元の灰色を取り戻すと、再び身体を再構築。粒子が弾けると同時にテランスが復元した。
「申し訳…………ございません…………」
すっかり意気消沈してしまったテランスを見たオドントは小さく笑う。
「インフェルノコードはちゃんと守ったし、そんなに気に病まなくてもいいさ」
「オドント、甘やかすの禁止」
対して厳しい表情を浮かべるクロッサム。手にしたドリンクのストローを齧っているのは、気が立っている証拠だ。
「仕方ないだろう。むしろ所有者がいないNo,2のローダーはもう進化の余地がない。だからデータ改竄しやすいし、好都合さ。物事は良い方に考えなきゃね」
「……ねぇ、あのアースリティアが裏切るなんてないよね」
「彼だけは絶対裏切らないよ。それは君だって知ってる筈さ」
「知ってるから、余計心配なの」
ドリンクをゴミ箱に叩きつけ、オドントを睨む。しかし彼は一切怯む事なく、笑みを浮かべ続ける。
「余計な心配は後。僕とクロッサムはプラグローダーを受け取りに行こう。邪魔が入ると面倒だし」
「……分かった」
半ば不貞腐れたようにクロッサムは吐き捨てた。
「それと、大人しく待ってろなんて言うの可哀想だからさ」
そしてオドントは傍聴していたウィズードへ何かを投げ渡した。
「……ヘルズローダー、これを?」
「使い方は任せるよ。それは怠惰のヘルズローダーの複製品。やらなきゃならないことくらい、君にはもう分かるよね?」
「……了承した。ちなみにだが、本体は?」
「ちゃんと保管してあるさ。僕とクロッサムのローダーにね」
ローダーを掲げるオドント。その手に幾つかのヘブンズローダーを出現させ、浮かべてみせる。
「当然だけど、本体を消せばもう二度と復元は出来ない。複製品とはいえ大事に使ってね。データは本体を通して修復してあるからさ。何かの間違いで本体を消しちゃったら……」
釘を刺すような言い方をしたオドント。言葉の先は濁してあるが、これ以上の失態は許さないと言いたいのは明白だった。だがヘルズローダーを握ったウィズードは、笑みを浮かべていた。
オドントとクロッサムが姿を消すと、ウィズードも歩き出す。
「次は必ず奴等の息の根を止める。テランス、協力してもらえるかな?」
肩に手を乗せられた瞬間、彼女の肩がビクリと震えた。
「まさか、この期に及んで恐怖しているわけではないな?」
「そんな、こと……」
「次にしくじれば、最悪データを消されるだろう。今の君が恐れている、死、だ」
「死……!?」
歯が鳴り始める。どうやら完全に死がトラウマになっているらしい。しかしウィズードにとってそんな事は関係ない。
「心配ないさ。釘を刺されたばかり、身体を犠牲にする気などないよ」
「は、はい……」
そうは言うものの、冷徹な笑みの裏に隠れた邪悪な意思はテランスを不安を拭えなかった。
「体調は良好ですね。安静にしていれば3日後には退院出来ますよ」
「えぇ。ありがとう」
部屋を出ていく看護師を見送る。
身体を削ぎ取られるような重症でさえ、コネクトチップの技術を応用すればすぐに完治してしまう。
だが、心だけはどうする事も出来ない。
今の紅葉は自分にとって唯一の価値と思っていたチップが消え、生きる指標を見失っていた。死をもって、父と母が遺した全てを消し去る。自分だけのヒーローが、それを成し得るのだと。
「…………なんで、あの時……助けてなんて……」
「それは貴女の本心よ」
病室に入って来たのは蒼葉だった。既に杖無しで歩ける程になっているようだが、まだ何処かぎこちなさが残っている。
「…………今更、私なんかに用があるの?」
「用がなきゃ見舞いに来ちゃいけないのかしら」
「やめてよ。いきなり家族面されたって……」
「家族でしょ」
目を逸らしたかった。だがそれを、蒼葉の瞳は許さなかった。
交差する青と赤の視線。こうしてマジマジと互いの顔を見たのはいつぶりだろうか。とてもよく似ている。鏡を見ているように。
「私がいつまでも2人に認められなかった理由なんて、もう分かってる。コネクトチップを砕いたナノマシンの培養液で育った、同じDNAを持っただけの存在。……愛せる訳がない」
蒼葉がそれを知ったのは、技術開発チーフに任命された時。当時14歳だった彼女。紅葉から渡されたデータの中にあったそれを知った時は、気が狂いそうになった。同時に、いつまでも愛されなかった理由をようやく知れたのだった。
自分は、愛する母のお腹から産まれていない。培養器の子宮で、コネクトチップの羊水に漬かり、産声を上げた実験動物だった。
「……そうよ。だから私は貴女を姉だなんて認めない!」
「別に構わないわ。私が一方的に思っているだけでも」
紅葉は絶句した。これが最後の抵抗だった。これだけ突き放せば、きっと諦めて見捨てるだろうと。
だが蒼葉は、優しく笑ってみせた。大好きだった母にそっくりな笑顔で。
「今まで通り、私は私に出来ることをやる。だから紅葉もやりたい事をやって。私が望むのはそれだけ」
蒼葉が病室を出て行った後も、紅葉は動けずにいた。同時に、そんな自分が情けなく思った。
死ぬ事でしか価値を見出せなかった自分と、生きて自分の価値を輝かせる蒼葉。
「こんなところで、呑気に寝てるなんてね……」
彼もきっと動いている。自分を救ってくれた人達は、世界を救う為に、自分が出来ることをやっている。
自分が今、やりたいこと。やらねばならないこと。
紅葉はスマートフォンを取ると、番号を入力。もちろん人に連絡を取っているわけではない。
いつか来るであろう時の為に、しかし使う事はないだろうと思っていた、手段を。
「やっぱり……」
半壊したノアカンパニー。その保管庫へ蒼葉は訪れていた。しかし、
「ヘルズローダーが一つ無くなってる……」
桜が暴走した時に撃破したジェノサイド、ロースグのヘルズローダーが消えていた。地下に持ち出していたストラのものは無事だが、厳重に保管していたのが裏目に出てしまった様だ。
「アレは無事かしら……」
保管庫の更に奥、壁に偽装した扉に歩み寄る。手を触れると偽装が剥がれ、細い通路が現れた。
この奥には、最悪の事態に陥った時に備えた最後の希望が眠っている。出来る事ならそれを起動する事態にならないよう努めたいが、状況が状況である。
いざとなれば、頼らねばならない。
と、プレシオフォンが赤い発光と共に警告音を鳴らし始めた。敵の襲来である。
「…………本当、鼻が良い」
ここを知られる訳にはいかない。階段を上がり、ロビーへと向かう。
「懲りないわね貴方達も」
「あぁ。君の様な目障りな人間が消えるまではね」
気味の悪い笑みを浮かべたウィズードが立っていた。その少し後ろでは、僅かに俯いているテランスがいる。
「何か妙な気配を感じてね。来てみたら君がいた訳だよ、忌魅木蒼葉。こんな荒れ果てた会社に来るなど、まさか思い出に浸りに来た訳じゃあるまい」
「そう? 実は気に入ってたのよ。これでも実家だし」
「御託はいらん。隠しているものを渡して貰おうか」
カオスローダーを起動するウィズード。それを見たテランスも、慌てて続く様に起動する。
「変身」
「へ、変身……」
《Contaminated Memory! Coad Wisdom》
《Contaminated Memory! Coad Temperance》
変貌した2人を見た蒼葉も腰にリワインドローダーを巻きつける。まだ足が突っ張っているが、支障はないと判断して。
「変身」
《Deep! Abys! Fang! Memory Revive!! Wake up Ocean!!》
ユキワリヘ姿を変える。
手首と足首から刃を伸ばし、ウィズードへと斬りかかった。受け流す様に展開したバリアが刃先を滑らせ、一切届いていない。
「折角だ。確かめたい事があってね」
バリアでユキワリの足の刃を挟み込むと、ヘルズローダーを取り出す。起動すると、黒い霧が辺りに弾け飛ぶ。
「ヘルズローダー……やっぱり貴方達が!」
「やはり装着者がいなくとも使えるようだな」
周りを取り囲むように、大量の土人形が現れた。しかしその姿は以前ロースグが使役していたものとは違う。金属のような質感を持ち、何も無かった頭部には巨大な眼玉が浮き出ている。
ウィズードが突き放すと同時に、土人形達が蒼葉へ一斉に襲い掛かる。
「こんなもの、今更!」
振るわれる腕のブレードが人形の腕を、薙ぎ払われる足のブレードが頭を斬り裂く。しかし斬り裂かれて融けた身体は液体のようになると、再び元の姿へと戻る。
「この……! リワインドローダーの対策プログラムが構築されるまでは無理か……!」
「所詮リンドウとヒガンバナ以外の戦闘力などたかが知れている」
「ちっ……ぅっ!」
土人形達に気を取られていたおかげで、背後からテランスの一撃を受けてしまった。
「そ、そうです……そうですよ! 人間如きに、私達が遅れを取る筈がない!」
「さて、どう切り抜ける?」
「負けなければいい!」
ユキワリはすぐに立ち上がり、プレシオフォンをウィップモードへ変形。土人形達を纏めて縛り上げると、あえてトドメを刺さずに放置。テランスへと向かう。
テランスは下顎のようなエネルギーを腕に纏い応戦。直撃すればただでは済まないだろうが、ユキワリは既に以前の戦闘データを反映させている。振るわれる一撃を避け、急所への攻撃を狙う。
だが、どうしても反撃がウィズードのバリアに防がれてしまう。やはり二対一では勝ち目が薄い。
「病み上がりの身体がいつまで保ちますかねぇ!?」
ここでとうとうテランスの腕がユキワリの肩へ食いついた。火花が散り、徐々に両側から圧迫されていく。
「このままぺしゃんこに…………ぁっ!?」
その時だった。飛翔してきた物体がテランスの顔を斬りつけ、大きな傷をつけたのだ。
一瞬力が緩んだ隙を見逃さず、ユキワリはテランスの腹を蹴って拘束から逃れた。
飛翔体は入り口の方へと向かい、やがてそこにいた人物の手の上に乗った。
その人物は、
「紅葉……?」
「無茶が移ったのかしら、桜君か山神君から。ウォーミングアップの相手にしては重いんじゃない?」
「ほう、社長までお越しとは」
ウィズードは何をしに来たと言わんばかりの声色で発する。対してテランスは顔を傷つけられた為か、僅かに手を震わせながら睨んでいる。
「情けなく死にかけた姉妹が、揃いも揃って何をしにここへ来たのです!?」
「貴女の言う通り。本当に情けなかった」
手に乗った装置、プレシオフォンと同じサイズの鳥型デバイスが飛び立つ。そして紅葉は懐からある物を取り出した。
「リワインドローダー……!? 紅葉、それは……!」
「もしもの為に用意していた予備。そしてこれ、アルゲンタヴィスフォンは、蒼葉がプレシオフォンのデータを流用して構築していた試作品。これに……」
紅葉は自らの首にかけられたペンダントを取る。服の下から現れたのは、翼竜が描かれたコネクトチップだった。
「これを装填する」
「ほう、だがリワインドローダー如きで何が出来る? 命を無駄に投げ捨てるのは賢い事ではないな」
嘲笑うウィズード。しかし紅葉はそんな彼など眼中にない。見据えているのは、蒼葉だった。
「蒼葉、ようやく決心がついた。私も鳥籠を出る。いつか蒼葉に追いついて、私だけの価値を見つけるわ。だから見守って」
翼竜──プテラノドンチップを、アルゲンタヴィスフォンへ挿入。リワインドローダーを腰に巻き、中央バックルへ装填する。
《Filter Set! Rewind Start!》
「私が変わるのを!」
《Purification Complete!》
リワインドローダーは告げる。生まれ変わる瞬間が来たと。紅葉はアルゲンタヴィスフォンを抜き、その時を迎えた。
「変身!」
左のサイドバックルに装填。飛び出した巨大な怪鳥と翼竜が螺旋を描きながら飛翔し、インナースーツを纏った紅葉を挟み打つように衝突した。
《High! Wing! Flight! Memory Revive!! Wake up Sky!!》
翼竜の嘴がV字に開いて複眼となり、怪鳥の翼が胴を包む鎧へ変わる。腕に翼竜の、足に怪鳥の蹴爪を備え、最後に翼膜が変化したストールを首に巻いた。
「ブルームコード《ネメシア》。さぁ、天国へとお連れいたしましょう……なんて」
ストールを後ろへ払い、小さく礼をして見せた。
続く
 




