第59話 共に戦う意味+Conflicting thoughts.
草木ヶ丘病院にて。
「そう。11年前の事を彼岸から聞いたのね」
ベッドの上で差し入れのクレープにかぶりつきながら、蒼葉は呟いた。
3日ほどが経ち、彼女の足は順調に回復へと向かっている。この草木ヶ丘病院はノアカンパニーの支援を受けている為、市街にある大病院よりも万全かつ高度な治療を受けられる。蒼葉や紅葉程の重傷も、コネクトチップの力を応用した技術で迅速に完治へと向かっている。
「でもあんな大事件、何でニュースにならなかったの……?」
彼岸から話を聞いた時、桜は最初に感じた疑問を溢す。彼岸は蒼葉から聞けば分かると言ってはぐらかしてしまったのだ。
そして彼岸の言葉通り、蒼葉は語り始めた。
「誰かがノアを利用して偽装したとしか考えられない」
「……結局さ、衛星ノアって、何してるものなの?」
以前から持っていた疑問を桜はぶつける。
「インターネットサーバーは知ってる?」
「まぁ何となくは」
「衛星ノアは草木ヶ丘市のそれを管理している人工衛星型サーバー。そしてノアカンパニーの製品情報全てを管理しているの」
「へぇ〜」
「他人事みたいに言っているけど、貴方がいつどこでも変身出来るのは、衛星ノアがプラグローダーを通じて許可を出して、スーツを転送してるからなのよ」
「ふ〜ん…………え、それ、インフェルノコード使われたら……」
「恐らく衛星ノアが乗っ取られて、変身すら出来なくなるわね」
「うわぁ……!!」
顔が青くなる桜。対して蒼葉は比較的冷静さを保っている。何かしらの対策があるのか、或いはそれを考えている最中なのか。幾度となく窮地を脱する為の知恵と決断を繰り返してきた蒼葉を、桜は信じるほかなかった。
「ただ私達が両親の死を知るまでの短時間で、ノアを使った偽装が出来る人がいるとは思えないけど……」
「人間には、出来ないな」
病室に現れる影。振り返ると扉の側に彼岸が立っていた。
「ジェノサイドにも不可能だ。出来るとすればスレイジェル、それも11年前にいた奴だろう。……そう、彼奴ならきっと」
「彼奴って、誰?」
「あの時はネームレスと名乗っていた。今はどうしているかまでは分からない」
「……本当に、私達に協力する気みたいね」
少し意外そうな表情をする蒼葉。そんな彼女を、彼岸は心外な表情を取った。
「今更お前がそれを言うのか。それに、俺が本当の意味でお前達の協力者なのかは分からないぞ」
「どういう事?」
「俺は忌魅木紅葉を救う為に忌魅木の呪縛を断ち切る。緊急停止コードが使えなくなった以上、インフェルノコードだけが衛星ノアをコントロール出来る手段だ」
インフェルノコードという単語に、桜と蒼葉の表情が暗くなる。2人は既に変わり果てた彼女と対面している。それを思い出してしまう。
彼岸はその様子を感じつつも、デストロイローダーを取り出して話を続けた。
「このローダーの力があれば、インフェルノコードに残っているジェノサイドの力だけを破壊出来る。そうすればインフェルノコードの力だけが残る筈だ。だがそれは……」
「エリカを、殺す事になる、よね……」
桜の絞り出す様な言葉。それを聞いた彼岸は、予想通りと言った様に溜息を吐いた。
「日向桜、お前は稲守エリカを救いたいんだろう。敵は同じかもしれないが、俺とお前では目的が違う」
「……それでも、力を貸して欲しい」
「それは……」
「諦める訳じゃない」
彼岸の言葉を遮る。その目にはまだ光が宿っていた。
「エリカを救う手段は必ず見つける。その前に奴等に利用される訳にはいかない。……せめて、エリカだけは助けたい」
決意の言葉を聞き終えた彼岸は、ただ黙って頷く。覚悟があるなら良い。そう瞳が告げていた。
その様子を見た蒼葉は、小さく笑っていた。
『そんな訳だから、これからは3人で行動して。次の目的地は教会。任せたわ』
旨を伝えたプレシオフォンは音声メモを閉じ、空へと飛び去って行った。
だが、
「何がそんな訳ぇぇぇっ!!?」
山神の絶叫を聞いた広場の人々の視線が突き刺さる。慌てて身を小さくした山神は、桜の隣にいる彼岸を指差す。
「何でコイツが俺達と一緒なんだ!?」
「いやだって、協力してくれるっていうから。てかさっき蒼葉が伝言で言ってたじゃん」
「それでも訳分からん!! 今まで敵だったんだぞ、で、今は仲間、一体どんな経緯があってそうなる!?」
慌てふためく山神を余所に、無表情のままそれを見守る彼岸。自分の話をされているというのに、まるで興味が無さそうだ。
「嫌なら俺は別行動をとるが、どうする?」
「違うそうじゃない! 一緒にいるのが嫌とかいう前に仲間ってのが信じられないんだよ!」
「お前がどう言おうが、日向桜と忌魅木蒼葉は了承している。協力するのを止めるつもりはない」
言い合う2人をどうしたものか考えていると、桜の視線の端に見覚えのある影が入った。目を引くゴスロリ衣装が、教会の方角へと走っていく。
「あれは……!」
追いかけようとしたときだった。その少女の前に2体のスレイジェルが姿を現した。突然現れた異形の存在に、広場にいた市民から悲鳴があがる。
1体は透明な液体が詰まった金魚鉢の様な頭と大鎌を持ち、もう1体は炎を象った様な頭と大剣を持っている。どちらも白く滑らかなローブと軽鎧に身を包み、体の凹凸から女性型だと分かる。
「サイネリア、このジェノサイドの排除はフェイザー様の指令にはありません」
「しかしシネラリア、我々はジェノサイドの存在を許してはいけません」
「そうですねサイネリア、手早く片付けましょう」
「……しつこい、これで3回目!」
エヴィはヘルズローダーを起動しようとする。だがそれより早く彼女の横を通り抜け、2体のスレイジェルに組みつく影が現れる。
《英雄 試練の果て 狂気を希望へ変えよ!! Awakening of Hero!!!》
「誰ですか貴方」
「何ですか貴方」
「何か奇妙だなこいつら!」
リンドウへ変身した桜が大鎌を持ったスレイジェル、サイネリアを突き放す。同時にリンドウの分身も大剣を持ったスレイジェル、シネラリアを羽交い締めにする。
「山神、彼岸!!」
「あ、何だよ今大事な……おぉっ!? 何でスレイジェルと戦ってんだよ桜!?」
「そんな事いいから、2人は先に教会に行って! こいつらは俺が引き止める!」
「馬鹿言うな、俺も手伝った方が早いだろ!」
山神が行こうとする中、彼岸は桜の意図を探る。彼の視線はスレイジェルが襲おうとした少女、エヴィに向いている。そしてリンドウが仮に彼女達3体を同時に相手取った時の勝算を算出する。
「……97%」
「は、何が?」
「ここは日向桜に任せるぞ」
「いやちょっと待て、あああぁぁぁぁぁぁ!!?」
彼岸は山神を無理やり担ぎ上げると、いつの間にか呼び寄せていた黒いトライアングルホース ──グールユニコーンに跨り、走り去って行った。
「せめて後ろに乗せろ馬鹿ぁぁぁぁぁぁ!!!」
山神の悲鳴をその場に残して。
「よし、これで安心!」
ヴァイティングバスターを出現させると、羽交い締めにされたシネラリアを斬りつける。大きく吹き飛ばすが、地面に落下する前にサイネリアに受け止められた。
「大丈夫、シネラリア?」
「大丈夫、サイネリア」
互いに気遣い合う2体。一方、
「これ使う?」
分身にスラスターブレイドを差し出す桜。だが分身は首を振り、指を鳴らす真似をする。
「そう? じゃあ今回は俺が2本使う!」
分身はあくまで桜のコピーなのだが、まるで友達の様に振る舞っていた。
「私、剣を持っている方を狙います、シネラリア」
「なら私、持っていない方を狙います、サイネリア」
大鎌を構えたサイネリアはリンドウへ、大剣を構えたシネラリアは分身へ斬りかかる。
振り下ろされる大鎌をヴァイティングバスターの肉厚な刃で受け止める。僅かに大鎌が跳ね上がった隙を突いて、リンドウはスラスターブレイドで反撃。
「損傷、問題無し」
傷に構わず再び振るわれる大鎌。今度は柄の部分を2つの剣で挟み込み、組み伏せ、頭突きを繰り出した。
「そ、損傷、軽微」
「だったら次は!」
挟み込んだ大鎌をそのままへし折ると、逆袈裟斬り。交差する2つの軌跡が胸から頭を斬り裂く。
「そ、ソ、損、傷……」
「重大!!」
回転斬りの追い打ち。吹き飛ばされたサイネリアは街路樹に叩きつけられた。
「サイネリア、損傷重大……」
だが、助けに行くことが出来ない。リンドウの分身はシネラリアが振るう大剣を腕の動きだけで捌き、僅かな隙を見つけては拳を頭部や腹部へ叩き込んでいる。余裕は無い。
「分身なのに、強い……あっ」
地面に叩きつけた大剣が脇で挟まれ、手を離すより早く引き寄せられる。鉤爪を持った両腕が頭と首に食い込み、完全に拘束する。
「よし、決める!!」
ヴァイティングバスターの柄へ、スラスターブレイドの柄を交差するように接続。レバーを一番上まで引き上げる。
《Connection スラスターブレイド》
次に竜の顎を閉める。
《ヴァイティング フルブースト!!》
スラスターブレイドの刃を竜に噛ませたまま勢いよく引き抜く。刀身が赤熱を通り越し、太陽のような金色に輝く。
《Limit Break Boost スラスターブレイド》
スラスターブレイドが告げると同時に、ヴァイティングバスターの柄とスラスターブレイドの柄を並行に接続。エネルギーを纏って2本の剣が1つとなる
それを見た分身は、拘束したシネラリアを放り投げる。ふらつきながら立ち上がるサイネリアと、投げ飛ばされたシネラリアの軌道が重なった。
「どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
右に一閃、左に一閃、縦に一閃、最後に下から斬り上げるように一閃。
「サイネリア……」
「シネラリア……」
「機能…………」
「停止…………」
《フルブースト プレディション エクスプロード!!!》
バラバラにされた2体の身体が街路樹を吹き飛ばす程の大爆発を起こし、微塵も残さず消え去った。
「…………」
逃げる事すら忘れ、ただ圧倒されるしかなかったエヴィ。そこへ変身を解除した桜が駆け寄る。
「生きてたんだ……良かった」
「え……?」
第一声に、エヴィは素っ頓狂な声を上げる。
「どうしたの?」
「…………だって」
そこまで言った所で、エヴィは後ずさる。このままでは逃げられてしまうかもしれない。そう感じた桜は慌てて手を伸ばした。
「あぁ待って! 力を貸して欲しい! エリカを助ける為に!」
「私、何も出来ない…………!」
「でも俺の仲間なら、きっと何か出来る方法を見つけてくれる筈だ! 君だって、何も出来ないのは嫌だろ……?」
「…………何で」
エヴィは袖を握り、唇を硬く結ぶ。今にも泣き出しそうに、目が震えていた。
「私…………エリカお姉ちゃんも、セラも、助けられなくて……私、何も……!!」
「それは俺も同じだよ」
「……っ」
目線を合わせ、手を差し伸べる桜。戦いの中で傷つき続けた手は痛々しい。しかしそれは大切なものを守ろうと足掻いた証だった。
「エリカとセラは、君を家族だって認めていた。2人の大切な人だ。だから俺は君を信じたいし、一緒にエリカを助けたい」
桜の目を見たエヴィは思い出す。エリカとセラが見せた覚悟を。自分を助けた覚悟を。
ならば次は、自分の番。目の前にいるエリカの大切な人が、そうしたように。
差し伸べられた手を取り、エヴィは頷いた。
「約束、して。エリカお姉ちゃんを、必ず助けるって」
「約束だ」
繋いだ手を離し、小指同士を絡めて契りを交わした。
登り坂をバイクが駆け上がっていく。不安定な揺れと吹き付ける風で身体が煽られ、山神の顔が青くなっていく。
「ちょ、一旦降ろせ、一旦降ろせ! 自分のバイク呼ぶから!」
「もうじき着く。必要ない」
「いやいや無理無理無理無理ぃぃぃ!!」
あまりに山神が暴れまくる為、一度バイクを停車。地面に下ろすと、肩で息をしながら座り込んだ。
「や、やっぱお前とは無理だ……!!」
「今まで敵対していたからか?」
「それもあるが……」
呼吸を整えると、山神は立ち上がる。
「心の底から信用する事が出来ない。利害が一致してれば協力し合った方がいいっていう転校生の意見は分かる、誰でもかんでも信じちまう桜に関しちゃもう諦めてる。……でも俺個人としては、お前と協力なんかしたくない」
「だがインフェルノコードを利用されてサーバーノアを掌握されたら最後だ。私情を挟む余地は無いと俺は考えている」
向けられる山神の視線は冷たいまま。だがそれも無理がない事くらい、彼岸もよく理解している。
彼が今自分を攻撃しないのは、一重に桜や蒼葉への信頼がある為だ。それを承知の上で、彼岸はこうして話している。
「それにだ。教会に行かなければならない理由はお前の方があるだろう」
「何の話だよ」
「知り合いだったと聞いた。No.2……睡蓮と」
「なっ……!?」
名を聞いた山神が激しく動揺する。理由を聞かれるより早く、彼岸は続けた。
「俺は11年前、睡蓮と同じ場所で造られた。だから俺も睡蓮を知っている。いや、思い出したというのが正しいか」
「じゃあお前も、スレイジェル……」
「俺の事はいい。問題は、奪われた睡蓮のローダーが奴等に利用されるかもしれないという事だ」
「睡蓮のローダーが利用されるだと!? どういう事だよ、おい、説明しろ!!」
掴みかかる勢いで詰め寄る山神に、彼岸は落ち着かせる意図も込めて身体を離れさせようとする。だが彼の足は動かない。
「奴等、オドントとクロッサムは、俺と日向桜のプラグローダーを狙っていた。恐らくインフェルノコードの真の力を引き出す為に。だがもう俺達のプラグローダーは奴等の力でデータ改竄は出来ない」
「それが睡蓮のローダーを狙う理由と何の関係があるんだよ!?」
「俺のプラグローダーはNo.1、そして日向桜のプラグローダーはNo.3だ。そして睡蓮が使っていたプラグローダーはNo.2……最後に残った最初期型、それを狙うだろう。そして今、睡蓮のプラグローダーを持っているのはアースリティア。忌魅木蒼葉が突き止めた場所、教会にいるかどうかは分からないが、確かめねば事態は変わらない」
山神の拳が握られる。血が滲むほどに。食いしばった歯が鳴る音は、彼が激怒している証だった。
「彼女は、睡蓮はお前達を守って死んだのだろう? 忌魅木蒼葉からそう聞いている」
「あぁそうだよ!! あの馬鹿は俺とエリカを助けて殺されたんだ!! お前と同じスレイジェルに!!!」
悲哀が篭った絶叫。彼岸に向けての怒りというよりも、無力だったあの時を思い出してのものだった。
彼岸は11年前を思い出す。自分やもう1体とは違い、よく笑う、感情豊かな少女。彼等と出会ってからも、変わらず友好を築いてきたのだろう。復讐心に駆られ、本当の目的すら忘れていた自身とは違って。
「人間らしかった。俺とは比べられないくらいに」
「人間らしい……? ふざけた事言うなよ。睡蓮は人間だ。俺達と一緒にいた睡蓮は人間だったんだ! 人間らしいってのはな、人間じゃない奴に使う言葉だろうが!!」
「だが睡蓮はスレイジェルだ。俺と同じ──」
「違う、人間なんだよ!!!」
胸倉を掴み、否定する。しかし理解している様子が見られない事を悟ると、諦めた様に手を離した。
「お前の方が人間らしいよ。でもな、彼奴とは違う」
「……すまない。今の俺には、その意味がまだ分からない」
「分かるかよ。……分かって、たまるかよ」
先程までの激情が嘘の様に沈み、小さな声で山神は呟く。果たしてこのまま、彼と行動を続けるべきなのか。彼岸が考え始めた時だった。
「まさか、背教者どもを探してみれば、鼠を見つけるとは」
「っ、お前……!?」
その声を聞いた山神の瞳が見開かれる。
「スレイジェル……いや、アースリティアだな」
一方彼岸は落ち着いた様子で、目の前に現れたフェイザーを見据える。
「見逃すというわけにもいくまい。先に貴様達を排除しよう。主の聖域を犯す者達を赦すわけにはいかぬ」
「という事はこの先にネームレスがいるわけだ。なら居場所をお前から聞く必要もない」
彼岸はプラグローダーとデストロイローダーを取り出す。
が、山神が目の前に立ち、彼岸を押し除けた。
「…………俺がやる」
声には怒りが浸透し、眼に宿っている光は凶暴なものへと変わっている。
「その精神状態で単独行動は危険だ。せめて共闘すべきだろう」
「引っ込んでろって。お前なんかいなくても俺一人で十分だ」
「怒りに呑まれては戦い方が単調になる。俺がそれをカバーするからお前は──」
「うるせぇ!! 黙ってろ!!」
彼岸の意見を一蹴。腰にリワインドローダーを巻くと、戦意十分なパキケファロソナーが現れた。
意見を無視して共闘するか、この場を任せて自分は教会へ向かうか。
今の山神は、以前の自分と似ている。怒りと憎しみに呑み込まれ、何も見えていない。その状態で彼を独り残すのは不安だった。
だが本来の目的であるプラグローダーの回収を急がねば、そもそも全てが八方塞がりとなってしまう可能性がある。
導き出した選択肢は、
「……この場は任せる。死ぬのだけは避けろ」
応えない山神を背に、彼岸は教会の方へと向かった。
「行かせはせぬ」
後を追おうとするフェイザーに、パキケファロソナーが体当たり。転移を妨害する。
「この時を……ずっと、ずっと待ってた!」
戻ってきたパキケファロソナーにトリケラトプスチップを挿し、リワインドローダー中央バックルに接続。
「俺の手で……お前をぶっ壊すのを!!」
中央バックルから外し、パキケファロソナーと拳をぶつけ合う。
「変身!!」
《Quake! Fist! Rush! Memory Revive!! Wake up Ground!!》
左サイドバックルに装填し、ホウセンカへ変身。揺らめく琥珀色のオーラが、一段と強くなった。
「全身全霊をかけて、お前を……叩きのめす……!!!」
続く




